ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百五十話:アイリス

 

 上手くいかなくなったのはどこからだろうか、とアイリスは考える。

 〝スリラーバーク〟への侵入は簡単だった。元々物資搬入などの仕事を請け負っていたため、ビブルカードを使えて探す手間は無かったし、侵入方法も既に知れていた。

 モリアの部下に関しても既に調べ上げられており、優秀な索敵であるゴーストを扱えるペローナと透明人間のアブサロムの対処は最優先であった。

 もっとも、アブサロムを始末した段階でペローナの意識は別の方向へ向いていたし、モリアがあまりにも隙だらけだったのでモリア暗殺を優先したのだが。

 モリアの暗殺にしても、それほど手間は取らなかった。

 少々逃げられて時間はかかったが、それとてアイリスの想定を超えるものではない。

 ルフィにモリアの死がバレそうになったが、手に入れたカゲカゲの実をすぐに食べてモリアの死体にアイリスの影を入れ、遠隔で操作することで生きているように誤魔化すことは出来た。

 それから島中の影を入れられた死体に皆殺しの命令を下し──気絶していたペローナを探させ、確保したまでは順調だった。

 

 旗向きが変わったのは、バーソロミュー・くまが現れてからだ。

 

 元々、カナタからの指示は〝モリアの殺害〟と〝その死を余人に知られないこと〟である。

 ゾンビたちに暴れさせて生存者を消しながらペローナを攫い、その悪魔の実を手に入れ、アイリスのもの以外の船を沈めて島から脱出すれば、もはやモリアの死を知る者は島から出られなくなる。そうなれば同じことだ。モリアの死体にはアイリスの影を潜ませているので、機を見て海にでも飛び込めばモリアの死を知ることはない。

 ところが、くまが現れ、この島におけるアイリスの仕事が増えたが故に、アイリスは残らざるを得なくなった。

 副次的に出された〝バーソロミュー・くまの半殺し〟の命令が事態をややこしくさせたのは、カナタとて予想外であったろう。

 モリアの死体を操って遠隔で倒せればそれでよかったが、痛みを感じぬ死体とはいえ両腕を粉砕されて動かせないのではまともに戦えない。

 アイリスはモリアの死体から影を出し、()()()()()()()()()()()()()姿を現した。

 

「まったく、本当に手間を取らせてくれます。モリアが死んだことを他所に漏らすな、と厳命されているんですよ。大人しくここで死んでもらえますか?」

 

 それは、どこまでも上から目線の命令だった。

 ローリング海賊団も麦わらの一味も〝黄昏〟の傘下として認められているわけではない。傘下でないのなら配慮する理由もない。

 アイリスはどこまでも冷徹に、任務遂行を第一として動く。

 その本気の殺意を感じ取ったのだろう。ロビンは冷や汗をかき、焦った様子でアイリスを止めにかかる。

 

「待って! 私たちは〝黄昏〟と敵対するつもりはないわ!!」

「そのつもりがなくとも、余計なことを知った以上は生かしておく理由もないでしょう」

「私たちは〝黄昏〟と協力する間柄よ。ついこの間も〝エニエスロビー〟の一件で肩を並べたわ!!」

「……新しく入った傘下の海賊、ということですか?」

「それは──」

 

 ちらり、とルフィの方を見る。

 ロビンが確認を取るよりも先に、ルフィは先の戦いでの疲労でほとんど動けないまま顔を上げた。

 

「傘下になった覚えはねェ!!」

「……では、一体なんだと? 傘下でもないのに肩を並べて戦うなど、不可解そのものですが」

 

 事実確認はすべきかもしれないが……傘下ではなく、見覚えのある顔がいるでもない。ロビンの言い分など、アイリスからすれば命乞いをしているだけにしか見えない。

 そのような言葉に惑わされて一々確認していては仕事など出来ないのだ。カナタとて暇ではないのだから、余計な時間など使わせられない。

 それに、傘下だと偽って逃げようとする海賊も同様にいくらでもいる。何のためにアイリスたちが連絡を密にして傘下の管理をしているのか、理解していないとしか思えなかった。

 基本的に海賊の言葉など信用するに値しないのだ。

 アイリスはこれまで同様、躊躇うことなく弓を構える。矢は船にストックしてあるものを補充していた。ルフィたちを全滅させて余りあるくらいには、余裕がある。

 

「もし本当に関係者だとしても、私たちに通達されていない時点で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここで見逃す理由にはなりません」

 

 疲労困憊で動けないルフィよりも、狙うべきはくまだ。

 会話の最中でもこちらを油断なく見ており、隙を見せれば即座に攻撃に移ろうとしている。

 高速で三本の矢を続けざまに放つと、くまはそれを予想していたように瞬間移動で回避した。

 そのままアイリスの背後に回って〝圧力(パッド)砲〟による攻撃を放つ。

 

「それはもう何度も見ました。芸が無いんですね?」

「それはこちらも同じことだ」

 

 するりとくまの攻撃を回避したアイリスは、同じ攻撃では埒が明かないと考えた。

 故に──まだ不慣れだが、新しく手に入れた能力を使うことにする。

 

