ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

282 / 323
第二百四十八話:〝暴君〟

 

「ぼ……〝暴君〟……!?」

 

 ペローナが呆然と呟いた。

 モリアと変わらぬほどの体躯。手には手帳を持ち、被っている帽子などから第一印象は熊のような男だと思わせる。

 特に威圧しているわけではないが──船も無いのに突如としてこの場に現れたその男に、アイリスは警戒心が高まっていた。

 動けないまま倒れているペローナはモリアと同じ七武海の登場に恐怖しつつ、どうにかこの場から逃げ出せないか視線を彷徨わせる。

 

「……〝暴君〟バーソロミュー・くま。この場に現れるとは思いませんでした。モリアに何か用でも?」

「ああ。政府の要請で連絡事項がある」

「へえ……」

 

 七武海は誰も彼も我の強い海賊で、基本的に誰かの言うことを聞くような者たちではないが……くまだけは例外的に政府に忠実に動く海賊だった。

 かつてとある国の王として、海賊として残虐の限りを尽くして〝暴君〟と呼ばれるようになった男とは思えないほどに。

 アイリスは警戒心を緩めないまま、くまと会話を続ける。

 

「あなたの事は聞いていますよ。選ぶ権利があったのに選ばなかったせいで多くを失った()()()だと」

「……なるほど。彼女らしい評価だ」

「反論しないのですか?」

「その評価は的を射ている。おれから訂正する必要は無い」

 

 嘲るような、挑発的な言動だったが……くまはそれに対して怒ることも無ければ訂正するよう求めることもない。

 言い返すことさえしない姿勢に思わず眉根を寄せるアイリスだったが、こういうところが「愚か者」と呼ばれる所以なのだろうと納得する。

 あらゆることを受け入れることに慣れ過ぎている。

 それは、()()()()()()だ。

 

「そうですか。あなたに関しては一応指示を受けてますよ──」

 

 アイリスは気負うことなく、手に持っていた大振りのナイフを放り捨て、即座に弓を構えた。

 急所は狙わず、牽制として四肢を狙う。

 

「──『しばらく動けないように半殺しにしておけ』とね」

「政府の動きを理解してのことだな。相変わらずの判断力だ」

 

 高速で放たれた三本の矢を見るや否や、くまはその場から一瞬で消え失せる。

 アイリスはくまの能力についてカナタから聞いている。慌てることなく、自分から見て左側に移動したことを悟って矢を番えなおす。

 くまはニキュニキュの実の肉球人間だ。

 字面や響きからは特に危険さを感じないが、足裏と掌にある肉球はあらゆるものを弾くことが出来る。

 地面を蹴れば瞬間移動さながらに高速移動を可能とするし、矢を防ぐように手をかざせば刺さることなく逸れる。

 アイリスが狙いを定めた時には、既にくまが()()()()()()()()のが見えた。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしつつ身をかがめ、次の瞬間にやって来た不可視の砲撃を回避する。

 肉球が大気を弾いて大砲さながらの威力を出す技である。見聞色の覇気でどこに攻撃が来るかは大まかにわかるが、不可視であるが故に確実性を取るなら余計に動かなければならない。

 

「大人しくやられてはくれませんか」

「当然だ。彼女には借りがあるが、半殺しにされるのは勘弁願いたい」

 

 不可視の砲撃──〝圧力(パッド)砲〟と呼ばれるそれが嵐のようにアイリスへ襲い掛かるが、アイリスはそれを視えているかのように回避しつつ、時折くま目掛けて矢を射かける。

 鏃は覇気を纏っており、まともに当たればくまと言えど無事では済まない威力だ。

 何より、覇気を纏った武器ならば肉球の能力を無視出来る。迂闊に触れないため、くまは攻撃を回避し続けるしかない。

 圧力砲を貫通出来るほどの威力ではないため、その隙間を縫うようにしての攻撃だが……アイリスはカナタから直接指示を下されるほどの実力者だ。それくらい訳はない。

 

「強いな。おれを半殺しに出来ると彼女が判断してのことだろうから、相応の実力があることは予想出来たが……」

「ええ。これでも私、〝黄昏〟では上から数えたほうが早いので」

 

 くまの能力による瞬間移動にしても、見聞色で行動を予測出来ればそこへ()()()()()()()()()

 遠距離攻撃が圧力砲だけなら恐れることはなく、冷静に行動することさえ出来れば決して倒せない相手だとは判断していなかった。

 だが、くまのそれとは違いアイリスの矢は有限だ。

 持ち歩ける数には制限があるし、そもそもこの島で行動している時にはそれなりに消耗している。ある程度は回収しているが全てを回収出来ているわけではない。

 雨のようにバラまけば、矢が尽きるのも時間の問題だった。

 

「……矢が尽きたか。諦めるか?」

「冗談言わないでもらえます? この程度で任務失敗なんて報告したら怒られますよ」

 

 くまの体にはいくつかの傷があるが、深手とは言えない。

 破れた服の隙間から機械が見えているが、それについて確認するのは後でいいと判断し、アイリスは弓を背負いなおす。

 矢が尽きた以上、無手で戦うしかない。

 アイリスは高速でくまの懐に潜り込むと、それに反応したくまの腕を弾いて腹へと強烈な蹴りを食らわせる。

 だが、その手応えに思わず顔をしかめた。

 

