多くの血が流れ、多くの人が倒れた戦争は終結した。
史上初の四皇が揃った戦争である。全世界に放送されていたことも相まって、このことは世界政府ですら情報の遮断は出来なかった。
四皇〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートの死。
〝英雄〟ガープの敗北。
〝黄昏の魔女〟カナタと〝百獣〟のカイドウの怪物的強さ。
暴れまわる〝ビッグマム〟シャーロット・リンリンと〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。
グラグラの実を新たに手にしたティーチ。
最終的に全勢力を諫め、戦争を終わらせた〝赤髪〟のシャンクス。
あまりにも多くのことが起こった。これらの出来事による影響は、全世界に波及するだろう。
あらゆる勢力が変わらざるを得なくなる。
──時代は変わるのだ。
☆
戦争終結から三日後。
カナタたち〝黄昏の海賊団〟と〝赤髪海賊団〟、並びに元〝白ひげ海賊団〟と〝巨兵海賊団〟の面々は〝ハチノス〟に移動していた。
幹部たちは無事だったとはいえ、末端の戦闘員たちはそうもいかない。ニューゲートを含む死んでいった仲間たちの葬儀を終え、各地のナワバリへと慌ただしく戻っていくのを見送り、各地の海で海賊や海軍の動向を見つつ今後の動きを決める。
そういったことをしているカナタを、シャンクスは見ていた。
戦争によるカナタの怪我や疲労度はこれまでにないほどで、スクラは数日の入院措置を強行していた。
なので、葬儀だけは車椅子による移動を認め、あとは病室のベッドの上で電伝虫による伝達と書類作業のみである。下手に病室へ人を通すとずっと仕事をしているので、スクラの手で面会謝絶を受けているのだ。
そして今日、ようやくシャンクスに面会の許可が下りたところである。
「怪我もあるし休んで貰うのは全然いいが、数日待たされるとは思わなかったな」
「ゼハハハハ!! スクラの野郎に下手に反抗すると、ぶん殴って引き摺ってでも病室に連れ込まれるからな!! オメェも覚えがあるんじゃねェか?」
「あー、まァそうだな」
冒険したがりのロジャーが不治の病にかかった際、最初に頼ったのはスクラだった。
彼の手である程度治療や投薬の方針が決められ、入院措置が取られたときに逃げ出したロジャーを鬼の形相で追いかけていたのもよく覚えている。レイリーも呆れていたものだ。
最終的に「医者の言葉に従わない患者の面倒まで見きれない」と匙を投げ、クロッカスへの紹介状を書いてくれることになったのだ。
ロジャーと違ってカナタは脱走しないが、病室でも仕事をしているらしい。ある種のワーカホリックである。
病気ではなく怪我や疲労によるものなので、無茶な運動で傷口が開かなければスクラとしてもかまわないのだろうが。
「しかし、ティーチがカナタさんの弟だとは思わなかった。教えてくれても良かっただろうに」
「おいそれと吹聴するようなことじゃねェのさ。おれと姉貴は父親が同じだが、敵が多かったからな」
「……そうか」
「別の目的もあったが、今となっちゃどうでもいいことだ! 大々的に世界へ放送したわけだしな!」
大口を開けて笑うティーチ。
シャンクスは思うところもあるのか、カナタのいる病室へ先導するティーチの背中をジッと見ていた。
程なく病室に着き、シャンクスはティーチへ礼を言った後扉をノックする。
中から返事が来たので扉を開けると、ベッドの上で山盛りになった皿が片付けられているところだった。
「食事中だったか?」
「いや、もう終わったところだ」
「そうか……いやしかし、結構な量を食べるんだな。カナタさんはもっと小食かと思ってたが」
「戦士にとって体は資本だ。食事をおろそかにして強い体は作れん」
宴の時に酒を飲む姿は見るが、普段の食事を一緒に取ることはなかったので知らなかった。
