ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第三十話:命まで届く正義の雨

「──既に戦っているな」

 

 超カルガモ部隊に港近くまで送ってもらい、誰にも見つからないところで降りて街へと移動する。

 海軍と戦闘が始まっているようだが、それほど苦戦してはいないらしい。

 ただ、多数の軍艦が包囲網を作りつつある。強い海兵はいないが囲まれると厄介だ。

 

「随分と動きが早いな。事前に準備でもしていたのか?」

「正義感が強いやつはどこにでもいるものだ。これだけ用意周到に準備されてるなら早い段階で通報されていたのだろう」

 

 だが、間一髪で囲まれる前に出航は出来そうだ。

 包囲網を作られると厄介なので先に軍艦を沈めておく必要があるが、それはカナタ一人でいい。

 

「私は先に包囲網を崩す。お前たちは戻って船を出せ」

「任せろ! おれも暴れるぜ!」

 

 話を聞いていたのか怪しいサミュエルを連れ、ジュンシーは先に船へと向かう。

 カナタが軍艦の方へと向かっていったのを確認し、ジュンシーは港で海兵相手に大立ち回りをしているゼンとフェイユンに声をかける。

 

「船を出す! 二人とも船へ戻れ!」

「はい!」

「承知しました!」

 

 次々に現れて発砲している海兵をフェイユンが薙ぎ払う。巨人族の海兵は交じっていないようで、彼女を止められるものがいないらしい。

 これ幸いと混乱に乗じて船に乗り込み、すぐさま船を出す。

 カナタがどこかの軍艦を沈めて包囲網を崩せば、そちらから抜けられるだろう。

 

「……あれだ。随分と派手にやったな」

 

 海中から突き上げるように発生させた巨大な氷の槍が軍艦を貫き、風穴を開けて上空へと吹き飛ばしている。

 まだ何隻か軍艦がいるが、一隻沈めればそこから穴を作れる。そちらに向かうよう指示を出し、ゼンとジュンシーは砲撃から船を守るために動くことにした。

 カナタは次々に軍艦を沈めていき、包囲網を崩して船に戻ってきた。

 だが、顔は苦々しい。ジョルジュはどうしたと声をかける。

 

「乗っているのは雑魚ばかりだが、全部は相手をしていられない。大将ゼファーがこちらに向かっているらしい」

「何ィ!? だが、マリンフォードからここまで来るなら相当日数が……」

「奴はすぐそこまで来ている。既に私の見聞色の範囲内にいるからな」

 

 カナタが感知出来るということは、あちらも感知出来ていて不思議ではない。

 出来るだけ軍艦の数が少ない場所を崩したが、間違いだったかもしれないとカナタは沈めた軍艦がいた方向を睨みつける。

 逆側に今から逃げるのも難しい。将官こそいないようだが、中佐や大佐クラスはそこそこいるようだ。

 

「少し長期間この国に居すぎたな。追われる側としての意識が足りなかったらしい」

「それは……そうかもしれねェな。だがどうするんだ、海軍大将だぞ?」

「私はゼファーの相手をする。お前たちで軍艦を切り抜けられるか?」

「なら、私が!」

 

 フェイユンが手を上げる。

 アラバスタにほど近い浅瀬の海なら巨大化すれば十分戦えるだろう。それに、軍艦という移動手段を沈めておけばゼファーも追っては来られない。

 あとは防御に人員を割り振り、ゼファーを足止め出来れば問題はない。

 ゼファーの足止めが一番の問題なのだが、これはカナタに任せるしかないだろう。

 

「──そら、来たぞ!」

 

 遠目に見える軍艦から〝月歩(ゲッポウ)〟で空を駆けてくる紫髪の大男。

 スコッチが持ってきた槍を手に飛び上がり、まっすぐ突っ込んでくるゼファーを空中で蹴り飛ばして迎撃するカナタ。

 それを片手で防ぎ、ギロリとにらみつけるゼファー。

 

「──お前が〝竜殺しの魔女〟か」

「──そういうお前が〝黒腕〟だな」

 

 互いに武装色を纏い、バリバリと空気を引き裂くような音を響かせて弾かれるように距離をとった。

 カナタは船を守るように海上に立って広範囲に氷の足場を作り、ゼファーもまたそこへと降り立つ。

 出方を窺うように視線を動かすゼファーが、おもむろに口を開いた。

 

「随分と若い……その年でこれほどまでに覇気を扱えるとは、驚異的だな」

「あいにく、これくらいやれねば生きてはいられなかったのでな」

「そういう環境で育った、か……センゴクが取り逃がしたというのも納得だ。加えて自然系(ロギア)の能力者とは……骨が折れそうだぜ」

「捕まるつもりはない。監獄の中などつまらんからな」

「抜かせ。仲間共々インペルダウンにぶち込んでやる」

 

 一瞬で距離を詰め、武装色で黒く硬化した腕を振るうゼファー。

 カナタは槍に覇気を纏わせ、その一撃を受け止める。

 ビリビリと衝撃波が辺りに飛び散り、一歩も引かずに拳と槍をぶつけ合う二人。

 

