ロムニス帝国の城内、デキュリアの私室。
現女王の母親という立場であり、その権力を存分に使う彼女の部屋は女王の部屋よりもよほど煌びやかだった。
絵画、壺、カーペットからテーブルの上の小物まで、いっそ悪趣味なほど高価なものが揃えられている。
その中で〝閻魔〟を片手に立つ小紫に対し、敵意を向けられている〝神の騎士団〟団長たるシャムロックは特にやる気を見せずにテーブルについていた。
剣に手をやるでもなく、かといってデキュリアが手ずから淹れた紅茶に手を付けるでもない。
「フィガーランド・シャムロック……!」
「敬称も付けないのか、下々民。程度が知れるぞ」
「倣うべき相手なら付けますよ。天竜人にそれが必要だとは思いませんが」
「不快な女だ。言葉を慎め、薄汚い海賊が」
日和の言葉に対し、シャムロックは鬱陶しそうに言葉を返す。
それでも剣を抜こうとしないあたり、理由はわからないがこの場でやり合う気はないらしい。
あるいは、直接やり合うことはないようにと言われているのかもしれない。いかに精強な〝神の騎士団〟とて、正面から〝黄昏〟と戦争をしては分が悪いだろう。
まともに戦うなら、の話だが。
2人がにらみ合う中、メアはデキュリアを糾弾していた。
「母上!」
「……あなたがここにいるということは、ノルドは失敗したのね。まったく、使えない男」
「貴女がそれを言うのか……! 何故このような真似をした!? 答えよ!」
ノルドは長くデキュリアに仕えていた男だ。当然ながら、メアが幼い時から交流も多かった。
時に父のように、友のように、兄のように過ごした従者だった。
それを自分を殺すために向かわせたと知った時のメアがどれほど心を乱したか。メアは怒りのままにデキュリアを糾弾したが、デキュリアはこともなさげに言う。
「
世界貴族──天竜人とは、なろうと思って成れるものではない。基本的に天竜人の血を継いでいない者にその権利は与えられないからだ。
だが何事にも例外がある。
天竜人の上層部、即ち五老星や
手段はいくつかあるが……デキュリアは己が欲望のために国を売り払う決断をしたのだ。
「この国の王族の血を継いでいるのはあなたであって私ではない。けれど、世界貴族の後ろ盾があればそんなことは些末なことよ。私が地位と権力を得られるのであれば、何を対価にしても構わない」
とはいえ、大抵の国の王族と高位貴族は少なからず血が繋がっている。貴族の婚姻は互いに相応の格が必要で、自国でそれをやろうとすれば自ずと選択肢は限られるからだ。
長く続く国ほどその傾向が強い。ゆえに、デキュリアとて傍系王族と言えなくもない。
だが、それでも彼女は王権を有するわけではないのだ。
メアを亡き者に出来ていれば、あるいは実権を握ることが出来ていたかもしれないが……目的を達成出来なかった今、デキュリアの手元には何も残っていない。
「貴女の計画は失敗しました。投降する気はありますか? それとも、そちらの天竜人が我々の相手をするつもりですか?」
「何故私が下々民のために剣を抜かねばならない」
たとえ相手が王族であったとしても、シャムロックにとっては等しく下界の人間だ。
栄光ある〝神の騎士団〟がわざわざ剣を抜くほどの価値はない。
「では、あなたは何のためにここに?」
「見届け役だ」
「……見届け役?」
「本来、私が来るつもりはなかった。が、ここは〝ハチノス〟に近い。ヤツが来る可能性もゼロではないと考えたに過ぎん」
コツン、コツンと足音が聞こえる。
即座にそれに気付いた小紫はメアとオーガーを壁際へと誘導し、入口と中から前後で挟み込まれる形になるのを避けた。
デキュリアはこのことを聞いていないのか困惑した表情だが、シャムロックは椅子から立ち上がって頭を下げる。
「お待ちしておりました、御大」
「うむ」
現れたのは、青い髪の長い女だった。
赤と青のオッドアイが特徴的で、〝神の騎士団〟の軍服を着ている。自前で改造をしているのか、上着は両手を隠すほどに長く、下は下着が視えそうなほど短い。