「〝影法師(ドッペルマン)〟」

 

 弓を背に抱えなおしたアイリスの足元から影がめくれ上がる。

 のっぺりとした影は立体的になり、アイリスと背中合わせで立つ。

 影を先行させて走るアイリスを前に、くまは腰を落として迎え撃つ体勢を取った。

 

「〝つっぱり圧力(パッド)砲〟!!」

 

 連続して大気を弾く攻撃を前にしてもアイリスは引かず、不可視の攻撃の軌道を読み切って接近する。

 先行する影に攻撃が当たることなど気にも留めていない。元より当たったところで影にダメージなど無いのだから当然のことだ。

 アイリスひとりだけでもくまが手こずるというのに、その影まで同時に接近して格闘戦を行うともなれば分が悪い。

 だが、くまとて改造された肉体の頑丈さは分かっている。まともに攻撃を受けなければ大きなダメージは無いのだからと、自らの頑丈さに身を任せた無理な攻防を繰り返していた。

 

「全く、嫌になる頑丈さですね!」

「ベガパンク特製の体だ。簡単に壊れては奴も立つ瀬があるまい」

 

 くまはベガパンクの事を随分と信用しているようだったが、それでも手数が違う。〝戦乙女(ワルキューレ)〟でも上位に入るアイリスの覇気は並みではなく、一撃でも多く当たればその分の消耗は免れない。

 ほころびは、すぐにでも訪れた。

 

「くっ──!!」

「あはっ! なぁんだ、やっぱり無理してたんじゃないですか!!」

 

 鉄を超える強度の鋼でも、内側から破壊する覇気を食らえば何度も耐えられるものでもなく。

 およそ人体がぶつかり合うような音とは思えぬ硬質な音の衝突が何度も響き、次第にショートした機械が煙を上げ始めた。

 遂にくまが膝をついた瞬間、アイリスの拳を横入りしたローラが刀で受け止めた。

 もちろん、覇気でコーティングされているわけでもない武器でアイリスの拳など受け止められるはずが無い。ローラの刀は簡単に砕けて吹き飛ばされ、くまにぶつかって止まる。

 

「ぐっ……ゲホッ!! なんて威力だい……!!」

「はぁ……なんですか、貴女。大して強くも無いのに割り込んできて。そんなに先に死にたいんですか?」

「うるさいね。私らにだってプライドってモンがあんのさ!!」

 

 ルフィたちには希望を見せてもらった。

 彼らが勝てば、モリアの支配から抜け出せるという希望を。

 その希望が潰えた今となっては、次なる支配者であるアイリスを倒さないことにはこの支配から逃げられない。それどころかアイリスは自分たちの影など関係なく全員殺すという。

 狙われているのが自分たちだけではなく麦わらの一味もとなれば、ローラ達も逃げるわけにはいかない。

 

「恩人が命張って戦ったんだ!! 私らだって命張らなきゃ、仁義もクソも無いでしょうが!!!」

 

 ローリング海賊団では勝つことは難しく、麦わらの一味が全員オーズとの戦いでボロボロになっている以上、ローラ達の勝ち筋はくまを援護することだけだ。

 選択は決して間違いではないが……それが可能かと言われれば、難しいと言わざるを得ないだろう。

 

「下がっていろ。もうじき夜が明ける。日が差せば、お前たちは危ないだろう」

「日が差せば危ない? ……ああ、そういえば、影を取られた人間は日に当たると消滅するんでしたっけ。私が手を出すのはその後でも良かったかもしれませんね」

 

 事前にモリアの資料を読んで何が出来るかは知っているが、実体験として身についていない。

 そもそも悪魔の実を食べたばかりで能力の制御も覚束ない状態だ。直感的に使ってくまを押しているものの、それはほとんどアイリスの素の強さによるところが大きい。

 少し待てば邪魔が入らなくなるとはいえ、弱者を相手に時間稼ぎなど強さこそ是とする〝九蛇〟の価値観とは相容れないものだ。

 パチンと指を鳴らせば、それを合図にオーズが再び立ち上がる。

 

「オ、オーズ!!? まだ動けるっていうの!?」

 

 ローラが悲鳴を上げる。

 これまで散々絶望的な強さを叩きつけられてきたのだ。麦わらの一味が総力を挙げて叩きのめしたオーズが、ここに来て再び立ち上がるなど悪夢以外の何物でもない。

 肉体的にはボロボロになっているハズだが、オーズは何事もなかったかのように立ち上がっている。

 

「痛くも痒くもねェ……!」

「だ、そうですよ。良かったですね、存分に遊んでもらうといいですよ」

 

 アイリスは嘲るような笑みを浮かべ、オーズに指示を出す。

 どうせ失ったところで痛くもかゆくもない手札だ。存分に利用し、使い潰すつもりだった。

 時間稼ぎなどする必要もない。使えるものはすべて使い、絶対的な武力で叩き潰す。

 だが、くまはそれをただ座して待つつもりはなかった。

 

「少しだけ時間を稼げ」

「わ、わかったわ! でもそんな長い時間は無理よ!」

「理解している」

 

