「どわーーッ!!?」
バギーは派手に攻撃を仕掛けてくるビッグマム海賊団から全力で逃げながら叫ぶ。
共にインペルダウンから逃げ出してきた囚人たちはよくわからないままバギーのことを持ち上げるが、バギー自身は特に何かした覚えもない。
よくわからないまま戦っていたが、流石にビッグマム海賊団は数が違う。インペルダウンの囚人たちも大抵名を馳せた海賊たちばかりだが、数ばかりはいかんともしがたいところだった。
しかも一度は傘下に下ったと見せかけての裏切りである。
リンリン自身が海賊として仁義を通すことを重視するためか、特に年かさの兄姉は仁義にもとる行為に敏感だ。
助けられた挙句裏切るなどとんでもない。
「逃げてんじゃねェぞ赤っ鼻ァ!!」
「待てオラァ!!」
「逃がさねェぞ!!!」
リンリンの子供たちのみならず、リンリンの作り出したホーミーズまでバギーを狙っている。
いくら囚人たちがバギーの味方と言っても全員が全員味方というわけでもなし、数の暴力で攻められてはどうしようもなかった。
一番厄介なカタクリはシリュウと戦っているのがせめてもの救いだろうか。
「どうすんだこれ!!? イヤ!! もー帰りたーい!!」
「え!? キャプテン・バギー、今なんて……!?」
「『奴ら返り討ちにしたーい』なんて、正気ですか!?」
「あァ!?」
そんなことは言ってない、と反論しようとした最中、巨大な影がバギーの頭上を飛び越して氷の大地に着地した。
着地の衝撃でバギーを含む元囚人たちは一瞬浮き、頭上を飛び越していった何かを見る。
それは、巨人だった。
それも一人ではない。何人もの巨人が、我先にと手に武器を持ってビッグマム海賊団に殺到している。
「きょ、巨人族!?」
「なんで巨人族がこんなに……!?」
「まさかキャプテン・バギーを助けに!?」
「ンなわけあるか阿呆ども!!」
思わずといった様子でツッコミをいれるバギー。
だが現に見覚えのない巨人達がビッグマム海賊団と戦っている。見ようによっては確かにバギーを助けようとしているように見えるだろう。
「巨人族の増援は多分カナタさんの采配だろ」とバギーは思いつつ、助かったことに感謝する。
「よし、それじゃあこの間におれらは逃げ──」
「ウオオオオオ!! 巨人族が味方してくれるんなら百人力だ!! キャプテン・バギーに勝利を!!!」
旗頭であるはずのバギーの言うことなど欠片も聞かず、元囚人たちは武器を振り上げた。
しかし、駆けだそうとした矢先に巨人のひとりがバギーに話しかけてきた。
「ん? 見覚えがあるな、そこの赤鼻!!」
「ゲギャギャギャギャギャ!! 確かによくよく見れば見覚えのある男だ!! こんなところでどうした?」
「誰の鼻が赤いだとクラァ! ……って、ブロギーにドリーじゃねェか!?」
しゃがみ込んで顔を近づけてきたのはブロギーで、それに気付いたのはドリーだった。
どちらもかつては〝リトルガーデン〟に100年ものあいだ住んで決闘を続けていたため、その島を通ったことのあるバギーもといロジャー海賊団の面々とは顔見知りだった。
懐かしい顔に破顔するブロギーとドリーに、バギーもまた笑って返す。
「懐かしいなァ! でもあんたら、〝リトルガーデン〟から出られねェんじゃなかったのか!?」
「別に出られねェってわけじゃねェ。決闘の決着が付くまで出る気がなかっただけだ。船もなければ〝
ところが決闘の最中に武器が壊れ、殴りあって決闘することになった。ただでさえ決着が付かない勝負が素手での勝負になって、これはもう終わらないだろうと話し合ったらしい。
偶然〝リトルガーデン〟に来ていた船の電伝虫を使ってカナタに連絡を取り、迎えに来てもらって〝エルバフ〟で武器を調達していた矢先にこの事態である。
因縁あるリンリンのことを知ってなお、素知らぬ顔で〝リトルガーデン〟に戻ることは出来なかった。
ドリーとブロギーは武器を取り、仲間たちを連れて戦場へと来た。
