ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第二百九十話:帝国の事後処理

 

 混乱は瞬く間に収束していった。

 悪魔化した兵士は確かに強力で、この上なく厄介だった。だが、それはあくまで一兵卒としては強力な力を得たに過ぎない。

 武術を学び、覇気を使うリエンナと小紫にとっては個々の強さなど恐れるに足らぬものでしかないのだ。

 挟まれれば悪魔化する、という特異な力も、タネがわかってしまえば対処出来る。

 他の兵士と協力して挟み込まれないよう陣形を組み、2人で端から斬り捨てていけばそれで済む。悪魔化した兵士を効率的に扱う指揮官、あるいはノルドのように単独で強い者が悪魔化していれば極めて厄介なことになっただろうが、そうならなかったことだけが救いだった。

 完全に被害を抑え込むことこそ出来なかったが、それでも最小限に抑え込めたと言えるだろう。

 

「デキュリア様はどうなった?」

「こちらで抑え込んでいる」

 

 アドニス公──ラグネルの兄の言葉に、リエンナは端的に答えた。

 悪魔化されたデキュリアは小紫の手で一度首を刎ね飛ばされ、元に戻した上で反抗の意思があったため、メアが片腕を斬り飛ばした。

 どのみち反逆罪で死刑だろうが、生きているならきちんと法の裁きをしたうえで刑を執行しなければ法治国家とは言えない。逆に女王の身内だからとなあなあで済ませる訳にもいかない。

 ここ最近のメアを狙った暗殺もデキュリアの手引きであることは明白であるし、潜在的な敵勢力は残ったままだ。一度王宮内を掃除する必要がある。

 

「貴様は()()()()だ?」

「我々は元より女王陛下に剣を捧げた身だ。この国の軍を預かる立場上、陛下に剣を向けることはない」

「あくまで一兵卒の暴走と言い張るか。面の皮の厚いことだな」

「そういわれても仕方ないだろう。だが、少なくとも私は陛下の味方だ」

 

 政治的なあれこれが少々苦手というだけで、彼自身はメアへの忠誠がある。なので、彼はそのまま軍を任せてもいいだろう。

 だが、デキュリアの息のかかった者は多い。汚職も賄賂もやり放題の現状は、〝黄昏〟としても望ましくない

 面倒ではあるが、王宮内の掃除には〝黄昏〟の手を入れねばならないだろう。

 足場固めをやっておかねば、今回のようなことがまた起こらないとも限らない。

 陽動だった火事も夜半過ぎには収まり、小紫が敵の〝声〟を感知出来なくなったことで撤退したと判断したため、リエンナと共に仮眠をとってから朝にカナタへと連絡を入れていた。

 

「朝早くからすみません」

『構わん。緊急の報告だけは受けているからな。それに、そこでのことは早めに解決すべきだと私も思っている』

 

 早朝からの連絡にも関わらず、カナタは既に身支度を整えていた。

 もちろん電伝虫による連絡なので声しか聞こえないのだが、寝起きならある程度はわかる。向こうもそれなりに忙しいらしい。

 

『ただ、私もこれから島中に顔を出す必要がある。手短に──』

『カナタちゃーん! ロキくーん! 朝ごはん出来たわよー!』

『うるせェなババア!! 今大事な話してんだよ!! あっち行ってろ!!!』

『えー? でも早く食べないと冷めちゃうわよ?』

『後でちゃんと食うよ! 朝一で村回る順番決めねェと終わらねェだろ!!』

「……忙しそうですね」

『ああ……まあこちらは着いたばかりでな。慌ただしいのは仕方ない』

 

 エルバフも完全な一枚岩とは言い難い。前王ハラルドの殺害容疑を懸けられ、未だに王子という立場のロキも王城には住めていないのだ。そのため、エルバフは現在王のいない国である。

 それに長老が外威として権力を持っているため、あいさつに回る村の順番を決めており、それが前後すればヘソを曲げて〝黄昏〟との同盟に対して反対派に回りかねない者もいる。

 幸い、ヤルルを始めとした〝巨兵海賊団〟の関係者は好意的なのである程度楽にはなるだろうが。

 そのあたりは順番にやっていくつもりであった。

 

