サンドラ河流域にある農耕地帯ではサンドラ河が氾濫することを前提としているため、堤防は必然的に川から少し距離を置いた陸地に作ることになる。
ここを境として畑と家をわけているわけだ。
無論、サンドラ河の傍にもある程度の高さの堤防はある。そちらはどちらかといえば人が間違って落ちないようにという意味合いの方が大きいため、然程高さはない。
雨期以外で雨が少なく水害とも縁がないため、これで十分なのだ。
「いいか、フェイユン。堤防を補強と修繕するには砂が必要だ」
「はい! 土嚢を作るんですね?」
「そうだ。だが、砂漠があって砂はそこら中から取れるとはいえ、それを運ぶのは一苦労だ。砂漠の砂は熱いし量も半端ではないからな」
「私が運ぶんですか? でも私、道具を運ぶだけなら大丈夫ですけど、砂に直接触れるのは流石にちょっと……」
巨人とはいえ熱いものは熱い。流石に直接砂を運べとはカナタも言わない。
「安心しろ。道具は私が作る」
フェイユンに工事の説明をしているのはカナタだ。
何故暑いのが苦手な彼女がこの場にいるのかというと、前日にジョルジュたちが帰ってきて「会った責任者が国の王子だった……」と告げられたせいだ。
危うく手に持っていたジュースをひっくり返すところだったし、実際ちょっと零したのだがそれはさておき。
この手の治水事業で国が主導というのは何らおかしくないし、国の生命線でもある大河の堤防工事ともなれば責任者が国のトップなのはある意味当然なのだが……普通は名目上の責任者になるだけで現場には出てこない。
それでも何故かいた。
なので、流石に船長として顔を出さないわけにはいかないと判断せざるを得なかった。苦渋の決断である。
「ついでに武装色の覇気を纏わせる練習だ」
日傘を差してアラバスタの民族衣装で上から下まで直射日光を防ぐ完全防備。
中は常に能力で冷却しているので、直射日光さえ避ければ割と快適ではあった。見ている側は見ているだけで「暑そう……」という感想しか出てこないが。
加えて、下からの熱気は自身の冷気で中和しているおかげか光が妙な感じで屈折している。
「作るんですか?」
「私にとっては簡単なことだ」
カナタはフェイユンのサイズに合わせた氷のスコップを作り出して持たせる。
自分の分も作り、やり方を見せるように武装色の覇気をスコップに纏わせた。
「これは氷だからな。私の能力で作ったから多少の熱では融けない。だが、それでも氷は氷だ。お前の膂力で振るえばそれほどの回数は持たずに壊れる」
「それを武装色で補って壊れないようにするんですか……なるほど」
もう少し強度を強くすることも出来るが、せっかくなので少し弱めに作って武装色の練習をさせることにした。
自身の肉体を武装色で硬化することは出来るようになっているが、物に纏わせるのはまた別のセンスが必要になる。
やれることは多い方がいい。
引き出しの多さはどんな時でも選択肢の幅を広げられる。
「作る分にはいくらでも作ってやる。安心して練習するといい」
「はい!」
元気よく返事をしたフェイユンは、むむむと唸りながら武装色の覇気を氷のスコップに纏わせようと奮闘し始めた。
その間に現場に来ていたコブラたちへと挨拶に赴き、ジョルジュと共に顔を合わせる。
急ごしらえではあるが、移動式のテントで救護室と本部を兼ねた建物を設営していた。
いや本当になんでいるんだ。普通は名義上の責任者で報告書に目を通すだけなのでは? カナタは訝しんだ。
「初めまして。ジョルジュから話を伺いました。船長のカナタです」
「ほぅ、これはこれは。こちらも人手が足りていなかったのでありがたい限りだとも。それにしても……失礼だが、お嬢さんほどの若さで船長とは、君たちはどういった関係性なのか教えて貰っても?」
「単なる物好きな旅人が集まった船ですよ。海の果てまで進んでみようと
「なるほど……険しい旅路だろうが、航海の無事を祈ろう」
「ありがとうございます」
普段から慇懃無礼でチンジャオにすら敬語を使わなかったカナタが、コブラに対しては愛想笑いを浮かべながら敬語で話している。
初めて見る光景にスコッチたち古参メンバーは何とも言えない顔でもにょもにょしていた。
流石に一国の王子ともなれば対応は考えるのだろう。
基本的に交渉事はジョルジュかスコッチが対応していたので、カナタは表に出てこなかったせいでもあるが。
「工事の資料を確認させていただいても?」
「ああ、イガラム! 資料を持ってきてくれ!」
「はい、すぐに!」
パタパタと急ごしらえの本部の奥からカールした髪型が特徴的な男性が数枚の資料を持ってきた。
