ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百七十一話:武の極み

 

 ──鋭い剣閃が真っすぐに首を狙って振り抜かれる。

 ジュンシーはそれを慌てず槍を傾けて受け流し、返す刃でミホークの心臓を狙って槍を突く。

 だがこれもミホークの剣によって弾かれた。

 幾度となく繰り返された攻防だが、お互いに少しずつ相手の動きを見切り、動きが徐々に最適化されている。

 遠からずこの均衡は崩れるだろう。

 

「……やはり〝世界最強の剣士〟の名は伊達ではないな」

「そちらも〝六合大槍〟がそのまま異名に使われているだけはある」

 

 四皇〝赤髪〟のシャンクスや海軍大将〝青燕〟ベルクのように、剣を使う名高い猛者は多い。

 それらを差し置いて〝世界最強の剣士〟の称号を欲しいままにしているミホークの実力は、確かに名に違わぬものだ。

 一方で、そのミホークでさえジュンシーを攻めあぐねているのもまた事実である。

 花ノ国を出身とする彼の修める武術は〝八衝拳〟──徒手空拳に覇気を纏わせ、内から破壊する武術だ。

 ジュンシーはそれを高いレベルで修め、しかしそこからも研鑽を怠ることなく鍛錬を続けていた。3メートルを超える槍を手足の如く操り、長く第一線に身を置き続けた彼を崩すことは至難の業だった。

 

「強さを求める者は安易に悪魔の実に頼りがちだが、ここまで錬磨された技をみれば考えを変えるだろう」

「ほう、お主ほどの剣士にそこまで言われるとは思わなんだ。世辞か?」

「おれは世辞など言わん。ここまで積み上げた貴様の技は、凄まじいものだ」

 

 ただひたすらに武を磨き上げ、己をひとつの刃として扱うその様は感嘆さえ覚える。

 並大抵の努力でこれほどの強さは得られない。後進には己よりも才能がある者と感じた者はそれなりにいた筈だ。

 それでもなお、ジュンシーは武を磨き続けた。

 武に身を捧げた生き様は誰も彼もが出来るものではない。それほどの熱量が、いったいどこから出てくるのか。

 

「貴様も最強を目指して武を磨き続けたクチか?」

「呵々、そういう時期もあったことは否定せん。だが、ここ最近は育つ若者を見るのも面白いものでな……自らの武を磨くのはまだ若者には負けられんという思いもある」

「……それだけではなかろう」

「当たり前だ」

 

 攻防は止まらぬまま、お互いに会話を続ける。

 少しずつジュンシーに合わせて剣を振るミホークと、対応されないように槍を振るうジュンシー。

 お互いの武に対する信条は別だが、通じるところはある。

 

「儂はな、刃なのだ。儂の拳、槍はどんな手段を使っても敵を殺すためのもの。この歳になっても、人を壊すこと以外に取り柄がないのでな。使い方はカナタが決めればよいと決めれば、儂は武を磨くことに集中するだけで良かった」

「……なるほど。思考をそれだけに集中させたわけか」

 

 陽に生き、陰に殺す。陰に機を見出し、陽に活路を開く。

 ジュンシーの生き方とは、突き詰めればそれだけだ。

 武人として表舞台に立ち正面から戦うこともあれば、暗殺者として陰に隠れカナタのために拳を振るうこともある。どちらにせよ、彼にとって敵を殺す以上の意味も価値もない。

 彼にとっての幸運といえば、こいつの命令ならば従ってもよい、と思える相手がいたことだろう。

 そうでなければ、狂犬のように戦いに明け暮れて早々にどこかで身を滅ぼしていた。

 

「隠居する気はないのだな。元気なことだ」

「武に生き、武に死ぬのが本懐よ。だが生憎と、儂を殺せるだけのつわものとは戦う機会がない」

 

 正確には、カナタがそれを許さない。

 ただひとつの刃であれと己を定めたのであれば、それに背く行動は己の信条に泥をかけるようなものだ。

 それこそ価値がない。

 

「ここで死んでも悔いはないということか」

「お主に儂が殺せればな」

 

