ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百四十九話:ナイトメア・ルフィ

 

 影を入れられた肉体は痛みを知らず、疲れを知らず、恐怖を知らない不死身の軍隊である。

 肉体が強靭であればあるほどにその厄介さを増し、入れられた影の持ち主が実力者であればあるほど肉体の性能を十全に発揮する恐るべき武器となる。

 であれば、古代巨人族の極めて強靭な肉体と、三億を超える賞金を懸けられるルフィの影を入れられた現在のオーズの強さは、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海においては並ぶ者がいないと言っても過言ではない。

 ……ないのだが。

 今、オーズは麦わらの一味の手によって物理的に引っ繰り返され、良いように翻弄されてボロボロの姿を晒していた。

 

「案外、何とかなるモンだな」

 

 フランキーの言葉に、普段は悲観的なことを言うことが多いナミやウソップでさえ頷いた。

 巨人族の肉体にルフィの影。確かに強力な組み合わせだし、実際かなり手を焼いているのだが……ゴム人間の頃の感覚が抜けないのか時たま伸びもしない腕を伸ばそうとして空ぶったり、ウソップの単純な嘘にダマされて隙を晒したりと、付け入る隙はそれなりにある。

 問題は、どれだけダメージを与えても痛がる素振りも見せずに動き回ることだ。

 

「本当に不死身なのか? ゾロとサンジは倒す気満々みてェだが……」

「不死身の人間なんていないよ。あれは痛覚が無いだけで、ダメージが無い訳じゃない」

 

 ウソップの疑問に、確信を持ったようにチョッパーが返す。

 世界最高峰の医者であり、このゾンビたちを生み出す一助をしていたホグバックと相対し、チョッパーはゾンビたちを理解した。

 ホグバックの天才的な腕で傷などは完璧に縫合されているが、生きているわけではないので治ることはない。オーズの死因は今もそのままになっているハズだ。

 それでも痛みを感じない特性は脅威である。

 単純に体の大きさが違うこともあり、オーズにダメージが蓄積しにくいこともあり、苦戦は免れなかった。

 

「でも、このまま押せば何とか行けそうじゃない?」

「周りのゾンビ共次第じゃあるが……ブルック! そっちは大丈夫そうか!?」

「ヨホホホホ!! 何とか!! しかし、塩が足りないかもしれません!!」

 

 オーズが暴れて巻き添えを食らうのも厭わず、他のゾンビたちが濁流のように押し寄せてきている。

 ブルックが塩を担ぎ、身軽なのを生かして片っ端からゾンビを浄化しているから何とかなっているだけで、既に塩もだいぶ減っていた。

 オーズを浄化出来れば話は早かったのだが、軽やかに動き回る上に少量では効果が無かった。塩の量も限度があるので、オーズひとりを浄化するかその他多くのゾンビを浄化するかで天秤に掛けねばならなかったのだ。

 

「オーズさえ何とか倒せば、あとは何とかなる……わよね?」

「分かんねェよ! けど、このままじゃ数で押し負けるだろ! あのゴースト女だっていつ目覚めるか分かんねェし!」

 

 風呂場でナミの裸を見た透明人間や、ウソップが気絶させたゴースト女だっているのだ。前者は何故か全く手を出してこないが、見えない分一番最悪のタイミングで動かれる可能性があるし、後者は目覚めたらこっちが押し潰されることになる。

 ウソップもかなり必死に塩をゾンビたち目掛けて放っており、誰もが余裕が無いことが窺えた。

 そんな中、近くで話を聞いていたロビンは少しだけ思案する。

 

(……ゾンビたちの性質が変わったのは、恐らくモリアが命じたから。でも、味方のハズのホグバックさえ殺したのなら、透明人間やゴースト人間だってゾンビに見つかれば無事では済まないハズ)

 

 透明人間なら姿を隠すことは容易だが、ゴースト人間はそうもいかない。気絶している間にゾンビたちに殺されている可能性もある。

 そもそも何故モリアは味方ごと敵を殺戮し始めたのか。

 何か見落としがある。

 決定的な見落としが。

 

「──ロビン!! 逃げろ!!!」

 

 ハッとして、ロビンは呼びかけられるままに視線を巡らせ、オーズの拳が上空から降ってくるのが見えた。

 軽やかに動くオーズの腕が伸びることはない。それでも、60メートルを超す巨体の腕ならば相応の長さがあり、伸びずとも十分なほどのリーチが存在する。

 回避しきれない。

 考えに耽っていたことを後悔する。今からでは回避できず、防御したところで上から叩きつけられる拳を受け止め支えることなど出来ない。

 ロビンが何か行動に移すよりも早く、その拳は叩きつけられた。

 

