ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百五十四話:〝冥王〟

 

 ──24番GR。

 多くのならず者、海賊たちがたむろするこの場所で、号外がバラまかれていた。

 世界経済新聞の発行するその号外に書かれていたことに、海賊たちが目を見開いて驚く。

 

「ハァ!?」

「正気か!? 世界政府……!!」

「……!!」

「船長、これ大変なことに!!」

 

 その中で、ボニーと共にいたドレークだけが冷静さを保ったままだった。

 

「おい、これどうすんだよ!? マズいんじゃねェか!?」

「……世経は〝黄昏〟と懇意だ。不利になる情報は基本的に発しない……これが出たということは、世経が世界政府についたか、あるいは」

 

 情報が出たとしても問題ないと判断されたか。

 何にせよ、静観出来る事態ではない。一度連絡を取る必要があるだろう。

 

「おれは一度船に戻る。お前たちはどうする?」

「あたしはもうちょっと食べ歩きしたい」

「まだ食うのかよ船長!!」

「本部が近い割に今は海兵が少ないが、何かあればすぐに本部から飛んでくる。気を付けろ」

「分かってるって」

 

 先程の店でも大概食べたはずだが、それでもボニーは満足しなかったらしい。

 ボニーはギョギョたちを連れて一旦別れることにしたため、ドレークはひとり船へと急ぐ。

 

「しかし……これは、世界が動くな」

 

 号外に書かれていたことは2つ。

 〝黄昏の魔女〟カナタの七武海追放。

 そして、〝白ひげ海賊団〟と〝黄昏の海賊団〟の戦争が確実なものとなったということである。

 

 

        ☆

 

 

 1番GR、オークション会場。

 順調に始まったオークションだが、カナタはそれを無表情で見守るばかり。

 ローもラミもいい気分がしない場所ではあるが、横にいるカナタが何かしやしないかとそちらが気になってばかりいた。

 オークションも半ばに入った頃、サンジ達麦わらの一味が入ってきたことにラミが気付く。

 

「あ、〝ドラム〟で会った……」

「ん? ああ……〝麦わら屋〟の一味か」

「ほう、彼らが」

 

 ラミとローの反応に気付いたカナタもまた、そちらに視線を向ける。

 何やら奴隷オークションの方に気を取られているようで、ナミ、サンジ、チョッパー、フランキー、それにハチとパッパグは特にローたちに気付く様子がない。

 

「……あいつらを知ってるんですか?」

「少々縁があってな。しかし、そうか……あの子たちがいるなら、このつまらんオークションも少しは面白くなるかもしれんな」

 

 サンジ達の後から入って来た天竜人も含め、この会場には3人の天竜人がいる。

 何かあれば海軍大将と軍艦が派遣される。カナタならひとりで跳ね返せるだろうが、それでも巻き込まれる側としては堪ったものではない。

 小さく笑うカナタに微妙な表情を見せるローとラミだが、なるようにしかならないと顔を見合わせた。

 

「それより、海兵がこのオークション会場近くに集まっていることには気付いているか?」

「オークションが始まる前から取り囲んでましたからね。何か知ってるんですか?」

「さて……おおかた、()()が奴隷オークションに出品されていることに気付いた海兵がいたんだろう。そこらの雑兵を集めたところでどうにかなるものでもないが、動かない訳にもいかないだろうしな」

「……?」

 

 要領を得ないカナタの言葉に訝しむローだが、カナタは「すぐにわかる」と言って教えようとはしない。

 いたずらをしようとする子供のようで、妙に楽しそうだ。

 何となく嫌な予感がしてならないローだったが、何か出来る事があるわけでもない。今は大人しくオークションが進むのを見守るばかりである。

 オークションには様々な人間がいた。

 絶望した顔で売られていく者。なんとかして逃げ出そうと考える諦めぬ者。そして、ここから先の人生を考えた末に舌を噛んだ者。

 海賊ラキューバが舌を噛んだことで一時騒然とした会場だが、司会のMr.ディスコは慌てつつも慣れた様子で会場に幕を引き、対処して見せた。

 ざわつく会場を一変させるように、彼らはそれを出した。

 

 

        ☆

 

 

