旧年中の応援とご愛読に感謝し、本年もまたお付き合いいただきたく思います。
週一更新なので遅々とした歩みではありますが、よろしくお願いします。
カナタの創造する領域──〝
ただそれだけの機能しか持たず、それゆえに堅固。
何よりも敵にとって厄介なのは、この領域を維持するために必要なのは発動時と修復時に必要な覇気のみであるため、カナタの意思で解除するか、あるいは決着が付くまでほぼ永続的にこの領域が保持され続けるということ。
覇気を流し込まれた氷は黒く染まっているものの、外から入り込む光を完全に遮断することはなく、入り込む光が氷で乱反射されて幻想的にキラキラと光を帯びる。
現在の気温、実にマイナス20℃。
空気中の水分が凍り付き、ドーム状の氷で覆うゆえに風も吹かないため、ダイヤモンドダストによって光が反射しているのである。
「さて、シキはそれほど長くは持たなかったが──お前たちはどうだ?」
一拍の後に、カナタを中心として冷気が吹き荒れた。
間断なく吹き荒れる冷気の嵐は領域内の温度を下げ続け、出血する肉体から容赦なく体温を奪う。
悪魔の実の能力による攻撃で直接的に凍らせようとすれば覇気に阻まれるが、こうして間接的に影響を及ぼす事象にまで対応は出来ない。
それでも、ガープはまだ動くことが出来た。冬島の雪山での行軍経験もあって寒さの耐え方もわかっているし、まだ体力も覇気も残っている。
問題なのはゼファーの方だった。
「ゴホッ! ゴホッ! かひゅ──っ!!」
「っ!? ゼファー!!?」
ゼファーは呼吸器系に病を患っている。
常人でさえ音を上げる極寒の領域だ。空気は冷え切っており、呼吸をするだけで肺を蝕む環境は、ゼファーにとって最悪に近い。
だが、それで加減をしてくれるような女ではなかった。
「随分辛そうだな。今、楽にしてやろう」
「チッ!!」
高速で振るわれる斬撃を、ガープは覇気を纏った拳で弾き返す。
体力も覇気も消耗しているが、それは総量が減っているだけで出力が落ちているわけではない。
マラソンと同じだ。最初から最後までトップスピードで走るわけではなく、ペース配分を考えつつ必要な場所で必要なだけの出力を確保出来ればいい。
もっとも、この2人は平均的な出力が高いのでゼファーであってもついていくのが難しいほどだ。
ここでガープの足を引っ張るくらいなら見捨ててくれて構わない、と思っていても、ガープは絶対に見捨てはしないだろうという確信があった。
「……そうだった。
「なんじゃい! あいつと一緒にするな!!」
「いいや、同じだ。お前、
「……!」
かつてのロジャーもそうだった。
仲間の危地にあっては背を向けず、己が最も危険な場所で戦い続ける。それが仲間を最も守れるのだと。
カナタとて人のことを言えたわけではないが、ガープもまたそれと同じだ。
今や極めて弱っているゼファーを背に置いたこの男は、この戦いの中で最も厄介な状態と言っても過言ではない。
元よりゼファーは生かしておいた方がカナタにとっても都合がいい。ガープとカナタの利害が一致した以上、取るべき選択は一つだけだ。
「ゼファーの存在は邪魔だな。私とお前の一騎打ちで決着を付けよう」
「貴様、どうする気じゃ!?」
「こうするのさ」
氷の大地が波打つ。
ゼファーの足元だけが蠢いて台車のような形になったかと思えば、ドーム状に形成された氷が口を開くように穴を開けた。
そこから外へとゼファーを搬出していく。
「ガ、ガープ……っ!!」
「わしに任せい、ゼファー! お前が死ぬ必要などない!!」
「──バ、ッカ野郎……!!」
息も絶え絶えになりながら、ゼファーは最後までガープを案じて声を上げた。
しかしガープはそちらを振り向かず、ゼファーが搬出された後にドーム状の氷は口を閉じる。
「……覚悟は決まったのか?」
「負ける気なんぞありゃせんわ! それに、わしが死ねばどのみち同じことじゃしのう!!」
政府上層部はガープのことを嫌っているが、現場に出る海兵たちからは人気がある。肩を並べて戦う〝英雄〟がどれほど頼りになる存在か知っているからだ。
命令違反はいつものことで破天荒。だがその功績と強さゆえに上層部からは手が出せない男が、勝てるかどうか五分の相手に挑む。政府にとってこれ以上ないチャンスだろう。
ダメ押しにゼファーの命を懸けさせれば、海兵たちの怒りはすべて〝黄昏〟に行く。