「ロビン!!」

「マズい、あんなのまともに食らったらひとたまりもないぞ!」

 

 急いでロビンを治療しようとチョッパーが走り出し──そのすぐ後で、目の前に現れた誰かに足を止める。

 背中しか見えないが、見覚えの無い大男だ。しかし、その臭いは確かに記憶にある。それに、片手でロビンを掴んでオーズの攻撃から逃がしてくれていた。

 少なくとも敵ではない。

 

「だ、誰!?」

「ロビン! 良かった、無事だった!!」

「ど、どなたか存じませんが、助けてくれてありがとう!!」

 

 チョッパー、ナミ、ウソップが矢継ぎ早に喋る。

 青い肌の男は背に刀を背負い、ジッとオーズを見つめていた。

 オーズもまた、見覚えの無いその男を見て首を傾げる。

 

「誰だ、お前」

「モンキー!! D!! ルフィだぜ!!!」

 

 モリアが奪った影をさらに奪い、100人分の影を入れられたことで超常的な強さを得たルフィ。

 その強さは、ルフィの影を入れられたオーズを遥かに凌ぐ。

 

 

        ☆

 

 

 圧倒的だった。

 100人分の影を入れられたルフィ──便宜的にナイトメア・ルフィと呼ぶその状態での強さは、オーズをボロボロにしてなお余裕があった。

 周りにいたゾンビを巻き込み、建物ごとオーズをボコボコに殴り倒すさまはこれまでの鬱憤全てを晴らすようで、見ていて実に気持ちがいい。

 だが、それを眺めているだけでは事は終わらない。

 

「モリアを探さなきゃいけないわ」

 

 影の主導権はあくまでモリアにある。

 彼を倒さなければ、オーズを倒したところで解放できるのはルフィの影ひとつだけ。完全勝利とは言い難い。

 奪われたゾロとサンジの影は未だ戻っていないのだ。これを取り返さねばならないと、ロビンの言葉に皆が頷いた。

 

「だけど、探すったってどこを?」

「屋敷のどこかに隠れてるんじゃねェか?」

「この広い屋敷を探すのも手間だぞ。それに夜明けまでもう時間がねェ」

 

 オーズがデタラメに舵を切った影響で、船は既に霧の海域を抜けている。霧の深い中であれば朝日が届くことはなかったが、この状況では危険すぎて夜明けの近い今、出歩くことは避けるべきだった。

 とは言えそうも言っていられない。

 オーズが巻き込み、ブルックがだいぶ減らしてくれたとはいえ、ゾンビは未だ多く存在している。今はゾロとフランキー、ブルックが散発的に襲ってくるゾンビたちに対処しているのでこうして話し合いが出来ているが、一斉に襲い掛かって来られればひとたまりもないだろう。

 

「片っ端から探すしかねェだろ」

「んな時間ねェだろ!? もう夜明けまでギリギリだぞ!?」

「ここでおれとマリモが抜けたらそれこそゾンビどもにやられるだろ。数が違いすぎる」

 

 兵士(ソルジャー)ゾンビくらいならどうにでもなるだろうが、残っている将軍(ジェネラル)ゾンビはかなり厄介だ。

 影を取られるだけなら命の心配はなかったが、今は同士討ちに近い真似までしてこちらを殺しにかかっている。

 分散するとゾンビに囲まれる。どうにか包囲を抜けてモリアを探さねば──と考えていると、屋敷の一角が爆発した。

 否、爆発したというのは少々違うだろう。

 正確に言えば、何かが屋敷の内側で破裂し、内部から吹き飛ばしたのだ。

 

「なんだ!?」

「誰か出て来る……」

 

 人影は二つ。

 片方はモリアだが、もう片方はサンジたちには見覚えがない。しかしロビンはその姿を知っているのか、大きく目を見開いた。

 

「〝暴君〟バーソロミュー・くま!? 何故彼がここに!?」

「知ってんのかい、ロビンちゃん」

「ええ。彼はモリアと同じ〝七武海〟の一角を占める男よ。本来あの2人は味方同士のハズ……」

 