 そこからは、実に刺激的であっという間の出来事だった。

 水槽に入れられ、手と首に枷を付けられた人魚。

 それを取り戻しに来たのであろうサンジたちの気合の入れように、最低金額を聞くよりも先に5億で入札した天竜人──チャルロス聖。

 空島で手に入れたお宝も、ウォーターセブンで船とあれやこれやを買っているうちに4億程度にまで減っていた。スリラーバークでお宝を手に入れていれば別だったが、それらは全てアイリスが接収している。

 正攻法で買えれば解放できると気合を入れたのも、天竜人の前では無駄なことであった。

 もちろんカナタであれば天竜人と競り合うことも可能だが──それをするほどの理由もなく、肩入れしたとて得をするのはオークション会場の者たちばかりである。

 時間一杯待つも、それ以上の金額を出せるものはおらず、そのまま落札になるという時。

 入口に巨大なトビウオが突っ込んで来た。

 

「ぎゃあああああ!!!?」

 

 当人たちも不本意な突撃だったのか、あれこれ文句を言っている。

 現れたのはゾロ、ルフィとそれを乗せていたトビウオライダーズのひとり。

 舞台に上げられ、今まさに落札されようとしていた人魚のケイミーを見つけたルフィは一直線にそちらへ駆け寄ろうとし、無茶なことをするなとハチが止めようとして──6本の腕を見せてしまう。

 それでも止まらぬルフィだが、周囲の人間たちはルフィよりも魚人のハチの方を問題視した。

 

「何で魚人が陸に!?」

「やだ……何この肌の色!? 何その腕の数……!?」

「怖いわ! 近寄らないで化け物!!」

 

 ラジオという存在は間違いなく世界を縮めた。

 それでも、声を聴くだけで差別など無くなりはしない。どれほど言葉を尽くしても、意識に根付いた差別は消えないものだ。

 この島において人魚、魚人は間違いなく差別の対象で……それ故に変装をしていたが、姿を現したハチに人間は容赦などしなかった。

 会場の警備がルフィを止めようとする中、乾いた音が響き渡る。

 チャルロス聖が自ら銃を持ち、動揺しているハチを撃ったのだ。

 

「むふふふ~~ん! 当たったえ~!」

 

 前々から欲しいと思っていた人魚を落札出来、ついでに魚人を自ら撃って捕らえられた。自分で捕ったので金もいらないと、上機嫌に喜ぶチャルロス聖。

 周囲の貴族たちも魚人が天竜人の手によって撃たれたことを知り、安堵の息を漏らしていた。

 ルフィは取り押さえようとする警備たちを引き剥がし、ハチが撃たれて安堵する周囲に怒りを溜めていた。

 ハチもそれを感じ取ったのだろう。無邪気に喜ぶチャルロスを相手に、額に青筋を浮かべて踏み出そうとするルフィを止める。

 

「ハァ、ハァ……やめろ、麦わら! 怒るんじゃ、ねェ……約束しただろ。()()()()()()()()()()()()!! 天竜人には逆らうな!!」

 

 海賊だった。ナミに悪いことをしてきた。その償いのつもりでルフィたちを手伝っていたのに、昔から抜けていてドジだったハチはやはりドジのままだった。

 涙を流し、迷惑ばっかりかけてすまねェとハチはうわごとのように繰り返す。

 それを。

 チャルロス聖が「いつまでもペラペラとうるさい魚だえ」と銃口を向けたから。

 

「おい、まさか……本気か!?」

「あいつ……!」

「フフ……」

 

 ルフィは己の怒りのままに拳を振るい──チャルロス聖を殴り飛ばした。

 派手な音と共にチャルロス聖が吹き飛び、椅子を破壊しながら壁際まで転がる。

 誰もが絶句する所業だ。天竜人を害せば海軍大将が軍艦を率いてやってくる。それは子供でも知っている世の不文律。

 長い歴史を見ても、それをやった者はほぼ存在しない。

 

「悪ィ。こいつ殴ると、海軍の大将が軍艦引っ張って来るんだって」

 

 仲間たちに対して悪いと言葉を投げかけるも、ルフィ自身はそれを後悔している様子もない。それは、麦わらの一味の他の面々も同じだった。

 ゾロはルフィがやらねば自分が切っていたと言うし、ナミはルフィだから仕方ないと笑う。

 チャルロス聖に手をあげられた事に怒ったロズワード聖が銃を発砲すればサンジがそれを蹴り落とし、チョッパーがハチの怪我を診ようとする。

 

