2年間、〝黄昏〟の快進撃は続いた。
〝白ひげ海賊団〟のナワバリの平定を終えた後、真っ先に彼らが手を付けたのはラジオを使った海軍と世界政府への疑念をばらまくことである。
〝英雄〟は倒れ、インペルダウンに攻め込んだカイドウ達よりもカナタの討伐を優先した海軍のことをこれでもかと喧伝し、海軍は必ずしも市民の味方ではないと悪評をばらまいた。
それは、これまで〝黄昏〟の築いてきた信頼が下地になっていることも理由の一つだろう。
その武力でもって海の治安を守ってきたとはいえ、物資を運んで直接的な交流さえあった〝黄昏〟の影響力は海軍の想像していたよりも強かった。
──何しろ、生活の要である物資の輸出入を握っているのだ。
水面下で不満があろうと、表に出せば必需品が手に入らなくなるかもしれない。
海軍に状況の是正を求めれば、彼らは「商人ではない」の一点張りで役に立たない。
もちろん、情報戦を仕掛けた側であるカナタが有利とはいえ、そう簡単に事が運ぶものではない。
「便利なものだな、マネマネの実は」
報告書を確認しながら、カナタはぽつりと呟いた。
顔に触れることさえ出来れば誰にでも顔を変えられる。上手く使えばどこにでも入れて、怪しまれることなく噂話をバラまける。
カイドウやクロコダイルがこの能力者を重宝した理由がよくわかるというものだ。
上手く使えば国を落とせる。使い方を間違えなければ世界政府にさえ傷を入れられる。
疑念も疑心も、最初は少しずつでいい。世界政府加盟国に少しずつ広げていけば、いずれ何もせずとも加盟国から離反する国も出てくるだろう。
天上金という多額の金を払っているにも関わらず、海軍に守ってもらえないのでは天上金を支払う意味がない。海賊に蹂躙されるなら非加盟国になったところで同じことだ。
そうなると、〝黄昏〟か、あるいは他の四皇のナワバリとして認めてもらえるよう動く。世界政府という巨大な機構は末端から腐り落ちていくのだ。
後は海軍の力を削いでいけばいずれ──と考えていたところで、カナタの電伝虫に連絡が入る。
『────』
「……そうか。わかった、すぐそちらに行く」
簡素な報告を受けたカナタは、読みかけの報告書を机に置いてすぐに部屋を出た。
☆
〝ハチノス〟にはかつて金鉱脈が眠っていた。
元々犯罪者の流刑地として使われていたものの、金鉱脈が見つかったことで価値が跳ね上がり、流れ着いた犯罪者たちが自分たちで掘り出して資金源にしていた過去がある。
ロックス海賊団はこの島の奪還を政府から請け負って金を貰い、しかし政府に渡すことはなく自分たちで運営することで多額の資金を得ていた。
ロックス海賊団壊滅後は王直がこの島の総督となり運営していたものの、オクタヴィアの手によって蹴りだされ、一時は誰も住まない無人島になっていた。政府が手を出そうにも、この島を狙っている海賊が多いために採算が合わないと判断して手を出しあぐねていたのだ。
最終的にカナタが〝ハチノス〟を奪い取り、今に至る。
──つまるところ、この島には今なお金鉱脈が埋まっており、地下にはかつて掘削するために使われていた坑道がいくつもある、ということだ。
カナタと千代、それにティーチはこの坑道の中を移動していた。
「いつ来ても辛気臭い場所だぜ、まったく。狭いしよ」
「文句を言うな。スパイ共の目から隠すにはここが一番なんだ」
「ま、理解は出来るがのう」
薬品を使って坑道の壁そのものはガチガチに固めてあり、崩れないようにはなっている。
比較的最近入った蝋の能力者に協力してもらい、ところどころ補強も施してあるくらいだ。不快なのはやや湿気があるからだろう。
物資の輸送のためにトロッコのレールも敷いてあるが、いくつも分岐していて、情報なしに入り込めば迷うこと間違いなしの場所である。
「はぐれるなよ。迷子になっても知らんぞ」
「姉貴はおれを何歳だと思ってんだ……」
「昔、好奇心のままに入り込んがバカがいて三日探し回る羽目になったからな」
「うっはっは! そんな阿呆がおったのか!」
最弱でありながらも陽気な男のことを思い出しつつ、カナタは坑道を進んでいく。
アリの巣のように複雑に分岐している坑道の奥には広いスペースがあり、何人もの科学者たちが死んだようにそのあたりに倒れていた。
目を丸くする千代とティーチだが、カナタは気にすることなくゾンビのように動いている科学者を捕まえる。
「例の物が出来たと聞いた。シーザーはどこだ?」
「ああ……あいつならあっちです」
目の下に隈の出来ている科学者は、それだけ言うと限界を迎えたのか、椅子に座り込むなり机に突っ伏して寝始めた。
最後の追い込みをやっていたためか、誰も彼もが力尽きているのだ。
カナタは一瞥して指さされた方向へと歩きだし、程なく目的の人物を見つけた。
徹夜のハイテンションのためか酒瓶を片手に高笑いをしており、ありていに言って悪のマッドサイエンティストそのものだった。
「シュロロロロロ!!! ようやくだ!! これで文句ねェだろ!!! あの魔女め、このおれをアゴでこき使いやがって!!! 新鮮な研究で楽しかったのは事実だが、女に指図されるのは気に食わねェ!! 覚えてろあのアマ!!!」
「そうか。楽しかったのなら結構だ。では研究成果を聞こう」
「…………ん???」
ソファに座ったまま浴びるように酒を飲んでいた手をピタリと止め、シーザーはカナタの方を向く。
