ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百五十九話:天を割る衝突

 

「〝王直〟ですか?」

 

 決闘場所である〝デルタ島〟への移動の最中、小紫は訊ねられたことにオウム返しして首を傾げた。

 訊ねたのはティーチである。

 

「あァ。おれァあの時島にいなかったからな。事のあらまし自体は聞いちゃいるが、当人から聞いておいた方が良いと思ってよ」

「そういえばカイドウたちが脱獄させたって話でしたっけ」

「ロクなことしねェよなァ、あいつらも……」

 

 おにぎりを食べる小紫の横では、レイン、ユイシーズ、ラグネルの三人が物凄く嫌そうな顔をしていた。

 当時、小紫と肩を並べて王直と戦ったため、三人とも彼の強さ自体は良く知っている。

 それで一番最初に来る感想が「思い出したくない」であった。

 

「鬱陶しいんだよな、あいつ」

「人を煽るのだけは一流でしたわね」

「それでいて本人も強かったからな。当時のおれ達四人がかりでようやく撃退出来たくらいだ」

「……あいつを倒したからインペルダウンにぶち込んだって話じゃなかったのか?」

「ちげーよ。ハッキリ言えば、おれ達は()()()()()()()()()

 

 レインが忌々しそうに答える。

 かつて、海賊島〝ハチノス〟へと攻め込んで来た王直は多くの海賊を従えていた。

 当時名を馳せていた海賊。勢いに乗ったルーキーたち。七武海の一角であるカナタを落として名を挙げようとする者には事欠かず、そのことごとくがフェイユンの手で壊滅させられた。

 億を超える賞金首も交じっていたハズだが、フェイユンはもちろん島に残っていた部隊がその全てを蹴散らした。

 とはいえ、瞬きの間に倒したわけではない。相応に時間がかかっている。

 

「王直は手下の海賊たちが戦ってる間に島の内部に入り込んで師匠を殺そうとしたんだよ」

「……敵ながら天晴な奴だな。姉貴に挑もうなんざ、おれァいくら積まれてもゴメンだぜ」

「おれもそう思うが、そういう話じゃねェよ」

「潜入した王直に私が気付いて、ラグネルと一緒に戦い始めたんです」

 

 小紫が気付き、ラグネルがその背中をカバーする形で共闘を始めた。

 激しくなる戦いの中、ほとんどの仲間が手出しも出来ない状況だったが、レインとユイシーズが来て四人で戦うことになったのだ。

 港は半壊、町の一部を崩壊させるに至る戦いの果てに、小紫が王直に手痛い一撃を与えたが……それでも王直は倒れなかった。当時の小紫ではまだ実力が足りなかったのである。

 

「しかし、倒せなかったなら王直はどうやって──」

「私が斬った」

 

 酒瓶からラッパ飲みしていたティーチの背後に現れたのはカナタである。

 先程また連絡が入っていたようだから、最新の情報が入ったのだろう。少々楽しそうにも見えるし、厄介事に辟易しているようにも見える。

 ティーチは横の椅子を引くとカナタはそこに座り、山盛りの定食がドンと置かれた。

 

「おう姉貴。斬ったってどういうことだよ。姉貴に斬られて生きてる奴がいるとは思えねェが」

「随分追い詰められていたからな。一息に胴体を半分にしてやろうと思ったが、存外硬くてな。刀を振り抜いた勢いのまま海の果てまで吹き飛ばしたかと思えば、近くに来ていた海軍の軍艦に突っ込んでそのままお縄についた」

「そりゃ何ともまァ……締らねェ結末だな! ゼハハハハ!!」

 

 ゲラゲラと笑うティーチ。

 カナタは気にもせず山盛りの定食を食べ始める。

 昼間から酒を飲むティーチに言いたいこともないではないが、昔からこの調子なので言うだけ無駄だと諦めているのだ。

 

「んで、師匠。カイドウ達はどうしてんだ?」

「前の報告から変わらん。真っ直ぐこちらへ向かっているらしい」

「こっちに? 海軍が動いているのでは?」

「いや、海軍はカイドウ達とぶつかっていない。インペルダウンでも抵抗したのはマゼランが率いる監獄の職員だけだったようだ」

 

