ゾンビたちが津波のように押し寄せる。
恐れを知らぬ動く屍人が絶え間なく襲い来るのは、なるほど確かに恐怖という言葉以外では表せない。
ロビンとチョッパーはその異様な様子に思わず距離を取り、ゾンビたちは瞬く間に倒れたホグバックへと群がっていく。
「!? ホグバックを襲ってる!? 仲間じゃないのか!?」
「様子が変ね……さっきまでは彼の言うことを聞いていたのに、急に暴れ出した。モリアが何か遠隔で指示を出したのかしら?」
「でも、なんで?」
「分からないわ。ルフィの影が入った巨大なゾンビがいれば、他はいらないと考えたのかもしれないけれど……」
たとえそうだとしても、味方のホグバックまで殺す理由がわからない。
ゾンビに群がられたホグバックは加減を知らない腕力で殴られ、蹴られ、武器を刺されて既に絶命している。
じわじわと広がる血の海に、ロビンとチョッパーは息を呑んだ。
ゾンビたちの視線が2人の方を向く。
先程までの、ホグバックの言うことを聞いていた時とは全く違う。
「生きている者がいる」
「殺せ」「殺せ」「生者を殺さなければ」
「命令だ」「生者を殺せ」「モリア様の命令」
「全員殺さなければ」「皆殺しだ」
ぶつぶつと呟く様子はひたすらに気味が悪く、逃げ道を残さないように包囲して近寄ってくるゾンビたちに2人はじりじりと尻込みして部屋の隅へ追い詰められていく。
そしてついに逃げ場がなくなり──ゾンビたちは一斉に襲い掛かって来た。
「殺せッ!!」「殺セッ!!」
「皆殺しだッ!!!」
「ロビン!」
ロビンを背に乗せたチョッパーは飛びかかって来たゾンビたちを避けるようにして逃げ、ロビンはチョッパーの背中に乗ったまま地面から手を生やしてゾンビたちの足止めに徹する。
ドミノ倒しになって身動きが取れなくなるゾンビたちだが、それを気にすることもなく別のゾンビたちが追いかけて来る。
しかし部屋の外に出るべきだと扉に足を向けた瞬間、壁が大破した。
「今度はなんだ!?」
「巨大ゾンビ!!」
ルフィの影が入れられた巨人のゾンビ──オーズが壁を破壊して現れた。
冷凍庫にはモリアを倒すためにルフィが向かったハズだが、ルフィの姿は近くに無い。
「見っけ」
オーズからすれば豆粒のような大きさの2人だが、目ざとく見つけたらしい。
彼もまた例外なくモリアから命令を受けているようで、ロビンとチョッパーの姿を見るや否や攻撃態勢に入った。
記憶はなくともルフィの影が入っている影響か、自身の腕が伸びるものだと思って腕を後ろに引く。
他のゾンビたちもまた、破壊された足場や壁など気にも留めずにロビンたちを追っていた。
「ゴムゴムの~~~~〝
オーズの身長は60メートルを超える。腕の長さももちろんそれに準じる長さであるため、ゴムのように伸びはしないが十分なほどの射程範囲を持つ。
建物が壊れることなど気にすることもなく、容赦なく振り下ろされた拳は地面に叩きつけられた。
間一髪のところでチョッパーが拳の範囲から逃れたが、2人を追っていたゾンビたちは当然のように叩き潰されていた。
「仲間とか関係ないのか、あいつ!」
「目標は生きている人間を殺すことのようね。それ以外のことはまるで気にかけていないみたい」
「でも、なんだってモリアはそんなことを……」
「少なくともこちらの予想外ではあるわね。ちょっと暴れ過ぎたかしら」
チョッパーたちはルフィたちの影を取り返しに来ただけであって、そこまで恨まれるようなことには心当たりがない。
追ってくるオーズは建物のことなど一切考えず、最短距離で突っ走ってくるために建物が崩壊しかかっている。
あちらこちらから建材に使われているレンガなどが落ちてきており、揺れる足場も相まって非常に走りにくいが……それでもチョッパーは懸命に走って屋外へと出た。
そこには一足先に屋外へ出ていたウソップの姿があり、チョッパーの姿を見て安堵した直後、後ろから追ってくるオーズの姿に顔を真っ青にして逃げ出した。
「チョッパー! あいつ、お前らを追ってんのか!?」
「分からない! でも、ゾンビたちがこの島に生きている人たちみんなを狙いだしたんだ! ルフィのゾンビも例外じゃない!!」
「何ィ!? そりゃマズイ……おい、あれサンジとナミじゃねェか!?」
チョッパーたちが走って逃げているのはモリアの城から繋がる建物の屋上だ。階下に目を向ければ、同じようにゾンビに追われているサンジとナミの姿が見える。
サンジ達とは反対方向にある建物の屋根の上から声がしたかと思えば、屋根の上にゾロ、フランキー、ブルックの3人もいた。