長期的視野で見れば、この先どれだけ戦えるかわからない老兵の使いどころとしては間違ってはいないだろう。ましてや命令違反の常習犯ならば、なおのこと始末したがるに決まっている。
「お前も苦労しているな。上があんなのばっかりで大変だろうに──海賊になろうとは思わなかったのか?」
「誰がなるか!! わしが海賊になったら、誰が部下を守る!!?」
「……フフ、お前らしい返答だ」
ロジャーは敵同士だというのにガープと随分仲が良かった。仲間に誘ったこともあるだろうと思っていたが、この分ではけんもほろろに断られていただろう。
ともあれ。
これ以上先延ばしにする意味はない。
このドーム状の氷に覆われている今、中継している電伝虫達も中を覗くことは出来ないのだ。
存分に、手の内を明かすことが出来る。
「〝
「〝
2人の覇気を纏った攻撃が衝突し、領域内部の大気が震える。
逃げ場のない衝撃波が撒き散らされるが、2人はさして気にした様子もなくぶつかり続ける。
ともすれば外殻である氷を破壊しかねない威力だが、そこはカナタとて同じこと。覇気を流し込んで固めた氷はシキでさえ破壊することは出来なかったほどで、そもそも今のガープの覇気は平常時よりも随分落ちている。
単に疲弊したから、というだけではない。
「ハァ、ハァ……?」
「なんだ、思ったほどの威力が出なくて驚いているのか?」
後先考えずに本気で放った攻撃が思ったほどの威力が出ず、首をひねるガープ。
カナタは変わらず笑みを浮かべるばかりで、ガープの攻撃を相殺することもさほど苦労しているようには見えない。
「なんじゃい、また貴様が何かしたのか!?」
「
「こういうのは大体貴様のせいじゃろうが!!」
まぁそうなのだが。
ガープの勘の良さに呆れつつ、カナタは肩をすくめる。
わざわざ種明かしをしてやる気もない。逃がす気はないが、万が一生き残って逃げられたら面倒なことになるのは目に見えている。
弱まっているのなら好都合。
カナタは手に持った刀と槍により強く覇気を纏わせ、ガープに斬りかかった。
「ぐぬゥ……!!」
上段から振り下ろされた一撃に、ガープが膝をつく。
カナタの覇気は最初から変わらず強い。先ほど使っていた〝
調子が悪くなったのは、カナタが〝
見聞色の覇気でカナタの動きを読みつつも、その動きを徐々に追えなくなっていることに歯噛みする。
ガープとカナタで見聞色の覇気にそれほど差はないハズだが、視えた未来が間違っていたのでは意味がない。たとえ視えても、その未来を疑わねばならないのでは労力が増えるばかりで──そこまで考えて、ガープはハッと何かに気付いた。
(──自身で視た未来を疑う、じゃと?)
覇気の根幹は
操作、出力など言ってしまえば二の次の要素に過ぎず、最も重要なのはそこだ。
迷い、疑い、己を信じられない。そんなことをしていれば覇気の出力が落ちるのは当然のこと。
間違った未来を見せるのが〝
で、あれば。逆説的に〝
(間違った未来を見せることだけを目的とするなら……覇王色の覇気で気配をコントロールしつつ、強烈な殺気を浴びせれば任意のタイミングで相手に未来を見せることが出来る。加えてそれだけ繊細なコントロールが可能なら〝見聞殺し〟も使えるハズ)
使えるのなら使わない理由はない。カナタはおそらく次も同じように動くだろうと考え、検証に徹することにした。
ガープは次の行動を未来視し、カナタの行動を視て──次の瞬間、聞こえていた〝声〟が途切れたことで己の仮説を確信する。
未来を視ることが出来るほどの実力者なら、己の危機に対する反応は早い。カナタの殺気に反応して未来を視ることは可能だろう。
任意のタイミングで相手に未来を見せた後、〝見聞殺し〟を使うことで
現実的に言うなら〝見聞殺し〟を常に使っていた方が労力は少なく、かつ確実に利を得られる。
だが、己の見聞色の覇気へ疑念を抱かせることだけを目的とするのなら──。
「滅茶苦茶な奴じゃな!! 器用にしても程がある!! その努力はもうちょっと別のことに使えんのか!?」
「気付いたか。ニューゲートの奴は勘違いをしていたようだが、よく気付いたものだ」
「こんなことする奴なんぞ普通はおらんわ!!」
一から十まで理屈が滅茶苦茶過ぎる。
相手に適当な未来を見せた後、別の未来を視ないように〝見聞殺し〟を使えば、普通は〝声〟が聞こえないことに気付くのだ。