「デキュリアの指示を受けた貴族や軍人は多く、すべてを摘発するのは手が足りないのもあって時間的に難しいかと思われます」

『出来れば根切りしておきたいが、あの女は手が広いからな。恐らくすべて処理するとなると深刻な問題になる。ある程度は見逃すしかなかろう』

「では悪質な汚職に手を染めた者のみ見せしめとしておきます」

『そうしておけ。武官も文官も足りないだろうから、いくらかは〝ハチノス〟から引っ張って行っていい』

 

 ナワバリが増えた影響で収益や税収が上がったため、細かな修正を行わねばならない〝黄昏〟の文官とて手が空いているわけではないが……それでも現状の帝国ほどではない。

 まぁこの手の国の崩壊はカナタも何度か見てきた。

 大抵は世界政府に支払う天上金が捻出出来ず、加盟国から外されて亡びていくことが多かったが、今回ばかりは見逃せない。

 どのみち世界政府加盟国からは外れるのだ。今のうちにカナタがやりやすいよう地盤を整えておくのも悪くはない。

 

「小紫はどうしますか?」

『そこと〝ハチノス〟ならそれほど距離はない。行き来も難しくないだろう。有事の際には戻ってもらうが、しばらくはそこで働かせていい』

 

 どうせデキュリアの息のかかった貴族や軍人の掃討には戦力が必要だ。ゴロゴロの能力が使える小紫がいれば盗聴も難しくないし、悪質な者を摘発するのに丁度いい。

 〝ハチノス〟にはラグネルを始めとして幹部がそれなりに残っているので、防衛に問題はない。カイドウやリンリンが動くようならすぐにわかるし、一番何をやってくるかわからない世界政府も、まだこの程度のやり方なら対処出来る。

 ……懸念があるとすれば、港に船がないのにどこからこの島に上陸したのか、ということくらいだ。

 デキュリアが手引きしたのだろうが、それも締め上げて吐かせる必要がある。

 

『伝えておくのはそれくらいか』

「そうですね……私は元々メア女王の護衛として、それほど長くいるつもりはありませんでした。ですが、こうなった以上はしばらくいた方がいいでしょうか?」

『そうだな。メアの身はしばらく危険だろう。しばらくはそちらに付いていていい。必要なら人員は追加で出す……限度はあるが、金も物資もな』

「ありがとうございます」

 

 やるべきことは決まった。

 通話を終えて一息つく。小紫には後ほど伝えるとして、リエンナはまずメアの下へと向かうことにした。

 

 

        ☆

 

 

 メアはいつも通り執務室にいた。

 護衛には小紫がついており、彼女は狐の面の上からでもわかるほど暇そうにしていた。

 上の空に見えるが、実際はゴロゴロの能力と見聞色の覇気を利用して帝都中の会話を盗聴して処理しているのだろう。ある程度絞っているハズだが、帝都の人口を考えればそれでも膨大な情報量だ。

 リエンナは集中している小紫の脇を抜け、メアへと近づく。

 一瞬小紫の気配が向いたのがわかったが、リエンナだとわかると再び盗聴に集中し始めた。

 

「お疲れ様です、女王陛下」

「ああ……リエンナか。昨夜はご苦労だったな」

 

 昨日の一件からロクに休息も取れていないのだろう。メアは一目でわかるほど色濃い疲労を見せていた。

 ただでさえ身内の不祥事に加え、仲良くしていたハズの家臣の裏切りに、世界政府からの干渉だ。事後処理に忙殺されて休む暇がないことも含め、彼女にはあまりにも負担が大きい。

 カナタは基本的に国への内政干渉を好まない。それは彼女自身の経験に基づくものか、あるいは歴史を学んできた結果によるものかはわからない。だが、少なくとも植民地は往々にして身銭を切らされる場合があると認識していることは確かだった。

 だからこそ、今回ロムニス帝国に手を出すことの重要さを、リエンナは十分に理解しているつもりである。

 

「ひとまずの危機は去った。そなたの護衛としての仕事も終えたと言えよう。いつ帰るつもりだ? 見送りくらいはしよう」

「いいえ、陛下。私は──私と小紫は当分この国にいるつもりです」

 