期せずしてルフィ以外の麦わらの一味が揃った訳だが、それで状況が好転したわけではない。
追ってくるゾンビも多く、ルフィの影が入ったオーズもまた強敵。
逃げるばかりでは状況は動かない。
「チクショー! こうなりゃ片っ端から口の中に塩を突っ込んでやるしかねェ!!」
ウソップの言葉を合図に、麦わらの一味全員が対オーズ戦へと動き出した。
「ルフィの影ひとつ取り戻せば、あとはあいつが何とかする!」
「ここで追ってくるゾンビ含めて何とかしてやるのがおれらの役目ってワケだな! スーパー任せとけ!!」
「ナミさんとロビンちゃんはおれが守る!!」
「サンジ! おれらも守ってくれサンジ!!」
「追ってくるゾンビの数もとんでもないわよ!? 塩足りるの!?」
「任せてください! 駆けずり回って集めてきます!! そのくらいならいくらでも骨を折りますとも!!」
負ける心配など誰もしていない。どうすればこの巨大な怪物を倒せるのか、何をすれば効果があるのか、彼らは分からなくとも動かなければ死ぬだけだと腹をくくった。
この程度のピンチなど今までいくらでもあった。諦める理由になどなりはしない。
☆
一方、モリアに殴り飛ばされて水路に落ちたルフィは、見知らぬ誰かに引き上げられていた。
「ぶはっ!! ゼェ……ゼェ……!!」
「無事か!? 無事みてェだな!!」
鬱蒼と生い茂る森の中、リスキー兄弟と名乗る二人組がルフィの顔を覗き込む。
モリアに殴り飛ばされ、その勢いのまま水路に落ちて気絶したことを覚えていたルフィは、この2人に助けられたと気付いて上体を起こした。
「モリアはどこだ!?」
「ここにゃいねェよ! 安心しろ!」
「それより、体大丈夫か? オメェ能力者だろ? 不調とかねェか?」
「あァ……いや、大丈夫だ。ありがとう」
麦わら帽子を被りなおしたルフィは、ずぶ濡れにこそなっているが特に酷い怪我がないことを確認して立ち上がる。
すぐにでもモリアを追わねば、影を取り返すことも出来ない。
だが、リスキー兄弟の2人は急ぐルフィを宥めすかす。
「まァ待て待て。お前、屋敷のゲッコー・モリアを倒してェんだろ!?」
「おれら、モリアの能力の秘密を知ってんだ!! トンデモねェ〝力〟をお前にやる!! だから、モリアの奴を倒してくれ!!」
「力? お前ら何言ってんだ?」
リスキー兄弟がせかせかと話す内容にイマイチ理解が及ばないルフィ。
2人はひとまず会って欲しい人がいると言い、2人が所属する海賊団の船長を呼んだ。
名をローラと言う。
金色の髪を二つのおさげにした女性で、ルフィよりも二回りほど大きい。
「あら、あんた素敵ね! 好きよ!! 結婚して!!!」
「いや」
「破談だ──!! 4444回目の破談だ!!」
「そんなわけでこちら、おれ達〝ローリング海賊団〟の頭、〝求婚〟のローラ船長だ」
「おれ、急いでんだけど」
「まァまァ焦るな! 細かいことは抜きにして、モリアの能力について教えてやる!」
モリアの能力は影に関するものだ。
持ち主から引っぺがした影はモリアの手によって死体に入れられゾンビとなるが、ゾンビを浄化すれば影は抜けて持ち主の下へ戻る。
しかし、ゾンビを浄化した段階で抜けた影はモリア以外にも触れることが可能となる。
「影に触れる?」
「そうだ。おれ達が自分の影を探して必死になってんのに、どこの誰とも知らねェやつの影が解放されるなんざシャクだろ! なんとか出来ねェかと捕まえてみたのが始まりよ!」
そうして解放された影を捕まえ、人に入れれば影の持ち主の力がそのままプラスされることに気付いた。
並の精神力ならば精々2、3人がいいところだが、億を超えるような賞金首の精神力なら20人、30人もの影を入れられるかもしれない。
ローラはそう言ってありったけの影を用意し、ルフィへと入れ込み始めた。
兎にも角にも時間との勝負だ。
影を入れられた人間は強くなるが、その状態が続くのはおよそ10分程度。時間切れになってしまえば、影を入れられた人間は極度の疲労で動くことすらままならなくなる。
「今、モリアはおそらく屋敷の中にいるわ! どういう訳か、ゾンビたちが暴れ回って生きてる人間を皆殺しにしようとしてる! このままじゃあたしらもヤバいし、アンタの仲間もヤバいわ! 一刻も早くモリアを倒してくれることを願ってるわよ!!」
ローラはそれだけ言い、これまで確保してきたおよそ100人分の影をルフィの体にぶち込んだ。
☆
ゾンビたちが暴れ回り、オーズと麦わらの一味が戦い始めた頃。
