ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二十六話:金策

 酔っ払いどもを外に放り出した直後に、クロが他の面々を連れて戻ってきた。

 随分と人が減った様子の店内を見て目を丸くしていたが、不機嫌そうなカナタの顔を見て「ははぁ、絡まれたな?」と察していた。

 

偉大なる航路(グランドライン)の中でも有数の文明国だと聞いていたが、治安の方まではそうでもないようだ」

「街の外れだし、ゴロツキがいてもおかしくはないんじゃねェの?」

 

 フェイユンが座れる椅子は流石にないので直に床に座り、それ以外は適当にテーブルにつく。

 程なく給仕の者が酒を運び始め、全員が揃ったところで一斉に杯を持ち上げる。

 

「無事にこの島に辿り着けたことを祝して──乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 

 カナタは酒を好まないためにジュースを飲んでいるが、皆が酒を飲みながら思い思いに来た料理から食べ始めている。

 結構な人数が一気に入ったので厨房も忙しそうだ。

 健啖家であるサミュエルとデイビットがバクバク食べているのもあって、追加で金を出した方が良さそうだとまで考えるカナタ。

 一通り料理が行き渡り、ジュースのお代わりを頼む。その際店主が出てきたので、ついでに気になったことを聞いてみることにした。

 

「あの手の輩はこの辺りに多いのか?」

「うん? ……ああ、あのゴロツキどもか。あれはこの時期だけだな」

「この時期? もうすぐ雨期だと聞いたが、それか?」

「そうさ。砂漠で雨期を迎えるなんて溺死しにいくようなもんだからな」

 

 アラバスタでは雨期に入ると砂漠の移動も制限されるという。

 乾ききった砂は水分を容易に吸収せず、一気に降る大雨によって表面の砂が土石流のように押し流されるためだ。

 島の中央にあるサンドラ河流域まで流されてしまえばまず助からない。

 砂賊と名乗る彼らも、この時期ばかりは街の近くに避難するらしい。

 

「だがまァ、雨期ってのは悪いことばかりじゃない。特に雨の少ないこの国だとな」

 

 大雨によって普段は高価な水の値段も落ち着き、川幅五十キロもあるサンドラ河が緩やかに氾濫することで土壌を回復させて多くの作物を作れる。

 乾期は皆忙しく働くが、雨期になれば家族でゆっくり過ごすのが通例なのだと店主は笑う。

 

「なるほどな……やっぱ何事にも理由ってのはあるもんだ」

「面白い話を聞けたな」

 

 だが、観光しようにも街の移動には砂漠を渡る必要がある。雨期を過ぎるまで待たなければ移動すらままならない。

 もっとも、カナタがいればその限りではないのだが。

 

「わざわざ危険を冒すこともあるまい。雨期が過ぎるまで待とう」

「雨期ってのはどれくらい続くんだ?」

「大体二ヶ月くらいだな」

「そんなに続くのか……さっさと次の島に行って、雨期が過ぎたころに戻ってくる方がいいんじゃねェか?」

 

 これでも雨期なので気温は低い方らしく、カナタは絶望的な顔をしていた。

 昼間の猛暑でも、この島では冬に該当するらしい。救いはない。

 机に突っ伏して絶望しているカナタをおいて、カナタたちのテーブルに移動してきたジョルジュが店主に質問を投げた。

 

「おれ達はこの島に来たばっかりなんだが、路銀が心許なくてな。日雇いの仕事とか知らねェか?」

「仕事? そうだなァ……もうすぐ雨期なんで、堤防の工事をやってるぜ。昨日も今日も仕事に行く連中を見たから間違いねェ」

「堤防の工事か……技術的なところはともかく、力仕事ならうちの連中でも出来るだろ」

「そうだな。巨人族がいるなら百人力さ。今年は堤防に亀裂が見つかったってんで、急ぎの工事が多くて間に合ってないらしい。明日の朝、この酒場に来な。おれが紹介してやるよ」

 

 サンドラ河流域では氾濫することによって農村部の収穫量に差が出るのだが、それはそれとして水害を防ぐために堤防を作る必要もある。

 氾濫してもいい場所をあらかじめ用意しておくわけだ。そこから水が越えないように堤防を用意するのだが、それの修繕工事をやっていると店主は言う。

 サンドラ河流域はとにかく広い。

 堤防の距離も相当で、資材を運ぶにも周りは砂で移動しにくいので時間がかかると。

 

「……なるほどな。おれ達向きの仕事かもしれん。明日話を聞いてくるから、お前らは自由時間だ。いいだろ、カナタ?」

「好きにしろ。どちらにしても記録(ログ)が溜まるまでこの島からは動けない」

 

