ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百八十七話:帝国動乱

 

 ロムニス帝国で事件が起きている、と連絡が入ったのは、日没後間もない時間だった。

 ハチノスからはほど近い距離にあるうえ、〝黄昏〟のナワバリでありつつも世界政府加盟国としての立場がある国だ。懐に入られると困ることもあるため、常に人を駐在させている。

 駐在員として動いていた元ドンキホーテ海賊団のセニョール・ピンクの慌てぶりに、千代は思わずため息を零した。

 

『こっちは大騒ぎだ……! この国は安全じゃなかったのか!?』

「他と比べりゃあ十分安全じゃろ。ウチのナワバリで、世界政府加盟国でも有数の大国で、〝ハチノス〟にも近い。普通の奴らは手を出そうとは思わん」

『だが実際に事が起きてる! 危うくルシアンとギムレットが巻き込まれるところだったんだぞ!?』

「そりゃ他の駐在員も一緒じゃろうて。勘違いしとるようじゃけど、わしらだって確実に安全な場所なんてないんじゃからな?」

 

 ピンクはドンキホーテ海賊団の情報を売り渡すことで、海賊嫌いの妻ルシアンに対して言い訳を述べる立場を得たし、流行り病で死にかけた息子のギムレットを治療した。

 千代から見ればその時点で十分な見返りを与えているし、駐在員としての働きには相応の給与を払っている。文句など言われる筋合いもない。

 何より、絶対に安全な場所などこの世の果てまで探そうともありはしない。

 出来る限り手は貸すが、最終的に身の安全を守るのは本人とその近しい者たちだ。いかに〝黄昏〟の手が広かろうとも、物事に絶対はないのだから。

 

「ともかく、帝国で事件が起こっておるのは事実なんじゃな?」

『ああ。同時多発的に火事が起きてる。帝都はパニック状態で、国軍も動いているようだ』

「国軍が動くようなことか?」

 

 千代は思わず眉をひそめた。

 治安維持のため、火事の処理のために官憲が出張ることはままあることだが、国軍が出張るほどとは思えない。それだけ規模が大きく、数が多いということだろう。

 女王メアの護衛を頼まれたことといい、千代の頭の中であらゆる可能性が巡っていく。

 一番最悪なのは、メアが暗殺されて国が荒れることだ。

 リエンナは強い。単純な戦闘の強さだけなら千代をも凌ぐ。真正面から殺しに来るなら、大抵の相手は返り討ちに出来るだろう。

 だが、物事に絶対はなく──何より、先日報告を受けた〝神の騎士団〟の報告が脳裏を過ぎる。

 

「……ふむ。お前は引き続き情報収集を続けよ。家族は逃がしても構わんがな」

『……わかった』

 

 ピンクは不承不承と言った様子ではあるが、承諾した。家族の安全がかかっているなら千代の指示に従って事態の鎮静化に貢献した方がいいと判断したのだろう。

 どのみち〝黄昏〟を抜けたところで行く当てがあるわけでもない。子供は幼いし、逃亡生活に耐えられるとも思えない。

 受話器を置いた千代は、そのまま受話器のふちをなぞるように指を動かして思案する。

 

「……ちとまずい、か?」

 

 色々と考えた結果、最悪を考えると手を打たねばマズイと判断した。

 すぐさま小紫を呼び出し、経緯を簡潔に説明する。

 

「なるほど。リエンナちゃんが女王の護衛をやってて、帝国がマズくて、危ないと……誰を斬ればいい?」

「わからん。現地にオーガーがおるハズじゃ。おそらくあやつが今一番帝国の情勢に詳しいゆえ、探して聞き出せ」

「わかった! じゃあそうするね!」

 

 今日はオフだったハズだが、小紫は既に軍服に着替えてきていた。まだ説明していない段階で着替えて刀を持ってきているあたり、千代の話を盗み聞きしていたのかもしれない。

 ゴロゴロの実は強力だが、このあたりは使う本人の倫理観に頼るしかないのが何とも言えないところだ。すべての会話を聞き分けているわけではないだろうが、重要な話は筒抜けになっていてもおかしくはない。

 ともあれ、話が早いのはいいことだ。

 船なら半日かかる距離も、雷の速度で空を駆けられる小紫なら数分で着く。もちろん普段は疲れるのでそんなことはしないが、今回は緊急事態である。四の五の言っている暇はなかった。

 千代から〝永久指針(エターナルポース)〟を受け取りつつ、小紫は尋ねる。

 

「一応聞いておくけど、本当に〝神の騎士団〟が出てくると思う?」

「……ま、可能性はゼロではなかろうなあ」

 

 ロムニス帝国は特殊な国だ。

 帝国と名乗っているのに王政であることがその最たるものだが、これに関しては歴史を紐解けば納得出来る。

 