やや奇抜ともいえる格好だが、それ以上にその女から感じる異様な覇気に小紫は冷や汗を流した。
「やはり〝黄昏〟の本隊はいないようだな。隠れているふうでもない。それに、アレの痕跡も見当たらぬ」
「では、今回の計画は」
「ああ。予定通りに進めよう」
御大、と呼ばれたその女は、小紫達の方に一度だけ視線を向けると、気にすることもなくシャムロックたちの方へ近づく。
何をやるつもりなのかと警戒を露にする三人を尻目に、その女はデキュリアの腹部を何かが貫いた。
「ウッ──!?」
服の袖が矢印のような形になり、刃物のように貫いている。
「〝悪魔〟こそが生命のあるべき姿……一定の寿命と引き換えに〝不死の体〟と〝常ならざる力〟を与える。期待はせぬが、その力でこの国を捧げて見せよ」
体が肥大化し、翼が生える。手には黒い三叉の槍を持ち、不気味な相貌になっていた。
小紫達が唖然とそれを見ていると、女はデキュリアの腹を貫いた何かを引き抜き小紫達の方を見る。
「カナタの部下だな。ヌシア達に聞いておきたいことがある──
「サヘル……?」
「……知らぬか。いるならばここだと思ったが」
困惑する小紫達に対し、女は考え込むように視線を落として顎に手をやる。
インペルダウンの奥底に封じ込めていたが、先のカイドウ達の一件から姿が消えていた。彼女の性格からして、有事の際に眺める、あるいは介入しようとカナタの近くに居を構えると思っていたらしい。
人が苦しんでいる時にそこから立ち上がる姿を見るのが何よりも楽しみという悪趣味な女だ。カナタに手を貸されるのも面倒だったが、いまだ接触をしていないのならばいくらかやりようはある。
青髪の女──軍子はひとつ頷き、方針を決定する。
「まァよい、今はこの国だ。聖地へ戻るぞ、シャムロック」
「はい。ですが、このまま放置していってもよろしいのですか?」
「構わぬ。ここは元よりヤツの懐に近すぎる。荒らせるだけ荒らしたなら用はない」
「ではそのように」
〝神の騎士団〟の団長が従者のように傅く。
本来ならばあり得ないことだ。シャムロックの立場で傅く相手など、五老星でもなければ存在しない。
五老星の顔は小紫とて知っている。軍子がそうではないことくらいわかるし、何より同じ騎士団の軍服を纏っている。
ただ異質なのは、肌を刺すような覇気と威圧感だ。戦えば極めて強いと、刃を交えなくともわかるほどに。
「この城で幾度か〝力〟を与えた。既に兵士の一部は城の中で戦っている。兵たちにはこの国を亡ぼすまで戦えと命じた……止めたければ勝手にするがいい」
「何を──!?」
ガキン、とデキュリアが振るった槍を受け止める。
彼女は兵士ではなく、槍に優れるわけではない。だが槍の重みは並の兵士のそれではない。
反射的に腕を斬りつけ、槍を奪おうとするが──斬りつけた腕は瞬く間に再生し、何事もなかったかのように再び槍を握った。
「再生した!? バカな……本当に不死に!?」
「最高の気分よ……力が溢れてくる」
これ以上用はないと、軍子とシャムロックは部屋を悠然と出ていく。
小紫はその背を視線だけで追うも、背後にメアとオーガーがいる今、2人を置いて追いかけるわけにはいかないと踏みとどまる。
何より、先の軍子の発言が事実ならこの状態の兵士が何人もいることになる。
この異常事態を解決しないことには、この国に明日はない。
☆
悠然と部屋からでた軍子とシャムロックは、そこかしこで悪魔化した兵士と戦う兵士の姿を尻目に城内を歩いていた。
時折悪魔化した兵士に挟まれ、自らもまた反転して悪魔化していく兵士たち。彼らは不死身の肉体と膂力を与えられているため、形勢は悪魔化した兵士たちの方へと傾いていく。
この城が落ちるのも時間の問題だろうと思いつつ、シャムロックは口を開く。
「時に、御大。サヘルという女を見つけた場合、どのようにするおつもりですか?」
「従うならば生かすが敵対するなら殺す。あれは気まぐれだ。形勢が傾いたと見るや、負けそうな方に肩入れして煽って焚き付ける」
