第二百五十三話:超新星
ルフィたちが〝スリラーバーク〟を出て人魚のケイミー、ヒトデのパッパグと出会い、人攫いを生業とする〝トビウオライダーズ〟から魚人のハチを助けて〝シャボンディ諸島〟へ辿り着く。
その同時刻、カナタもまた〝
「いいか、騒ぎを起こすなよ。ただでさえ海軍がピリピリしてんだ。下手に刺激すると〝白ひげ〟の前に海軍と一戦交えることになっちまう」
「それはそれで構わんがな。海軍の動きを見る限り、私の動きには気付いていない。出てきても軍艦数隻程度だ」
仮に天竜人が害される事態になっても、出てくるのは大将ひとり。それくらいなら何とでもなるし、先手を打って海軍の戦力を削る良い機会とも言えるかもしれない。
まぁ騒ぎなど起こさないに限るのはその通りなので、カナタは丸眼鏡のサングラスを掛けて海へと降りる。
〝シャボンディ諸島〟は広い。
無法地帯もそれなりに多いが、〝黄昏〟の船は相応に大きく目立つので、寄港するとどうしても海軍にバレてしまう。〝シャボンディ諸島〟には海軍本部の駐屯所もあるので海兵もそれなりの数がいるのだ。
なので、少々離れた場所で降りて徒歩で向かうのが一番バレにくい。海上を歩けるカナタ以外には出来ない方法であった。
「……ここも随分久々だ」
カナタは基本的に〝シャボンディ諸島〟には近付かない。
〝魚人島〟に立ち寄るために船が近付くことはあるが、カナタが近付くと海軍本部が警戒態勢に入る上、天竜人が出歩くこともそれなりにあるので鉢合わせを避けるためである。
カナタだって好きで天竜人と顔を合わせたい訳ではない。嫌なものがあるとわかっているなら、目に入れないように自衛するのもひとつの手段だ。
嫌いではあるが、立場的にも気持ち的にも積極的に害しに行くほど天竜人相手に憎悪があるわけでもない。不愉快な虫と同レベルである。
とん、と海からヤルキマン・マングローブの根に跳び上がる。
24番GRと書かれたマングローブが視界に入り、目的地はどこだったかとぼんやり頭の中で地図を思い浮かべた。
「……なァ、あの姉ちゃん、今海から跳び上がって来なかったか?」
「んなわけねェだろ。何かの見間違いさ……魚人にも人魚にも見えねェし、そもそも濡れてねェじゃねェか」
「言われて見りゃあそうだな。見間違いか……」
腰まである長い黒髪はうなじ辺りで一本に纏められており、デニムパンツと白いニット、えんじ色のブルゾンに丸型のサングラス。
普段とはイメージが違うためか、存外これだけでもカナタだとバレてはいない。スタイルの良さゆえに目立ってはいたが。
目的地は13番GR。10番台は諸島の内側にあるため、ここから少々歩かねばならない。
その道中で、カナタは見知った顔を見つけた。
どこぞのレストランを外から覗く巨体──バーソロミュー・くまである。
「……何をやっているんだ、お前は」
びくっ! と驚いたくまがゆっくり振り向き、カナタの姿を見つけると、「あんたか」と緊張の息を零した。
フードを被って変装をしているつもりなのだろうが、くまの巨体で覗きなどやっていれば相応に目立つ。あまり意味があるようには見えなかった。
「こんなところで会うとは、奇遇だな。まさかおれを半殺しにするために来たのか?」
「私はそれほど暇ではない。お前は……ボニーを見に来たのか」
レストランの中に目をやれば、中で笑みを浮かべながらピザを頬張るボニーの姿があった。横にはボニーに教えるようにマナーを守った食べ方をしているドレークの姿もある。
右手にナイフ、左手にフォークを持ってステーキを切るように教えているが、ボニーは真っ直ぐフォークをステーキに刺してかぶりついている。それを見て呆れた後、何かしらドレークが話すとボニーはしぶしぶ手を降ろしてドレークのマネをしだす。
実年齢を考えれば、ボニーがマナーを学んでいないのは仕方ないことだろう。それでもちゃんとやっている辺り、何かしら理由でもあるのか。
カナタの視線を追うようにくまもボニーを見ており、大きくなった彼女を見て嬉しい気持ちと、会って話せない寂しさを感じさせる。
「会いたいなら会えば良かろう。親子が会う事に何の問題がある」
「……五老星との約束だ。ボニーの治療と引き換えに、おれは彼女と会わないことを約束した」