 だが、見る限り争っている。

 近くに着地したくまを狙ってモリアが空中で加速し、黒く染まった拳を叩きつけた。

 派手な音と衝撃波がまき散らされる。くまもまた、腕を黒く染めあげて防いでいたが……もう片方の腕には誰かを抱いている。

 くまは麦わらの一味を認識すると、モリアとのぶつかり合いを止めて即座にウソップ達の傍へと瞬間移動した。

 

「〝麦わらの一味〟だな? 悪いがこの子を頼みたい」

「ど、どういうこと!?」

「説明している暇はない。あれは()()()()()()()()()()()()ようだ」

 

 要領を得ないくまの言葉に疑問を覚える暇もなく、抱えていた誰かを降ろしたくまは再び瞬間移動して追って来ていたモリアを止める。

 手にある肉球で大気を飛ばす〝圧力(パッド)砲〟を食らっても、モリアは物理的に仰け反りはしても痛みを感じている様子さえ見せない。

 その姿は、ある種異様だった。

 

「一体何が起こってんだ……」

「うげ!? この女、おれが倒したゴースト女じゃねェか!!」

「酷い痣だ。多分打撲で意識を飛ばしているだけだと思う」

 

 チョッパーが脈拍や出血を確認しながらそう言い、異常が無いか診断していく。

 そうしていると、ゾロが声を張り上げて警告する。

 

「気を付けろ! オーズが飛んでくるぞ!!」

 

 ゾロの言葉通り、投げ飛ばされたオーズが屋敷を砕きながら近くに落とされた。

 周りのゾンビたちも動ける者は随分減ったらしく、呻いてはいても物理的に手足が動けない状態になって辺りに転がっている。

 ナイトメア・ルフィはオーズを圧倒し、完膚なきまでに叩きのめしていく。

 その強さにくまもモリアも目を見開き、驚きを隠せない様子だった。

 何を思ったか、くまは声を張り上げる。

 

「〝麦わら〟のルフィだな!? 影を取り返したければモリアを倒せ!! その巨人はおれが相手取ろう!!」

「誰だオメェ。けどわかった!」

 

 モリアを倒して影を奪い返す、というのは当初からの目的だった。オーズはその障害になっているだけで必ずしも打倒の必要があるわけではない。

 ルフィの強さを見て、あれならば互いの相手を入れ替えたほうがより簡単に事が運ぶとくまは考えたのだ。

 戦闘相手を入れ替え(スイッチし)た2人は、即座に大技を叩き込む。

 

「〝熊の衝撃(ウルススショック)〟」

「〝ゴムゴムの〟──〝バズーカ〟!!!」

 

 大気を極めて小さくなるまで圧縮し、それを解放することにより爆弾のように衝撃が広がる〝熊の衝撃(ウルススショック)〟は、オーズの巨体を覆いつくしてなお広がり全身を衝撃波で打ち据える。

 ルフィの両腕はモリアに防がれるも、100人分の影を込めた威力は防ぎきれるものではなく無残に吹き飛ばされた。

 

「や、やった!!」

 

 オーズは痛みこそないものの、全身を打ち据える衝撃に体が動かなくなっており、モリアは防いだ両腕ごと体を強烈に殴りつけられて倒れていた。

 くまは平気な顔をしているが、ルフィの方は全ての影が抜けて疲労の末に倒れ込んでいる。

 もろ手を挙げて喜ぶウソップに合わせるように、辺りから声が飛んで来た。

 

「やってくれたわね、私たちの希望が!!」

「ホントだぜローラ船長!! 周りのゾンビたちも処理しちまえば、もうこっちの勝ちだ!!」

 

 ルフィに影を与えたローリング海賊団の面々である。

 彼らは戦っているゾロたちに手を貸すように武器を構え、ゾンビたちを次々に行動不能にしていく。

 いきなりの展開に目を白黒させるフランキーたちだが、ひとまず敵ではないようだと同じようにゾンビを処理していくことにした。

 その間に倒れ込んだルフィの下へ走ったチョッパーは、急いでルフィの体を診察していく。

 

「ルフィのあの強化はなんだったんだ……?」

「影が抜けて行ったかと思えば、いつものルフィに戻ったわね。多分、死体に影が入れられるとゾンビになるように、生きた人間の体に影を入れると()()()()のよ」

 

 ロビンの予想を聞いて、チョッパーが「へー、そうなのか!」と感心したように頷く。

 診た限りでは極度の疲労である。大きな怪我も特に見当たらない。

 安心した様子のチョッパーの横に、今度はくまが現れた。

 

「何の用かしら? 申し訳ないけれど、今は取り込んでいるの」

「そう言うな、ニコ・ロビン。まだ戦闘中だ。一時共闘としないか?」

 