 ひときわ強く2人が衝突した。

 ミホークがジュンシーのことを攻めきれないのは、単にジュンシーの槍捌きが卓越していることだけが理由ではない。

 磨き上げられた覇気はミホークの剣でさえ容易くは断ち切れず、先手を取ろうにもジュンシーの未来は()()()()()()()()

 ただ見聞色に長けている、というだけで出来る芸当ではなかった。

 これは、そう──シャンクスの使う〝見聞殺し〟に非常に似ている。

 似ているだけで同じものではないが、それでもその厄介な性質はミホークが攻めあぐねるに十分なものだ。

 

「極めればここまで成るか。侮れんものだ」

 

 ミホークは勝負に手を抜くタチではない。

 確実に相手を切り伏せるための剣をことごとく凌がれ、先手を取られ続ける。シャンクスとの勝負を思い出すが、あれとはまたタイプの違う戦い方だ。

 

「儂としては、お主ほどの若さでこれほどの剣術を修める方が凄まじいと思うがな」

 

 ジュンシーと違い、ミホークはまだ40代前半だ。今が全盛期ではあるだろうが、ジュンシーの全盛期にこれほどの実力があったかと問われれば否と答えるだろう。

 カナタといい、ミホークといい、シャンクスといい、台頭しつつあるこの時代の頂点たちはいずれ過去の怪物たちを駆逐する。

 ──いずれ、などと悠長なことを言っているが、カナタは既に過去の怪物をひとり落とした。

 これはきっかけだ。

 時代は既に移り変わりつつある。

 

「儂も歳だ。追い落とされる側であることに違いないが、心持ちは挑戦者のままでいたいものだ」

「歳の割に若い男だな」

「呵々。年寄りの言葉だが、心まで老いては落ちるのは早いぞ」

 

 互いに殺す気の戦いではある。

 だが、共にひりつくような戦いを楽しんでか、その顔には笑みが浮かんでさえいた。

 

 

        ☆

 

 

「〝影法師(ドッペルマン)〟」

 

 何体ものパシフィスタに囲まれ、戦桃丸の指示通りに動くせいでモリアは体中にレーザーで穴を開けられていた。

 もちろんその状態でも痛みなどないので動かせはするのだが、正直なところ騙す目的でもなければ死体を利用するより普通に戦った方が強いし扱いやすいのも事実だった。

 モリアの体から抜け出る影を見て、戦桃丸は目を丸くする。

 

「……あれだけ穴だらけにされても動いてるから普通じゃねェとは思っていたが、モリアの死体に影を入れて動かしてたってことか?」

「ええ。カゲカゲの実はそういうことが出来る能力なんですよ」

「カゲカゲの実はモリアの能力だったハズ……そのモリアがこのありさまってことは、つまりそういうことかよ……」

 

 殺して能力を奪うだけでなく、死体まで操って利用するなど、倫理観はどうなっているのだと戦桃丸は冷や汗を流す。

 海賊にそんなことを言うだけ無駄なのかもしれないが、苦言のひとつも言いたくなるものだ。

 

「わいの死体だけがあればいいって言うのも、つまりわいの死体を利用してパシフィスタを操るつもりか?」

「そうですよ。先ほどから見ていれば、あなたの声で指示を出せばその通りに動くのも確認できましたから」

 

 声紋による識別で動いているのだろう。この場に戦桃丸以上の権限を持つ者がいない以上、戦桃丸の死体を奪えばパシフィスタは自動的に〝黄昏〟の味方になる。

 〝戦士(エインヘリヤル)〟や〝戦乙女(ワルキューレ)〟でも下位の者はそれなりに苦戦する。これが寝返れば現状の戦力比はあっという間に逆転するだろう。

 とはいえ、アイリスがいかに強くとも複数体のパシフィスタと戦桃丸を同時に相手取るのは分が悪い。

 ではどうするか。能力は手に入れたばかりだが、能力者の多い環境で育ったのだ。使い方はある程度モリアを見ていてわかっているし、あとは応用するだけだ。

 

「〝目影(アイシャドウ)〟」

 

