晩餐会の翌日。
リエンナが通常通りメアの護衛として執務室に控えていると、部屋の内外に控えていた近衛騎士を素通りして部屋の中に直接手紙がワープしてきた。
メアは目を丸くして驚いたが、リエンナの目の前に現れた手紙には〝黄昏〟のマークが入っていた。
中身は時間を指定するだけの簡素な文で、リエンナとメアはその時間のみ執務室から人払いをして待つ。
すると、誰にも気付かれることなくオーガーが現れた。
あいさつも手短に、リエンナは問いただした。
「それで、何の用だ?」
「緊急の連絡である」
電伝虫による連絡は盗聴の恐れがあり、それ以外の連絡方法では最も確実なのが信用出来る人員による口頭での通達だったというだけの話である。
ラジオの普及で音声が混線するようになってから電伝虫での連絡を直接盗聴される恐れはなくなっているが、壁越しに盗聴されることまでは防げない。人払いと見聞色の覇気による警戒をしてようやく情報の漏洩を防げる。
オーガーはワプワプの実を食べたワープ人間。長距離はまだ練度の問題で難しいが、短距離の転移を繰り返せば通常の移動よりはよほど早く移動できるし、監視をすり抜けられるのだ。
「港も監視されているのか?」
「されていた。港の船全てを見張っていたようだ。こちらの援軍を警戒していたようだな」
「なるほど……ここに来たのはお前だけか?」
「援軍としての話であれば否だ。連絡を入れるというだけならば是と答える」
援軍としてここに来たのはオーガーだけではない。
そもそも今回の件でオーガーは戦闘員として呼ばれていない。色々と便利なのでカナタや千代にいいように使われているが、本来はティーチを隊長とする〝黒ひげ分隊〟の一員である。
ティーチ率いる分隊はカナタに同行しているため、オーガーだけ別行動をしている形になる。
なお、ティーチ本人は最後まで渋っていた。
「それで、緊急の連絡というのは?」
「敵の正体が判明した」
「誰だ?」
「これを」
オーガーが見せたのは一枚の写真だ。
赤い髪に豪奢な服。鋭い目つきに一振りの剣。
それは、〝赤髪〟のシャンクスに限りなく似ている男だった。シャンクスではないと判断出来たのは、左腕が義手ではなく生身だからである。
「この男……」
「船長にも確認したところ、裏が取れた。この男の名前はフィガーランド・シャムロック──〝赤髪〟のシャンクスの双子の兄弟だそうだ」
「〝赤髪〟の兄弟!?」
オーガーとリエンナの話を横で聞いていたメアが思わずと言った様子で声を上げた。
シャンクスは世に多大な影響を与える四皇の一角だ。その兄弟ともなれば、実力は想像を絶するだろう。
そんな男に狙われているとわかれば、顔面蒼白になるのも仕方のないことだ。
だが、リエンナは首を横に振った。
「〝赤髪〟の兄弟は確かにいますが……おそらくこの男が直接暗殺に来ることはないでしょう」
「何故そう言える?」
「帝国は〝黄昏〟に近いですから」
ここでことを起こせば、それはすなわちカナタとの全面戦争になる。海軍を使って〝黄昏〟を削ろうとしたことは記憶に新しいが、先の戦争でも最後まで〝神の騎士団〟は出てこなかった。カナタがあれだけ疲弊していて、打ち倒すなら最大のチャンスであったにも関わらず、だ。
彼らにも彼らなりの理由があって出てこなかったのだろうが、どうにも直接カナタと対峙することを避けようとする傾向がみられる。
リエンナは詳しいことを知らないが、世界政府にはカナタと戦うことをなるべく避けたい理由があると見ていた。
しかし、シャムロックは天竜人の中でも特に地位の高い〝神の騎士団〟の団長であるため、使う手駒には困らないだろう。
回りくどいが、部下ないしサイファーポールを使う可能性は十分にある。
