「ダメです」
メアへ刺客を送った張本人である母親──デキュリアに真意を問い質しに行くと言うメアの意見を真っ向から拒否した。
「そこをなんとか」
「なりません」
「後生だ!」
「承諾出来かねます」
「余の頼みが聞けぬのか!?」
「聞けませぬ」
メアの怒涛の頼み込みも、オーガーはのらりくらりと躱して言質を取らせない。
当たり前の話だが、最優先で安全を確保しなければならない人を敵の前に出すのはいくら何でも無理である。
これが判断を下すのがティーチなら面白がって許可を出すかもしれないが、カナタであればまず間違いなく許可を出さない。オーガーにとってはティーチがボスだが、ティーチはカナタに逆らえないのでカナタの言は絶対である。誰しも彼女にグーで殴られたくはないのだ。
「とにかく、一度ここから離れて──!」
オーガーはこちらに高速で近付く〝声〟に気付き、すぐさま銃を構えてメアの前に出た。
すわ暗殺者か、と気を張り詰めれば、ゴロゴロと響く雷鳴と共に稲光が目の前に落ちる。
やや派手な登場ではあるが、夕闇を切り裂くように現れたのが小紫だと気付いた。オーガーは息を吐いて銃を下ろす。
「小紫か。誰かと思ったぞ」
「やっぱりオーガーさんでしたか。屋根の上にいるなら追ってる側か追われてる側のどちらかかな、と思ってたんです。リエンナちゃんは?」
「女王陛下を狙ってきた暗殺者と戦っている。陛下の身の安全のため、私に連れ出すようにと指示を出した」
「なるほど……黒幕はわかってるんですか?」
「母上だ」
オーガーと小紫が手早く情報交換していると、メアが途中で口を挟んだ。
リエンナと戦っているノルドはデキュリアの騎士だった。メア自身も幼いころから長く付き従っていたノルドのことを良く知っているため、彼がデキュリア以外の命令であのような真似をすることはあり得ないと断言する。
「何はともあれ、母上に真意を問い質さねばならぬ!
いつまでもリエンナを護衛に着けておくわけにもいかない。問題を解決しない限り、メアの命の危機は常に付いて回るのだ。
軍部を完全に掌握するまではどのみち必要だろうが、デキュリアが最大の障害になるのは間違いない。
小紫はうーん、と唸りながら悩む。
普通に考えればメアが行く必要は全くもってないのだが、本人がそれなりに剣を使えるうえで行きたいと言っているし、自分の国を自分の手に取り戻すというのは小紫としても思うところが多大にある。
ただ、問題があるのも確かで。
「デキュリアさんのいる場所、城のどの辺ですか?」
「えー……大体あっちだな」
「あー、やっぱり……」
日が沈んで暗くなっており、城の屋根の上なのでちょっとわかりにくいが、メアにとっては自分の城だ。正確にデキュリアのいる場所を指さした。
城の一室ではあるのだが、そこから感じ取れる〝声〟はデキュリアだけのものではない。
というか、とんでもなく強い〝声〟だ。
「これ、多分〝神の騎士団〟ですね」
「やはり奴らが来ているのか?」
「ええ。強い〝声〟は一つだけなので、おそらくひとりだけですが」
〝神の騎士団〟団長、フィガーランド・シャムロック。
実力は相当なものだと予想出来るが、デキュリアから引き剥がすこと自体は不可能ではない。
斬れるものなら斬ってもいいと千代は言っていたし、どのみちこの国から追い出すには戦わねばならないだろう。
正直なところ、この国の港には基本的に〝黄昏〟の目があるし、何なら帝都の入口にも人の目はかなりあるので、目立つであろうシャムロックの侵入が見逃されたというのは解せない。
何かしらカラクリがあると見るべきだが、それはまぁ後回しでもいいだろうと判断し。
この国を狙った理由。何を、どうして、どうやって。その辺はひとまず斬ってから考えよう、と小紫は考えた。
☆
リエンナは〝六合大槍〟のジュンシーの次女として生を受けた。
兄がひとりと姉がひとり、それに弟がひとり。
兄は実力はあったが運はなく、初陣として出た戦いで死んだ。
姉は強さにそれほど執着がなく、早々に結婚して子を産んだ。
弟はまだ鍛え上げている最中で、この状況下にあってはまだ戦場に出せると言えるほどの強さはない。
その中で、リエンナはジュンシーの子の中で最も才能と運を持ち合わせている女だった。
「オオォ──!!」
ガキン、と剣戟と拳がぶつかり合う。
ジュンシーの修める武術の基礎は〝八衝拳〟であり、これに彼が蓄積した経験を元に多少のアレンジを加えたものだ。
当然ながらジュンシーに師事するリエンナも八衝拳を修めており、中でも無手での戦闘に限れば〝
「ハァ──ッ!!」
対し、二刀を振るう男──ノルドはリエンナと正面から張り合うほどに強かった。
世の中では懸賞金を懸けられる海賊こそが良く知られ、力を示すことが多いが、基本的に軍属の人間は真面目な人間が多いので平均的な強さは上だ。
ロジャーの遺言にロマンを感じて海に出る者が多い時代ではあるが、強者が必ずしも海賊になるわけではない。
そこらの海賊を一蹴するほどの実力者が国軍に属することもままあることだ。
「若いのに鋭い拳だ……よほどの鍛錬を積んできたと見える」
ノルドの刃はただでさえ鋭いが、覇気による強化を得て大抵のものは簡単に切り裂ける。
最強の剣士と名高いミホークほどではないとはいえ、そこらの覇気使いなら防御する覇気ごと斬り捨てる斬撃を良く凌ぐものだと感心していた。