 カナタ以外の面々が目を丸くする。

 インペルダウンは世界中から手に負えない賞金首たちを集めて投獄されている監獄だ。その囚人たちが逃げ出したとなれば、政府も海軍も対応に追われることになると踏んでいたが……政府はそれよりも〝黄昏〟と〝白ひげ〟の動向の方を気にしているらしい。

 それはそれで使えるカードがあると、カナタは今しがたブエナ・フェスタに指示を出してきたところだ。

 もっとも、インペルダウンにいる面々が厄介であることに変わりはない。少々荒れることになるだろう。

 

「そういえば、インペルダウンに隠れていた革命軍のイワンコフたちもカイドウの船に密航しているようだ」

「度胸ありますわね……あの男の船に密航など」

「まあ、あのバカは酒を飲めば大抵のことはどうでもよくなるからな。首尾よく事が運んでさぞご機嫌で酒を飲んでいる事だろう」

 

 そういう意味で言えば厄介なのは隙を見せないキングやクイーンの方だが、あちらはあちらで海軍が動いていないことに疑問を抱いて警戒が外に向いているらしい。

 運が良かった、という事だろう。

 

「バギーの奴も上手いこと密航したようだ」

「あの赤鼻野郎か!? ゼハハハハ!! 運だけはいっちょ前だな!!」

「しかし、密航したことまでこちらに情報が流れてきているのは少々マズいのでは?」

「問題は無かろう。密航の手引きをした奴が流しているからな」

 

 普通、密航しているならそれと分からないようにするはずだ。それでも密航したことを知っているなら手引きをした張本人くらいのものである。

 百獣海賊団の誰かが知っているなら、とうの昔に捕まっている。

 ビッグマム海賊団の方はリンリンの血族と〝ホーミーズ〟による監視が厳しいので密航は難しい。百獣海賊団の船に潜むのも仕方のないことだろう。

 カイドウとリンリンは同盟を結んで長いが、それぞれの船にお互いの船員を乗せる事はしていない。同盟を結んでいると言っても、どうしても必要な時以外は一線を引いているらしい。

 理由は知ったことではないが、今回の件に関しては都合が良かった。

 

「インペルダウンからこっち、情報がちゃんと入って来てるのも運がいい。()()()()()()みてェだな、うちのスパイは」

「余りひけらかすな。船内は身内で固めているが、どこから情報が流れるか分かったものではない」

「姉貴は心配性だなァオイ! 誰が来ても決闘の邪魔はさせねェよ!」

「大口を叩くなら貴様にカイドウの相手をさせるぞ」

「あの野郎なら、おれより先に斬りてェ奴がいるだろ。なァ?」

「はい。私があの男の首をすっぱり断ち切ってやります!!」

「……気合は買うが、お前一人ではまだ勝てん。バレットを上手く使うなり、他の仲間を頼るなりしろ」

 

 バレットは頼まれずともカイドウか、あるいはリンリンに真っ先に向かっていくだろう。周りを顧みないので気を付ける必要はあるが、上手く扱えれば四皇を抑え込める。

 海軍に期待出来ない今、〝黄昏〟単独で百獣・ビッグマムの海賊同盟と戦わねばならない。

 無論、カナタとて保険は掛けているが……決して確実なものではない。

 

「それより姉貴、忘れてねェだろうな」

「何をだ」

「約束のことだ」

 

 笑みを浮かべるティーチの目は野心に燃えていた。

 ティーチが悪魔の実を二つ食べられるというのは、正直なところ信じがたい。何度実験しても失敗したのだから、ティーチだけが上手くいくとは思えない。

 だがそれでも、ティーチは本気だった。

 本気で〝白ひげ〟の持つグラグラの実を得ようとしている。

 食事をとっていた手を止め、カナタはティーチの目を見返す。

 数秒程視線を合わせていたが、意思を曲げる気はないと悟ってため息を吐いた。

 

「……いいだろう。だがお前が死ねば計画は練り直しだぞ」

「ゼハハハハ!! そう来なくちゃな! 生きるも死ぬも運任せよ、何とかならァ!!」

 

 大口を開けて笑うティーチに肩をすくめるカナタ。

 この男は時たまこうだ。綿密に計画を練ったかと思えば、肝心なところを運任せにする。

 大した器だと笑ってやるしかなかった。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして、その日が来た。