ロムニス帝国は世界でも有数の大国だ。天上金の額も相当多い。天竜人であっても真正面からメアを殺しに部隊を送り込むことはないハズだが、秘密裡に消して〝黄昏〟と縁を切らせるつもりなら手段は色々とある。
「しかし、よくこんなものが撮れたな」
「撮ったのは私ではない。優秀な諜報員がいたようだ」
「そうか……」
暗殺者、諜報員といった類の人材は基本的にジュンシーが受け持って育てていた。リエンナとも縁のある誰かかもしれない。
もっとも、諜報員同士で横のつながりが広いと一網打尽にされかねないので、互いに顔を知らないまま活動している可能性は高いのだが。
「敵の場所までわかっているなら、こちらから仕掛けた方が早くはないか?」
「シャムロック聖は強い。こちらから仕掛けて藪蛇になるのは避けたいのである」
メアの言葉にオーガーが首を横に振った。
カナタやティーチはいないし、バレットを下手にぶつけては帝都が滅びる。
他に対処出来そうな人員もいないではないが、出来れば戦いたくない相手だ。
それに、天竜人が関わっているとこちらが把握していないと仮定して動いているハズなので、その前提を覆せば〝神の騎士団〟が大々的に動く可能性もある。
いずれにせよ、徹底的に叩くならこちらも戦力を揃えねばならない。
「最低でも小隊ひとつは必要だ。〝神の騎士団〟は情報が少ないが、不死身だと聞く」
「最適な人員を連れてこよう」
オーガーの能力であれば監視をすり抜けて人員を送り込める。それでもすぐにとはいかないだろうが、動くなら早い方がいい。
「カナタさんへの連絡は?」
「既に入れている。あちらでも〝神の騎士団〟をなんとか出来る者に声をかけてみる、と言っていた」
「…………」
ティーチやバレットであれば、カナタはこのような言い回しはしないだろう。そもそもあの2人がここに来るなら帝都が滅ぶことを想定した方がいいレベルだ。
大丈夫だとは思うが、帝都になるべく被害が出ないことを祈るばかりであった。
☆
更に翌日。
これまで暗殺をきちんと防げなかった、という点から護衛の近衛騎士に不信感を持っていたが、最悪警備の情報が相手側に筒抜けになっていた可能性もあると考慮し、執務室の外だけを守らせて内側はリエンナのみを配置した。
護衛とは互いの信用がなければ成り立たない。騎士を纏めるアドニス卿も、これには苦心しているようだった。
ともあれ、護衛の数も増えるので安心だろうと思っていた──その矢先だった。
「火事だ!!」
時刻が19時を回った頃、帝都の城下町で同時多発的に火災が発生した。
日が沈んで暗くなり始めた帝都を赤く染め上げ、黒い煙がもうもうと立ち昇る。
建物が密集していることと風が強いことが合わさって延焼していく中、メアはすぐさま騎士たちを火災の鎮火に回すように通達した。
「しかし、陛下の安全は……」
「余のことは良い! 民の命を救いに行け!!」
最低限の護衛さえ残せば問題はないと判断し、メアはすぐさま騎士たちを使って軍を派遣した。
〝黄昏〟のように巨大な組織でも、そこに属する人数はどれだけ多めに見積もっても10万を超えることはない。これは非戦闘員を含めた数だし、積荷の積み降ろしを現地の人員を雇ってやりくりすることが多いこともあるためだ。
それに対し、ロムニス帝国は軍に所属する人数だけで30万を超える。
普段は農民として過ごしていて常備軍ではない者もいるため、軍人の全員が帝都に留まっているわけではないが、それでも火災の鎮火に向かわせる人数としては多すぎるくらいの人数だった。
「同時多発的に火災が発生して、帝都の目はすべてそちらに向いた。で、あれば……」
やや派手過ぎるが、リエンナならこの機会を逃すことはない。
