「陛下ァァァ!!!」
襲撃を切り抜けたメアとリエンナは城へと戻るなり、メアの護衛であるハズの騎士が顔面蒼白のまま駆け寄ってきた。
がたいのいい筋肉の塊のような男である。
城の中を駆けずり回ってメアを探し、いないからと街中も部下を使って捜索していたらしい。
「ともかく、陛下がご無事でなによりで……そちらの方は?」
「余が雇った護衛だ。今後、身辺警護には彼女を傍に置く」
騎士は露骨に嫌な顔をした。
己の領分である護衛に見知らぬ相手が入り込もうというのだ。いい気分はしないだろう。
そもそも、彼にとってリエンナは全く知らない相手だ。
「雇った、と陛下は言いますが……一体どこから雇ったのです? 賞金稼ぎか傭兵ですか?」
「〝黄昏〟だ。身分は保証できるぞ」
「海賊から護衛を雇ったのですか!?」
賞金稼ぎや傭兵であっても信用など出来ないというのに、海賊を護衛に置くなど信じられない。
それはつまり、今まで護衛についていた騎士の信用が
王族の身辺警護とは、騎士にとって最も名誉なことだ。それだけ信頼を置かれているということであり、強さと人柄を認められているということ。そこに海賊が入るのは、騎士にとって許容出来ることではない。
「どうかご再考を! 海賊など信用出来るものではありません!! たとえ〝黄昏〟であろうと、それは同じです!!」
「では其方、先日余が暗殺されかかったときはどうしていた?」
「それは……」
護衛はひとりでずっと回すものではない。ずっと気を張り続けることは不可能だし、食事や睡眠の必要もある。
先日メアが暗殺されかかった時、護衛は不在だった。定時で入れ替わりのために少しだけ席を外した瞬間を狙われたのだ。
城の中で他者の目も多く、暗殺など出来ないと油断していたこともあっただろう。だが、それで殺されかかったメアとしてはたまったものではない。
新たに護衛を増やすと言い出すのも仕方のないことだろう。
国内の騎士から護衛を増やすのではなく海賊から呼ぶのは、いくらなんでも段階を飛ばし過ぎではあるが。
「し、仕方がなかったのです! 護衛の交代の隙間を狙われては……」
「その言い訳はもう聞き飽きた。余が強かったからいいものの、暗殺者にいいようにあしらわれる護衛など何の役にも立たぬ」
「そ、そのようなことは!」
「なにも其方たちの護衛の任を解くというわけではない。彼女を護衛として増やすだけのことだ」
「しかし……」
「くどいな。解任されたいのか?」
「そのようなことは決して! で、ですが……デキュリア様とアドニス卿の承認なしに勝手なことをされては……」
「ここは余の国だ。
それ以上話すことはないと言わんばかりに、メアは騎士の横を通り過ぎてどこかへ向かう。
リエンナはメアの半歩後ろを当然のように付き従う。騎士の男も忌々しそうにリエンナを睨み続けつつも、己の職務に従ってメアの後ろに続いて歩き始めた。
☆
護衛任務を始めてから一週間。
あらゆる場面でリエンナは針の筵のような生活をすることになり、メアには申し訳なさそうな顔をされたものの、リエンナ自身はさして気にしてもいなかった。
戦場で直接的に命を狙ってくる殺意とは勝手が違うものの、真綿で首を絞めるように圧をかけてくるだけの悪意は受け流すのも難しくはない。
だが、四六時中気を張っていなければならないというのも中々に疲れる所業ではあった。
「しかし、一週間で三度の襲撃とは。中々の回数ですね」
「まったくだ。其方が護衛についていなければどうなっていたことやら」
メアは腰に手を当て、護衛騎士の不手際にプンスカと怒っている。
夜中に一度、別の日の明け方に一度、更に別の日の夜中に一度。最後に至ってはメアではなくリエンナを狙ったとしか思えない襲撃だった。
襲撃者はすべてリエンナの手で叩きのめされて官憲に引き渡されたが、拷問をしても何も口を割らないと拷問官が疲れた様子で報告に来たのをメアと共に聞いている。
「本格的に余を狙ってきたと考えるべきか……そなたがいなかったらと思うとゾッとするな」
「護衛の騎士でも対処は出来たでしょう。ですが、こうも短期間に連続するのは珍しいですね」
暗殺というのは大抵、一度で成功しなければ期間を空ける。護衛が増えてやりにくくなる上、監視が増えて手を出しづらくなるからだ。