 くまが静かに指差す先には、大ダメージを食らったにもかかわらず平然とした顔で立ち上がるモリアの姿があった。

 両腕は折れて使い物にならない。肋骨だって何本も圧し折れている。ともすれば内臓にまでダメージがいっているかもしれない。

 それでも立ち上がる姿に、チョッパーとロビンはゾッとして──まるでゾンビだ、と感想を抱く。

 モリアは折れた両腕を見下ろし、面倒くさそうな顔でため息を吐いた。

 

「ここまでですか。まったく、手間を掛けさせてくれる……」

 

 この状態では上手く戦うことも出来ない。モリアは倒れたゾンビたちを見て、敵対するローリング海賊団、麦わらの一味、そしてくまを見回し、再びため息を漏らす。

 これでは仕事に差し支える、と。

 

「仕方ありませんね。暗殺だけの楽な仕事だったハズなのですが」

「……モリアは、いったい何を言っているの?」

「あれはモリアではない」

 

 くまが断言する。

 ロビンはその言葉に眉をひそめ、再びモリアの方を見る。少なくとも、姿はモリアのものだ。しかし、確かに口調には違和感があった。

 

「おれが屋敷で奴を見つけた時、既に奴の体には致命傷があった。おれも見た瞬間死体だと判断した。だが、泣いて縋るあの娘を弾き飛ばし、無防備に近付いたおれに奴は奇襲をかけた」

 

 肉体が改造され、ベガパンク製の頑丈な肉体になっていなければ致命傷を負ってもおかしくはなかった。

 それほどまでに堂に入った演技だった──いや、あれは決して演技などではない。

 流れて乾いた血も、服の下に隠された致命傷も、全て演技のために用意されたものではない。

 で、あるならば。

 

()()()()()()()()()()

 

 それだけは間違いない。

 では、何故死体が動くのか。

 それは、この島では容易く答えが出る。

 

「影を入れられたから……?」

 

 では、()()()()()()()()()()()

 影を操るカゲカゲの実の能力者はモリアだけだ。同じ時代に同じ能力者は現れない。

 モリアの死体の口から、誰かの影が抜け出て来る。もはや砕かれた肉体に未練などないと言わんばかりに、その殻を脱ぎ去った。

 

「カゲカゲの実の能力者は間違いなくモリアだった。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 くまの言葉に、ロビンはとある女性を想起した。

 能力者を殺し、悪魔の実を奪い、それを収集する。それは、ロビンも良く知るかの〝魔女〟の手口ではないか。

 もちろんその技術は彼女だけのものではないのだろう。やり方さえわかれば余人にも行うことが可能でなければ、あれほど多くの悪魔の実は集められない。

 では──モリアを殺し、カゲカゲの実を奪い、その能力者になった者は極めて限られる。

 

「モリアを殺して、新しくカゲカゲの実の能力者になったのは──〝黄昏〟の人間?」

 

 〝スリラーバーク〟の港にはサニー号の他に船があった。最初から誰かがいるのは分かっていたことだ。

 モリアの口から抜け出た影は、ロビンとそれほど変わらぬ体躯の女性の影だった。

 その影はどこかへ飛んでいく様子も見せず、地面に降り立った。

 

「……一度は他の島へ飛ばしたハズだが。どうやって戻って来たんだ」

「私たちは特殊な訓練を受けているのですよ。対能力者を想定して、悪魔の実の能力を無効化ないし軽減する訓練をね」

 

 のっぺりとした影が立体的になり、頭から()()()()()()()()

 白く艶のある長髪。端正な顔立ちはアラバスタで見たリコリスによく似ている、とロビンは思った。

 少なくとも、ロビンと面識のある者ではない。もし知った相手であれば、こんな状況には決してならなかっただろう。

 モリアが人が変わったようにゾンビたちを使って島にいる人間を皆殺しにしようとした理由もわかった。彼女が新たな支配者となり、影を伝ってゾンビたちに命令を下していたからだ。

 

「まったく、本当に手間を取らせてくれます。モリアが死んだことを他所に漏らすな、と厳命されているんですよ。大人しくここで死んでもらえますか?」

 

 ──〝黄昏の海賊団〟におけるカナタの直属〝戦乙女(ワルキューレ)〟の一翼。

 多くの選抜試験を潜り抜け、数多の実力者を下して若いながらも次代の幹部候補とされる女。

 アイリスが、遂にその姿を眼前に晒した。

 

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