ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二十八話:雨期

 砂漠の雨というのは凄まじい。

 普段降らないので雨期になっても大したことはないだろうと思いがちだが、その実バケツをひっくり返したような大雨が短時間に降る。

 それによって増水したサンドラ河が氾濫するのだが、それ以外でも大雨による水害というのはあるものだ。

 

「おれ達の仕事は終わったが、国王軍はまだ駐留して有事の際に動くらしいな」

「決済する書類もこちらにあるままだ。首都アルバーナに戻らなければ支払いもされないとは」

 

 カナタとジョルジュは特にやることもなく、雨音を聞きながら雑談していた。

 大雨で砂漠の移動もままならないとなれば、二ヶ月この島に拘束されることになる。

 二週間の労働の間に記録(ログ)も溜まっているし、その気になれば島を出ることはいつでも出来るが……肝心の支払いが滞っていては出られない。

 どうしたものか、と二人はため息をこぼす。

 

「あんまり長いこと留まっていちゃァ海軍に気取られそうで怖いぜ、おれは」

「案ずるな、もうバレてる」

「そうか……あァ!?」

 

 バレていると言っても海軍にではなくコブラやイガラムといったアラバスタの上層部に、だが。

 そもそもの話、商人の時の癖で当たり前のようにカナタが対応していたが、賞金首になった以上はそんなことをすればバレるのは必然だろう。直射日光に当たらないように色々着ていたが、肝心の顔を隠していなかったので変装もクソもない。

 あまりにも堂々としていたので半信半疑ではあったようだが、初日にずっと話していた感触からするとバレているとみて間違いないとカナタは見ている。

 

「じゃあなんで海軍が追いかけて来ねェんだ?」

「知らん。労働力として使った後で海軍に通報して金を払わない気かと思い、見聞色でずっと周辺を探っているが……特に大きな動きもない」

 

 アラバスタは広大なので流石に全域はカバーできないが、少なくともカナタの感知出来る範囲内に海軍らしき動きはない。

 そもそもカナタに勝てるほど強い相手がいるようならここで資金稼ぎをしようとは考えないため、警戒するべきは応援を呼ばれた場合だ。

 ガープなど呼ばれたら堪ったものではない。

 

「一年も経てば話題も薄れて顔も忘れられると思っていたが、認識が甘かったな」

「そりゃあお前、天竜人の殺害なんて普通はやらねェからな」

 

 神をも恐れぬ所業、というべきか。

 無神論者であるカナタにとっては「何が神だ」という感想しか出てこないが、巨大な権力を持っているのは確かでもある。

 それでも目撃情報がぱったりと途絶えて一年も経てば話題も風化すると思っていたが、やはり手配書の効果は大きいというべきか。()()()()()()()()()自分たちを長く警戒しないとカナタは踏んでいたのだが。

 アラバスタが世界政府加盟国だったことを加味しても一発でバレるのは想定外だった。

 

「……意外と何も考えてねェな、お前も」

「そうだな。どうせなら大々的に新聞に載るようなことをしたいものだ」

「勘弁してくれ。海軍大将なんかとぶつかった日にゃ、おれは死を覚悟するぜ」

「〝黒腕〟のゼファーか。犯罪者だろうと〝不殺〟を貫く正義を掲げていると聞くが……どれくらいの強さかは未知数だな」

「海軍大将ってんだから、お前が戦ったセンゴクよりも強いんじゃねェか?」

「あれで海軍は意外と雑な配置だからな……ガープが中将だからと言ってそれ以上に強いとも考えにくい」

「……そうだなァ」

 

 ゼファー、ガープ、センゴク、つる辺りは同期になるのだろう。有名になるだけあって実力は抜きんでて高い。

 これが一度はマルクス島を焦土にしに来たというのだから頭が痛くなる。国を亡ぼすどころではない戦力だ。

 センゴクの強さは実際に戦ったカナタが一番わかっているし、一度ガープと拳を交えたジュンシーもその強さはよくわかっている。

 それを抑えて海軍大将に就いている以上、ゼファーもまた生半可な実力ではないはずだ。

 