 ローラにそう言うや否や、くまは瞬間移動でルフィの横に現れた。

 100人分の影を入れた後遺症で動くことも満足に出来ない今、ルフィに出来る事は限られている。

 今は肩を並べているとはいえくまは七武海。ルフィに害を及ぼそうとする可能性はゼロではない。

 ゾロは刀に手をかけ、くまの一挙手一投足に集中する。

 

「そう睨むな、〝海賊狩り〟のゾロ。何もこの男を殺そうと言うのではない」

「だったら何をするつもりだ?」

「こうするのだ」

「!?」

 

 片手でルフィを持ち上げ、もう片方の手でルフィの体を()()

 すると、ルフィの体から肉球の形状に何かが排出されていくではないか。その現象にゾロのみならず、周りにいたローリング海賊団や麦わらの一味が目を丸くする。

 

「お? なんか体が軽くなった!」

「これはお前がここまでの戦いで蓄積した〝疲労〟や〝痛み〟だ。体は随分と楽になり、動けるようになっただろう。今は一人でも戦える者が欲しい」

「ありがとう、くまみたいなやつ!! よーし、オーズの奴はおれがブッ飛ばしてやる!!!」

「その必要は無い」

「? なんでだ?」

「お前が受けて蓄積した疲労や痛みは、このまま置いておけば再びお前に戻るだろう。その前に」

 

 くまはルフィの体から弾き出されたそれを、オーズ目掛けて飛ばした。

 当然、オーズはそれを避けようとするが──足をもつれさせて転び、まともにそれを食らってしまう。

 痛みを感じないゾンビではあるが、それは痛みや疲労を蓄積しないという事ではない。

 これまでの戦いで傷つき、痛み、疲弊した肉体は、決して無事などではなかった。

 筋肉は断裂し、骨は軋んでいる。痛みを感じないために限界を超えて動けても、それで万全の状態と同じパフォーマンスを発揮することなど土台不可能である。

 

「お前の攻撃であのゾンビは既に限界を迎えていた。おれの一撃を受けて倒れ、今の攻撃を受けた以上はもう動くことは出来んだろう」

 

 ルフィはオーズが倒れたことでくまの言葉に納得し、ならばと次の相手を見る。

 既に立ち向かっていたローラ率いるローリング海賊団の大多数は血祭りにあげられている。彼女たちに止めを刺すよりもくまを先に倒すべきだと考えたアイリスは、倒れるローラ達を尻目にくまへと近付いて来た。

 

「ニキュニキュの実というのも、案外色んな使い方が出来るんですねえ」

「悪魔の実の能力は能力者自身が鍛えることで多くの可能性を生む。能力者になったばかりのお前では、まだ難しかろう」

「余計なお世話です、よ!!」

 

 くまの拳を避け、その胸部へと蹴りを叩き込んでたたらを踏ませる。

 続けて殴りかかろうとしたところで、蒸気を発するルフィが横合いから割り込んで攻撃してきた。

 

「ギア2──ゴムゴムの〝JET(ウィップ)〟!!!」

「チッ!」

 

 速度だけなら六式使いとそう変わらない。

 ルフィの攻撃を紙一重で避け、アイリスは続けざまに切りかかって来たゾロの刀を素手で受ける。

 覇気を纏っているわけではない刀と、覇気を纏ったアイリスの腕がぶつかって硬質な音が響く。

 

「厄介だな、覇気使いってのは!!」

「あちらの麦わら帽子の人は痛みも疲労もポンと飛ばされたみたいですけど、貴方は間に合わなかったようですね」

 

 明らかに精彩を欠くゾロの動きに、アイリスは素手で刀と打ち合ってガードを跳ね上げ、その腹部へと蹴りを見舞う。

 メキメキと嫌な音を立てて吹き飛ばされたゾロは、血反吐を吐きながら吹き飛ばされた。

 

「ゾロ!! お前ェ!!!」

「直情的で読みやすい攻撃です」

 

 ゴムゴムのJET銃乱打(ガトリング)による連続攻撃も、見聞色を高度に操るアイリスならば視線すら寄越さずひらひらと避けられる。

 くまはこんな役立たずを復活させてどうするつもりだったのかと疑問に思うが……まぁ結局、全員ここで消すなら同じことだと思考を放棄する。

 遠目にチラリとくまを見れば、ロビンと何かを話しているのが見えた。

 ロビンはこちらを一度見たかと思えば、すぐさま他の仲間を連れてどこかへと走っていく。

 ローリング海賊団の一部もそれについて行っているが、この島に逃げ場などどこにもないのにどこへ行くつもりなのか。

 疑問に思いつつも、アイリスはルフィの攻撃をすり抜けて目の前に立ち、その顔面に拳を叩きつけた。

 

「ぶへ!!!」

 

 ルフィの能力はある程度掴んでいる。打撃は効かないが覇気を纏えばダメージは与えられるし、斬撃ならそもそも覇気すら不要。

 それほど苦戦することなく倒せるだろうと踏んで、アイリスは小さく笑みを浮かべる。

 

 ──夜明け(タイムリミット)は間近に迫っていた。

 

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