 バラバラに分かれた影は複数体のパシフィスタの頭部を覆って視界を奪う。

 パシフィスタは覇気を使えるわけではない。目視による照準でレーザーを撃つため、視界を奪えば厄介さは格段に落ちる。

 そのうえで、アイリスは戦桃丸ではなくパシフィスタの一体を狙って攻撃し始めた。

 

「!? わいじゃなくパシフィスタを……!? 何が狙いかわからねェが、そう簡単にはやらせねェ!!」

「もう遅いです」

 

 一撃、とはいかずとも、戦桃丸が近付くよりも先にパシフィスタの一体に対し最大出力の覇気を纏って殴りつけ斃す。

 戦桃丸のガードは硬いが、足はそれほど速くはない。六式を高いレベルで使いこなすアイリスを相手に機動戦をすることはない。

 ゆえに、アイリスは余裕を持ってパシフィスタを斃し──その体へ先ほど奪い取ったドール中将の影を入れた。

 パシフィスタはバーソロミュー・くまのクローンを素体にした改造人間だ。

 生きている状態では影を入れても強化されるだけだが、死んだあとなら影を入れて手駒に出来る。こうなってしまえば威権順位など関係ない。

 

「さあ、敵はあちらです。あなたの力を存分に振るいなさい」

「任せろ!」

 

 元々のパシフィスタに自発的な会話機能などはないが、影が入ったことで自我を得て感情表現も出来るようになっている。

 ゾンビ化したパシフィスタはいまだ影で視界を覆われている他のパシフィスタに襲い掛かり、殴り倒しては口からレーザーを放って破壊していく。

 改造されたくまの肉体にドール中将の影が入った影響か、元の戦闘能力から随分と強化されているようだった。

 

「あはっ。なんだ、わざわざあなたの肉体を奪うより、こうした方がずっと簡単でしたね!」

 

 海兵ならばそこらにいくらでもいる。

 日に照らされては消滅してしまうため、そこだけは気を付ける必要があるが……影をはぎ取るだけならば難しくはない。

 

「くそ、パシフィスタ!! 応戦しろ!!」

 

 一体やられて影を入れられ、アイリスの影はさらに他のパシフィスタの視界を奪い、ゾンビ化したパシフィスタはアイリスの影を目印に他のパシフィスタへと襲い掛かる。

 オセロのように盤面がひっくり返されていく。

 やがてパシフィスタの半数がゾンビ化し、同数のパシフィスタを抑えにかかってしまえば戦桃丸を守る者はいない。

 アイリスは悠然と氷の大地を歩き、戦桃丸を追い詰めていく。

 

「貴方を守る人間兵器はもういません。年貢の納め時、ですね?」

「バカ言ってんじゃねェ! わいのガードは世界一……テメェに易々と負ける訳がねェだろ!!」

「ではやってみましょう。こちらにはいくらでも手数があります」

 

 パシフィスタを抑えられるのなら戦桃丸にはさほどの価値もない。

 もちろん人間兵器として無傷で鹵獲出来るならそれに越したことはないが、この盤面においては決して絶対条件ではないのだ。

 時間をかければ有利になるのはアイリス──ひいては〝黄昏〟の方だ。

 アイリスは覇気を纏う戦桃丸に強烈な蹴りを叩き込み、そのガードの上手さに口だけではないことを察する。

 

「なるほど、確かに強力なガード……!」

「当たり前だ! オジキから教えてもらったんだからな!!」

「それならこういうのはどうでしょう──〝影打ち(シャドーボクシング)〟」

 

 めくれ上がり、立体的になったアイリスの影が戦桃丸の背中側に立つ。

 アイリスと影は同じように動き、戦桃丸を正面と背中から同時に襲う。

 もちろんアイリスは覇気を使うため、必然的に戦桃丸のガードはそちらを優先せざるを得ない。

 がら空きの背中に、アイリスの影の拳が突き刺さった。

 

「ぐあ──っ!!」

 

 覇気を纏っておらずとも、影は本体と変わらぬ強さを誇る。操作を単純にすればするほど、アイリス本人は余計なリソースを割くことなく大きなリターンを得られる。

 慣れれば色々と使い勝手のいい能力なのだろうが、今のアイリスにはまだ習熟度が足りていなかった。

 だがそれでも戦桃丸を倒すには十分。

 