「海賊たちの一つの〝時代〟を終わらせた英雄ガープが海軍大将になっていないのも不思議だが……あれも何を考えているかわからん男だからな。これ以上権力は要らないとか、そういう理由やもしれん」

「いやいやいや、まさかそんな理由で大将にならねェなんて、そんな訳が……」

 

 ある。

 海軍内では割と有名な話だが、コング元帥に大将に推薦されるたびに「自由にやるのにこれ以上の地位は要らん」と昇格を蹴っている。

 あのロジャーでさえ時には追い詰める強さだというのに、地位がそれに見合っていない。コングも頭が痛いだろう。

 

「海軍が来ないならそれに越したことはない。早いうちに請求書を叩きつけて払わせたいところだが……」

「まさかコブラ王子に直談判も出来ねェよなァ……」

「数日待ってくれという話だったから、雨期でも砂漠を渡る手段自体はあるのかもしれんな」

 

 払う意思自体はあるのだろう。

 払いたくても現物がないからこうして決済用の書類にサインしているわけなのだし。

 

「仮に海軍本部に応援を要請されてたらどうするんだ?」

「どうするか……応援が来たとわかった時点で割と手遅れではあるからな。大人しくしっぽを巻いて逃げるしかあるまい」

 

 ただ働きにはなってしまうが、命には代えられない。

 コブラ王子にせよイガラムにせよ、そういう男には見えなかったが……カナタの勘は意外と当てにならないので何とも言えないところだ。

 

「やっぱそうなるか……金庫番預かってる身としては、今回の仕事は実入りが良かったんだがなァ……」

「どうあれ、今は待つしか出来んだろう」

 

 他にやることもないのだ。この時期のアラバスタは街と町の移動すらままならないのだから。

 

(……気になることも無いわけではないが……)

 

 サンドラ河の中にいる、カナタが感知できる中でも一際強い反応を示す何か。工事中から気になってはいたが、動きは鈍く河から出てくる様子もなかったので放置していたそれが、今になって活発に動いている。

 この大雨でサンドラ河は氾濫するほどの水量になる。移動できる範囲が増えるとなれば、少し不味いかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

 サミュエルに傘を持たせ、カナタは堤防の上から氾濫するサンドラ河を見る。

 ここに来る途中で危ないからやめておけと言われはしたが、他の能力者ならばともかくカナタは河に落ちるくらいで死にはしない。

 一番危ないのは傘を持っているサミュエルだ。

 それでもカナタがいればすぐに助けられるので、特に気負うことなく歩き回っている。

 

「なァボス、なんで堤防の上なんかに?」

「少し気になっていることがあってな」

 

 カナタたちがこの国に到着する一週間ほど前に堤防に亀裂が見つかったという話だった。

 土嚢を積み上げレンガで補強した堤防に亀裂。どういった規模のものかまでは聞いていなかったが、実物を見てみればわかる。

 足を止め、雨の中で目を凝らして堤防を確認する。

 

「……これを見てみろ」

「こいつは……」

 

 濁流で見えにくいが、堤防に亀裂が入っている。

 新しく工事をしたばかりの堤防に出来ている巨大な亀裂を見ながら、カナタは顎に手を当てる。

 

(これは、少し不味いかもしれないな)

 

 一度ぶつかっただけなのか、それとも複数回ぶつかっているのかは定かではないが……少なくとも()()がいるのは間違いない。

 それも土嚢とレンガで補強した堤防に巨大な亀裂を入れられるほどの何か。

 国王軍はこれの存在を知っているのだろうか?