それを気付かせない戦い方、それを可能にする極めて繊細な覇気のコントロール、相手が未来を視たタイミングを予測出来る観察眼。
どれをとっても尋常ではない難易度で、普通は思いついてもこんなことをやろうとは思わない。
「だが効果的だろう? 現にお前は自身の視た未来を信じ切れず、覇気は力を落としている」
「タネがわかりゃァ何とでもなるわい!」
「口だけなら何とでもなる──だが、大口を叩くだけの余裕があるのか?」
この領域内では今も極寒の冷気が絶え間なく渦巻いている。
ガープの肉体は低下する気温に耐え切れずにひび割れて出血し、滴る血が触媒となって更に体温を下げる。
気温はわずか数分と経たぬ間にマイナス60℃を突破し、更に下がり続けていた。
いよいよ呼吸するだけで肺さえ凍り付きかねない気温になり、いかにガープが生命力溢れる超人のような男だとしても耐えるのが難しい状況になっている。
「それがどうした! お前がわしの立場だったとして、諦めるのか!?」
たとえ瞬きの後に潰える命だとしても、ここで諦める理由にはならない。
己の内に掲げる信念が折れない限り、ガープは自ら膝をつくことはない。
「いや──愚問だったな。許せ、ガープ。私はこれでも、お前が死ぬことを惜しく思っている」
かつて仲間であったドラゴンの父親だから、ではない。
多くの海賊を沈め、海の秩序を守ることを使命として戦い続けた海兵として、カナタはガープに対して敬意の念を抱いている。
立場上敵ではあるが、ニューゲートと違って個人的に嫌いな相手というわけではないのだ。
もはやこの環境の中ではまともに動くことも難しいだろう。極めて冷たい空気は呼吸をするだけで肺を傷つける。呼吸をすることさえままならないハズだ。
「案ずるな。世界政府を倒した後、海軍を悪いようには扱わん」
「もう、勝ったつもりか!?」
「ああ。お前はこの環境で生きることは難しいが、私にとっては何の痛痒もない」
ここはカナタの腹の中。このまま放置するだけでもいずれガープは息絶えるが──ひとりの戦士として、目の前の勇士の最期はきちんと己が手で終わらせるべきだと考えた。
それに、ガープの生命力は侮れない。この海で長く戦い、今まで生きて戦い続けてきたのだ。時代の生き残りが、容易く死んでくれるとも思えない。
カナタは油断することなく、その心臓目掛けて覇気を纏った槍を突き刺そうと接近した。
「──その心臓、貰い受ける」
ガープは動かなかった。
動けなかった、という方が正しいだろうか。
皮膚の表面は既に凍り始め、体温も常人なら活動が難しいほどに下がっている。カナタの槍は真っすぐにガープの心臓へと向かい──わずかに逸れて肺を貫いた。
「ッ!?」
「捕まえた、ぞ……!!」
体はもはや満足に動かない。
ならば、カナタの方から来てもらうしかない。
ガープは己の体を貫く槍の感触を覚えつつも、内に溜めこんだ覇気を右腕に集中させ、左手で槍を持つカナタの左腕を掴んだ。
正真正銘、これが最後の一撃になるだろう。ガープはそれでも構わない、と考え、カナタを睨みつける。
「言ったじゃろうが……お前をここで倒す、と!!」
血が槍を伝って滴る間に凍り付く。文字通りガープの命は風前の灯火で、命のすべてを燃やし尽くすように覇気を纏った。
ドンッ!!! と大気が震え、黒い雷が迸る。
カナタは信じられないとばかりに目を見開く。すでに限界を迎えた筈の、死にかけの人間がここまでやれるのか、と。
ガープは残った覇気のすべてを凝縮し、右腕に集めた。
何よりカナタが信じられなかったのは、この今際の際にあってなお──この男は笑っていたのだ。
「〝
文字通り、ガープのすべてを懸けた一撃が放たれる。
カナタは咄嗟に相殺を試みる。この攻撃は並のそれでは防げぬと、右手に持つ〝村正〟で最大の一撃を繰り出し──遂にはこの領域の外殻となる氷の方が耐え切れずに内から余波だけで崩壊した。
爆心地となった場所から広がる衝撃に〝黄昏の海賊団〟も海軍も一時手を止め、勝負の行く末を目撃する。
──そこには、血を流して倒れるカナタと、胸を槍で貫かれたまま拳を振り抜いて前のめりに倒れるガープの姿があった。
〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートの死に続き、大きな衝撃が電伝虫を通して世界中に伝播した。