「ゼファー……ガープ……!」
長く、肩を並べて戦った友である。世界政府の命令とはいえ、勝算が薄い戦いに2人を狩りだすことには反対だった。
だがカナタに勝てる可能性があるとすればガープしかおらず、ガープと肩を並べて足を引っ張らない将兵となるとセンゴクかゼファー、大将くらいしかいない。
センゴクには全体の指揮を執る役割があり、大将の3人も〝黄昏〟の幹部などがいることを考えるとカナタ相手に総員でかかるわけにもいかなかった。
実際、ガープが追い詰めたハズのカナタでさえ黄猿は敗北を喫した。
「ゼハハハハ……!! 海軍の老兵どもも頑張ったようだが、姉貴にゃァ敵わなかったみてェだな!!」
センゴクに相対するティーチは傷も多く、一見すれば分が悪そうに見える。
しかし、どれだけダメージを受けても不敵に笑うこの男の不気味さにはセンゴクでさえ眉を顰めるほどであった。
ただでさえグラグラの実の能力を得て油断出来ず、また周りへの被害が大きい相手である。ここで抑え込んでおかねば、どれだけの被害が出るか分かったものではない。
「諦めたらどうだ、センゴク! お前らじゃあ、おれ達には敵わねェ……!!」
「何を諦めろと言うんだ! 〝白ひげ〟を倒し、ガープとゼファー、黄猿を倒したカナタをか!? それともカナタに付き従ってグラグラの実を手に入れたお前をか!?」
「〝時代〟だよ……!! お前らなら〝正義〟って言い換えてもいい!!」
〝英雄〟は倒れた。
〝すべての海兵を育てた男〟も倒れた。
大将の一角は崩れ、残りの2人も幹部2人に手こずっていて他の応援など望むべくもない。
この状況から海軍が状況をひっくり返す手立てはない。あるとすれば、それはもう一方で戦う〝百獣・ビッグマムの海賊同盟〟が〝黄昏〟本隊とぶつかる状況に陥った場合だけだ。
「お前らは負けたんだ!! ゼハハハハ!! 何をどうすりゃあ、ここからひっくり返せるってんだ!?」
ティーチの体から〝闇〟が立ち上る。
煙のように、あるいは水のように広がる〝闇〟を見て、センゴクは嫌そうな顔をした。
先ほども見た光景だ。あの〝闇〟に呑まれれば、船も人も関係なく無限の重力に圧し潰される。
周囲に広がる軍艦の破片や兵士たちは、そうやってティーチの手で起こされた惨劇の結果だった。
「……まだ負けてはいない!! 〝正義〟とは、我々の掲げる信念だ!! 軽々しく諦めろなどと口にするな、青二才がァ!!!」
「ゼハハハハ……だったら、守ってみろよ!! その矜持をよ!! 口先だけの正義でなんとかなると思ってんならなァ!!!」
ティーチのグラグラの力と、センゴクの覇気を纏った拳が衝突する。
ここでセンゴクが倒れれば海軍は瓦解する。そんなことになれば、倒れていった戦友たちに顔向け出来ないと考えて。
☆
船に戻ったカナタは、船内の一角でスクラによる治療を受けていた。
とはいえ、重傷というほどのものでもない。ニューゲートやカイドウ、ガープとの連戦によるダメージは確かにあるが、それ以上に疲労の方が強かった。
久方ぶりに限界まで覇気を出し尽くし、気力を振り絞って戦ったのだ。正直なところ、ここでカナタが退くよりも前線で海軍に圧をかけ続けていた方が崩しやすいのだが……無理をして倒されるようなことになれば取り返しがつかない。
勝ちを焦って無理をする局面ではないと判断したのだ。
「あれだけ滅茶苦茶な戦いをしておいて、よくこの程度の怪我で済んだものだ。呆れるほどの頑丈さだな」
「フフ、治療のし甲斐がないか?」
「結構なことだ。けが人は少ないに越したことはないからな」
「……ああ」
これは戦争だ。全員が生きて帰れるとは思っていない。