どのみち敵か味方かすらわからない騎士を置いておくより、自分ひとりの方が動きやすいとさえ思うが、緊急事態であることに変わりはない。
リエンナは子電伝虫で即座に緊急事態発生の連絡を送り、了承の意が返ってくるより先にメアの前に立つ。
火災が発生し、非常事態を知らせる鐘の音が鳴り響く中──ぞろぞろと執務室に入ってくる者たちがいた。
「何者だ? 余は部屋に入ってよいと許可を出した覚えはないぞ!」
「メア女王。お命頂戴する」
「陛下、机の下に隠れていてください」
「うむ、任せた」
おそらくはサイファーポール。諜報員で暗殺に慣れているのだろうが、城の中を通ってここに来たにしては騒ぎが全く起きていないのが不思議だった。
やはり、誰かが彼らを手引きしたのだろう。いくらメアが軍部を掌握しきっていないと言っても、最低限ついていたはずの護衛すらいなくなっているのは仕組まれていたと言う他にない。
敵は5人。
リエンナは赤い髪をなびかせ、一息で一番近いところにいた男の懐へと入り込む。
「な──」
「〝鉄山靠〟」
敵の胸部目掛けて肩甲骨をぶつける体当たり。
踏み込みの勢いをそのまま乗せた一撃は覇気も相まって一撃で心臓を破壊し、それによって急制動をかけた肉体は鋭角に曲がって更に近くにいた男へと踏み込む。
六式使いなのだろう。リエンナの動きにカウンターを当てるように〝嵐脚〟を繰り出すも、リエンナはそれをわずかに屈んで回避し、無防備にさらけ出した背中へ掌底を打つ。
衝撃が背中から腹へと突き抜ける。
内臓を損傷させる一撃を食らった男は血を吐きながら倒れ、ついで同時に襲い掛かってきた2人の攻撃をいなした。
ひとりの足を踏み抜くように震脚を打ち、足の甲を砕きながら横っ面を殴り飛ばし。
もうひとりの繰り出す〝指銃〟を回避して、その勢いを生かすように鳩尾へ肘を叩き込む。
残るひとりはリエンナを無視してメアを害そうと高速で迫ったが、リエンナはそれを上回る速度で以て制圧し、首をへし折った。
「功夫が足りんな」
わずか数秒の間にサイファーポールの六式使いを沈めたリエンナは、油断なく周囲を警戒する。
この程度の実力、人数で終わるならこんな大規模な陽動はしない。
そう思ってのことだったが──リエンナの予想は案の定当たり、部屋の入口に新たな刺客が姿を現した。
「……貴方は」
「出来ることなら、こうはなってほしくなかったものです」
ノルド、と呼ばれていた男だ。
髪も髭も白く染まった老齢の男だが、鍛え上げた肉体と研ぎ澄まされた殺意は歳を感じさせぬものである。
先日見たときは好々爺のような執事だった印象さえあったが、今は冷徹な殺し屋としか思えぬほどだ。
くたびれた騎士の制服を着て両手には細身の剣を持ち、リエンナの一挙手一投足を見逃すまいとしている。
「ノルド……!? 其方、なにゆえ……」
「メア女王。我が主に代わり、お命貰い受けます」
ノルドは感情を排した声で、淡々と目的を告げた。
メアはその冷徹な姿に声を失い、何かを告げようとして声が出ないまま口をパクパクとさせる。
だが、そんなことはノルドには関係がない。真っすぐに走って首に一閃、それだけで事足りるとばかりに刃を振るい──ギイン、と硬質な音がした。
「私を忘れないで貰おうか……!」
覇気を纏った拳でノルドの刃を受け止め、リエンナが獰猛な笑みを浮かべる。
護衛としての本分を忘れたわけではない。ここでノルドを止めねばどのみちメアが危険だと判断したまで。
そして、大義があるなら存分に拳を振るえる。
リエンナにとっては、それだけで十分だった。
オーガーはカナタに対して「船長」でティーチは「隊長」と呼びます(ティーチが分隊長であるため)