それでもやろうとしているのは、腕に自信があるのか、あるいは何かしら暗殺を決行しなければならない理由でもあるのか。
いずれにせよ、狙われているメアにとってはいい迷惑な話である。
これ以上護衛を増やすと近衛騎士のローテーションにも問題が出てきそうだし、〝黄昏〟から呼ぶにしても人員の選定と移動で今すぐにというのは難しい。
「今日も晩餐会がある。毒見役は複数人いるが、そなたも気を付けてくれ」
「重々承知しています」
「うむ。余は晩餐会のドレスに着替えてくるゆえ、しばし待て」
「承知しました。〝黄昏〟へここ数日の報告を兼ねて連絡を入れておきたいので、電伝虫をお借りしても?」
「構わぬ」
メアは女官を引き連れ、執務室から出ていく。
ドレスなどに着替えるための部屋は別室にあり、本来なら護衛であるリエンナもついていかねばならないが、今回はドア一枚を隔てただけなので待機ということになった。
部屋の中に暗殺者が潜んでいれば危ないが、カナタのように見聞殺しでも使えない限りは見聞色の覇気で人の気配は察知出来る。ドア一枚の距離なら大抵のことには対応出来るから問題はない。
リエンナは電伝虫の受話器を手に取り、千代の使っている電伝虫の番号を入れる。
数コールの後、いつも通りの声が聞こえた。
『わしじゃ!』
リエンナは答える前に受話器を指先で三回叩く。
「リエンナだ」
『おう! 報告じゃな! なんぞあったか?』
「一週間で三度の襲撃だ。何を考えているのか知らんが、相手も焦っている印象だな」
『うっはっはっは! 入れ食いじゃな! しかし、そうなるとあと何人か送った方が良いか?』
「居る方が私は楽になるな」
『では暇しとるやつを送るか。選定しておく』
「それと……暗殺に来た中でひとり、気になった奴がいる」
『ほう?』
「メア女王を狙った暗殺者は使っていないが、私を狙ってきた暗殺者は
『サイファーポールが? ふーむ……』
ロムニス帝国は〝黄昏〟と長く付き合いのある国だ。
カナタが世界政府から加盟国を引き剥がそうとしているように、政府も〝黄昏〟からロムニス帝国を引き剝がそうとする可能性は十分に考えられる。
いずれにせよ、能動的に事態を解決したいならリエンナひとりでは手が足りない。
『ま、こっちも忙しいし、ちょっと時間はかかるが数日中には何人か送る。あとはそっちでなんとかしてほしいんじゃよね』
「……仕方ないな。人手不足は如何ともしがたい」
千代はカラカラと笑い、「またなんぞあれば連絡をくれ」と言い、受話器を叩くコンコンコンという音がしてから切れた。
意図は伝わったようだとリエンナは受話器を戻し、メアの着替えを待つ。
今宵の晩餐会は国内の貴族がそれなりに参加する。生半可なドレスを着ることは出来ないので、女官たちも気合を入れて準備をしていた。
髪型、ドレスの着付け、化粧とやることは多いのでしばらくかかるだろう。
リエンナはひとりで部屋で待っていると、誰かが扉をノックした。
部屋の主であるメアがいないので勝手に入れるわけにはいかない。リエンナは扉を開けて外に出ると、相手の騎士を見上げて答える。
「陛下は今、お召変えの最中です」
「そうか。急ぎではないが書類を持ってきた。陛下に渡しておいてくれ」
「わかりました」
相手の騎士は5メートル近い大柄の男だった。
屈みこむ騎士の男から書類を受け取り、枚数を確認していると、男がリエンナの顔をじっと見ていることに気付いた。
「何か?」
「いや……貴殿は〝黄昏〟から陛下の護衛として招かれたのだったな?」
「そうですね」
「では、ラグネルが今どうしているか知っているか?」
「先日、ここに来る前に会いました」
「そうか……元気にしていたか?」
そうやって尋ねる男は、よく見れば髪の色といい顔立ちといい、ラグネルにどこか似通っていた。
おそらく本家の誰か……ラグネルの兄弟だろうとあたりを付け、率直に答える。
「元気にしています。先の戦争でも戦っているところを見たのでは?」
「見たが、やはり気にはなる。だが元気にやっているならそれでいい。あれがうちにいても肩身が狭かっただろうからな」
男は苦笑し、書類のことはくれぐれも頼むと言い残してどこかへ歩き去っていった。
名乗ることもしなかったが、ラグネルは既に家から縁を切られている。今更親族がどの面を下げて心配しているのか、とでも思ったのだろう。
