それは、世界に衝撃をもたらす光景だった。
〝海軍の英雄〟と〝黄昏の魔女〟が相打ちとなり倒れている。両陣営に動揺が走るが、いち早く動いたのはカナタの〝
戦いの傷と極寒の冷気を吸い込んだ影響で薬剤の投与を余儀なくされていたが、それすら構わずに倒れるガープへと駆け寄っていく。
「ガープ……ガープ!!」
前のめりに倒れたガープは全身が凍り付いており、胸部を槍で貫かれているにも関わらず奇跡的に出血が少なかった。
体は冷たくなっているが、まだ生きていると信じてゼファーは声を上げた。
「お前は凄い奴だ……! お前ほどの男を他に知らねェ! 絶対に死ぬな!! 医療班!! おれはいい、ガープの治療を急げ!!!」
「は、はい!!」
慌ててついてくる医療班にガープの治療を指示し、ゼファーは視線を倒れているカナタへ向ける。
死んでいるわけではない。だが〝声〟は聞こえない。
〝白ひげ〟、カイドウとの連戦で体力も覇気も消耗していた。そこまでやってガープがようやく相打ちに持っていけるなど、正直なところ信じられない強さだった。
ガープのでたらめな強さを知る分、余計にそう思う。
ゼファーはカナタから視線を外し、まずはガープを安全なところへ移動させるべきだと提案した。
「ここじゃ満足な治療は出来ねェ。幸い、凍ってるおかげで出血は少ない……急いで船へ運べ!!」
「──正直なところ、驚いている」
ぞわり、と背筋に怖気が走った。
相変わらず見聞色で探っても〝声〟は聞こえない。だが、背後から聞こえた声は間違いなくカナタのものだった。
ゼファーは冷や汗を流しながらもう一度カナタへ視線を向けてみれば、右手に刀を持ったまま立っているカナタの姿がある。
ガープの一撃をまともに食らってダメージがあるのだろう。口からは血を流し、相応に覇気も減じているように感じられる。
それでも、彼女はしっかりと自らの足で立ち、いまだ戦意を抱いていた。
「限界まで追い詰め、私に最も有利な状況に持っていき、それでもなおここまでの一撃を繰り出す──なるほど確かに〝英雄〟と呼ばれるだけはある」
「……化け物かよ、テメェは」
「生憎、ちゃんと人間だ」
口の中の血を吐き出し、口元を手で拭う。品のない行為だが、行儀よくハンカチで拭うわけにもいかない。
カナタは視線をゼファーからガープへ移し、狙いを定めた。
「いい一撃だったが、それまで……私を倒すには足りなかったな」
ゼファーはいまだ調子の戻らない体に鞭打って立ち上がり、ガープを守るようにカナタと相対する。
「医療班! 早くガープを連れていけ!! 絶対に死なせるな!!!」
「無駄なことは止めておけ。既に呼吸は止まっているし、何より
「だったらやってみろよ。おれを倒してな!!」
片腕しかないとはいえ、ゼファーも元海軍大将。
ガープやセンゴクと共に海兵として過ごしてきた男だ。
武装色を纏った拳を振り上げ、カナタの持つ〝村正〟と衝突した。
カナタの槍はガープに突き刺さっていたが、体が凍っているおかげで血が出ないことと、そのままでは運びにくいことが重なって医療班の手によって抜かれている。
愛用の武器を雑に扱われて眉根を寄せるカナタだが、老いたりとはいえゼファーも実力者。気もそぞろに倒せる相手ではない。
「ガープの拳が随分効いたんじゃねェのか!? 動きがさっきより鈍いぜ!!」
「人を煽るだけの余裕があるのか?」
カナタは余裕そうな顔を見せているものの、実際にはゼファーの言う通り動きが鈍っていた。
ただでさえ消耗していたところに強烈な一撃を食らったのだ。表面上は無事に見えても、蓄積したダメージは相当なものである。
対するゼファーも〝
そうでなくとも義手が壊されていて片腕しか使えないのだ。
両者共に本調子とは程遠い状態だが、勝敗を分けるものがあるとすれば──切り札の数だろう。
「ハッ、ハッ──!」
短く呼吸を繰り返しつつカナタの斬撃をしのぐゼファー。
だが、それも長くは続かない。
斬撃を防ぐも片腕では体重移動が上手くいかず、ぬるりとした感触と共に絡めとられるように体勢を崩された。
今のカナタからは〝声〟が聞こえない。覇王色の覇気を利用した〝見聞殺し〟と呼ばれる技術のせいだ。
老い、病、疲弊──未来を視てようやく拮抗出来るかどうか、という相手に対して、見聞色が意味をなさずこちらの動きばかりが筒抜けになっている。そうでなくともカナタは技巧派だ。長引くだけ切り崩される可能性は高まる。
体勢を崩されたゼファーは踏ん張り切れず、吸い込まれるように返す刃で袈裟切りにされる。
「ぐあッ──!?」
