ブン、ブンと空気を切り裂く鋭い音が響く。
空気の薄い空島で、ひたすらに金棒を振るう男──カイドウ。
先の戦争でこの男は誰かに負けたわけではない。かといって目立った戦果を挙げたわけでもなく、〝最強生物〟と呼ばれながらもそれにふさわしい暴れっぷりを見せたとは言い難い。
本来、カイドウが暴れれば辺り一帯が更地になることも珍しくないのだ。直接的な被害をひとりも出さず抑え込めたのは奇跡に等しい。
抑え込まれた側としては、それを赦せないと感じるのもまた当然の話である。
「フゥ──」
一撃一撃に殺意を込める。
標的など言うまでもない。
別に恨みがあるわけでも、その女個人が嫌いなわけでもない。
ただ、そいつが強いと思った。だから倒したいと思った。それだけのことである。
それ以上の理由など不要だし、あったところで意味もない。
「カイドウさん」
そうして自らを鍛え上げていると、右腕たるキングが声をかけてきた。
鍛錬の途中だ。無視してもいいが、キングは鍛錬中に話しかけると機嫌を損ねることを理解して声をかけてきている。
つまり、大抵ろくでもない理由があるのだ。
カイドウは大きく息を吐き、金棒を肩に担ぎなおして振り向いた。
「何があった?」
「〝黄昏〟の動きがおかしい。物資の値段が少しずつ上がってる上、また幹部共が集まり始めているようで」
「ウォロロロロ!! あの戦争からたった二年しか経ってねェってのに、また戦争をやる気か!?」
〝白ひげ海賊団〟を呑み込み、海軍と百獣・ビッグマムの海賊同盟を同時に相手取った戦争において、カナタはシャンクスと手を組んだ。
シャンクスは最終的に決着を付けずに戦争を終わらせることを選んだが、その気になればあの時カイドウとリンリンの首を獲ることも可能だった。
どういう理由があったのかまではわからないが、それが解消された、ということだろうか。
いずれにせよ、戦争をやる気ならカイドウとしても望むところである。
「〝飛び六胞〟と〝ナンバーズ〟は?」
「大半が出てるんで呼び戻してます。取り急ぎ、カイドウさんに報告をと」
〝百獣海賊団〟は無法者の集まりだが、カイドウという絶対強者の指示は無視出来ない。ただ強いという一点だけで多くの海賊を従え、纏め上げるカリスマは流石の一言と言えよう。
そして、この二年間──彼らとて何もしてこなかったわけではない。
「
「士気はそれなりに高いようです。少なくとも、臆してる様子はねェかと」
「結構なこった! 〝超新星〟なんて呼ばれて図に乗ってるガキどもかと思ったが、肝が据わってるじゃねェか」
〝百獣海賊団〟に下った新入り達。カイドウは自身へ反抗するだけの鼻っ柱が無いことを残念に思いつつも、純粋に戦力が増えたことを喜んでいた。
戦争をやるなら頭数は多いに越したことはない。
カイドウはにやりと笑う。
「準備を整えてるなら話は早ェ。他に攻め込むよりも早く、おれ達が攻め込んでやる!!」
カイドウが求めるのは、ただひたすらに暴力だけがものを言う世界だ。
力による支配を。
強さによる暴虐を。
強い者こそが絶対であるという、ある種清々しいほどに弱肉強食の世界をこそ望んでいる。
「準備を急げ、キング! おれ達こそが、この海の支配者に──〝海賊王〟になる!!」
☆
今、〝新世界〟の海はおおよそ三つの勢力に分かれている。
〝世界政府及び海軍〟
〝百獣・ビッグマムの海賊同盟〟
〝黄昏・赤髪の海賊同盟〟
勢力で言うなら海軍と四皇はそれぞれが同等だとされる。その中で、四皇がそれぞれ同盟を組んでいる今、政府と海軍の勢力が相対的に弱まったと言える。
これに焦りを覚えたためか、新元帥であるサカズキは世界政府の許可の下〝世界徴兵〟を発令。世界政府加盟国から海兵として実力者たちを徴兵した。
無論のこと反発も多かったが、皮肉にもカナタが世界中へ流した戦争の映像が「より強い海軍」を求める民意を形作った。
グラグラの実の脅威。〝最強生物〟と称される怪物。天候を操って暴れまわる女傑に、それと戦うあらゆる物体を自身の武器にする海賊。
そして何より、民衆の人気が高い〝英雄〟を斃す〝魔女〟──いまや〝雷帝〟と称される女の姿。
もはや自然災害と何も変わらないほどの強者たちを目の当たりにして、なおかつそれが自分たちに向けられない保証はないと知った。海軍の戦力補強をと願うのも仕方のないことだろう。
「──それで、世界徴兵で海軍大将を?」
「ああ。藤虎に緑牛……海兵としての訓練や教習は受けているだろうが、生粋の海兵とは言い難い。動きが読みにくい相手だ」