普段の運動量も相当なものなので、相当な量を食べねば維持できない、ということなのだろうが。
それはさておき。
「言い訳を聞こう」
先の戦争の終盤、シャンクスは明確にカナタの味方として姿を現した。
にもかかわらず、体力をほぼ使い切っていたカイドウを殺すことなく見逃した。どんな理由があればこれを見逃すことになるのか、シャンクスは説明に来たのだ、とカナタは解釈した。
シャンクスは近くにあった椅子に座りこむと、難しい顔をして少々考え込む。
「……その前に、ひとつ確認しておきたい。カナタさんは、世界政府のトップについてどこまで知っているんだ?」
「表向きには〝五老星〟。実際には統括する誰かがいる、というところまでは想像がついている」
どんな組織でもトップが複数名いるのはあり得ない。
船頭多くして船山に上る、と言うように、基本的にトップは一人だけであるべきだ。〝
世界を統括する政府で、五人もトップを置くような愚を犯すはずがない。
「そこまでわかってるなら話が早い──〝世界政府〟のトップには〝五老星〟の上にイムってやつがいる。こいつが事実上の世界最高権力者だ」
「イム、ね」
「そして、イムはある〝契約〟を持ちかけることで自身の〝騎士〟に出来る」
〝神の騎士団〟と呼ばれる存在は、全員イムと契約した存在である。
最も数が多い〝浅海契約〟では騎士団の〝従刃〟として。
数が決められている〝深海契約〟では騎士団の一員として。
そして、最も強い契約である〝深々海契約〟は〝五老星〟が結んでいると考えられる。
重要なのは、〝深海契約〟以上の契約を結んだ者はおしなべて不死であるということだ。
「カナタさんは〝神の騎士団〟と面識は?」
「全員ではないがある。聖地に行ったとき何度かな」
「どう思った?」
「……まぁそれなりに強いのだろうとは思ったがな。シャムロックやガーリングは警戒に値するが、それ以外の騎士とやらは正直なところさして強くも思わなかった」
とはいえ、能力者であれば多少の実力差を覆す切り札を持っていることもある。油断をしていい相手ではない。
まして、その連中がまともに戦っても死なない不死性と再生能力を持っているというのなら猶更である。
「今カイドウや〝ビッグマム〟を倒してしまえば、奴らの目が全てカナタさんに向くことになる。海軍はガタガタになったかもしれないが、政府が保有する戦力全てがカナタさんに向いたら、どれだけ強くとも負ける可能性がある」
「……カイドウとリンリンをある種の抑止力、あるいは意識を分散させるための
カナタからすれば〝神の騎士団〟は倒せる相手かもしれないが、他の幹部たちもそう思うとは限らない。特にカナタは自身の強さと比較して敵を判断する癖があるので、参考にしづらいのだ。
何にせよ、今カイドウとリンリンを殺すより世界政府との敵対を見据えておいたほうがいいとシャンクスは判断したらしい。
ひとまず納得を見せるカナタ。
「ままならんものだな」
「まァ仕方ないさ」
それでもカイドウとリンリンは変わらずカナタの首を狙ってくるであろうことは想像に難くない。
世界に影響を与えるので政府は動向を注視するだろうが、実際に対処を迫られるのはカナタである可能性は十分にある。だが脅威でない程度にまで抑え込めば、今度は政府が牙をむく。
どう動くべきか、一度考える必要がある。
元〝白ひげ海賊団〟の扱いもそうだし、ロキを含む〝エルバフ〟の戦士たちの扱いも、〝革命軍〟との繋がりも。
必要なのは時間だ。
「時にカナタさん」
「なんだ」
「〝暗月〟って名前に聞き覚えはあるか?」
ぴくり、とカナタが反応した。
かつて、ワノ国の将軍であるスキヤキに読んでもらった〝
だがそれ自体について詳しいことを知っているわけではない。
「だが、お前の口からその名前が出てくるとは思わなかった」