尊敬する英雄の死に様を汚したリンリンを討つために。
「ヤーさん……スコッパー・ギャバンも今は〝エルバフ〟にいる! あとで顔を見せに行ってやれ!」
「なぬーっ!? ギャバンさん、今〝エルバフ〟にいんのか!?」
元ロジャー海賊団の見習いとして、ギャバンは尊敬する海賊だった。バギーはびっくりした後懐かしそうに顎をさする。
その会話を横から聞いていた元囚人たちはそろって唖然とした顔をしており、同時にドリーとブロギーの正体に気付いた。
「な、なァ、あの2人……もしかして伝説の〝巨兵海賊団〟の〝赤鬼〟のブロギーと〝青鬼〟のドリーじゃねェか?」
「おれも知ってるぜ。確か、かけられた賞金の額は1億……」
「100年前に活動してた海賊じゃねェか!?」
「しかも今、〝海賊王の左腕〟スコッパー・ギャバンの名前も出てたぞ!」
「スゲェ会話だ……キャプテン・バギー、アンタやっぱ伝説の人だったんだな……!!」
尊敬した目でバギーを見る元囚人たち。
そんなことは知らぬバギーはといえば、ドリーとブロギーと共にいれば安全だと考えて、一緒に戦うことを提案していた。
「おれ達もカナタさんの味方だ! 一緒にあいつらブッ飛ばさねェか!?」
「ガババババ!! 会わねェうちに随分剛毅になったじゃねェか、赤っ鼻!!」
「ゲギャギャギャギャギャ!! いいだろう、おれ達と共に行くぞ!!」
「ウオオ!! キャプテン・バギーがいつの間にか伝説の海賊たちと肩を並べてる!?」
「お、おれたちは今、伝説の幕開けを見てるんじゃねェか……!?」
「おれ達もついていくぜ、キャプテン・バギー!!」
逃げ回っていた元囚人たちが一転してやる気に満ち溢れ、バギーを筆頭に武器を構える。
ドリーとブロギーは笑いながらそれに続き、ビッグマム海賊団と戦い始めた。
だがほどなくして将星と呼ばれる最高幹部の方へドリーとブロギーが戦いに行ってしまい、バギーは当てが外れたように冷や汗を流す。
それでも乗り掛かった舟である。ヤケクソになりながら、何より自分自身を鼓舞するように声を張り上げた。
「お前ら、おれに続けェ!!!」
「「「ウオオオオ!! キャプテン・バギーに勝利を!!!」」」
☆
二つの覇王色が衝突する。
長くこの海で戦ってきたが、大将にまで成り上がったゼファーをしてカナタとガープの戦いでは足手纏いだった。
「無理すんな、ゼファー!! こいつはわしが何とかする!!」
「ゼェ、ハァ……何とかする、じゃねェだろうが!!」
年齢による衰えもあれば、病による衰えもある。ゼファーはガープと違い心肺機能が低下しており、投薬無しでは長時間の戦闘に耐えられない。
それでも鍛え上げた見聞色を使い、カナタを中心として常にガープの反対側に居座ることでカナタの見聞色を阻害している。
少しでもカナタに対抗出来るようにと海楼石で出来た手甲を身に着けてきたが、カナタは巧みに武器を操って自身と海楼石を触れさせようとはしない。
ニューゲートとの決闘でそれなりに消耗はあったはずだが、それを感じさせない動きだ。
過去に戦った時と比べ、カナタは明らかに強くなっている──それこそ、〝英雄〟と呼ばれる親友を真正面から打ち倒しかねないほどに。
ガープの拳を刀で受け止めたカナタへと、ゼファーが殴りかかる。しかしそれは左手に持った槍で振り返ることなく防がれ、視線だけが交わった。
「もう随分な歳だろう。大人しく教官として余生を過ごすことは考えないのか?」
「うるせェ! おれだってそうしてェが、時代がそれを許さねェんだよ……!!」
「時代、か」
大海賊時代が始まって20年。
この海に君臨する4人の皇帝は今になってようやく崩れ、新たな皇帝としてカナタが躍り出た。
ティーチ、バレットの力と〝白ひげ海賊団〟の残党がきちんと勢力として機能すれば、おそらくカイドウとリンリンも落ちる日は遠くない。
海軍も変わらざるを得ないだろう。
「
「……!!」
ゼファーはかつて、海軍大将だった。