藤虎ことイッショウ。
緑牛ことアラマキ。
世界徴兵で大将になっただけあって、その実力はベルクやボルサリーノと比べても遜色ない。
『へェ、強いのか?』
「
〝黄昏〟の幹部たちが集まる部屋で、映像電伝虫越しに尋ねるシャンクスに対し、カナタは簡素に答えた。
素性はあらかた調べ上げた。実力は確かに大将として遇するに値するのだろうが、それはあくまでも実力だけを見てのことだ。
思想まで海兵に相応しいとは言い難い。
……もっとも、生粋の海兵とてロクデナシは相当数いる。下を見れば海賊と変わらないような連中もいる以上、これでも相当マシな方と言えるだろう。
「私も直接矛を交えたわけではない。これまでの経歴から実力を想定しただけだが、大きくは外れていないだろう」
問題は、これまで三大将という体制でやってきた海軍が四大将に変わったことだ。
指揮系統の問題もあり、基本的に将官というのは席の数が決まっている。ましてや海軍大将にはバスターコールの権限もあるのだ。軽々に増やせる席ではない。
それでも増やした以上、何かしらの理由があると見るべきだが……今のところ確信は得られていない。
なので、現段階では確定していないことを長々と話すつもりもなかったカナタはさっさと話題を変える。
「ここ最近のルーキーの動きはどうなっている?」
『こっちは特に何も』
『革命軍も特に接触はない』
映像電伝虫越しとはいえ、シャンクスとカナタ、それにドラゴンが一堂に会するこの状況はある種の威圧感が凄かった。
もっとも、当人たちは古い知り合いだ。それほど気負うこともなく会話を進めている。
「うちは何かあったか?」
「あったといえばあったのう。ほれ、〝キャプテン〟キッドとユイシーズがちょいとやりあったと言っておったじゃろ」
「ああ、そんなこともあったか」
同席しているジュンシーと千代、ティーチのうち、千代が中空を眺めながら思い出すように言った。
ユイシーズとキッドが同郷で、何やら因縁があったと言っていたが……最終的にぶつかって撃退したとだけ報告を受けたため、カナタとしてはそれほど印象には残っていなかったらしい。
ローとラミに関しては革命軍であることを秘密にしているため、事情を知っているカナタとドラゴンは話題に上げない。どこから漏れるかわからないため、口に出さないに越したことはないからだ。
それ以外だと、くまの娘であるジュエリー・ボニーの動向が逐一ドレークから報告されているくらいである。
「まぁ、特に我々に影響のあることではなかろう。リンリンとカイドウがルーキーを取り込んで戦力増強をしているくらいは想定の範囲内だしな」
『ルフィはどうなんだ?』
「あの子なら、つい先日シャボンディ諸島に向けて出発したと連絡があった」
『本当か!? ついにあいつもこっちに来るのか……!』
『へェ、ルフィがとうとう〝新世界〟入りかァ……』
元〝白ひげ〟の面々からエースがルフィについて質問し、カナタがそれに答える。シャンクスもルフィのことは気になっていたので、興味がないふりをしつつも興味津々で耳をそばだてていた。横で聞いているベックマンはその様子を見て笑いをこらえきれずに震えている。
魚人島へのルートは自分で何とかするだろうし、カナタとしても別に何かするつもりもない。そもそもこれから戦争なので割ける手もないのだ。
『……そういえば、あの子が随分と世話になったらしいな。礼を言う』
「気にするな。私とお前の仲だろう」
『フ……お前は相変わらずだな。それと、〝赤髪〟も〝火拳〟も、ルフィと仲良くしてくれたと聞く。この場を借りて礼を言う』
『いやァ、おれたちは別に何も! 面白れェガキがいると思ってからかってただけだしな!』
『おれも、ルフィのことは弟だと思ってる。礼を言われることじゃねェ』
ただ酒場でからかっていた子供のために腕一本差し出すことなど普通は出来ないし、ガープと繋がりがあったとはいえ全く見も知らない相手を兄弟として仲良くしてくれることもそうそうない。
ドラゴンは小さく笑みを浮かべる。ルフィは良い縁を結べたようだ、と。
脱線した話を戻すように、カナタがテーブルに巨大な海図を広げる。
カナタの拠点である〝ハチノス〟と、リンリンの拠点である〝
「本来は表に出すものではないが、ここには一応同盟相手と身内しかいないからな」
正確な海図や地図は軍事機密だ。軽々に表に出すべきものではない。