 ある程度の蓄えはあるとしても、時折稼いでおかねば資金面での不安はぬぐえない。

 物入りなときは一気に消耗するのだ。特に今回はスクラが薬品や清潔な包帯などを大量に購入しているので一気に目減りした。

 物が物だけに文句も言えない。

 

「だが、この島の者でもない部外者がいきなりそんな仕事をやっていいのか?」

「何しろ雨期までに終わらねェと堤防が決壊するかもしれないからなァ。おれだって紹介するだけだし、あとはお偉いさんが判断するだろ」

 

 実際、国王軍が駆り出されるほどに忙しいらしい。

 余所者であろうと札付きでもない限りは歓迎している、という話だ。

 

(私は札付きだが……顔を隠しておけばいいか)

 

 暑いところは苦手だ。船の中で大人しくしていることにする。

 久々の文明に触れて新しい本をたくさん買ったので、暇を持て余すということもないだろう。こういうのが財政を逼迫する一因なのだが。

 本を読むのに飽きたら覇気の鍛錬をし始めるので暇になることはない。

 

「何にせよ、会ってみてからだな。お前もちゃんと来るんだぞカナタ」

「いやだ」

「嫌だじゃねェだろ。一番偉いやつが話を付けないでどうすんだ」

「お前がやれ。私は船で適当に暇をつぶす」

「お前な……」

 

 いつになく強情で子供っぽいカナタに呆れて頭を抱えるジョルジュ。

 珍しい姿に皆が注目するが、キリっと澄ました顔で店主にジュースのお代わりを要求するカナタ。

 カナタは酒は飲んでいないので酔っていないはずなのだが、砂漠の国の暑さにやられたのだろうかとジョルジュは酒を飲みつつ思う。

 

 

        ☆

 

 

 明日仕事の話を付けに行く必要もあるため、全員が飲みすぎないよう程々のところで切り上げさせることにした。

 

「やはり最初の金だけじゃ足りなかったな」

「あの二人、良く食うよなァ」

 

 クロがけらけら笑いながらカナタと共に店を出ると、ポツポツと雨粒が降っていた。

 雨期はまだにしても、この時期になると雨も増えるのだろう。カナタはサミュエルを手招きし、氷で作った傘を投げ渡す。

 

「私が濡れないように持っておけ。大きめに作ったからお前も濡れないだろう」

「おお、こいつはいいな」

 

 夜の砂漠は氷点下を下回る。オアシスであるこの街ではそこまで下がらないにしても、夜になれば冷えることは間違いない。濡れないほうがいいだろう。

 カナタは手早く傘を作り出し、次々に投げ渡していく。

 もっとも、氷で傘の形に造形したに過ぎない。強度はそれなりだ。船までは持つだろうが乱暴に扱えばすぐに壊れる。

 

「では帰ろう。足を滑らせるなよ」

 

 屈強な男たちを率いて夜道を歩く少女の姿に、思わず誰もが道を譲る。

 昼間の暑さも今はなく、寒暖差の激しい環境に慣れないとこの国はつらいなと思うカナタ。

 この国で皆が上着を常に羽織っているのは、昼間は肌が焼けるほどの日光から身を守るため、夜間は肌を刺すほどの冷気から身を守るための服装なのだろう。

 文化とは、そういうものだ。

 

「明日はジョルジュが話を付けに行くとして、今日だけで必要な物は買えたか?」

「いやお前も来いよ……まァ、一通り必要な物はそろったぜ」

 

 リトルガーデンで薬品類や包帯などはほぼ全て使い切ったので、今度は多めに買い揃えている。それと食料に水、服など。

 ほかに必要な物はあったかなと顎をさするジョルジュの後ろから、スクラが声を上げた。

 

「僕は医療大国ドラムに行きたいんだ。ここなら永久指針(エターナルポース)が手に入るんじゃないか?」

「ドラムか……そうだな、一度足を運んでみるのもいいだろう」

 

 医療技術が上がって悪いことはない。

 運が良ければもう一人くらい医者が増えるだろう。現状船員はそれほど多くないとしても、スクラ一人で全員分のカルテの管理などをやるのは大変なはずだ。

 医者でなくとも、スクラの手伝いが出来る程度の知識があればいいのだが。

 

「……そうだな。僕は大変だとは思わないが、医者が治療だけに集中できる状態を作るのは好ましい」

 

 船員は最低限、自分の怪我の応急手当くらいは出来るようになっている。

 リトルガーデンで時間だけは腐るほどあったので、ジュンシーのしごきの合間にスクラが教えていた。これがあるとないとでは大違いだろう、と。

 それで怪我人が減るわけではないので、スクラの仕事量はそのままなのだが。

 

「ではドラムの永久指針(エターナルポース)の確保だな。あとはないか?」

「今のところは」

「よし。スコッチ、明日探しておいてくれ」

「いやおれかよ。いいけどよぉ……」

 