剣を振るえば誰かが倒れる。戦いとはそういうもので、どれだけ対策をしたところで倒れる者がゼロにはならない。
軍服を脱いで上半身の胸元だけを隠すような状態で包帯を巻いてもらいながら戦況の報告を受けていると、呼び出していたカイエとアイリス、それに千代が現れた。
重傷者のために医務室を使っているため、比較的軽傷であるカナタは空いている部屋を医務室代わりに使っていたのだ。
「アイリスを連れてきました」
「連れてこられました。もう少しで〝パシフィスタ〟の命令権を奪えそうだったんですけど、どうして呼び出されたんです?」
「今のパシフィスタは強く警戒する必要はない。もう少し性能が伸びれば別だろうが……まだ年数がかかるだろう。今は別のことにお前の能力を使いたい」
「別のこと?」
アイリスが首を傾げると、呼び出された理由を知らない千代の方へと視線を向けるカナタ。
「千代、今の戦況はうちが有利だな?」
「うむ。ガープとゼファーが倒れて海軍の士気がガタ落ちしとるな。将兵は流石に持ちこたえとるが、下士官はそうもいかん。崩れるのも時間の問題じゃろう」
「では現在一番の問題はカイドウだな」
カナタの言葉にカイエ、アイリス、千代の3人が一斉に嫌そうな顔をした。
小紫、ラグネル、フェイユンの3人がかりで戦っているというのに、倒れるどころか逆に3人を倒しそうな勢いで暴れている。
百獣海賊団にせよビッグマム海賊団にせよ全戦力ではないが、インペルダウンから連れてきた囚人たちはそれを補って余りある戦力だ。
リンリンはバレットが抑えているが、この2人の勝敗もまだ読めない。最悪バレットが倒れることになれば、カイドウとリンリンを纏めて抑える必要が出てくる。
バレットは協調性がないので協力などハナから考えていないだろう。落とすならカイドウからやるしかない。
「私とアイリスが向かうのですか? それとも千代も?」
「……正直、あれの相手とかちょっと手に余るんですけど」
「わしは行っても構わんが、指揮は誰が引き継ぐんじゃ? 其方がやってくれるならええけど」
「秘策……というほどのものでもないが、策はある」
カナタは治療を終えて新しい軍服に袖を通しつつ、自分の足元を指さした。
3人は意味をよく分からずに首を傾げたり眉を顰めたりしていたが、アイリスはいち早く気付く。
「……貴女の影を使うのですか?」
「そうだ。モリアの能力については報告を受けていたし、お前がカゲカゲの実を食べての所見をレポートしたものにも目を通した。使うなら今だろう」
アイリスがモリアから奪ったカゲカゲの実の能力はトリッキーで応用範囲が広い。
自身の影を使った戦闘補助に始まり、自身と影の位置の入れ替え。他人の影を死体に入れての利用、あるいは他人の影を生者に入れての強化など。
カナタが目を付けたのは影を人体に入れての強化だった。
いろいろと検証したいところだったが、アイリスが能力を手に入れてからそんなことをするほどの時間はなかったので仕方がない。
カナタ本人が暴れた方が強いのは確かだろうが、疲労で戦うことがままならない今であれば話は別だ。
カナタの影を入れ、強化された誰かにカイドウを倒させる。それが最も分のいい賭けだろう、とカナタは言っているのだ。
「問題は私の影を入れて耐えられるかどうかだが……」
「私はパスですよ。並の影ならまだしも、貴女ほどの強さの影なんて入れたらこっちの身が持ちません」
「そういうのはわかるのか?」
「いいえ、勘です。ですけど、嫌な予感しかしないので」
影をどれだけ肉体に入れられるかは当人の強さに比例する。我の強さ、と言い換えてもいい。