「随分硬い……! 体を改造しているんですか?」

「そうだ。おれは政府の〝人間兵器〟──名を〝パシフィスタ〟と言う。まだ未完成だがな」

「なるほど……」

 

 ただでさえ頑丈な肉体と言うワケだ。

 それに加えて覇気による防御が合わされば、なるほどアイリスの覇気を込めた蹴りでも容易くは破壊出来ない。

 

「ただ頑丈になっただけではない。()()()()()()も可能だ」

「っ!?」

 

 くまはその言葉の後に口を開くと、そこがピピピという機械音と共に光を発していく。

 アイリスはその行動に目を見開いて驚き、発射されたレーザーを間一髪で回避する。

 レーザーが直撃した場所は爆発してレンガの壁が融解していた。

 

「……妙な武器まで搭載しているんですね」

「黄猿のレーザーを武器に落とし込んでいる。ベガパンクの仕事だ」

「ベガパンク……直接会ったことはありませんが、ロクでもない男だという噂は聞いていますよ」

「……悪い男ではない。立場上仕方ないだけだ」

 

 くまの反論には耳を傾けず、アイリスはくまの足元へと踏み込む。

 六式による三次元的な高速移動で全身に蹴りを叩き込み、どの程度の威力なら通じるかを検証していく。

 もちろんくまとて無防備にそれを受けるはずもなく、頑丈な肉体を覇気で強化して攻撃を防ぐ。

 何度目かの交錯の後、一度距離を取ったアイリスを追ってくまが肉薄する。ニキュニキュの能力による高速移動だ。

 

「くっ、まず──」

「悪いが、ここから消えて貰おう」

 

 くまの肉球によって弾かれ、アイリスはその場から姿を消した。

 大きく息を吐いた後、くまは手袋をして落とした手帳を拾い上げる。土を払い落とすと、近くに身を縮こまらせているペローナがいることに気付いた。

 海楼石の手錠をされているせいで能力も使えず、かと言って下手に逃げようとすればくまとアイリスの戦いに巻き込まれそうだったため、出来る限り身を縮こまらせて被害が及ばないように祈っていたのだ。

 

「モリアの部下か?」

「あ、ああ……その、悪いがこの手錠外してくれないか?」

「海楼石か」

 

 くまの肉球ではがっちりと接触している手錠を外すことは出来ない。

 アイリスが乗って来たであろう船は小さく、くまが乗れる大きさではないため、なんとかペローナに頑張って鍵を探してもらうしかなかった。

 幸い鍵はきちんと整頓されていた箱の中にあったらしく、手錠を外すことは出来た。

 生きた心地のしなかったペローナだが、ここに来てようやく落ち着くことが出来たと言えよう。

 

「助かった。モリア様に会いに来たんだろう? せめてもの礼だ、案内してやるよ」

「助かる。ところで、あれはあのままでいいのか?」

 

 先程からスリラーバーク内で曲芸のような暴れ方をしているオーズを指差すくま。

 あのままでいいも何も、ペローナにどうにか出来るものではない。肩をすくめて「モリア様に聞くしかねェ」と答え、港の入口にある壁を登って真っ直ぐ屋敷へ向かう。

 オーズが暴れているのは屋敷前であるため、このまま近付けば巻き込まれることになるが……くまは気にした様子もなく、ペローナの後ろを歩いていた。

 ペローナはちらちらとくまの方を振り返り、「怪我は平気か?」と尋ねる。

 

「軽傷とは言えないが、重傷と呼ぶほどの傷ではない。用事を済ませてから治療すればいい」

「そ、そうか……その、だな。モリア様は多分屋敷の中にいると思うんだが、このまま近付くとオーズが暴れているところに突っ込むことになるんだが……」

 

 戦っているのは麦わらの一味だ。

 圧倒的な質量差にも怯まず、オーズがボロボロになっているのがわかる。あの巨体で身軽に動くオーズをあれだけボロボロに出来ると言う時点で既にペローナは近付きたくないのだが、礼をすると言った手前逃げようにも逃げられない。

 

「つまり、奴らにバレずに奥の屋敷に行けばいいのか?」

「そうだ」

 

 それを聞くなり、くまはペローナを抱き上げて屋敷の目前まで瞬間移動した。パッと移動したため、何が起こったのかペローナも分からず目を白黒させている。

 ペローナの言葉を聞くより先にくまは屋敷の扉を開けて奥へと入り、ペローナを降ろして案内を頼む。

 とは言え、ここまで来たらいる場所は大体決まっている。

 モリアの私室へと足を向け、程なくして着いた部屋の扉を数回ノックした。

 

「モリア様、客です」

 

 ペローナの言葉に返事はなく、もう一度ノックしてみるも特に反応はない。

 いないのかもしれないと思いつつも、中を確認しようと扉を押す。

 基本的にモリアの私室に鍵は掛かっていない。本人が何事も自分でやらないので、普段はゾンビの側仕えが出入りして掃除や食事の準備をやるために鍵を掛けないようにしているのだ。

 扉を開けたペローナとくまが見たのは。

 

「モリア、様?」

 

 酸化した血が黒く染まり、仰向けに倒れて絶命しているモリアの姿だった。




攻撃を置きに行くって表現、一般的ではないから伝わらないような気がして「まぁ趣味の小説だしいいか」と開き直った

来週はお休みです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。