「死んだ後で死体もきちんと有効活用してあげますよ。だから大人しくここで──!!?」

 

 視界の端で何かが光った。

 否、それだけではない。光ったと同時にアイリスの真横に移動してきた黄猿が、アイリスの側頭部目掛けて強烈な蹴りを見舞った。

 

「きゃあっ!?」

 

 間一髪でガードが間に合ったものの、ガードの上からでも十分すぎるほどの威力の蹴りだった。

 大きく吹き飛ばされたアイリスを尻目に、黄猿は戦桃丸の横に降り立つ。

 

「オジキ……!」

「おー……君がやられると色々困るからねェ~。それにしても、性能の確認のためにシャボンディ諸島にパシフィスタを持って行ったのは失敗だったよねェ~」

 

 今更な話ではあるが、あれが無ければ〝黄昏〟の不意を打てただろう。それでも対応はされたはずだが、今のように完璧な対処をされることはなかったはずだ。

 現場で超新星の面々を相手に優位に進められたので、有用性が分かったのは確かだが……カナタにパシフィスタのことが露見したのはマイナスだった。

 それに加えてモリアが暗殺されていて死体は利用されていたこと。

 やや目立つようにコソコソと何かを探っていたことは黄猿も報告を受けている。今思えば、本体のアイリスが動きやすいように陽動として使われていたのだろう。

 現に情報を探っていたアイリスのことは海軍側の誰もが気付いていない。

 頭に来るほど先手を取られ続けている。

 

「ちょっと……黄猿が来るとか、どうなってるんですか!」

「〝魔眼〟なら来てるよォ~」

「どこかへ逃げたかと思えば、こちらでしたか」

 

 人獣形態のカイエが追いつき、氷の大地に着地する。

 黄猿は目立つ傷がないが、カイエにはそれなりに傷がある。タフネスさではカイエが上だろうが、ピカピカの実の能力は極めて厄介だ。カイエでも後手にならざるを得ない。

 だが、アイリスにはそんなことは関係ない。

 自分の仕事を完遂しようとしているところで邪魔が入ったのだ。それに奇襲を受けている。キレるのも当然だった。

 

「ちゃんと抑えておいてくださいよ!? あんなのに奇襲されたらこっちだってたまったものじゃないんですから!!」

「わかってますよ。しかし……」

 

 周りのゾンビ化したパシフィスタと普通のパシフィスタが戦っているのを見て、カイエは感心した様子を見せる。

 

「手に入れたばかりの能力をうまく使うものですね。正直、パシフィスタをあれだけ相手にするのは骨が折れるので情報収集に専念するものだとばかり思っていました」

「ふん! 私は優秀なのでこれくらい出来ます。それより、今度こそちゃんと黄猿を抑えていてくださいよ! あの鉞持った人の死体があれば、パシフィスタはこちらの手駒になるんですから」

「それなら気合を入れて頑張りましょうか。妹分の活躍を奪うわけにはいきませんからね」

「……別に私、妹分とかじゃありませんけど」

「九蛇の皆は姉妹みたいなものですよ」

 

 前線でいまだに戦っている九蛇の戦士はそれほど多くないので、カイエが長姉のように扱われているのは事実である。

 もっとも、カイエ自身はグロリオーサに拾われただけであって九蛇の血筋とは全くの無関係なのだが。

 

「戦桃丸くん、やれるかい?」

「当たり前だ! そう簡単に倒れやしねェ!!」

「結構。ただ、君の身の安全はこちらとしても優先事項だからねェ~。無茶しちゃダメだよォ」

「分かってらァ!!」

 

 カイエ、アイリスと黄猿、戦桃丸。

 パシフィスタという戦力を味方に入れるための攻防が始まった。

 




備考
・アイリスとジュンシーは師弟関係なので暗殺者として色々教育されてる
・実力的にはアイリス<カイエだが、能力を手に入れたのでアイリスが伸びつつある
・アイリス(18)とリコリス(16)は両親一緒の姉妹
・ジュンシーには子供がいるし、なんなら孫もいる
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