「貴様ら、あくまで我々に逆らうというんだな──〝大将〟と〝軍艦〟を呼べ!! 目に物を見せてやれ!!!」

 

 ロズワード聖の言葉を皮切りに、ここが戦場になると察した客たちが我先にと会場を出て行く。

 混乱を助長するように天井からトビウオが乱入し、ウソップとロビン、ブルックがそこから飛び降りた。

 身軽なブルックは自力で何とかし、ロビンは自分の能力を使って上手く着地したようだが、跳ぶこと自体を嫌がったウソップは特に準備も何もしていなかったため、重力に引かれるままに落下し──ロズワード聖をケツで押し潰した。

 

「天竜人を尻に敷くか……フフフ……!!」

(めちゃめちゃ笑ってる……)

(ツボに入ったのかな……)

 

 口元を押さえながらも肩を震わせて笑っているカナタ。

 ローとラミはそれを視界の端に入れつつ、この混乱する状況でどう動くべきかと頭を悩ませていた。

 だがまぁ、傍から見ていて面白いと言えば面白い。これだけの滅茶苦茶をやらかす海賊など普通はいないのだ。

 目まぐるしく状況は変わっていく。

 あらかた逃げたかと思えば衛兵たちが入れ替わるように入ってきて戦い始め、3人いた天竜人のうちの最後のひとり──シャルリア宮がケイミーを撃ち殺そうとしたところでガクンと何かに気絶させられる。

 舞台を幕を破るようにして裏から現れたのは、ひとりの老人と、その後ろから歩いて来る巨人の男だ。

 注目を浴びたその男はハチに気付き、周りを見て状況を察し、ひとまず混乱を収めようと──大気が震える程の覇王色を放つ。

 バタバタと衛兵たちが倒れる中、残った海賊たちはひとりとして意識を失っていない。

 

「──その麦わら帽子は、()()()()()()()()()()。会いたかったぞ、〝麦わら〟のルフィ」

 

 白髪の老人──レイリーは、笑ってそう言った。

 

 

        ☆

 

 

 レイリーが素手でケイミーの首輪を破壊し、ハチの怪我の処置をチョッパーが終え、さてここからどう逃げようかという時になって、レイリーは同席していたキッドとローに視線を向ける。

 

「悪かったな、キミら。さっきのを難なく持ちこたえるとは、半端者ではなさそうだ」

「〝冥王〟シルバーズ・レイリー……」

「随分な大物が出て来たもんだ。しかし何故こんなところに……」

「下手にその名で呼んでくれるな。今じゃコーティング屋の〝レイさん〟で通っているのでね……もはや老兵。私も平穏に暮らしたいのだよ」

 

 キッド、ローに順に視線を向け、途中でサングラスを掛けて髪を纏めただけの簡易な変装をしているカナタを見つけて二度見するレイリー。

 思わずパチパチと目を瞬くが、カナタは小さく笑みを浮かべるばかりである。

 積もる話はあるが、今はここを抜ける方が優先だと考えたのだろう。レイリーはハチに肩を貸して立ち上がる。

 

「さて、どうする? 外は包囲されてるようだが」

「あれ、トラ男!? ひっさしぶりだなー!!」

「誰がトラ男だ……そもそも今気づいたのか?」

 

 ルフィとローはドラム王国で面識がある。フランキーやブルックは会ったことがないが、それ以前からいる面々にとっては恩人でもあった。

 何しろ、彼が手を貸してくれなければアラバスタの事件には間に合わなかったし、ナミだって苦しんだままだったからだ。

 

「ラミちゃ~~~~ん!! 元気だった!?」

「うん、元気だよサンジさん。そっちも相変わらずだね」

「アウ、知り合いかオメェら!」

「昔、〝ドラム〟でちょっとね」

 

 あの時はありがとう、とナミが礼を言う。ナミを助けるために医者を求めて国のトップを倒しに行ったのだ。無茶をさせたと思ったし、その後治療出来たと思ったら慌てて島を出ることになり、礼を言い損ねていた。

 ロビンは初対面のローよりも、その隣に座るカナタに視線が固定されている。

 どう考えてもこんなところにいるはずがないのだが、どう見てもカナタなので思考が止まっていた。

 

「お礼はまだまだ言い足りないくらいだけど……どうやってここを出る?」

「あー、キミら。私はさっきのようなのはもう使わんぞ。海軍にバレると住みにくくなる」

 