ラグネル自身はあまり話したがらなかったが、どうやら本家から毛嫌いされて絶縁されたわけではないらしい。貴族の家から海賊が出るなど、普通は醜聞もいいところなのでそうせざるを得なかったのかもしれない。
いずれにせよ、ラグネルには伝えておいてやろうと心の中でメモをしておく。
リエンナは書類をメアの執務机の上に置き、ソファに腰かけた。
「……暇だ」
護衛の仕事は何度かしたことがあるため、慣れてはいるが……やはり、鍛錬も出来ず休息も取れないこの暇な時間ばかりは苦痛だった。
☆
晩餐会は城内の一室にて行われる立食形式のパーティだった。
メアが狙われていることがわかっている以上、下手に外から見える位置でのパーティは出来ない。
元々貴族たちが集まって国内各地の情報収集を兼ねたパーティでもあるため、厳密に席が決まることもない立食形式になっている。
護衛としては、不特定多数の人間が護衛対象の近くにいくらでも近寄れるので、警戒を怠れない。
……もっとも、メア自身が言っていたように国内における彼女の味方は限りなく少ない。
派閥としてはメアの母親──デキュリアがトップに立って采配をしている関係で、メアよりもデキュリアの方に人が集まっている。
「……」
デキュリアは美しい女性だった。
カナタと近しい年齢のハズだが、年齢に見合わぬほど若々しく美しい。
男性はその美しさに魅了され、女性はその美しさを保つ秘訣を聞き出そうと誰もが彼女の下へと群がる。
カナタに言わせればデキュリアは「毒の花」らしいが、リエンナはどちらかと言えば誘蛾灯のように感じていた。
直接視線を送ることはなく、あくまで視界の端に捉えるようにして監視を続ける。メアは母親から狙われることはないと言っていたが、その言葉を鵜吞みにして警戒を怠るようなことはしなかった。
人の心など外からわかりはしない。
本人が何を考えていようと、外部から見ることも知ることも出来ないのだ──一部の悪魔の実や見聞色の使い手を除けば。
「陛下」
リエンナは近付いてくる老執事に気付き、テーブルから食べ物を取っていたメアに声をかける。
メアはそれに気付くと、にこりと破顔して老執事を迎えた。
「ノルド! 母上の使いか? どうした?」
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます。今宵はデキュリア様もお忙しく、渡す暇がないかもしれぬと、こちらを」
ノルドが懐から取り出したのは薬の入った袋のようだった。
メアはそれを見て嫌そうな顔をしたが、仕方がないと受け取る。
嫌な顔をしたのはそこだけで、メアはノルドと他愛のない会話をして楽しそうにしている。
リエンナは会話の内容自体に興味はないが、察するに昔から世話を焼いていた執事であるようだ。母親とメア、二代続けて世話を焼いているらしく、忠臣であるとメアは自慢げにリエンナに言う。
好々爺然とした雰囲気の男ではあるが……リエンナはノルドに対し、どこか己の父にも似た雰囲気を感じ取っていた。
すなわち、血に濡れた修羅の空気である。
「リエンナ殿、どうか陛下をよろしくお願い申し上げます」
「命に代えても陛下をお守りいたします」
ノルドに深々と頭を下げられ、頼まれるも、リエンナはそれに定型文のように返答するだけにとどめた。
あの手の手合いのことは理解出来る。
獣の本性を理性の皮で覆い隠しているだけだ。
相手が海賊の一味であるとわかっていながらも、頭を下げることを厭わない。プライドや見栄ではなく、別のことが価値観の中心にあるからだ。
ノルドが離れていくのを見送り、メアは受け取った袋に入っていた薬を水で流し込む。
「……陛下は何かご病気が?」
「うむ。昔から頭痛がな。母上の処方する薬が無ければずっと頭痛に悩まされるのだ。他の医者に見せても原因がわからぬというばかりでな……」
「なるほど、頭痛が……」
デキュリアは薬師としての知識もあるらしく、自分で薬を調合してメアに処方しているらしい。
病気の時も乳母ではなく自身で面倒を見ていたらしく、薬師としての腕は信用しているとメアは言う。
宮中の医官が診ても原因がわからない頭痛と、それを緩和できる薬。
リエンナはおもむろにデキュリアの方に視線を向けると、デキュリアもまたメアの方を見ていたらしく、リエンナと視線がかち合った。
デキュリアの口元には、薄く笑みが浮かんでいた。