だが捕縛した海賊に逆恨みされ、妻子を殺されたことでその立場を降りて教官となり、数多の海兵を育ててきた。
カナタは最初期の〝七武海〟として名を連ねており、海軍と共同で動いたことも少なくない。資金提供や合同訓練などもあり、同じように海を守る同志として共感を覚える海兵も多い。
営利目的とは言え西へ東へ物資を運び、ついでのように海賊と戦い海の平和を守る。これで相手は海賊であるという認識を持つ方が難しい。
だからこそ、政府はゼファーをカナタと戦うように仕向けている。
「それがわかったからって、手加減してくれんのか!?」
「するわけが無かろう。自身の命を賭しても戦う男の覚悟だ。無下には出来んさ」
ゼファーがここでカナタを止めようとする覚悟は本物だ。ただ政府に利用されるだけの男ではない。
しかしそれでも、ここでカナタがゼファーを討てば、ゼファーに恩義を感じる海兵たちは少なからずカナタ相手に敵愾心を持つだろう。
鈍った刃が再び研ぎ澄まされる。
多くの海兵は〝黄昏〟が相手でも躊躇せず戦えるようになる。
「ここでお前を捕らえれば! ゼファーが死ぬ必要なんぞないじゃろうが!!」
「大言壮語もいいところだな。老いたその体で、私の相手が務まるのか?」
覇気を纏った拳が刀とぶつかり、しかし期待したような手応えはなくぬるりとした感触があった。
受け流された、と感じた瞬間には、既に槍が動いている。
ガープの心臓を狙い穿つ一撃は既のところで体をひねって回避した。
だが完全には回避できず、胸元を鋭い刃が走る。
「ガープ! オラァ!!」
「視えているよ」
カナタの背後から殴りかかるゼファーの拳をひらりと躱し、足元から氷の棘がゼファーに向かって殺到した。
至近距離からゼファー自身の勢いを利用する形での攻撃だ。回避が難しいと見るや、腕に武装色の覇気を纏って殺到する氷の棘を破壊する。
カナタはゼファーの攻撃そのものよりも海楼石に触れることを嫌がり、右手に持った刀でゼファーを迎撃する。
「さすがのお前も、海楼石に触れるのは嫌みてェだな!」
「当たり前だ。相手がお前とガープでなければすぐにでもその両腕を落としている」
流石に数十年来の戦友だ。お互いの動き方を熟知しているし、次にどう動くかも把握している。
高速で殴り掛かる2人のコンビネーションを最小限の動きで捌くも、お互いにお互いをカバーするせいで攻めきれない。
思わず舌打ちが出る。
だが、それはあくまで現状を維持すればの話。
──状況を動かすカードならば、カナタはいくつも持っている。
「〝
今度はゼファーがカナタの正面に立ち、武装硬化により黒く染まった腕で殴り掛かる。
引きつけ、防ぎ、受け流す。
ただそれだけの攻防で、ゼファーは体勢を崩された。
一切の容赦なくその首を狙って刀を振るおうとして、即座にガープが背後から〝
崩れた体勢のゼファーはそのまま抵抗せず倒れ、カナタだけが巻き込まれる。
背後から迫るガープの拳に即座に反応し、左手の槍で〝
至近距離での覇王色の衝突は凄まじい衝撃を生み、倒れていたゼファーが余波で大きく弾き飛ばされるほどだった。
すぐさま追撃しようと刀を構えれば、ガープは距離を詰めてカナタの右腕を掴んだ。
この至近距離では槍を振るうにも近すぎ、刀は振るえない。
「〝
「侮るな!」
カナタの顔面目掛けて振るわれる拳を、カナタは敢えてガープの懐に潜り込むようにして避ける。その際邪魔になる槍は手放したうえで、だ。
掴まれた右腕を起点に、その胸元へと背中をぶつけるようにして。
──それは、俗に
ガープの胸元へと肩甲骨を叩きつけ、その衝撃は胸元から背中へと突き抜けた。
「ガフッ──!?」
思わぬ反撃を受けて右腕の拘束が緩んだ。
今度は左足を起点にそのままの勢いで回転し、ガープを逆袈裟切りにしようと両手で刀を持った。
「〝神避〟」
手刀でもなければ片手でもない。本家本元、ロジャーのそれさえしのぐ威力の斬撃が無慈悲に振るわれる。