 外から「ロズワード一家を放しなさい」と勧告されている声が聞こえる。キッドもローも巻き込まれただけだが、外から見れば完全に共犯者扱いであった。

 カナタも特に手伝う気はないようで、事の成り行きを静観しているだけだ。この程度の後始末は自分で何とかしろと言わんばかりである。

 倒れてのびている天竜人は放置状態だ。

 特に重要な地位というわけでもなく、使い道もない。ここで殺すとルフィたちへの海軍の追撃が苛烈なものになるだけだし、放置しておくのが良いと判断した。

 必要以上に世界政府の敵意を煽るのは、カナタの立場としてもあまり良いことではない。今はまだ他にやるべきことが多いのだから。

 

「先に行かせてもらうぞ。長引けば長引くだけ兵が増える。もののついでだ、お前ら助けてやるよ! 表の掃除はしておいてやるから安心しな」

 

 キッドの言い放ったその言葉にカチンと来たローとルフィが我先にと入口から出て行き、キッド、ロー、ルフィの3人が率先して海軍の相手をし始めた。

 

「もう、単純なんだから!」

「大乱闘になるぞ! その隙に脱出しよう!」

「なァ〝麦わら〟の仲間! 兄ちゃんはいねェのか?」

「兄ちゃん……あ、ゼポか?」

 

 歩く白熊に驚きを見せるフランキーとブルックだが、誰のことを言っているのか見当がついたウソップが反応する。

 ゼポの弟のベポとも面識がある。ベポはルフィたちがいるならと思って期待したようだが、ゼポは怪我をしてここにいないというと肩を落としてしょんぼりしていた。

 一方で、同じようにルフィたちに続いてここを出ようとするカナタのところへロビンが近付いて来る。

 

「あの、カナタさん。どうしてここに?」

「何、一度お前たちを見ておきたいと思ったまでだ。それに、この時期を逃せばレイリーと話をする時間も無くなるだろうからな」

「……それは、〝白ひげ〟との戦争で、ということ?」

「耳が早いな。いや、そろそろ号外が出る予定だったか」

「やはり、あれは〝黄昏〟が意図して……」

「ロビン」

 

 丸いサングラスを掛けたまま、カナタは視線だけをロビンに向ける。赤い瞳はサングラスに遮られて良く見えないが、その意図は伝わる。

 あまりこちらに深入りしない方が良い、と。

 麦わらの一味として生きていくつもりであれば、世情がどうなっているかを知るのは重要だが〝黄昏〟に肩入れしすぎるような行動を取ってはならない。傘下と見られる可能性もあるし、何より()()()()()

 ロビンが知ったところで、出来ることなど何一つありはしないのだから。

 その突き放すような態度に、ロビンは自分が既にカナタの庇護下にいないということを強く実感した。

 目の届く範囲で多少便宜を図ったり、傘下の海賊や部下になるべく手を出さないようにと指示を出すことは出来る。

 それでも──カナタはもう、決定的な場面でロビンの味方になることはない。

 

 

        ☆

 

 

 その後、13番GRにあるシャクヤクの店まで逃げて来た麦わらの一味たち。

 トビウオライダーズの手を借りたことで随分早く移動出来たため、海軍の追手も撒くことが出来たのは幸運だったと言える。

 

「ニコ・ロビン、さっき誰と話してたんだ?」

「カナタさんよ」

 

 ロビンの言葉にフランキーが驚愕する。

 あの場でカナタの顔を知っていて気付いていなかったのは彼だけだった。

 

「トビウオに一緒に乗って来るかと思ったらいなくなってたが、どこ行ったんだ?」

「知らないわ。でも、すぐ戻るって言っていたからすぐに来るんじゃないかしら」

「案外適当だな、お前も……」

「あの人の考えることは昔から分からないもの。私たちとは見えているものが違う、というか……」

 

 カナタは昔からよくわからないことを考えては実行していた。ラジオもその一つだし、ロビンも知らないようなこともいくらかある。

 成功したものも多いが、失敗はその何倍も多い。カテリーナたちとはまた違う意味でロビンの理解が及ばない人間だと感じていた。

 その彼女が優先すべきことがあると考えて動いているのなら、必要なことなのだろう。

 シャクヤクの店に入って各々好きなように座り、酒を飲んだり何か食べたり、ハチの治療をしたりとしている中で会話が始まる。

 口火を切ったのはレイリーが〝海賊王〟の一団で副船長をやっていた、という事だった。

 ロジャーは捕まったのではなく自首したこと。〝双子岬〟のクロッカスが一時期船医として同乗していたこと。シャンクスとバギーが見習いとして船に乗っていたこと……。

 多くの事を話した。

 