 あくまで自分は動かないつもりのカナタに思わず笑うクロ。

 肩をすくめて「こりゃ駄目だな」と、ジョルジュは明日は自分が行って話を付けてくるしかないと判断した。

 カナタがここまで我儘を言うことは滅多にないので、今回くらいはと目を瞑ったのもある。

 うまくいけばいいが、とジョルジュはタバコを咥えて煙をくゆらせた。

 

 ついでに気絶から目覚めてカナタに復讐しようとたくらんでいた連中もいたが、明らかに堅気じゃない雰囲気の男たちや巨人族が後ろにいるのを見てそっと諦めていた。

 

 

        ☆

 

 

 翌日。

 今日も良く晴れており、非常に暑かった。

 カナタは変わらず船室でダウンしていたので、ジョルジュは予定通り昨日の夜に訪れた店に足を運ぶ。

 話し合いだけならジョルジュ一人でもよかったが、ついでの買い物もあるのでスコッチとジュンシーも連れて、男三人で。

 

「スパっと決まればいいんだがなァ」

「実際のところ、資金はどれくらいあるんだ?」

「七百万ベリーってとこだな」

「それだけあればまだ十分そうに思えるが……」

「何だかんだ西の海(ウエストブルー)でも結構稼げてたからな。当座の資金としては十分だろうが、うちには巨人族もいるし、馬鹿みてぇに食うやつも多い。金はあって困らないだろ」

「そりゃそうだ」

 

 カナタが賞金首になっている今、まともな方法で資金を得るのも難しい。お宝でも見つかればいいだろうが、そんなうまい話は早々ないのが現状だ。

 海賊を狩って奪うのが一番手っ取り早いにせよ、海賊だって金を持っているとも限らない。

 必要物資だけでも得られれば御の字だろう。

 

「そういう意味じゃ、自給自足出来てた〝リトルガーデン〟での生活はある意味理想的だったかもな」

「もうあんなサバイバルは勘弁だ……女の子と遊びてェよ、おれも」

「カナタがいるだろ」

「あいつは……見た目はいいけど、あれだろ」

「あれだなァ」

「お主等、本人が聞いていたらぶっ飛ばされるのではないか」

 

 いいんだ、本人は今暑くてダウンしてるから、とジョルジュは笑う。

 そうこう言っているうちに昨夜の店に着き、ノックして店主が出てくるのを待つ。

 やがて出てきた店主は、やや眠そうにしながら「いつも工事関係者が集まってる場所がある」と言って先導する。

 

「しかし、そんなところに伝手があるとは。店主殿も工事関係者だったのか?」

「いやいや、まさか。おれのところに酒を飲みに来る奴らに工事関係者がいるってだけさ。最近はゴロツキも増えて、街外れのおれの店にはあまり近寄らなくなったがね」

 

 雨期の影響というのは色々なところにあるものだ。

 普段のこの国の生活が垣間見える。

 それほど歩かずに詰所のような場所に着き、店主が中に入って少しすると、二人ほど伴って戻ってきた。

 店主は何故か緊張した様子で、ジュンシーはそれを疑問に思いながらジョルジュが前に出た。

 

「やぁ、こんにちは。君たちが工事の手伝いをしたいという者たちかね?」

「そうです。人数はまだいるんで、工事が遅れてると聞いて雇ってもらえないかと」

「ふむ……確かに工期は予定より遅れている。今から人数を雇って間に合うのかね?」

 

 店主に伴って出てきた二人の男性のうち、若い方の男性がもう一人の壮年の男性に質問を投げる。

 壮年の男性は、手元の資料を確認しながら「少なくとも、今のままでは工期には間に合いません」と告げた。

 

「先日サンドラオオトカゲが現れて怪我人が多く出ていますし、少しでも人手が増えるのはありがたいですが……」

「なるほど。君たちは全員でどれくらいの人数がいる?」

「我々は全員で三十四人、うち一人は巨人族です。力仕事なら十分出来るでしょう」

「巨人族! それはありがたい」

 

 技術的な面はさておき、堤防の修繕ともなると力仕事が大半だ。巨人族一人いるだけでも効率は段違いだろう。

 なお、後ろで聞いていたスコッチとジュンシーは「今の人数絶対カナタ外したよな」と話し合っていた。この暑さなのでどうせ出てこないだろうと判断したのかもしれない。

 話はまとまったらしく、ひとまず明日から手伝ってほしいと場所を教えて貰っていた。

 あとは昨夜スクラに頼まれたドラム王国の永久指針(エターナルポース)だ。

 

「ではまた明日だな。それと──申し遅れたが、私はネフェルタリ・コブラ。今回の工事の責任者をやっている。困ったら私のところへ来てくれ」

 

 若い男性はそう名乗り、笑顔を見せながらジョルジュと握手をしていた。


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