カナタはその髪型に目を丸くしながら資料を受け取り、工事予定に簡単に目を通す。
やっていることは大して難しいわけではないが、なにぶん堤防が非常に長い。今年はトラブル続きで国王軍を動員してまで工期に間に合わせようとしていたようだが、それでもギリギリ間に合うかどうかというところだったらしい。
カナタたちがいれば工期にも間に合うだろう。
「……なるほど。技術的な部分は専門の方にお願いするとして、力仕事であればうちの部下でも十分仕事になるでしょう」
「うむ。よろしく頼む」
資料を返し、コブラとの話し合いを終えてテントから出る。
スクラは力仕事ではなく救護室で待機だ。気を付けてはいるが、急病人や怪我人はいつ出るとも限らない。医者がいるに越したことはないのだ。
テントから出た瞬間、うだるような熱気と人を殺しかねない日光が一斉に来る。
(あっつい……帰りたい……)
凛とした表情とは裏腹に帰りたい気持ちでいっぱいになりつつ、現場監督と話しているジョルジュの方へと足を運ぶ。
日傘をしていれば割合マシだな、と独りごちる。
カナタは力仕事の頭数には入っていないので、諸々の調整と確認が仕事だ。
「おうカナタ。コブラ王子との話し合いは終わったか?」
「つつがなくな。そっちは?」
「大体の仕事の割り振りは決まった。あとは何かあったか?」
「昼食は先日の酒場に五十人前ほど弁当を頼んでおいた。飲み物もな」
「今日は一日こっちにいるのか? というかその恰好暑くないのか」
「最初は何事もトラブルがあるものだ。何も無いようなら明日から船にいたいが、フェイユンの出来次第だな。この格好なら涼しいぞ」
現場監督の男に変な目で見られながら服をパタパタとはためかせると、服の隙間から涼しい空気が出てくる。
直射日光さえ避ければまだ平気なのだ。単なる熱気なら冷気を纏えば相殺できる。
そんなもんか、とジョルジュは顎を撫でる。
「じゃあ、私は本部に詰めている。何かあればそちらに来い」
「了解。トラブルがないことを祈るぜ」
ひらひらと手を振って踵を返し、本部へ──行く前に、もう一度フェイユンの方へと足を運んでおく。
言ってすぐできるほど簡単な技術ではない。コツは〝リトルガーデン〟でもドリーとブロギーに教わっていたが、あの時はまず武装色を扱うことからのスタートだった。
今なら多少はマシになっているだろうと思いつつ、砂漠に足を踏み入れた。
「フェイユン、どうだ」
「それが、うまくいかなくて……」
「最初はそんなものだ。腕を武装硬化できるようにはなっているのだから、一度腕に集めてそれを流すイメージでやるといい」
この辺りは〝流桜〟にも通じるものがある。
不要な覇気を〝流す〟技術。国や文化が違っても人間は考えることは似通っているな、と思う。
集めて流す、集めて流す。とぶつぶつ言いながらゆっくり覇気を扱うフェイユンを尻目に、工事の準備を進めている他の船員を見る。
サミュエルやデイビットを筆頭に土嚢を作ってソリに載せている。荷台だと普通の車輪ではあっという間に砂に埋まってしまうので、ソリを使っているらしい。
フェイユンが巨大化して一度に掘る砂の量とサミュエルたちが時間をかけて作った土嚢の量を見ると、体格の差はすさまじいと言わざるを得ない。
というか。
「……フェイユンが運んだ砂をあっちで袋に入れて土嚢を作った方がいいんじゃないか?」
はっとした顔で「その手があったか」と言わんばかりの表情をする一同に思わず額に手を当てる。
土嚢を一か所に集めてから堤防に持っていくなら、こちらの方が効率的だろう。
先日出たというサンドラオオトカゲなる巨大なトカゲも、フェイユンなら難なく倒せるだろうから危険もない。少なくともカナタの見聞色で感じ取る限りは。
一通り確認して予備のスコップを数本作っておき、フェイユンは試行錯誤しながら武装色の練習をさせておく。
あとは本部で待機しておけばいいだろう。
☆
夕刻。
予定していたより工事の進みが早いとコブラがニコニコしていた。傍に控えていたイガラムから教わったが、他の書類もある程度はここで処理しているらしい。
国王が病床で仕事の多くを急ぎ引き継いでやっているらしく、まだ慣れない仕事ということもあって現場を見に来たという。今も見に行っており、本部には別室の救護室に控えているスクラを除けばカナタとイガラムだけだった。
まだ若いので時間をかけるつもりが急ぐ羽目になっているともなれば、大変だろう。
コブラの年齢を聞くとカナタの一つ上だとか。