その寸前。
「ガープ!!」
氷の大地が砕けるほどの踏み込みと共にゼファーが飛び込み、ガープを肩で押し倒してカナタの眼前にその姿を晒す。
このまま殴りつけたところで、カナタは揺らがない。動かすほどの攻撃をするには時間が足りない。防ぐことも避けることも間に合わない。
だがそれでも、直撃だけは避けようと海楼石の手甲を盾にした。
ガープの盾になるような位置取りをしたゼファーは、武装色を纏った腕でカナタの斬撃を受ける。
「ぐあァ──ッ!!」
この斬撃は悪魔の実の能力によるものではない。
ダイヤのように硬いとされる海楼石であっても、絶対に壊れない物質というわけではないのだ。
海楼石の手甲ごとゼファーの右腕を斬り落とし、そのままの勢いで胴体まで両断しようとしたが、ガープが勢いよく引っ張って地面に倒したことでかろうじて避けた。
「ゼェ、ハァ……!」
「ゲホッ、ゲホッ! クソ! 海楼石の手甲を斬るたァ、化け物かよテメェは……!!」
完全に体勢を崩した2人に対し、カナタは残心を取って構えを崩さない。
今の一撃でガープを斬り捨てるつもりだったが、予想以上に粘る2人に警戒しているらしい。
「ガープはまだしも、ゼファーは完全に斬ったと思ったのだがな……その腕、義手か」
「少し前に、どっかの海賊に斬り落とされちまったんでな……!」
「ふむ。全盛期のお前なら防げたかもしれんが……ガープともどもそのざまではな」
「やかましいわ小娘が! まだ終わっとらんわい!!」
文句を言いながら立ち上がるガープ。
義手とはいえ片腕を失ったゼファーではこれ以上の継戦は難しい。世界政府の命令とはいえ、ガープはゼファーを死なせたくはないのだ。
傷だらけではあるが、ガープはまだ軽傷だ。余裕そうに見えるカナタにだって、疲労はある。
これを逃せば打倒は難しい。
カナタはじりじりと距離を取り、先ほど手放した槍を回収する。
「今度はどうする? センゴクと2人で私に挑んでみるか?」
「阿呆言え! ……クソ、やりにくいったらないわい」
あの時──〝ゴッドバレー〟で戦った男の姿を思い出す。
訳の分からないままロジャーと肩を並べて戦うことになり、死ぬ寸前まで追い詰めた。海賊ではあったが、操られてなお自身を止めろと涙した男を。
この状況で思い出すなどどうかしている。あの時とは何もかも状況が違うとわかっていても、〝世界の王〟を目指して戦った男とどうしても重ねてしまうのだ。
肩を並べて戦ったロジャーはもういない。
自身も老いて随分と力を落とした。
「それでも……やらにゃあならん!」
ビリビリと大気が震えるほどの覇気が体中に漲る。ガープはたとえ一人であったとしても、カナタと相打つ覚悟で戦うつもりだった。
ゼファーもまた、その隣に立つ。
「オイオイ、おれを置いてお前だけでやる気じゃねェだろうな?」
「なんじゃい、片腕を失ってまだやる気なのか?」
「当たり前だ! おれはゼット──海賊を止めるために海軍に入ったんだ!! ちょっと死にかけたくらいで、おれの正義を折れると思うなァ!!!」
「ゼファー……!! ぶわっはっはっは!! 足引っ張るんじゃねェぞ!!」
「誰に物言ってやがる!! テメェこそ先にくたばるんじゃねェぞ!!」
この苦境の中でも笑う。
自身の命を懸けてでも、この先、この海を荒らすであろう存在を止めることを最優先に考える。
その精神を、カナタは眩しく思う。
誰にでも出来ることではない。折れるものが大半のハズだ。だが、わずか数人であったとしても、これが出来る人間が海軍にいるという事実が、カナタには嬉しく……同時に残念に思う。
「よい気迫、よい意気だ。それだけに天竜人の犬であることが惜しいな──私と共に世界を変える気はないか?」
カナタの言葉に目を丸くし、しかしガープとゼファーは同時に叫んだ。
「「断る!!!」」
「──残念だ」
心から残念に思い、同時に口元で笑みを浮かべ──カナタは両手の武器に黒い稲妻を纏わせた。