本来なら一体影を入れる程度でどうにかなるほど弱くはないのだが、入れる影がカナタのものとなれば話は変わってくる。
影を入れられた者は影の持ち主の強さを得ることが出来る関係上、強く影響を受ける。思考も、口調も、技術もだ。
それに、アイリスは覇王色の覇気を持たない。十全にその強さを生かせるかと問われれば難しいところだった。
「そうか。では疲弊しているだろう小紫に入れるのもやめておいた方が無難か?」
「そうですね。出来るなら疲弊してなくて、相当鍛えてて、同じように覇王色の覇気を持ってる人がいいでしょう」
「「「「…………」」」」
「……え、わし?」
カナタ、スクラ、カイエ、アイリスの視線が千代に向く。
話の流れ的にそうなるのかな、と思いつつもやや他人事だと思っていた千代は目を丸くしていた。鍛えてはいたが、どちらかと言えばカイドウを打ち倒すという悲願は小紫の方が強いため、その役割は自分ではないだろうと考えていたのだ。
「指揮は私が引き継げばいい。千代、お前が出ろ」
「待ってください。影を切り離すと一時的に意識を失います。どれくらいの間眠るかはわかりませんが、指揮を執るのは難しいと思います」
「ではスコッチにやらせろ。あれで長く私と一緒に戦ってきた男だ。ある程度の方針さえ伝えておけば上手くやるだろう」
本人に聞かせれば目玉が飛び出るほど驚くであろうことをサラッと告げ、急ぎ準備するよう伝える。
だが、なるべくならカナタが起きていた方が不測の事態には対応しやすい。
「自分が倒れた後、なるべく早くたたき起こせ」とスクラに指示をすると、スクラは一つ頷く。
「そのまま寝ていた方が疲労は回復するんじゃないか?」
「バカを言え。休むのはことが終わってからだ。ここで私が倒れていては厄介ごとになりかねん」
「影を失った人は日の光を浴びると消滅します。くれぐれも注意してください」
「窓はすべて閉めろ。だが時間はそう長くはなかろう」
「影を入れてせいぜい10分かそこらです。その後影は抜けて元の持ち主に戻ります。影を入れていた人はかなり体に疲労が来ます」
「マジ? それだとわし、10分でカイドウ倒せなかったらヤバいんじゃけど」
「その時は全員で何とかしますよ」
「頼むからね? フリじゃないからね?」
どちらにせよ、少々無茶な策を取らねば百獣、ビッグマム、海軍の三正面作戦など正気を疑われる戦いを制することは出来ない。
カナタは作戦が決まったことに頷き、小さく笑う。
「では、あとは頼む。無理なら私の下に影が戻ってきてから私がカイドウを倒してやろう」
強がり、あるいは冗談だとはわかっていたが、この人なら本当ならやりかねない、とその場にいた4人は思っていた。
☆
──そして、千代、アイリス、カイエの3人はカイドウとの戦いの場に現れていた。
黄猿、戦桃丸との戦いで負傷していたカイエ、アイリスの2人がスクラの治療を受けている間に準備を済ませ、アイリスがカナタの影を連れて移動する。
人獣形態で小紫と切り結び、ラグネルとぶつかり合い、フェイユンの一撃を受け止める。
疲労もあるだろうし、ダメージも蓄積しているだろうに、カイドウはそんな素振りは一切見せず楽しそうに笑っていた。
「ウォロロロロ!! テメェら流石にカナタのシゴキを受けてきただけあるみてェだな!! ここまで苦戦するとは思わなかったぜ!!」
タフさと耐久力は間違いなくカナタ以上で、この海の頂点を争う怪物の一角。
千代にとっても小紫にとっても故郷を奪った仇であるが、千代は小紫ほどワノ国に固執してはいなかった。なので、カイドウを倒すなら小紫だろう、と〝黄昏〟の誰もが思っていた。