「真面目な奴だ。会ってどうなるものでもなかろうにな」
ベガパンクは約束通りボニーを治療し、こうして外で元気に出歩けるようになった。
くまもまた、五老星との約束を守って政府の犬をやっている。
たとえどれほど不条理な約束であっても、それを承諾したのはくま自身。カナタが口を出す道理などどこにもない以上、カナタも肩をすくめてぼやく以上のことはしなかった。
「あんたがおれを半殺しにしようとしたのは、政府の人間兵器として動くおれが邪魔だからだろう? 見逃していいのか?」
「別にここでお前を半殺しにして連れて帰ってもいいが……」
アイリスから報告を受けた限り、現状の〝
それに、今はカナタもやる気がなかった。
「ドラゴンの奴にも釘を刺された。『あいつにはあいつの理由がある。出来れば手荒な真似は避けてくれ』とな」
「ドラゴンに……」
パシフィスタは革命軍にとっても危険な兵器だ。戦力的には〝黄昏〟に大きく劣る以上、これを放置することは出来ない。それゆえに情報共有をしたところ、ドラゴンに釘を刺された。
別にしばらく動けなくするだけで殺すつもりはなかったのだが、くまも元は革命軍の一翼を担った男だ。ドラゴンは出来る事ならカナタと争って欲しくはなかったのだろう。
理想と現実は分けるタイプだと思っていたが、ドラゴンは案外甘いらしい。
天竜人が統べるこの世を引っ繰り返そうなどと夢想するのだから、不思議と言うほどでもないのだろうが。
「だが、今後立ち塞がるなら話は別だ。〝七武海〟は政府に強制招集を受けているのだろう。戦場で会えば甘いことは言ってられん……もっとも、その時お前の自我があるかどうか、定かではないが」
「ベガパンクから聞いたのか?」
「うちもスポンサーだからな」
それだけが理由ではないのだろうが、ベガパンクは
カナタはそれ以上話すことはないとくまに背を向け、目的地へと歩き始めた。
「どこへ行くんだ?」
「古い知り合いのところだ」
「……古い、知り合いか」
「ああ。お前も用が済んだなら、ボニーに見つからないうちに早く島を出るんだな」
「……そうさせてもらおう」
これ以上ここで立ち話をしていては見つかりそうな程目立っている。
レストランの中ではボニーが出来る限りの速さで優雅に、かつ大量に食べてドレークが呆れており、その近くの席ではカポネ・〝ギャング〟ベッジが不愉快そうな顔で2人を見ている。
丁度レストランから出て来たバジル・ホーキンスをすれ違いざまにちらりと見たが、カナタはそれほど興味も抱かずその場を過ぎ去っていく。
「うお、スゲェ美人……おれ、話しかけてみようかな」
「やめておけ」
「え、何でです船長」
「今日のお前は女難の相が出ている。関わらないのが吉だ」
☆
1番から29番までは基本的に無法地帯だ。人攫いも多く、オークションをやっている関係から貴族や王族なども時折訪れるが、周りは屈強な護衛に囲まれている。
女がひとりでこんなところを歩いているとなれば、標的になるのはある意味当然のことであった。
「バレていないのはいいが、こうも湧いて出ると鬱陶しいな」
カナタを見目がいいだけの世間知らずと考え、人攫いが襲ってくること4回。
海楼石などは持っていないので特に警戒することもないのだが、こうも襲ってこられると鬱陶しいことこの上ない。
容赦なく半殺しにしながら歩いていくと、覚えのある看板が見えて来た。
〝シャッキー’sぼったくりBAR〟と書かれた、全面にぼったくる気満々の店である。
カナタは躊躇なく扉を開けて中に入ると、中には暇そうにタバコを吸いながら新聞を見ている女性がひとりでいた。
店主のシャッキーことシャクヤクである。
「いらっしゃい、何にする……って、あら!」
流石にシャクヤクの目は誤魔化せなかったらしく、珍しい来客に目を瞬く。
「カナタちゃんじゃない!! 久しぶりねえ……何度か電伝虫で話はしてたけど、直にあうのは30年ぶりかしら?」
「そうだな、もうそれくらいになるか……いい加減、私もちゃん付けで呼ばれる歳ではないのだが」
「いいじゃない、それくらい。グロリオーサは元気?」
「ああ。今じゃ故郷で戦士たちの教導をしながら隠居生活をしている」
「そう……元気にやってるならいいわ」