「すげえ話を聞いたな……まるで、ロジャーがこの時代を意図して作ったみてェだ」

「そこは……まだ、答えかねる。今の時代を作っているのは君たちだ。死んだロジャーの思いがどうあれ、な」

 

 ロジャーが処刑されたその日、ロジャーが言い放った言葉から何かを受け取った者も確かにいたのだろう。

 それが芽吹くのがいつになるのか……あるいは、既に芽吹いているのか。歴史はまだ動いている。後になって「あの時始まったのだ」と言えることはあるだろうが、当事者では分からないこともある。

 ロビンは〝Dの意思〟について尋ね、ウソップは〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟が本当にあるのかを知りたがり、共に答えを得られなかった。

 最果ての島を訪れ、己の知ったことを繋ぎ合わせて、そうして辿り着くものだと判断したからだ。ウソップの質問に関してはルフィが拒否したからでもある。

 

「宝がどこにあるかなんか聞きたくねェ! ないかどうかだって知りたくねェ!! みんな、何もわからねェけど命を懸けて宝を探して海に出てるんだ! 今ここで宝が本当にあるかどうかをおっさんに聞くんなら、おれは海賊を止める!!!」

 

 そこまで言い放ったルフィを相手に、ウソップとて知りたいなどと言えるはずもない。

 最後に、レイリーはルフィへ一つだけ質問をした。

 

「やれるか、君に……この先、〝偉大なる航路(グランドライン)〟はまだまだ君らの想像をはるかに凌ぐぞ! 敵も強い。君にこの強固な海を支配できるか!?」

「──支配なんかしねェよ。この海で一番自由なやつが〝海賊王〟だ!!!」

 

 その言葉を聞いて、レイリーは口元に笑みを浮かべた。

 酒を飲みながら昔話をするのも楽しいが、そろそろ仕事をせねばならない。ルフィが天竜人を殴り倒した以上、海軍大将がこの島に来るのも時間の問題だからだ。

 41番GRに泊めてある船にレイリーが行き、どこかへ移動して作業をすると言う。

 

「そういえば、ペローナに船番頼んだままだったわね」

「土産買っていかねェとな」

「〝冥王〟がいきなり来たら腰抜かすだろ、あいつ」

 

 最低でも3日かかるというコーティング作業の間、どこかで身を潜めていなければならない。

 ビブルカードを使って集合することを説明し、それぞれにビブルカードの切れ端を渡す。

 道具を用意してシャクヤクの店を出ると、そこにはオークション会場で見た姿と変わらぬカナタの姿があった。

 誰か知らない相手が待ち構えていたことに気付いたゾロとウソップ、サンジは警戒を見せ、ルフィは特に何も思っておらず、知っているロビンとフランキーはいきなり現れたことに驚くだけでそれ以上の反応はない。

 

「おお、カナタ! 久しぶりだな。さっきはバタバタしていて言葉も交わせなかったが、こっちに来たのか」

「久しいな、レイリー。元気そうで何よりだ──そして、そっちが〝麦わら〟だな」

 

 サングラスを額に上げ、赤い瞳が見えるようにする。

 オークション会場でも一度見たが、正面から真っ直ぐ見据えるとまた印象が違う。

 背丈はルフィの方が上だが、ヒールを履いている分目線は変わらない。顔立ちはガープにもドラゴンにも似ていると言えるし、麦わら帽子を被る姿はロジャーを思い起こさせる。

 元々一目見るためだけに来たのだ。店の中での会話は見聞色であらかた聞いていたので、情報収集というほどやることもない。

 だが、1人だけカナタに強い敵意を抱いている者がいる。

 

「初めて見る顔だが、私に何か言いたいことでもあるのか?」

「失礼、お嬢さん。見知った顔によく似ているもので──時に、オクタヴィアという名前に聞き覚えはありますか?」

 

 カナタに敵意を向けていたのは、誰あろうブルックだった。

 普段は最も温厚に、紳士的なブルックが強い敵意を持っていることに麦わらの一味の誰もが驚き、前に出るブルックを止めようとするロビンをカナタが手で制する。

 構わない、と。

 