「ああ、おれも全然知らなかったんだけど……カナタさんの血筋に関わる話だ」
「また血筋の話か……いよいよ疫病神だな、私の親は。どっちだ、父親か、母親か」
「多分、母親の方じゃねェかな」
カナタとティーチが姉弟であることは大々的に放送されたが、その血筋について詳しく解説されたわけではないのでシャンクスも知らない。
父親が誰かも、母親が誰かも知らないし興味もない。
だが、恐らく母親の方の血筋だろうとあたりを付けていた。
「なぜそう思った?」
「カナタさんとティーチは全然顔が似てないけど、カナタさんとカナタさんの母親は似てるんだろ? じゃあたぶん、面影を感じるならそっちの血筋かなって」
わからんでもないが、というカナタ。
〝
シャンクスは肩をすくめ、疑問に答えるように語り始めた。
「知ってる範囲で話すよ」
☆
──12年前、聖地マリージョア。
フィッシャー・タイガーによる襲撃事件があり、少々混乱していたが……シャンクスは父ガーリングと兄シャムロックが手筈を整え、〝神の従刃〟としてイムと契約するためにパンゲア城へと訪れていた。
マークを左腕に入れ、イムとシャンクスの間で無事に〝浅海契約〟が結ばれる。
そのことを喜び、ガーリングもシャムロックも祝いをしようと言っていた。
〝虚の玉座〟に座るその存在を前に、シャンクスは表面上はガーリング達に合わせて喜んでいるように見せつつ、強い警戒をしていた。
契約の儀は終わった。
そのまま部屋を出ようとしたが、シャンクスの背に向けてその存在から声がかけられる。
「──時に、シャンクス聖よ」
「は──なんでしょう、イム様」
騎士団の一員であっても、イムから直接声を掛けられる機会はそう多くない。そもそも騎士団を必要とする任務がそれほど多くないということもあるが、基本は団長であるガーリングを通しての命令になるためだ。
珍しいこともあるものだと思いつつ、ガーリングとシャムロックも顔を見合わせてシャンクスを前に出し、後ろに控える。
「聞きたいことがある」
「何をお望みですか?」
「〝竜殺しの魔女〟カナタ──ヌシアは下界にいた時、奴と会ったことがあるか?」
「カナタ、ですか……確かに顔を合わせたことはありますが……」
「やつは、
「……どちら?」
要領を得ないイムの言葉に、シャンクスは眉根を顰める。
シャンクスの疑問に答えず。イムは過去を思い出すように話し出した。
「あれは〝暗月〟の娘だ……かつて
「イム様!?」
「……奴は今〝七武海〟として政府の傘下に入った。かつてのミオのように忠誠を誓えるのであれば、天竜人として迎えても良い」
それだけ、イムはミオという人物のことを信頼していたし、取り戻したかったのだろう。
かつて仕えた騎士の面影がある、というだけで手元に置きたがるのだから。
しかし、シャンクスは首を横に振った。
「難しいでしょう。あの女は誰かの下につくことを良しとしません。イム様への忠誠など持ちえぬかと」
「……そうか」
シャンクスの答えに、イムは平坦な声色へと戻った。
「もう、良い」
「……失礼します」
聞きたいことはもうないと言わんばかりのイムの言葉に、シャンクスはガーリング達に続いて部屋を出る。
その背中に、呟くような声が届いた。
「──では、奴は〝D〟か」
☆
マリージョアであった出来事をかいつまんで話したシャンクスに、カナタは呆れたような面倒くさい話を聞いたような、なんとも言えない難しい顔をしていた。
「仕えていた主を裏切って、挙句末代に至るまで牙をむきっぱなしとは。我が祖先ながら呆れるな」
「いやァ、そこだけ抜き出すのはちょっと恣意的じゃねェか?」
そうでもない、と頭が痛そうに手を当てるカナタ。
元は国に忠誠を捧げて自衛隊に入っていた身だ。身につまされる思いである。