立ち話もなんだから、とカウンターを勧められ、グラスに酒を注がれる。
シャクヤクも同じように自分のグラスに酒を注ぎ、パチンとウインクをしてグラスをぶつけ合った。
「久しぶりの再会に。乾杯!」
「乾杯!」
ぼったくりの店ではあるが、いい酒は置いているらしい。カナタは口に含んだ酒の香りと喉越しを楽しみ、値の張る酒であることを見抜く。
シャクヤクは随分楽しそうに酒を飲んでいる。数える程しか会ったことがないが、今日はかなり機嫌がいいことはわかった。
「……旨い。良い酒だな」
「でしょう? 秘蔵のお酒だもの」
「そんなものを出していいのか?」
「貴女はこれくらい飲みなれているかな、と思ったのよ。レイさんは飲めればいいからあんまり拘らないし、いいお酒は分かる人同士で楽しまないと」
「フフ……レイリーらしいな。しかし、そのレイリーはいないようだが」
「ああ、今ふらふらと出歩いているところなのよ。運が良ければ見つかるかもしれないけど……」
ある海賊たちがレイリーにコーティングを頼みたくて探しているところなの、とシャクヤクが楽しそうに言う。
根無し草生活が長かった影響もあるのだろう。レイリーは時折ふらっといなくなってはふらっと帰ってくる生活をしているらしい。
適当に女でも作って寝泊まりをしているだろうから体の心配はしていない、と笑うシャクヤクに対し、カナタは呆れた顔をしていた。
「……男というのは、どいつもこいつもまったく……」
「ふふふ。海賊だもの、仕方ないわ」
「そうだな。ロジャーも死ぬ直前まで身を固めようとしなかった。理想に目が眩んだ奴や浪漫を求める奴は皆そうなのだろう」
まぁ、安定した生活を望むような人間が海賊になるとは思えない。海賊になる時点でどこか破綻しているのだ。
やむを得ず海賊になる者たちを除けば、と付くが。
「レイさんに何か用があったの?」
「特段用があったわけではない。だが、今を逃せばもう会うことはないだろうと思ったまでだ」
「……それ、最近噂になってる〝白ひげ〟との一件かしら」
「耳が早いな」
まことしやかに噂される、〝白ひげ海賊団〟と〝黄昏の海賊団〟の確執。
ともすれば戦争になるかもしれないと口さがなく騒ぐ者たちもいる。酒場をやっているためか、シャクヤクの耳にもそういった噂が聞こえてきていた。
カナタは否定も肯定もせず、グラスを傾けて酒を飲み干して立ち上がった。
元々何かを買い求めて訪れたわけではないため、それほどお金を持ってきていなかったのだが……カナタはブルゾンのポケットに入っていた札束をカウンターに置く。
「ご馳走様。代金はこれで足りるか?」
「貴女からお金なんか取らないわよ」
「いいんだ。どうせ戻ればいくらでも用立てられる」
「強情ね」
「レイリーも金が必要なら私に言えばいくらでも用意してやると言うのにな」
「あの人は賭けで遊ぶお金があれば十分だから言わないのよ。貴女に言うと本当に湯水のごとく出てくるから、賭けに負けても勝っても面白くないって。億単位のお金なんて、流石にレイさんでも気が引けるのね」
「別に構わんのだがな。今更1億や10億程度」
「そういうところよ」
腰に手を当て、呆れたようにため息を零すシャクヤク。
カナタは個人的な恩義があるのでレイリーにならいくらでも金を貸すが、レイリー自身は日々を暮らすための酒と食事をするだけのささやかな金があればいいのだ。
下手に借りると金銭感覚が完全に壊れて生活出来なくなりそうな気がする、というのもあるのだが。
シャクヤクにしてもレイリーと同じ気持ちなので、この手のことでカナタに金を借りることはなかった。
そのまま出て行こうとしたカナタに対し、シャクヤクは声をかける。
「レイさんは多分1番から29番GRから出ることはないと思うわよ。それと──」
「居場所の当てはついている。大丈夫だ」
「あら、そう?」
「ああ──奴ほど強い〝声〟は、この島には他にいないからな」
☆
──シャボンディ諸島、1番GR。
悪党揃いの無法地帯の中、このオークション会場は物々しい警備が敷かれていた。
他の島では行われない、人間の奴隷を取り扱うが故に……表沙汰には出来ないことだが、天竜人や各国の貴族や王族が訪れるため、その身辺警護のためである。