 

「亀裂の入った堤防。工事に駆り出されて雨期に入っても戻らない国王軍。王子が直接現地に赴く案件……」

 

 意外と物事は全てつながっているのかもしれない。

 その場合、雨期に入る前にも既に()()の存在は周知されていてしかるべきだと思うが……はっきりと姿を捉えられていない可能性もある。

 亀裂が雨期に入る前にも出来ているとなれば、陸上を移動できても不思議ではない。どこかで不審な影でも見つかっていれば国王軍が動く理由にもなるだろう。

 

「行くぞ。コブラ王子に用が出来た」

 

 サミュエルを伴って堤防から降り、未だ設営されたままの工事関係者詰所本部へと足を運ぶ。

 その中に工事関係者の姿はなく、コブラ王子を含めた国王軍が慌ただしく動いていた。

 カナタたちの姿に気付いたイガラムがそそくさと近くまで移動し、表面上はにこやかに「どうかしましたか」と尋ねてきた。

 

「少し気になることがあってな」

「気になること、ですか?」

「先程堤防を見てきたが、亀裂が入っている箇所がある。場所はここからまっすぐ東へ行ったところだ」

 

 サッと顔色を変え、すぐに近くにいた誰かに伝言を頼んでイガラム自身はパタパタと奥へ走っていった。

 少しばかり待っていると、奥からイガラムと一緒にコブラも出てきた。

 話を聞きたいと言い、本部の一角に座って机の上に周辺の地図を置く。

 

「堤防に亀裂が入っていたのはどの辺か、わかるかね?」

「本部の場所がこの辺りなら……おおよそこの辺りです」

「……なるほど、ならばやはり……」

「何がいるのか、国王軍は掴んでいるのですか?」

 

 カナタの質問に、コブラは答えにくそうに口を濁す。

 だが、コブラとしても不誠実だと思ったのだろう。ゆっくり口を開き、「ヘビだ」と答えた。

 

「ヘビ? 目撃情報があったのですか?」

「ああ。地面をはいずる巨大な影が、ここ最近目撃されていた。アラバスタには元々そんな生物はいなかったはずだが、どこかの海域から流れ着いたのか……」

 

 偉大なる航路(グランドライン)は常識では測れない海だ。何が起きてもおかしくはないとはいえ、まさか巨大なヘビが流れ着くとは思わない。

 しかも、海から来たくせにサンドラ河の中に潜んでいる。

 加えて陸上まで移動できるとは、そんな不可思議な生物がいるとは思わないだろう。

 少なくとも河の中を移動していることから能力者ではないだろうと判断出来るが、それくらいだ。

 

「国王軍としてもこれを放っておくわけにはいかない。私が陣頭指揮を執って討伐に来たのだが……結局、工事の最中には出てこなかった」

「なるほど……」

 

 工事の最中に来なかった理由は知らないが、少なくとも今堤防に亀裂が入っているのは確かだ。近いうちに現れるだろう。

 あるいはこれもビジネスチャンスかもしれないな、とカナタはふと思いつく。

 

「コブラ王子、一つ提案が」

「提案?」

「我々の提示する金額に納得していただけるのなら、その怪物退治をお請けします」

 

 がめついと言われるかもしれないが、船長として船員を食わせていく義務もある。鍛え上げた武力で金が稼げるならそれも良し、だ。

 コブラは反応に困ったような顔をして──直後、大地が揺れた。

 ズズン……! と何かが倒壊するような音と、外から聞こえてくる悲鳴。

 すぐさま本部から飛び出したコブラとイガラムを尻目に、カナタは見聞色の覇気で状況を把握していた。

 

「出たようだな。ビジネスチャンスかと思ったが、このままだと国王軍が退治するだろう」

「おれ達が倒して金をせびるんじゃダメなのか?」

「契約も交わしていないのに金を払うわけがなかろう」

 

 その時は船の食糧庫を少し圧迫するだけだ。どうせ船の人数は少ないので部屋は余っているし、余っている部屋を氷室代わりにして食料を突っ込んでおけばしばらく持つ。

 今回は外れだなと呟いて、カナタも同様に本部から出る。

 その瞬間、二人は自分の目を疑った。

 