「海軍大将相手に一歩も引かねェたァな!」

「逃げてばかりいられる相手でも無かろう! それとも引けば見逃してくれるのか?」

「まさか! お前はここで終わりだ!」

 

 拳を振りかぶったゼファーは一際強烈な一撃を振り下ろし、それを受け止めたカナタの足場へ放射状にヒビが入る。

 舌打ちして堪らず距離をとり、ゼファーはそれを許すまいと距離を詰めにかかった。

 見聞色の未来視にも精度がある。より鍛錬を積み、経験を積み上げたゼファーのそれはカナタの見聞色を上回って余りある。

 

「逃げられると──思うなァ!!」

 

 武装硬化した拳が深くカナタに突き刺さる。

 大きく吹き飛ばされるも、ダメージはそれほど大きくない。立ち上がって軽くせき込み「容赦のないやつだ」と吐き捨てた。

 ゼファーは流石に目を丸くした。それほど簡単に立ち上がるとは思っていなかったのだろう。

 

「随分と頑丈だな。加減した覚えはねェんだが」

「手加減が苦手な奴に鍛えられたものでな」

 

 かなり重い一撃だったが、何も無防備に攻撃を受けたわけではない。覇気を纏って衝撃を流している。

 それに、これくらい出来なければドリーやブロギーとまともに打ち合うなど出来はしない。

 カナタの言葉を聞き、にやりと笑ってゼファーはより強く覇気を腕に集める。

 

「そうかい。なら、次はもっと──」

 

 ゼファーが構えると同時に、巨大な爆発音が響いた。

 思わずそちらを見ると、巨大化したフェイユンが軍艦を持ち上げて次々に投げ飛ばしている。太腿まで海に浸かっているのでそれほど力は出ないのだろうが、それでも軍艦を持ち上げるには十分らしい。

 軍艦同士がぶつかり、火薬に引火して爆発を引き起こして炎上した。

 燃え上がる軍艦を目にして、ゼファーは思わずといった様子でつぶやいた。

 

「なんだありゃあ……お前らの船にはバケモンが乗ってんのか?」

「化け物とはまた随分な言い草だな。悪魔の実の能力者なら誰だって化け物だろう。私もそうだし、センゴクもな」

「……そうだな、こいつは失言だった」

 

 だが、カナタは最初に足場を作った以外に能力を使うそぶりはない。能力にかまけて鍛えることを怠った能力者は多く見てきたが、それとはまったく違うタイプだ。

 ゼファーは気を引き締めて殴りかかるも、それをカナタは槍で防ぐ。

 

「距離は十分だろう。これなら()()()()()()()()()()()()()()

「テメェ──」

 

 吐息が白く染まる。

 空気が身を切るほどに冷たくなっていく。

 砂漠の国アラバスタの近海でこれほどまでに気温が下がることなどありえない。

 あり得るとすれば、ただ一つ。

 

「強力な能力というのも意外と頭の痛い問題でな。こうでもしなければ味方にまで被害が出てしまう」

「……そうかい。なら、それに見合うだけの強さってのがあんだろうな」

「論じるまでもない。気合を入れろよ、大将ゼファー。気を抜けば一瞬で凍り付くぞ」

 

 視界を埋め尽くすほどの氷の槍が、ゼファーを串刺しにしようと吹き荒れる。

 それを見聞色で最低限のものだけ見分けて武装色の覇気を纏った腕で弾き、視界から消えたカナタの奇襲を受け止める。

 受け止めた腕が少しずつ凍り始め、ゼファーは咄嗟にカナタを弾き飛ばして距離をとった。

 武装色の覇気を纏っていても、触れている状態ならば凍結を止められない。

 

「しかもこの寒さで体力を奪う、か……手慣れているな」

「お前のような格上と戦ううえで、どうやれば有利になるか考え続けた結果だ。こうでもせねば止まらないだろう」

 

 見聞色でも武装色でも、ゼファーは積み上げた年月が違う。カナタがそれを上回るためには悪魔の実の能力に頼るほかにない。

 

「末恐ろしい小娘だぜ……やはり、逃がすわけにはいかねェな」

 

 身を切る冷気の中でも、全身を武装硬化してしまえば多少は軽減できる。

 鍛え上げ、積み上げた腕っぷしの強さこそがゼファーの強みだ。これまでからめ手を使ってもなおカナタからはまともに攻撃が通っていないのも合わせて、その強さは際立っている。

 しかし、長期戦になればこの寒さは不利だ。

 

「気合入れろよ……さっきまでのように甘くはねェぞ!!」

 

 咄嗟に覇気を纏ってゼファーの拳を片手で受け止めるも、そのあまりの衝撃にミシミシと嫌な音が鳴る。

 堪らず距離をとるもすぐさま詰められ、怒涛の連撃を槍一本でしのぐ。

 カナタの見聞色がゼファーの見聞色を上回らない限り、逃げ切ることは難しいだろう。背後ではフェイユンの手によって軍艦が次々に沈められているが、それでもまだ逃げるには時間が要る。