リエンナは単純に斬撃を受け止めているわけではなく、剣の側面を叩き弾くようにして直接斬撃を受けないようにして凌いでいるのだ。剣筋を見切る目がよく育てられている、とノルドは笑みを浮かべる。
〝黄昏〟の中で剣を使う者は多い。練習相手には事欠かないため、リエンナの斬撃を捌く手法は堂に入っていた。
「そちらも、これほどの剣を使うとは厄介だな!」
リエンナは見聞色の覇気を全開にして攻撃を先読みしているが、ノルドは長年培った経験と見聞色を使うことでリエンナを翻弄していた。
見聞色の覇気とは攻撃の意思を読み取る技術だ。長じれば限定的な未来視すら可能とするが、リエンナにはいまだそこまでのことは出来ない。
攻撃の意思を読み取るということは、身体の反射で動いたり、身体に染みついた技術で動くことなど、思考を挟まず動けば感知されないということでもある。
この手の裏技めいた技術はいくつかあるが、リエンナに通じるレベルで運用する者は初めて見た。
ノルドは長く戦ってきた老練の剣士だ。覇気使いに対する戦い方も熟知しているのだろう。
リエンナはわずかに距離を取り、両手を鞭のように大振りでしならせて一歩踏み込む。
「〝
ノルドの剣を弾きつつ掌打が首を狙う。
指先まで覇気で硬化した掌打は鋼鉄と同等の硬さを誇り、わずかでも掠ればそこから肉を削げる。
単純な筋力だけではなく遠心力まで利用するこの一撃を、ノルドは紙一重で避けて見せた。
弾かれた方とは逆の剣を振るってリエンナを斬ろうとするも、リエンナはこれを想定通りと言わんばかりに視線すら向けずに回避し、再び距離を取った。
強い──が、倒せない相手ではない。
リエンナはここまでの戦いを通じて、そう結論付けた。
確かに見聞色の覇気を欺く技術や剣の腕は相当なものだろう。しかしそれは全盛期のものではなく、既にその剣筋は何度も目にした。
「一応聞いておくが、女王陛下を狙った理由はなんだ?」
「我が主からの命令だ」
「……すんなり答えるのだな」
「メア様は私がここにいる時点で気付いている。私は私の主以外の命令では動かぬゆえな」
「主の立場が悪くなるとは思わないのか」
「私が勝てばそのままだ。負けたとしても、海賊の証言など誰も真に受けん」
海賊はどこまで行っても海賊だ。
カナタが強い社会的地位を持っているとしても、その発言が公に証言として扱われることはない。部下ならば猶更だ。
強い武力があるから逆らえないだけで、それと発言の信用は別の話なのだ。
だが、逆に言えばメアが証言すればすべてひっくり返る。この国においては彼女こそが法であるがゆえに。
だからこそ、ノルドはメアを殺そうとしている。
「事情は理解した。だが解せないな。お前の主の権力は陛下の立場あってのものだろう。陛下を害そうとする理由がわからん」
「……それは私の口からは語れぬ。主に直接聞くことだ」
「そうさせてもらおう」
ノルドが強く踏み込む。
爆発と見紛うほどの踏み込みから振るわれる剣戟は明確にリエンナの急所を狙ってきた。
一つでも受け間違えれば死に至る斬撃の嵐を、リエンナは常と変わらぬ精神状態のまま捌いて見せる。
この程度ならば、防御した上から貫いてくるラグネルや下手に防ぐと感電する小紫の方が厄介だ。
リエンナは震脚と同時に剣を振るうノルドの手首を抑え込み、ノルドの体へぴったりと体を寄せ付ける。
両手両足だけが武器ではない。武術とは、全身を武器とするための技術である。
「〝
リエンナの背中からノルドのがら空きになった胸部へと衝撃が走った。
咄嗟に覇気で防御したものの、リエンナの使う八衝拳は元より相手の体内へと衝撃を打ち込む武術。いかに体を頑丈にしようとも、完全に防ぎきれるものではない。
「無念……!」
最後まで剣を手放さないのは、ノルドの執念によるものか。あるいは矜持か──。
既に死は視えている。これ以上の戦いは無意味なものだが、ノルドにとってはそうではない。
死の瞬間まで戦いの中に身を置き、主のために戦う。
彼が自身に課した、騎士としての誓いである。
「──見事」
リエンナは長く戦ってきた戦士に敬意を表し、いまだ戦おうと剣を振り上げるノルドの鳩尾へと両手による掌打を叩きつける。
俗にいう双纒手。
しかしその衝撃は内部に浸透し、二か所から打ち込まれた衝撃は体内で合流して炸裂し、心臓を完全に破壊した。
血を吐いて倒れるノルドに対し、リエンナはゆっくりと息を吐いて周囲を警戒する。
乗り込んでくるものがいないことを確認し、リエンナは戦闘態勢を解いた。
多少消耗したが、傷と呼べる傷はない。
「陛下の下へ戻らねばならないが……」
場所がわからない。
オーガーの瞬間移動で逃げた以上、速度はリエンナをはるかに超えるハズだ。城の外に出たのであれば追いつくのはほぼ不可能と見ていい。
だが、まだ近くに残っているのであれば問題だ。原因であるノルドの主──デキュリアの始末も考えたが、仮に〝神の騎士団〟が出張ってきていればリエンナ1人では荷が重すぎる。
リエンナは集中して見聞色の覇気を使い、周囲を探る。
だが、そこでリエンナの予想外の反応があった。
「……見知った〝声〟があるな」
強い〝声〟と見知った〝声〟が同じ場所にある。
オーガーやメアと思しき〝声〟も近くにあるし、どうやらまだ城の中にいるらしい。
状況がよくわからないが、感じる強い〝声〟が敵であれば厄介だ。
リエンナは急いで合流するため、部屋を出て廊下を走り始めた。