「お前単独ではこんなものか。つくづく全盛期のお前と決着を付けられなかったのが惜しいな」
〝村正〟の刃を振って血を落とし、倒れこむゼファーの首を落とそうと両手で上段に構える。
ゼファーを殺せば海軍と全面的に対決することを余儀なくされるが、〝英雄〟と称され慕われるガープを斬った時点で避けられないのは確実だ。
「クソ! すまねェ、ガープ、センゴク……!」
放っておいても失血死しかねない量の血が出ているが、カナタはけじめをつけるように首へと刃を走らせ──ゼファーの首を落とそうとしたところで、黄猿の刃がそれを遮った。
ピカピカの実の能力によって生み出された〝
黄猿とサングラス越しに視線が合う。
「わざわざシャボンディ諸島のリベンジにでも来たのか?」
「そこまでのことじゃねェよォ~。ただ、ゼファー先生が目の前で殺されるのは御免被るってだけでねェ~」
「恩人が斬られるのは嫌か。お前も人の子だな、黄猿」
飄々としている割にこういうところがある男だ。くまとベガパンクの件でも、随分と骨を折ったと聞いている。
だが、シャボンディ諸島での傷が完全に癒えないまま出てくるのは少々不用意と言う他にない。
たとえカナタがあの時とは比べ物にならないほど弱っていたとしても。黄猿とて消耗はゼロではない。
「わっしだけじゃないよォ~」
「何──ッ!」
高速で接近し、背後から攻撃してくる何者か。
カナタは反射的にそれを見聞色で感知して防ぎ、その顔を見る。
「クロコダイル……!」
「テメェの一人勝ちにはさせねェよ……!!」
アラバスタで自分の計画が邪魔され潰されているうえ、長年の宿敵であったニューゲートの首を横から取られたとなれば、クロコダイルとて大人しくしてはいられなかった。
ガープとゼファーを相手に戦って消耗し、今ならばと考えて出てきたのだろう。
かなり頭にきているハズだが、それでも冷静に、確実に目的を遂げようとする行動力は感嘆に値する。
もっとも、それが通用するかと問われれば否としか答えられないのだが。
「フフ……覇気も使えんお前では、同じ
「スカしたツラしやがって……そんなもん、いくらでもやりようはあるに決まってんだろ」
砂と冷気では互いに能力で影響はない。
厳密に言うなら多少はあるが、この場では無視できる程度の差でしかない。
それでもクロコダイルはやりようはあると豪語し、離れてカナタの背後を取る。
黄猿とクロコダイル。海軍大将と元七武海だが、タッグを組んでの戦いが出来るとは思えない。互いに足を引っ張らない程度に動くくらいだろう。
カナタはガープを貫いた槍を拾い上げる。
「さて──ゼファーとガープを片付けねばならん。手早く済ませようか」
時間をかけるつもりはない。
一撃で殺すつもりでやるだけだ。
カナタは〝村正〟を構え、一息に黄猿の目の前まで迫る。
「〝
シャボンディ諸島で見せた手刀によるそれではない、本気の技だ。
大気を薙ぐような一撃を黄猿はかろうじて避け、手に生み出した剣で切りかかる。
カナタの倍ほどもある長身から振り下ろされる攻撃は厄介だが、カナタは手慣れたように槍と刀で対処して見せる。
ゼファーとの戦い同様、カナタは常に〝見聞殺し〟を使っている。ゆえに速度があろうとカナタに対して先手を取ることはほぼ出来ず、防戦一方になっていた。
「くっ──アンタ、それが出来るなら〝白ひげ〟との決闘でもやってたのかィ?」
「いいや、ここまで常に使ってはいなかったさ。疲れるからな」
「だったら、なんで今になって──」
「命を懸けた戦いというのも、存外悪くないものだ。鈍っていたものが研ぎ澄まされていく感覚があるからな」
ニューゲート、カイドウ、ガープ、ゼファー。
皆並々ならぬ実力者ばかりだ。彼らと戦っているうちに、己の覇気が研ぎ澄まされていくような感覚があった。
覇気とは強者との戦いの中で磨かれるもの。この広い海において最上位の強さを持つ者たちを順番に相手取り、カナタの覇気はより強く発現している。
つまり──あろうことか、この女はこの土壇場で更にギアを上げているのだ。
黄猿は一度距離を取り、連続してレーザーを放つ。
だが、それらはすべてカナタに当たるより前に勝手に捻じ曲がって別の方向へと飛んで行った。
「そりゃあ一体どんな手品だい!?」
「自分で考えろ、馬鹿者め」
黄猿のレーザーはあくまで光の性質を持つ。
カナタの纏う冷気によって空気に極端な温度差が発生し、空気の層によって光が屈折しているのだ。
さながら蜃気楼のように。
「そら、もう一発行くぞ!」
黒い雷を纏うカナタに冷や汗を流す黄猿。