「……戦争を長く続けさせたい、ということですか?」
「違う。あれはな、逆境から立ち上がる人間が好きなのだ」
だからこそ、絶対的な差がある場合は自身が介入してでもその差を埋めようとする。
逆境に負けず、苦難に立ち向かい、困難を乗り越える姿を見たいがために、それまで味方だった者をあっさりと裏切ることもある。
しかし実力だけは本物だ。盤面だけは公平に見えるようにしておかねば、サヘルはどこかで介入して敵対しかねない。
……もっとも、逆境の中で輝くと見れば敵対してその姿を目に焼き付けようとする悪癖があるので、カナタにその素質があると考えてくれるなら話は早いのだが。
軍子の顔に苦いものが浮かんでいるあたり、その悪癖に悩まされたことは一度や二度ではないとうかがえる。
「ミオもミオだ。あの蛇めの甘言に惑わされてムーを裏切るなど……」
過去を思い出してか、遠い目をする軍子。
考えるのをやめるように頭を振り、2人は城を出るために歩く。
聖地まで
軍子──その肉体を操るイムにとって、厄介な相手は複数いる。
〝ニーズホッグ〟、〝
単なる強さだけであれば対応出来ないものではない。その能力の性質が極めて厄介なために、イムは警戒をしているのだ。
だが、カナタが己を脅かすほどの存在であるかどうかは、未だ見極められていなかった。
☆
「リエンナちゃん!」
「ちゃん付けはやめろ! こいつらはなんだ!? 制圧しようにも少々の攻撃じゃ沈まんぞ!!」
「わかりません! けど、不死身っぽいから気を付けてください!」
「不死身だと!? クソ、どうなっている……おかしくなった兵士に挟まれるな! 挟まれたやつもおかしくなっている! 何かの能力だ!」
「了解!」
オーガーの能力でメアだけは一足先に逃がし、小紫はリエンナと合流する。
そこかしこに悪魔化した兵士と普通の兵士が入り乱れ、リエンナの言葉通りに普通の兵士がひっくり返って悪魔化していく。
リエンナと小紫は挟まれないよう細心の注意を払って端から兵士を張り倒していた。
だが、その程度では倒れないし、おかしくなる兵士は増えるばかりだ。
普通の兵士が襲われると膂力の違いで抑え込まれ、多少では済まない傷を負っている者もいる。
「もう限界だぞ……! これ以上は兵士たちのほうが抑えきれん!」
リエンナと小紫が悪魔化してしまえば戦況は最悪になってしまう。
これ以上増えればうっかり悪魔化されかねない。制圧しようにも悪魔化した兵士は不死身で自身を顧みず襲い掛かってくる。
この国自体は味方のものであるため、なるべく被害を出すまいとしていたが、流石に限界がある。
「……私が責任を持ちます! 変化した兵士を殺害してください!」
「承知……!」
覇王色の覇気で気絶させようにも、味方の兵士まで巻き添えにしてしまう。覇王色は敵味方を繊細に区別出来るようなものではないのだ。
自分たちよりも先に兵士たちの方が抑えきれなくなると判断し、小紫は悪魔化した兵士の首を斬り落とす。
不死身の兵士だ。最悪、これでも抑え込めない可能性があったが──小紫の思考に反し、首を斬られた兵士は再度反転して元に戻った。
それも、五体満足の状態で。
「!?」
「……戻った!?」
リエンナも同様に心臓を破壊した兵士が反転して元に戻るのを確認し、確信する。
致命傷を与えた兵士は五体満足のまま元に戻る。本当に不死身なら今のも元に戻っていなければおかしいが……どうやら、彼らの不死身というのは限定的なものらしい。
で、あるならば。
やるべきことはこれ以上ないほど明確になった。
「挟まれないよう、兵士全員に致命傷を与えればいいというわけか」
「なら簡単ですね。うっかり挟まれないようにね、リエンナちゃん」
「ちゃんはやめろ」
リエンナは口角を上げて笑い、光明が見えた小紫も雰囲気が柔らかくなる。
反撃開始の時間だ。
備考
・サヘル
わえ様。スカイピア編の最後でちょっとだけ出た