「ま、わしとしてもあやつが倒してくれた方が楽だったんじゃがのう」
「うだうだ言ってないで、始めますよ」
「うむ。よしやれい!」
アイリスがカナタの影を千代に入れる。
どくん、と体の内から溢れるような力が全身に行きわたる。血管を通り、漲る力はこれ以上ないほどの全能感を与えていた。
肉体に大きな変化はない。影を入れれば入れるほど、肉体は歪に変化するが──わずか一体では大きな変化は起こらなかった。
だが、その瞳が赤く輝く。
「うっはっはっはっは!! こりゃあ凄いのう!! 今なら何でもやれそうじゃ!!!」
「調子に乗りすぎないでくださいよ。時間制限付きなんですから」
「わかっとるわかっとる! では──皆殺しじゃあ!!!」
漲る覇気が大気を焼く黒い雷となる。
右手に刀を持った千代は高速でカイドウに肉薄すると、その覇気を纏わせた斬撃を首目掛けて振り下ろした。
間一髪で気付いたカイドウが金棒をぶつけてそれを弾き、強烈な覇気の衝突が大気を振るわせた。
「!? なんだァテメェは!!」
「千代ちゃん!?」
「事情があってパワーアップ中じゃ!! お主が邪魔でなあ!! ここで死んでくれ!!」
瞬きの間に100を超える銃口がカイドウに狙いを定めた。
千代の能力はウテウテの実。銃や大砲などを生み出し、その意思ひとつで弾丸を撃つ能力である。
弾丸ひとつひとつは貧弱でも、増え続ける銃口から放たれる弾丸は込められた覇気と圧倒する数でカイドウの鱗さえ打ち抜く。
撃鉄を下ろす音がひとつの爆音となった。
これにはさすがのカイドウも回避を選択し、弾丸を避けるように巨体を高速で移動する。
「いきなりとんでもねェ奴が出てきたな!! カナタの部下ってのはどうなってんだ!?」
千代に反撃しようと覇気を金棒に込めれば、横合いからアイリスが自らの影を使ってカイドウの気を引く。
今の千代ならば隙があればカイドウを倒す可能性は飛躍的に上がる。危険でも、やる価値はあった。
「影……影の能力だと? そりゃモリアの能力だろう!?」
「モリアなら既に死んでますよ。私が能力をもらったので」
「モリアの能力を奪っただァ……!? てことは、ありゃモリアの能力によるものか?」
少なくとも、この戦場にカイドウが来た時点であれほどの覇気の持ち主はいなかった。もちろん身を隠していただけ、という可能性はあるが、戦闘中でもないのに見聞殺しを使い続けるなど無駄にも程がある。
であれば。
「事情があってパワーアップ中」という発言。モリアから奪ったカゲカゲの実の能力。そして、過去に戦ったモリアの影の使い方を思い出し、カイドウは瞬時に正答を引き当てた。
「
だが、それは時間制限付きの力であることも理解した。
正確な時間はわからないが、過去にモリアが使っていた時もそれほど長い時間ではなかった。せいぜい10分から長くても15分程度。
ならば、その間は防戦に徹して時間を稼げば自然と弱体化する。
勝つことだけを考えるならばそれが最善だし、勝ちたいのならそうすべきだと誰もが言うだろう。
しかし、カイドウはそう考えなかった。
なぜなら。
「──そりゃあ、
勝てないから勝てるようになるまで待つ?
パワーアップは時間制限付きだから時間を稼ぐ?
どれもこれもが弱者の思考だ。くだらないにもほどがある。
カイドウはこの海で最強を目指す海賊だ。実際、白兵戦でカイドウに挑んで勝てる者は少ない。カナタであっても絶対ではないのだ。
そんな男が取るべき選択はただひとつ。
「この10分の間にカナタの影をいれて強くなったテメェを殺してやるよ!!!」
間違いなく、この海で最強の一角である怪物が──猛り吠えた。