 救いといえば、ゼファーが〝不殺〟を貫く海兵であることか。

 

「殺す気ならすぐにでもやれただろうに、甘いことだな……!」

「お前を恨みたい気持ちもあるが、おれの正義は曲げねェ。殺しはしねェよ!」

 

 どんな海賊であっても殺さずインペルダウンに幽閉する。海軍の正義の体現者として動く彼が、唯一世界政府の命令で強制的にバスターコールを発令させられた事件。

 カナタが西の海(ウエストブルー)で使っていた二つの商船のうち、別れた船がマルクス島にあることで『関係あり』と判断されたために民間人を含めて虐殺してしまった。

 誰が関係者で誰が関係者ではないのか、海軍には判別する手段がなかったからこそ起きた事件だ。

 怒りはある。だが、それでも自分の正義を曲げてまでカナタを殺そうとはしない。

 それが、自分の正義を貫くことだと信じているからこそ。

 

「今回はバスターコールはなしだが、センゴクもこっちに向かってる。お前らに逃げ場なんざねェ!」

「お前に加えてセンゴクの相手などしていられんな。さっさと逃げさせてもらおう」

「逃がすわけが──ねェだろう!!」

 

 ゼファーの拳がカナタの拳とぶつかる。

 衝撃でカナタの体が氷の破片となって砕け散り──キラキラと海上でダイヤモンドダストのように輝く。

 その中でゼファーは背後から来るカナタの槍を伏せることで避け、その腹部へと黒腕を叩き込む。

 再びカナタの体は氷の破片となって砕け、黒く染まった槍だけが空に浮かぶ。

 氷の破片が目くらましとなる中で、猛烈な吹雪が局地的に発生する。

 

「凍り付け──!」

 

 全身を凍り付かせる強力な冷気がゼファーに襲い掛かり、一瞬でそのすべてを凍り付かせる。

 だが、程なくヒビが入って内側から破られる──が。

 カナタの姿はどこにもない。空に浮かんでいた槍もご丁寧に回収して姿を消している。

 

「……逃げたか。判断の早いことだ」

 

 一瞬、確かに凍った。

 あの一瞬だけは意識が途切れたため、ゼファーの見聞色も機能しなかった。そこでゼファーに攻撃することではなく逃走を選んだ辺り、千載一遇のチャンスでも目的を見失わない冷静さがあるのだろうとゼファーは認識した。

 もちろん、攻撃されたとて対応できる自負はあるが……今は、沈められた軍艦に乗っていた海兵の救助も急ぐ必要がある。

 

「──〝竜殺しの魔女〟か。お前は、必ずおれが捕まえる。首を洗って待っていろ」

 

 

        ☆

 

 

「まったく、死ぬかと思ったぞ」

「戻ってきて開口一番それか」

 

 実際ギリギリだった。

 氷の破片による目くらまし、見聞色を欺くための凍結など、色々と手段は用いたが手ごたえは薄い。あれで逃げ切れたのも運が良かった。

 ゼファーには慢心も油断もなかった。偶然も多分にあるだろうが、沈んだ軍艦の味方を救助しに向かったのだろう。

 何度か攻撃を受けたのもあって体が痛む。軍艦が追って来る気配もないため、しばらくは大丈夫だと思いたい。

 

「怪我はあるのか?」

「打撲だ。大したことはない」

「それを決めるのは船医である僕の仕事だ。いいから傷を見せろ」

 

 やや強引ともとれる言い方で、スクラが無理やり医務室に引っ張っていこうとする。

 その前に、カナタは指示だけ出しておくことにした。

 

「スコッチ、私は少し休む。行先はわかっているだろうが、ドラム王国だ」

「ああ、〝永久指針(エターナルポース)〟を頼りに進めばいいんだろ」

「そうだ。それと、フェイユンもよく頑張ってくれた。助かった」

「えへへ……私、次も頑張りますね!」

 

 ふんすと気合を入れるフェイユン。それにカナタは笑みを浮かべ、しばらくは海軍を警戒しながら進むように指示を出す。

 しばらく休みたい。こんなところでいきなり海軍大将とぶつかるとは思っていなかったのもあり、だいぶ消耗した。

 致命的な一撃こそ貰わなかったが、細かくダメージは受けている。

 次は正面から打ち倒せるくらいに強くならねばと考えながら、スクラに連れられて医務室へと向かった。

 

 

        ☆

 

 

 次の日。

 カナタの懸賞金が更新され、更にフェイユンも手配書が作られていた。

 

 〝巨影〟のフェイユン。懸賞金八千万ベリー。DEAD OR ALIVE(生死問わず)

 

 〝竜殺しの魔女〟カナタ。懸賞金四億ベリー。 ONLY ALIVE(生け捕りのみ)

 




フェイユンの異名でいいのが思い浮かばなかったのでそれっぽい感じに。


END 代償/ドラゴンキラー

NEXT 追走劇/チェイスバトル・グランドライン

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