 〝白ひげ海賊団〟の乗るモビー・ディック号。

 〝黄昏の海賊団〟の乗るソンブレロ号。

 共に巨大なガレオン船だ。それだけでなく、お互いの傘下の海賊を含む総戦力が集まっていた。

 

「これだけ揃うと流石に壮観だな」

 

 数万もの軍勢である。〝バスターコール〟が可愛く見える多数の軍艦を前に、ジュンシーは感心したような声を挙げる。

 もちろん、戦うのはニューゲートとカナタの2人だけだ。これらの軍勢は睨み合うだけで実際に戦うことはない。

 だが、ニューゲートからすればこの軍勢はいるだけで邪魔だった。

 

「ジョルジュ、奴らの船も含めて全て空へと移動させろ」

「構わねェけど……なんでだよ?」

「カナタは本気の殺し合いを望んでいる。グラグラの実の本領を発揮すれば、あの船はたちまち波に呑まれるぞ」

 

 ジョルジュとしてはニューゲートが力を抑えてくれたほうが都合がいいが、ジュンシーはそう思わなかった。

 互いの全てを賭けた立ち合いである以上、条件は限りなく対等であるべきだ。

 一方的に不利な条件で勝ったところで、意味がない。

 ジョルジュは肩をすくめ、〝白ひげ海賊団〟の方へと飛んで行った。

 ──そうしてしばらくすると、カナタが船室から出て来た。

 

「準備は出来たのか?」

「ああ、問題はない」

 

 いつものドレス姿ではない。お忍びで抜け出す時のようなラフな格好でもない。

 黒を基調とした軍服で、その背中には海に沈むドクロに三本の槍。〝黄昏〟の海賊旗が縫い付けてあった。

 軍帽までしっかり被っており、〝戦乙女(ワルキューレ)〟も〝戦士(エインヘリヤル)〟もまた同様の服に身を包んでいる。

 手には使い慣れた槍が握られており、緊張した様子も見せず、自然体である。

 

「小紫」

「はい」

 

 カナタに呼ばれた小紫が一歩前に出て、その腰に下げていた刀を鞘ごと掲げる。

 差し出された刀──〝村正〟を受け取ったカナタは少しだけ刃を抜いて確認すると、鞘に戻して腰に下げた。

 普段は使うものではないが、相手がニューゲートであれば不足はない。

 

「船は予定通り上空へ移動させろ。終わるまで待機だ」

「おう。気張れよ姉貴。正念場だぜ」

「誰に物を言っている。あんな老いぼれに負けるものか」

 

 ティーチと軽く拳を合わせ、カナタはそのまま船を飛び降りて島へと着地する。

 海岸からそれほど離れていない場所に、その男はいた。

 身長5メートルを超す巨躯に、最上大業物12工が一振り〝むら雲切り〟と呼ばれる薙刀。

 その異名の元となった白いひげを蓄え、筋骨隆々とした肉体は昔と変わらぬ威容を見せた。

 

「随分来るのが早かったな。待ちきれなかったのか?」

「テメェが遅いだけだろ。そもそもおれァ日にちしか聞いてねェ」

 

 軽口を叩く間に〝白ひげ海賊団〟〝黄昏の海賊団〟両方の船団が上空へと昇っていく。

 見覚えのある能力にニューゲートは目を細め、じろりとカナタを睨みつけた。

 

「何の真似だ?」

「近くに味方がいたのでは本気を出せまい。負けた時の言い訳にでも使いたかったのか?」

「言うじゃねェか、ハナッタレが……!」

 

 カナタの挑発にニィ、と笑うニューゲート。

 気力は十分。漲る覇気はビリビリと肌を打ち、島の動物たちが我先にと逃げ出していく。

 2人は静かに、互いの獲物を構えた。

 決闘の条件など、今更確認するまでもない。勝てば良し、負ければそれまで──海賊同士の決めごとなどそれだけで十分。

 

「早々にくたばるなよ、老いぼれ!!」

「グララララ!! 誰に物言ってやがる!!」

 

 互いに初手から全力だ。覇王色の覇気が大気を打ち付け、黒い火花がバチリと散る。

 いざ、いざ、いざ──尋常に。

 天を割る衝突が、決闘の始まりの合図となった。

 

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