「あの国は()()()()()()()()国じゃ。それも、当時のロムニス王国を離れる際に()()()()()()()()()()()、と言い放って王国から帝国に名前を変えさせた変人がな」

「うわぁ……」

 

 ロムニス帝国の王は正当なる国家元首ではない、と言っているに等しい。

 帝国と名乗るなら、通常の国家元首は皇帝を名乗る。その中で帝国と言いつつ王を名乗ることになったのだから、当時の王には同情するしかない。

 天竜人とは当時からそれだけ滅茶苦茶なことをやれる権力があったし、今なお影響を与え続けるほどなのだから手に負えない。

 それが今は海賊の影響を強く受けることになっているのだから、天竜人が出張ってくる可能性は決して低くないのだ。

 

「まぁ必要なら斬ってしまえ。斬れるならな」

「そうする。難しいことは斬ってから考えればいいよね!」

 

 グッと握りこぶしを作り、いつものように狐の面を被って窓を開け放つ。

 エメラルドブルーの髪がふわりと舞い、ひらひらと手を振って窓のふちに足をかけた。

 

「行ってきます」

「おう、気を付けるんじゃぞ」

 

 バチリ、と空気が焼ける音を残し、小紫は夜の帳が落ちる海へと姿を消した。

 

 

        ☆

 

 

 帝都の一部が燃えている。

 同時多発的に発生した火災は国軍が対応に当たり、消火と避難誘導に動いている。

 テロを警戒してか、物々しい雰囲気で見回りを行う軍人の姿も見られる。

 その中で、オーガーは屋根から屋根へと瞬間移動しつつ情報を集めながら城へと向かっていた。

 この状況で狙われるとすればやはりメアだろうと思っているのもあるし、国軍が動いているなら各地から城にいる誰かに情報が一元化されるはずだと予想したこともある。

 だが、オーガーも既に城で戦闘が起きているとは思っていなかった。

 

「!?」

 

 メアがいるであろう執務室のバルコニーの窓ガラスが派手に割れる。

 何かが起きているのは明白だ。オーガーはすぐさまバルコニーに降り立ち、部屋の中を確認した。

 中では執務机の下に隠れるメアと、部屋の中で戦う2人の姿。

 

「ふっ!」

「ハァツ!!」

 

 二刀を振るう老兵と、武装硬化した拳で戦うリエンナ。

 高速で振るわれる刃はリエンナの急所を狙うように鋭く走るも、リエンナは半身の姿勢でそれを捌く。

 鉄がぶつかるような音が連続する。リエンナのみならず、老兵の方も覇気を使っているようだった。

 不思議な話ではない。覇気とは元々才能があれば扱える技術であるし、やり方を教える者がいれば覇気使いが生まれることもそれなりにあるだろう。

 

「リエンナ!」

「オーガーか! 陛下を連れてここから移動しろ!」

「了承した! お前はどうする!?」

「こいつを片付ける!」

 

 ただ逃げたところで、老兵──ノルドは追ってくるだろう。

 なにより、リエンナもまたノルドを逃がす気がない。

 護衛の本分を忘れず、存分に拳を振るえる機会だ。

 刃を払い、懐に潜り込んで蹴りを叩き込む。しかしノルドも無策でそれを受けることはなく、武装硬化した剣で受ける。

 互いの覇気によって衝撃波が発生し、部屋の中がわずかに揺れた。

 

「女王陛下、こちらへ。リエンナが戦っている間は私が代わりに護衛に就きます」

「う、うむ……よろしく頼む」

 

 させまいと駆けだすノルドの前に立ちふさがり、リエンナは振るわれる刃を受け止めて押し留める。

 

「早くいけ!」

「承知した!」

 

 オーガーはメアの手を取り、すぐに瞬間移動する。

 移動先はひとまず上──城の屋根部分だ。

 執務室自体が上層にあるのでそれほど距離は離れていないが、別の部屋に移動するよりはいいだろうと判断した。

 何しろオーガーもまだこの能力に慣れていない。下手に別の部屋に移動しようとして、そのまま壁に埋まるようなマネはしたくない。

 

「メア女王陛下、一度我々の拠点にご案内します。そこならばひとまず安全が──」

「……いや、ダメだ」

「……陛下?」

 

 オーガーが首を傾げる。

 メアは何か決意したように、長身のオーガーを見上げた。

 

「其方、今から私が言う場所に移動出来るか?」

「距離にも依りますが、ある程度どこにでも移動は可能です」

「では、私の言う場所へ移動しよう」

「安全な場所ですか?」

 

 オーガーの仕事はメアの安全を担保することだ。帝都から距離を置くのが一番だが、メアが安全だと思う場所があるのならそこでも構わないと考えていた。

 しかし、メアがオーガーの考えなど知ったことかとばかりに目的地を告げる。

 

「母上の下へ向かう。ノルドを余に差し向けた意図を、問いたださねばならぬ」

 

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