「良く知っている名前だ。大事な人間を殺されでもしたか?」

「──祖国を、滅ぼされました」

 

 その場の誰もが目を見開く。驚きが無いのはカナタとレイリー、シャクヤクだけだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 オクタヴィアという女の事を知っていれば、ブルックの言葉を嘘だと断じることなど出来なかった。

 

「当時、私の国で最強だった騎士団長を一騎打ちの末に打ち倒し、それを発端として国は滅びました……彼女は、()()()()()()()()()()()のです」

 

 これにはカナタとレイリーも驚いた。ブルックとオクタヴィアが同郷だとは思わなかったからだ。

 カナタにとっても無関係な国ではないらしい。

 己の手を見ていたブルックは視線を上げ、真っ直ぐにカナタを見る。

 既に割り切ったハズの過去だ。なにしろブルックが海に出たのは50年以上も昔の話で、国が滅んだのはそれよりも更に昔。怒りが風化するには十分すぎる時間と言える。

 

「今……彼女はどこに?」

「既に死んだ。18年前にな」

「……そうですか」

 

 思うところもあるだろう。だが、既に死んだ人間相手に何を思ったところで徒労にしかならない。

 重く息を吐くブルックに、カナタは何も答えない。オクタヴィアの尻ぬぐいなどこれまで幾度となくやってきたが、それは彼女の罪であってカナタの罪ではない。

 カナタに出来るのは、それを聞くことだけだ。

 

「いえ、良いのです。もしもどこかで生きているのなら、と思いましたが、生きていたとしても既に100歳近いハズ。貴女のようなお嬢さんとは少々年が離れすぎています。血縁者ではあるのでしょうが、怒りをぶつける訳にはいきません。もう、随分昔の話ですしね」

「……そうか」

 

 カナタは何とも言えない顔をした後、まぁそれでいいならいいかと考え直す。

 ブルックは気を取り直し、ルフィの後ろに控える。あくまで船長を立てる立場を取るらしい。

 ロビンとは先程話したため、フランキーの方を見る。

 

「フランキーも元気そうだな」

「アウ! おれはいつだってスーパーよ!!」

「それなら構わん。カテリーナもアイスバーグも、あれで結構気にしていたようだからな」

 

 島を出たのはそれほど前のことではないが、それでも心配はされているらしい。フランキーはてれを隠すように頬をかいてそっぽを向いた。

 他の面々に興味がないわけではないが、いつまでもここに留めておくわけにもいかない。

 カナタはルフィの方を見て、目を細めた。

 親の印象もある。祖父の印象もある。だが、ルフィには関係のないことだ。

 

「モンキー・D・ルフィ。お前の目的はなんだ?」

「〝海賊王〟!!!」

「……フフ」

 

 カナタの問いに、間髪入れず答えたルフィ。

 勢いの良さに、思わず小さく笑ってしまった。

 

「そうか。それなら頑張ることだ」

「おばちゃんも〝海賊王〟目指してんのか?」

「いいや、私はその称号に興味はない。欲しいものがいるなら勝手に奪い合えばいい」

 

 そもそも、ロジャーとてそう呼ばれようと思っていたわけではない。結果的にそう呼ばれるようになっただけだ。

 カナタも同じようにならないとは限らない。

 それ以上言葉を交わす必要は無いと考えたのか、カナタはルフィの横を通ってレイリーのところへ行く。

 ルフィたちは各々顔を見合わせ、集合時間までどうやって過ごすか話をしながらどこかへと歩いて行った。

 

「……彼らの方は、あれで良かったのか?」

「お前と私で、あの子に対する印象がそれほど大きく違うとは思わんがな」

 

 あの麦わら帽子の元の持ち主のことといい、シャンクスから聞いた言葉といい、ロジャーを連想させることが多い。

 だが、ルフィとロジャーは別の人間だ。思想がある程度似通っていても、根本的なところが違う。

 それに、どちらにしてもカナタとは相容れない。

 

「君とロジャーも、君の命を助けたという一点だけで繋がっていたようなものだからな」

「そうだな。あの男は支配されることを極端に嫌っていた。あらゆるものを支配、管理しようとする私とは真逆の思想だ」

 