 リエンナの言葉に、メアは手に持った書類から顔を上げて目を丸くした。

 

「だが、暗殺を企んでいた母上は既に捕らえた。もう危険は無かろう」

「いいえ。まだ残党が残っている可能性があります。何より、我々のボスが陛下に手を貸すことを決ました」

「……そうか。カナタ殿が……」

 

 堂々と内政干渉をすると宣言されたのだ。メアとしても気分は良くないだろう。

 だがそれを分かってでもやらねばならない。事実としてデキュリアの影響力はこの国において極めて大きく、膿を出すには相応の出血を強いることになるからだ。

 それに、メアはカナタと幼少期より付き合いがある。こういったことが無ければ干渉してくることはなかったと考えれば、自身の不甲斐なさにこそため息が出てしまう。

 結局、誰にとってもメアは不要な人間だったのだと思い知らされている気分だった。

 

「カナタ殿はこの国が欲しいのだろう? ならば、いっそのこと余の首を獲って国ごと奪ってしまえば話は早いのではないか?」

「まさか。あの方はそういったことを望みません」

「そうか? あの御仁ならばやれそうだが」

「今、我々は世界政府と敵対状態にあります。これ以上我々が手を割いて対応しなければならないことを増やすことは避けたいのです」

「……そうだな。やることが多い中で国政までやるほど余暇はないか」

 

 メアは手に持った書類を置き、背もたれにもたれかかる。

 ひどく疲弊している顔だ。精神的にも追い詰められている。放っておけば、少々マズイと思うほどに。

 

「時に、陛下」

「なんだ?」

「ボスは必要なものを供出する用意があると言っていました」

「供出? 一体何を出すというのだ」

「人、金、物資──必要なものなら大抵は」

 

 それを聞き、メアの疲れた目に力が入った。

 メアの頭を悩ませていたのは、帝都の火事によるものと、悪魔化した兵士にやられた兵士の見舞金と、これまで汚職に手を染めていたデキュリア派閥の者たちの横領によるものが大半を占めていたからだ。

 〝黄昏〟の支援を受けられるとなれば、これらの悩みを一気に解決出来る。

 無論のこと、完全に無利子での貸付にはならないだろうが……国庫の中身を気にせず国家運営が出来るとなれば、話は少々変わってくる。

 

「武官、文官、支援物資に当座の資金……なるほど、それなら〝黄昏〟の属国になるのも悪くはないな!」

「いえ、属国になるわけではないと思いますが……詳しくはまたボスと会談をお願いします」

「そうだな。そなたの立場では下手なことは言えぬであろう」

 

 メアは先ほどの悲痛ささえあった表情から一転、目の下のクマこそ消えていないものの、頭を悩ます原因が解決する目途が立って上機嫌になった。

 内政干渉ではあるものの、あくまで協力という立場を崩さない〝黄昏〟の立場にメアは疑問を覚えるものの、まぁカナタがそう考えてるならそれでもいいかと考えることを止めた。

 どうせ支援を受けねばこの国は早晩崩れる。メアはそう考えていたし、それが防げるのなら海賊の支援でもなんでも受けるつもりであった。

 

「うむうむ! 光明が見えてきたな! 小紫はアドニス公と共に王宮内の不穏分子を片付けてくれると言うし、余も大助かりである! いっそこのまま帝都ごと作り変えてしまうか!!」

 

 徹夜のテンションなのか、もうヤケクソになったのか、メアは異常なテンションでおかしなことを言い始めた。

 色々とやるべきことは残っているが、もう彼女はこうでもしないとやっていられないのだろう。

 

「そなたにもしばらく付き合ってもらうぞ、リエンナ!」

「……仰せのままに、女王陛下」

 

 短期間の護衛任務で済ます予定だったが、しばらく帰れそうにないな、と悟るリエンナ。

 リエンナはジュンシーの子供の中では才能も運も持って生まれてきたが、同時に何かと仕事漬けになるところまで父親の悪いところまで受け継いでいた。

 




帝国動乱編、終了です
なんか色々ぐだったけどまぁええかの気持ち。次はエルバフ関連の予定です
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