シーザーは二度、三度とまばたきをし、目頭を押さえた。
「……いかんな。徹夜と酒で幻覚が見え始めた。流石に寝るか……」
「いや、せっかくここまで来たんだ。報告だけ先に聞かせてもらおう」
「…………ほ、ほんもの?」
「偽物に見えるのか? もし必要なら目を覚ますのを手伝ってやってもいいが」
ひゅっ、とシーザーは息を呑み、酒瓶を置いて静かに床に土下座した。
☆
シーザーは媚びへつらったように笑みを浮かべ、揉み手で研究所を案内するように先行する。
坑道をくりぬいて作った研究所なので少々見目は悪いが、資機材は最新のものが使われている。危険な研究もすることがあるので、被害が拡大しないように地下に作っているのだ。
「これが、アンタに頼まれてたものだ」
一見すると、それはただの石塊だった。
だが、これこそがカナタの求めていたものである。
「要望通り、安定した燃料だ。保存もしやすい……アンタの言ってた〝弾道ミサイル〟の燃料になるものだ」
カナタがシーザーに求めた物は二つ。
ロケットの燃料に成り得る〝固体燃料〟か〝液体燃料〟のどちらか。
液体の方が出力は高いが、扱いには難が残る。出来ることなら安定していて扱いやすい固体燃料の方が望ましい。
そこから始まった研究だが、最終的にどうなるかはわかってもカナタは詳しい成分まではわからない。なので優秀な科学者が一人でも必要だった。
「素晴らしい。これがあれば私の目的も達成出来るだろう」
「〝弾道ミサイル〟ねェ……本当に使い物になんのか?」
「確かに便利そうではあるが、船に載せて移動手段にした方がいくらかマシにも思えるがのう」
遠距離から大打撃を与えられる、という意味では確かに有用性は高く思える。
だが、超長距離からの攻撃を前提とするなら防ぐ手段はいくらでもある。大砲の玉でさえ目視で防ぐことが可能なのだ。大きさにもよるが、それ以下の速度で攻撃したところで通るとは思えない。
2人の疑問は、しかしカナタによって否定された。
「これは推進剤だ。これがあれば、
「……!!」
「なるほどのぅ……」
つまり、
もちろん、今でも能力者の手伝いがあればマリージョアへの攻撃は可能である。ジョルジュのフワフワの能力などがその最たるもので、空中から爆撃機のように爆弾を落とすだけでも効果は出るだろう。
だがそれはひとりの能力者に依存する。
しかしこの兵器が開発された以上、これまで安全だった聖地マリージョアは安全ではなくなる。
それは、これまで安穏と過ごしてきた天竜人にとってどれほどの劇薬となるのか。
「使い方には気を付ける必要があるが……戦争は姿を変えるだろう」
そして、この兵器を最大限運用するために必要なものがある。
「リンリンの持つ〝ソルソルの実〟の力があれば、この兵器は最悪の力を持つことになる」
現時点では最低限の誘導能力しか持たないが、ソルソルの実の力によってホーミーズに出来れば
超長距離攻撃出来る兵器が自立稼働して敵に向かうのだ。これ以上の脅威はない。
「てことは、姉貴の次の狙いは──」
「ああ、当然だ」
世界政府の意識を分散させる、という目的のために百獣・ビッグマムの海賊同盟は残している。
だが、それを上回るメリットがあるとなれば、海賊同盟の討伐に意欲的になるのも道理だろう。
もちろん、百獣・ビッグマムの海賊同盟を相手取ることによる〝黄昏〟の損耗には極めて厳密に考える必要があるものの、既に兵力では上回っているのだ。負けるつもりはない。
「次の狙いは〝ビッグマム〟シャーロット・リンリン──〝ビッグマム海賊団〟を潰し、〝ソルソルの実〟を奪う」
〝白ひげ海賊団〟を呑み込み、〝赤髪海賊団〟と同盟を結んだ。
今や〝黄昏の海賊団〟の勢力は四皇の中で最大規模。臆する理由などどこにもない。
それに、リンリンとカイドウを斃すことはカナタとしても出来る限り達成しておきたい目標だ。誰にも言っていないが、ロックス海賊団の完全壊滅は彼女の目的の一つである。
この新兵器を利用する策を練るために、ティーチと千代には実物を見せた。入念に策を組み立て、出来る限り損耗を少なく勝利するために。
「ゼハハハハ……!! 面白くなってきたじゃねェか!」
「うっはっはっは!! 腕が鳴るのう!!」
カナタの言葉を聞いてなお、ティーチと千代は笑みを浮かべて見せた。
長く戦い続けてきた怪物を滅ぼすために。
次章予告!
「手長族、足長族、蛇首族に三つ目族!
多くの種族が暮らす国に、クソッタレのバカ野郎どもが攻め込んで来やがった!
奪い奪われるのが海賊の常だ、文句は言わねェ! だがただでやられると思ってるならチョコレートより甘いんだよ!!
おれをナメてんじゃねェぞ!! 一人残らずぶっ潰して、全員おれの
次章、多種混血王国トットランド/天候を従える女
お前におれが倒せんのかい!? おれァ〝ビッグマム〟だぞ!!!」
次章予告その2
「多くの種族が住まう国、
広い海の中でもあまり見ないような珍しい種族さえ、収集のために島に住まわせ自ら子を産んでいる。
けれど、彼女には罪があって、私たちは罰を求める。
尊敬する人を、敬愛する人を、彼女は容易に辱めて殺すから。
私たちは、決して彼女を赦すことはないでしょう。
次章、多種混血王国トットランド/天候を従える女
抵抗するなら、全部ぷちっと潰しちゃいますよ」