 ゆえに、あの一件が無ければカナタとロジャーは殺し合っていても決して不思議ではなかった。あの出会いは、間違いなく2人の運命を変える出来事だったのだ。

 ルフィたちの船に向かって歩いていくレイリーについて行くカナタは、ここぞとばかりに海を凍らせて歩きやすい道を作っていく。

 ヤルキマン・マングローブの根が大地の代わりになっているため、この諸島は起伏が大きく歩きにくいのだ。

 レイリーは「老人の足腰に優しくて良いな」と笑い、呆れたようにカナタがため息を零す。

 

「お前も随分老いたものだ。剣もしばらく握っていないだろう」

「必要がないからな。静かに暮らせればそれでいい」

「私の支配下にある島なら不自由はさせんというのに、お前も強情だ」

「わはは! そんなところで暮らしたら息がつまって仕方がない!」

 

 結局、この男も海賊ということだ。

 誰かに支配、束縛されることを嫌い、自由に生きることを好んで過ごす。

 悪いとは言わないが……カナタとしては、肩をすくめるしかない。

 

「海賊に限らず、〝自由〟を良いものだとばかり人は言うが……それだけで生きていけるほど、世の中強い人間ばかりではない」

 

 法の支配の下でなければ暮らせない者もいる。

 力の支配の下でなければ生きていけない者もいる。

 何がいいかは人それぞれだが、一口に自由こそが素晴らしいと言われれば、カナタとしては反発するしかない。

 ルールとは、人が人として生きるために必要なものなのだから。

 

「……君を見ていると、やはりあの男を思い出す」

「やめろ。暴力だけで全てを支配しようとしているわけではない。あれと一緒にするな」

「ま、そうだな。君も会ったことは無いハズだ。だがやはり血は争えん」

「言いたいことは分かるが──ん」

 

 カナタとレイリーが同時に同じ方向を向く。

 ルフィたちの居場所と、この島に来た海軍大将──黄猿の居場所が重なった。

 天竜人を害した主犯はルフィたちだと伝わっているハズだし、キッドとローよりも優先的にルフィを狙うのも理解出来る。

 

「どうする?」

「私が行こう。今のお前では大将の相手はつらかろう?」

「老人を労わってくれるのは嬉しいが、侮りは御免だぞ」

「正論を言ったまでだ。悔しければ私に一太刀浴びせることが出来る程度には勘を戻すことだな」

 

 言いたいことだけ言ってカナタは姿を消した。

 一直線に強い〝声〟が移動している。今だからこそわかるが、彼女は先程まで姿を隠すように隠蔽していたのだ。あれなら黄猿も彼女がこの島に来ているとは気付いていないだろう。

 レイリーは老いた自分にため息を零し、今なお全盛期を保つカナタを思う。

 彼女はもう、自分では止められない──時代は移り変わりを迎えるのだ、と。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして。

 海軍の誇る〝平和主義者(パシフィスタ)〟を一体破壊し、戦桃丸と追加のパシフィスタに追われて三手に分かれて逃走するルフィたちの前に現れた大将黄猿。

 彼は逃げるゾロの腹をレーザーで焼き、数発ほど爆発するレーザーを直撃させてノックアウトした。

 このまま一人目の首を獲ろうと足を振り上げ、そこに光を収束させていく。

 

「逃げろ、ゾロ!!」

 

 共に逃げていたブルックとウソップがゾロを救おうとするも、その攻撃はすり抜ける。

 助けに行こうにもサンジ達の前にはパシフィスタが立ち塞がり、ルフィたちの前には戦桃丸が立ち塞がった。

 もはや逃げ場も無く、ここで死を待つばかり。

 断頭台に掲げられたギロチンの如く、振り下ろされる瞬間を待つ黄猿の脚が──ひとりの女の脚で、あらぬ方向へと無理矢理曲げられた。

 収束していたレーザーはそのままどこかへと飛んでいき、黄猿は驚きつつも目の前の女に視線を合わせる。

 己の半分程度の身長の、小柄な女だ。

 それでも、長く〝七武海〟に君臨し続け、〝四皇〟さえ脅かし続けた怪物の一角が、今目の前にいた。

 

「──〝七武海〟辞めて一端の海賊に戻った途端にこれかい、カナタさん。アンタの出る幕じゃァねェでしょうよ……!!」

「私は元々好きなようにやってきたさ、黄猿(ボルサリーノ)。友人の子らを守るのも、私の役目だ」

 

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