「……でっか。なんだあれ」

「私に聞くな。巨大なヘビとは聞いたが、流石にここまでとは……」

 

 全長二百メートルはありそうな、白色の巨大なヘビがそこにいた。巨人族でも絞め殺せそうだ。

 海王類の一種だろうか。確かにあんなものがぶつかれば堤防などひとたまりもあるまい。

 国王軍も必死に応戦しているが、あの巨大な敵に対しては焼け石に水と言ってもいい。二名ほど能力者もいるようだが、動物(ゾオン)系では相性が悪いだろう。

 

「手伝わなくていいのか?」

「国を守るのが国王軍の仕事だろう。私の仕事じゃない」

 

 とは言ったものの、このままでは巻き込まれる。

 崩れた堤防から濁った水が押し寄せてきているし、巨大なヘビもまた鎌首をもたげてチロチロと舌を出している。

 はたして国王軍に退治できるレベルの怪物かどうか。お手並み拝見だとは思ったものの、そんなことを言っている場合でもないかもしれない。

 

「と、言っている間にピンチだな」

 

 濁流で足を取られる中、国王軍がヘビの体当たりで吹き飛ばされた。

 上空から時折攻撃しているハヤブサや、地上で攻撃しているジャッカルもいるが効果は薄い。

 どこに現れるかもわからないままでは防御陣地も作れず、大雨の中では大砲などの火器類も使えない。

 更には──

 

「早く逃げろ! ここは危険だ!」

「でも、まだ家の中に子供が!」

 

 堤防から少し離れた場所にはいくつかの民家がある。先の地震で様子を見に外に出た人々が、巨大なヘビを見て恐慌状態に陥っていた。

 逃げようとする人。子供とはぐれて探そうとしている人。薙ぎ払われる国王軍を見て絶望する人。

 カナタにとって他人事ではあるが、あまり見ていて気持ちのいいものではない。

 コブラも先頭に立って国王軍を指揮しているが、スケールの違いに碌なダメージすら与えられているように見えない。

 

「怯むな! 我々の後ろには守るべき民がいる!」

 

 イガラムを傍に置き、剣を片手にコブラが国王軍を奮い立たせる。

 それを視界に捉えたヘビは、一際目立つ位置で声を張り上げるコブラを一番に食べようと大きく口を開けて襲い掛かった。

 巨体に見合わぬ速度で地を這い、イガラムがせめてもと身を挺して庇おうとしたその刹那。

 

「──王子が最前線に立つものじゃない。貴方が死んでしまってはこちらも困る」

 

 ──カナタがその巨体を片手で受け止めた。

 空気が破裂したような音と共に衝撃が突き抜けるが、カナタは一切下がることはない。

 しとどに濡れた黒髪を鬱陶しげに払い、再度コブラに問いかける。

 

「この怪物退治、金で解決できるとすれば──貴方はどうする?」

「……ああ、金で命が救えるのなら是非もない」

「交渉成立ですね」

 

 パキン──と。

 一瞬で巨大なヘビはおろか、押し寄せる濁流までもを凍らせて塞き止めていた。国王軍には被害が出ないよう指向性を持たせていたため、凍っているのは蛇と堤防の周辺だけだ。

 吐く息は白く染まり、極度に下がった気温が濡れた体を冷やす。

 

「体の芯まで凍らせました。あとはこの蛇の処分と、堤防の応急処置を。そのままにしていても一週間は融けませんが」

「あ、ああ……」

 

 海王類にも匹敵する巨大なヘビをわずか数秒で仕留め、濡れた服を不快そうにつまみながらサミュエルを連れて船に戻る。

 その後ろ姿に、畏怖と恐怖を抱く軍隊を置いて。

 




コブラ王ってこんなアクティブな人だったかなと思ったんですけど、まぁ娘があれでしたし親もこんな感じの頃があってもいいはず。
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