しかし意識が黄猿に向いているカナタへ、砂の刃が振るわれた。
これそのものによるダメージはない。だが、この砂に触れれば肉体の水分が持っていかれる。無論のこと覇気を纏っていれば弾ける程度の攻撃ではあるが、鬱陶しいことには変わりない。
カナタの意識が黄猿からクロコダイルへと向いた。
「──お前から先に潰しておくか」
〝紙絵〟──〝残身〟。
残像を残して相手の死角に回り込む六式の技である。〝見聞殺し〟と併用すれば、たとえ未来視が出来る見聞色の使い手であっても欺ける。
ましてや覇気を使えないクロコダイルを欺くことなど、極めて容易い。
「な──」
「〝
左手に持った槍を振るい、斬撃を飛ばす。
覇王色の覇気を纏った一撃はクロコダイルの意識を容易く奪い、遠く見える船まで吹き飛ばした。
槍を振り抜き、残心を取るカナタ目掛けてレーザーを連射する黄猿。
先のカラクリを見抜けず数に任せて攻撃をしている──というわけではなく、無数のレーザーが形を変えて黄猿の分身となって殺到した。
分身一体一体が〝
「こんなこけおどしに頼らねばならんか。まだまだ鍛錬が足りんな、ボルサリーノ」
如何に覇気を纏わせた攻撃でカナタを攻撃しようと、見聞色の読み合いで勝てねば捉えることすら敵わない。
分身の中に潜む本体を探し当て、カナタは〝村正〟に覇王色の覇気を纏わせる。
黄猿による閃光が眩く光る中、カナタの黒い閃光が一際強く瞬いた。
「〝
威力を絞らず、やや範囲を広めに巻き込むようにして斬撃を放つ。
相手を両断するほどの威力はないが、見聞色の先読みも潰されている黄猿にこれを回避する術はなかった。
血を吐きながら海軍の軍艦へと吹き飛ばされ、轟音と共に船が爆発、炎上する。
火薬庫か何かにぶつかった衝撃で引火したのだろう。
「ふー……」
残った覇気を全力で使い切るような戦い方だ。既にカナタの体力は限界まで来ており、これ以上の戦いを続ければ倒れる可能性も十分にある。
呼吸を整えながら覇気を回復させていると、脇腹から血が流れているカイエが近付いてきた。
「カナタさん、大丈夫ですか?」
「私より自分のことを心配するんだな。私が倒れている姿を見て動揺したか?」
「……はい」
「お前もまだ青いな。レインや小紫は大丈夫だったようだが」
覇王色の覇気を持っている面々は動揺していない。根本的にそういう性質なのだろう。
ともあれ、カイエが相手をしていた黄猿は既にノックアウトしている。ここにいたところで仕事はない。
「一度戻ってしっかり治療しておけ。スクラの小言は少ないうちに聞いておいた方が楽だぞ」
「……経験談ですか?」
「私はどちらかといえば『やりすぎるな』と苦言を呈される方だがな」
「それはまぁ、そうでしょうね」
苦笑するカイエ。
その様子を見る限り、体力はまだ余裕があると見える。元より
問題はむしろ、小紫たちが戦っているカイドウの方だ。
「あの男のタフさにもほとほと困ったものだ。あの三人でも抑えきれないかもしれんとは」
「手助けに行きますか?」
「いや……私はもう疲れた。海軍は随分士気が落ちているから、このまま押し切れるだろう。カイドウの抑えに何人か追加で回してやれ」
「では私が行きましょう」
「そうだな。お前なら出来るだろう……ついでにやってみたいこともある。アイリスを連れて一度船へ戻ってこい」
「? アイリスを、ですか?」
「ああ。モリアの能力は私も知っているからな。一度やらせてみたいことがある」
「わかりました。ですが、戦桃丸と戦っている最中のハズです」
「……いや、こっちが優先だ。パシフィスタは厄介だが、こちらで対処出来ないほどではない」
とにかくカイドウに暴れまわられるのが一番困る。特に消耗しきった今のカナタでは相手など出来まい。
カイエを使いにやった後、カナタは出血して意識が遠くなっているゼファーの下へと近寄った。
呼吸も浅く、体温も随分下がっている。出血多量によるショック症状も出ているようだし、放っておいても長くはないだろう。
「……刃を交えた仲だ。介錯くらいはしてやろう」
無駄に苦しませるつもりはない。
立場は違えど、カナタとゼファーで理想がそう違ったとは思わない。海の平穏を目的の一つに数えていたのは事実なのだ。
もっとも、その立場ゆえに殺し合う羽目になったのだが。
カナタは〝村正〟を鞘に納め、槍を構えた。
一閃して首を落とし、血を払って目を瞑り黙とうする。
数秒の後に背を向けた。
「さらばだ、勇士よ。お前の正義では私の息の根を止めることは出来なかったが、その強さは本物だった」