カナタの母親であるオクタヴィアも、ルフィのところにいるブルックの話によるとカナタの祖母も顔はかなり似ているらしいので、イムがカナタの顔を見て祖先を思い出すのもまぁわからないでもない。
ただ祖先のあれこれをカナタに向けるのは面倒くさいのでやめてほしいとは思うが。
「というか、そうなると私は天竜人の血筋か?」
「天竜人……ではない、と思う。当時の騎士団を知らないから何とも言えないけど、始まりの20人の遠縁とか、そのレベルじゃないかな」
「それではほとんど天竜人と同じだろう。全く厄介な……」
ロックスの血筋に暗月と呼ばれる推定天竜人の血筋。混ぜるな危険、と言わんばかりの厄ネタの宝庫である。
他に知る者はほとんどいないので、2人が黙っていれば知られることはおそらくないが……と、そこまで考えて、カナタは耳が良い者がひとりいたことを思い出す。
「小紫、他言無用だぞ」
「? カナタさん?」
虚空に向けてはっきりと告げるカナタに、シャンクスは首を傾げる。
了承の意を示すようにバチリ、と静電気が起きたのを確認すると、カナタはベッドにもたれかかる。
怪我は大体治ってきているが、疲労は完全には抜けていない。そこにこんな爆弾のような話を持って来れられて、精神的に疲弊した気分だった。
「他にはもうないだろうな?」
「あー……多分、無い、と思う」
「歯切れの悪いことだ」
シャンクスも色々隠している自覚があるためか、義手の左手でぽりぽりと顔を掻く。
「そういえばお前、ウタと会ったのだろう? 久々の再会はどうだった? 拳の一発でも受けたか?」
「その覚悟だったんだけどな。実際はドロップキックを受けた」
「フフフ……まだまだお転婆だな」
「全くだ。誰に似たのやら……教育はカナタさんがしてくれたのか?」
「いいや、ゴードンだ。ゴードンではわからないことだけ私が手配した」
ゴードンは一般的なことや音楽についての教育者としては良いが、女性のことを教えるには不適であったので、そのあたりだけカナタが対処している。このあたりの問題は〝赤髪海賊団〟にいても突き当たっただろうから、この件に関してだけはカナタの下にいてよかったと言える。
シャンクスはそのあたりのことを全然考えていなかったのか、今聞いてちょっとだけ冷や汗を流していた。
「バギーもいただろう。久々の再会はどうだ」
「ああ、懐かしくて……一緒に酒を飲もうって言ったんだけど、断られちまった」
イワンコフを含め、インペルダウンの脱獄囚達と共にバギーも連れてきていた。
今後の身の振り方を考える必要があるが、ひとまず連れてきた面々と共に元の海賊団に戻る気だと聞いている。
バギーとシャンクスの間でどのような話があったのかはカナタの与り知らぬところであるが、元々喧嘩別れに近い別れ方をしたらしいとは聞いていた。元は仲のいい兄弟のような2人だっただけに残念ではあるが、そういうこともあるだろうと見守っていくことにした。
2人とも子供ではないのだ。関係改善がしたければ何とかするだろう。
……子供ではないからこそ、拗らせると厄介であることはカナタもよく知っているのだが。
寂しそうに笑うシャンクスに、カナタはため息をこぼす。
「仕方のない奴だ。お前は変に前向きで隠しごとが多いからな。一言足りないことも多い。それでウタとも拗れただろうに。腹を割ってちゃんと話せばバギーも理解するだろう」
「それは……けど、嫌がられちまったから」
「馬鹿者、それくらい後で機会を設けてやる」
シャンクスは目を丸くする。
ロジャー海賊団の面々にとってシャンクスとバギーは息子のような存在だった。
カナタにとっては手のかかる弟のようなものだ。ロジャーへの恩義がある手前、無下に扱うことは基本的にない。
「……ありがとう、母ちゃん」
「誰が母ちゃんだ」
せめて姉にしろ、という言葉を飲み込む。
頭を下げたシャンクスの耳が赤くなっていたからだ。