正直なところ、カナタは奴隷という制度そのものが嫌いだし、このオークションも不快極まりないが、騒動を起こさないためにこの場に来ていた。
入口のすぐ近くでたむろしているユースタス・〝キャプテン〟キッド率いるキッド海賊団の横を通り、空いている席に腰を下ろす。
キッドは横を通って行ったカナタをジッと見て、何か考え込んでいた。
「……」
「どうした、キッド」
「……キラー、今入って来たあの女、どう思う?」
「黒髪の女か? 胸がデケェ美人だ。お前が好きそうだな」
「んなこと聞いてんじゃねェよ、バカ! この無法地帯のオークション会場に、護衛のひとりも付けずに来てんだぞ。あの身なりの良さだ、人攫いが狙わねェハズがねェ」
「言われて見りゃァ、確かに……」
「しかもあの女、おれの方を見るなり興味無さそうに目を逸らしやがった」
「キッドの事を知らねェだけじゃねェのか?」
「どうだかな……何にせよ海賊を相手にしても恐れって奴が見えなかった。同業か、あるいは……」
入口付近でキッドとキラーが話している一方、カナタの近くの席に座っていたトラファルガー海賊団のローとラミも、後から入って来たキッドに気付いていた。
ローが挑発しようとしたがラミに窘められ、嫌悪の籠った目で見るに留まる。
キッドは多くの事件を起こして3億を超える懸賞金が懸けられているが、民間人にも多大な被害を出しているのがその理由だ。ローとラミからすれば、嫌いなタイプの海賊であった。
ふと、ラミが近くに座ったカナタの方を見る。
美人だな、と思っていると、何となく見覚えがあるような気がして視線を逸らし──カナタだと思い至って二度見した。
ギョッとした目でカナタの方を見つつ、ラミはローの服をちょいちょいと引っ張る。
「何だ、ラミ」
「お兄様、あれ、あの人」
「……あの女がどうした?」
「気付かないの!? あれ、カナタさんだよ!!?」
「…………いやまさか、そんな……」
小声で怒鳴るという器用なラミの言葉を聞き、カナタの横顔をジッと見て、一度目を擦ってもう一度見る。
革命軍では絶対に〝黄昏〟と敵対しないようにと教えられ、古い手配書を見せられる。彼女の手配書は既に20年前の〝七武海〟加入時に懸賞金の凍結と時を同じくして製造が止まっているため、新聞以外で顔を見ることも少ない。
新聞にだってそうそう出てこないため、顔を知らない者が多いのである。
あんぐりと口を開けたローは、ラミと席を替わり、カナタの隣に座りなおした。
挨拶しないわけにはいかないだろうと思ったのだ。
「……えー」
「そう緊張するな、トラファルガー・ロー」
「……おれのことを知ってるんですか?」
「ここ最近、海を騒がす超新星の一角に数えられているんだ。知らん方がおかしかろう。〝鉄血〟と〝血刀〟のトラファルガー兄妹」
「アンタに覚えて貰えてるなら光栄です」
カナタは視線を寄越さず、柔らかく微笑む。
後ろにキッドたちがいて、ローとラミの行動に眉をひそめている。出来ればローたちとカナタの関係性は表沙汰にしたくはないため、ローも顔は前を向いたまま視線だけ横に向ける。
「しかし、ここに何の用で?」
「知り合いがここにいるようなのでな。もっとも、〝声〟の位置からして舞台の裏のようだが……」
おおかた、ギャンブルで負けた借金のために身売りしたというところだろう。
呆れた話だが、どこかの段階で抜け出して金だけ奪って逃げる算段なのだろうと推察し、こうして暇つぶしをしているのだ。
雑談をしていると、後ろがざわつく。
ローが入口に目を向ければ、2人の天竜人がオークション会場に入ってきていた。
カナタは横を通ってVIP席へ向かう天竜人を冷めた目で見送る。顔を知らない天竜人だ、〝神の騎士団〟や五老星のように仕事をしている天竜人ではないのだろう。
……間もなく照明が薄暗くなり、オークションが始まった。
超新星の人数は変わらず11人です。
変更点
・ドレークは黄昏傘下で裏方の仕事をやってるので懸賞金がかかってない。
・ラミが1億ちょっとの賞金首になってる。
・ローが〝鉄血〟でラミが〝血刀〟の異名がついてる。
・革命軍関連のやらかしで懸賞金が懸けられた影響でローの額が上がってる。