ちなみにイガラムは幼馴染でもあり護衛でもあるらしい。カナタは本部でイガラムと雑談しているうちに随分と仲良くなっていた。
「本来なら堤防の工事ももっと早くに終わっているべきなのですが……中々上手いこと行かず」
「何事にも不慮の事態はあるものだ。私は旅人だから詳しくは知らないが……皆で何とかしようと努力している辺り、国王も随分と慕われているようだ」
「ええ、我がくに゛……ゴホン! マーマーマーマーマ~♪ 我が国の誇りです」
工事中に見つかった堤防の亀裂やサンドラオオトカゲによる被害など、想定外が多く余裕のあった工期もどんどん切り詰める羽目になっていた。
それでも皆文句を言うことなく、工期内に終わらせようとしている。コブラが現場に行くと、すでに周知されているため混乱はなく、気さくに声をかける者もいた。
為政者でこれほど好かれているものも珍しい。
「ところで、気になっていたのですが……貴女はどこかの国の貴族だったりするのでしょうか?」
「いいや、私は孤児だよ。元の血筋は知らない」
「そうですか……」
昼食の際に少し見ていたが、他の船員たちと比べても一目でわかるくらいマナーが良かった。
あれは貴族としても通じるマナーの良さだとイガラムは判断していたが、そうではないとわかって怪訝な顔をする。
何かを探るような様子のイガラムに対し、気付かないふりをしながらカナタは口を開く。
「私は貴族という柄でもない。権力にも興味はないしな」
「そうですか? 貴女は人を動かすのに慣れている様子。ならば権力を持っても有効に使えそうですが」
「上手く扱えるかというなら扱うだろうが、権力を得ると人はそれに固執してしまうからな……目的のために使うのが権力であって、権力を維持することを目的にしてはならない」
船で人を動かすのも権力といえば権力だ。
だがあれは次の島に辿り着くためという目的のために使う権力であって、その権力を維持するために船員を使っているわけではない。
力を持ちすぎるとろくなことはない。天竜人がいい例だ。
「……なるほど。彼らが貴女に付き従うのも、なんとなくわかる気がしますよ」
「それは彼らの勝手だ。私が強要したことなど一度も……一度もない」
ジョルジュとのファーストコンタクトの時のことを思い出し、記憶から消して言い放った。
まぁ、何だかんだと逃げ出すことはできただろうから、それをしなかった時点で彼らはカナタに従うことを心に決めたということでいいのだろう。
そうこう話しているうちに時間となり、全員が仕事を終えて本部前に集まる。
今日の工期予定より随分と進んだようで、二週間後の工期までには少し余裕を持って終われそうだと現場監督の男が言っていた。
明日も同じようにこの場所に集合だと聞いてから、今日の分の人件費について現場監督の男に了承のサインをもらう。
人数的にも拘束時間的にも金額が大きいので、工事終了後に纏めて清算する形になったのだ。
「よし、では我々も船に戻る。今日は私が料理を作ろう。食材を買って帰るぞ」
今日はコックの面々も工事で疲弊しているので外食にするかと思っていたが、イガラムからアラバスタ料理のレシピを貰ったので作ることにした。
滅多に料理をしないカナタが腕を振るうというので、デイビットやスクラなどの新入りは心配していたが。
「大丈夫なのか?」
「安心しろ、奴の料理はコックより美味い」
基本的に何でもできる超人のようなやつなのだ。マルクス島では一人で暮らしていたこともあって家事全般は出来る。
苦手なことといえば泳げないことと暑い場所がダメなことくらいだ。
コックが作る飯より美味いと言われて、スクラはコックの方を向くがむしろ彼らが一番喜んでいた。
料理出来ない連中の中でかろうじて料理が出来るからコックをやっているだけであって、別に料理は得意でも何でもなかったのである意味仕方ない。
「食材もだが酒だな。アラバスタの地酒買って戻ろう」
「明日に響かない程度にしろよ」
わかってるよ、と言いながらジョルジュはタバコに火をつける。
大規模な工事で工期もそれなりに長いため、結構な金額が入ることもあって機嫌が良かった。
一方、カナタは「明日は船に居よう」と心に決めていた。
☆
二週間後。
バタバタとした工期だったが、堤防の工事はなんとか終わりを迎え、同時にアラバスタは雨期を迎えることになる。
アラバスタ編が微妙に長くなりつつありますが、今章はアラバスタ編で終わりです。
あと二話か三話くらい書いたら幕間として海軍とロジャーの視点、今章の人物纏めの予定。
次章はどうなるか、まだ予定は未定です。