白い髪の少女──アイリスは足音すら立てずに屋敷の中を堂々と歩き、泡を吹いて気絶しているペローナを肩に担いで移動していた。
ゾンビはそこら中にいるものの、誰もがアイリスのこともペローナのことも眼中に無いかのように、どこかへと移動している。
森の方には影を奪われて隠れ潜んでいる人間がいくらかいることには気付いていた。だが、数もそれなりに多いし自分の姿を見せる必要があるとも思えないので、ゾンビに処理を任せたのだ。
ひときわ派手な音と共に、オーズが屋敷ごと敵を壊そうと暴れているのが見えた。
体格の割に随分俊敏に動くものだと思うが、オーズの上位互換のような存在をアイリスは知っているので今更驚きはしない。
「うーん……」
屋敷を抜け、停泊している船のある方へ移動している頃に轟音でペローナが目を覚ました。
能力者であることは分かっているので、両腕には既に海楼石の錠が付けられている。後ろ手に回した状態で手錠を掛けられれば、ロクに鍛えているようには見えないペローナの筋力でアイリスをどうこうすることは不可能だった。
「ハッ! ゴキブリ嫌ーー!! クマシー助けてー!!!」
「……いきなり叫ばないで貰えます?」
不愉快そうに顔をしかめるアイリスの底冷えするような声に、ようやくペローナは自分が今どういう状態にあるのか理解した。
ウソップによるおもちゃのゴキブリと風船による精神的ショックで気絶させられたのだ。肉体的な傷は無いが、精神的動揺は大きく、落ち着くまで少々時間を要した。
アイリスの肩に担がれた状態のまま、ペローナはキョロキョロと辺りを見回す。
味方であるはずのゾンビたちは残らず森の方へ行って人間狩りを始めているか、オーズと共に麦わらの一味と戦っている。少なくともペローナにわかる範囲にはいない。
海楼石の手錠によって能力を使うことも出来ず、足をバタバタさせて暴れるも頬に一発ビンタされて大人しくなる。
「少しは大人しくする気になりました?」
「……な、何なんだ、お前は……」
「何と言われても困りますが」
「わ、私にこんな真似をして、モリア様が黙ってないぞ!! この手錠を外せ!!」
「はあ……面倒くさいですねえ」
うんざりした表情のアイリスは、肩に担いでいたペローナを地面に降ろす。
乱暴に降ろされて「ぐえっ」と悲鳴を漏らすペローナだが、その時あることに気付いた。
目の前の少女の
「お前、モリア様に影を奪われたのか? ホロホロホロ! それで私を人質にとって影を取り返そうとでもしてるのか? 随分必死だな!」
そういうことなら殺されることはないと気付き、乱暴な扱いをされても最悪は無いと余裕を見せるペローナ。
だがアイリスは特に返答することもなく、手帳を取り出した。
「あなた、何の能力者なんですか?」
「? ホロホロの実の霊体人間だ」
「なるほど、ホロホロの実、と……」
「そんなことを聞いてどうするつもりだ? 影を返して欲しいんだったが、モリア様と交渉に行くんだろう? 少しは口添えしてやるから、この扱いをなんとか──」
「黙って貰えます? 書き間違えるじゃないですか」
悪魔の実の名前と能力について聞き出したアイリスはいくつか質問を重ね、都度それを手帳にメモしていく。
何のためにかは分からないが、下手に逆らうと危険そうだとペローナは判断して正直に答えていた。
あらかた聞き終えたかと思うと、アイリスは手帳を懐に片付けて船の中へ入る。
程なくして出て来たかと思えば、その手には大振りのナイフが握られていた。
「お、お前……それでどうするつもりだ!?」
「? どうって、貴女を殺すために決まっているでしょう」
「か、影を取り返すためにモリア様と交渉するんじゃないのか!? な、なんで私を殺すんだ!!?」
「教える必要があるんですか? すぐに死ぬのに」
悪魔の実の名前を聞いたのはラベルに書くため。
能力の詳細を聞いたのは
それ以上の理由などないし、ペローナにそれを告げる意味もない。
「スケスケの実とホロホロの実。それにカゲカゲの実。大収穫ですね」
地位にはそれほど興味は無いが、ボーナスには期待出来そうだ。アイリスは手に持った大振りのナイフを振りかぶり──振り下ろす直前、至近距離に現れた人物を警戒して距離を取った。
見上げる程の大男だ。
モリアより少しだけ背は低いが、隆々とした巨大な上半身は熊を思わせる。
見聞色で分かる範囲でもその強さは驚異的だ。
男は静かに2人を見下ろし、口を開いた。
「モリアの部下か? ──旅行するなら、どこへ行きたい?」