人海戦術と長い時間をかけて作り上げた海図は極めて正確に作られており、その海域の特徴も注釈されている。
そして、肝心な〝黄昏の海賊団〟と〝ビッグマム海賊団〟のナワバリも色分けされていた。
『わかりやすいな、これ』
『島だけでなく、海域も色分けしたのか?』
「島だけがナワバリではない。ナワバリになっている島同士を結ぶライン上も基本的にはナワバリと見なして良かろう」
〝黄昏〟は影響範囲が大きいので色分けされた部分も広いが、それは必ずしも有益なものばかりではない。
〝ビッグマム海賊団〟とナワバリを接するにあたって要衝に成り得る位置の島には常に監視と補給が必要だし、無人島を開発しても収益を得られるようになるまでは持ち出しがほとんどだ。
それに、世界政府加盟国は取引相手であってもナワバリではないところがほとんどだ。カナタが七武海であった期間が長いため、海軍の巡回ルートが〝黄昏〟のナワバリを通る形になっている場所もある。
なんとかしようにも、加盟国は恩恵を受けている場合が多いので海軍支持派だし、いざというときはこのルートを〝黄昏〟で押さえることも可能なので放置しておいた方が都合がいいという理由もある。
なので、現状のナワバリの図はマーブル模様のようになっていた。
「とはいえ、使われている海路は大まかに決まっている」
カナタは手早く船の代わりになる凸型の模型を色別に置いていき、行き来している船の数を可視化する。
〝
安全が確立された航路はそれほど多くはなく、必然的に使われる航路は決まってくる。
リンリンやカイドウの支配する海域はそれほど詳しい海図が手に入っているわけではないが、これまでの諜報活動で大まかには情報が手に入っている。物資の移動を目的とした安全な航路は比較的割り出しやすい。
「狙いはリンリンの首ひとつだ。真っすぐ本丸に向かっての斬首作戦が最も早いが、これは周りの島に配置される船に包囲されれば不利になる」
〝ハチノス〟から〝
それらを無視して移動する海路を取るのなら、伏兵が配置されたとき背後から包囲され攻撃を受けることになる。補給路を確保する意味でも、これらの島の制圧は必須である。
もっとも、陸地を通る補給路とは違って海路は基本的に破壊不可能なので、その点では気楽と言っていい。
……機雷でも撒かれれば話は別だが、それはリンリン達にとっても戦後処理が極めて大変だ。
情報を集め、利用する狡猾な部分こそあるものの、基本的には己の強さに自信のあるリンリンが取る行動ではないだろう。
「島を制圧しつつ向かう。リンリンが最前線に出てくることはない」
「……あの好戦的なババアが最前線に出てこない? そりゃ前提がオカシイんじゃねェか、姉貴?」
「いや、絶対に出てこない。何故なら、
〝ロード
カナタは既に三つの情報を手に入れており、石そのものも一つ確保している。
〝ゾウ〟と〝ワノ国〟にある石は写しがあるため、残るリンリンの持つ石の情報があれば抜け駆けして〝ラフテル〟に辿り着くことも可能になるのだ。
〝海賊王〟という称号に並々ならぬ執着をしているリンリンが、それを易々と許すはずがない。
既に一度出し抜かれてロジャーに先駆けされた以上、同じ失態をすることを恐れてリンリンが最前線に出てくることはないだろう。
少なくとも、自ら守りに行ける〝
『プライドを刺激するやり方だな……』
『〝ビッグマム〟も相当頭に来ているだろう。お前はそういうのが得意な女だと、改めて思い知らされた』
「あくまでリンリンが出てこないだけだ。カイドウと王直については気を付ける必要がある」
とはいえ、カイドウもリンリンと別行動をとって各個撃破されるのは避けるだろう。王直も同様に考えているとすれば、決戦場所は変わらない。
『配置はどうするつもりだよい』
「マルコ達は私たちと同行して攻め入る。革命軍は表立って動いてもらうつもりはない。シャンクスは政府と海軍に睨みを利かせてもらう」
『おれたちは前線に行かなくていいのか?』
「気を付けてはいるが、〝巨兵海賊団〟も出る以上はエルバフが政府に狙われる可能性もある。〝神の騎士団〟への警戒も必要だろう」
シャンクスの話を聞くに、御大──ネロナ・イム聖はカナタにいくらか執着があるようだし、〝黄昏〟の戦力を削る一環としてそういう手を打ってきても不思議はない。
邪魔は入らせないに限る。
なるほど、とシャンクスは納得したように頷く。
『じゃあ、うちの傘下の海賊を手助けに貸そうか?』
「いらん。足手まといを増やすな」
〝赤髪海賊団〟の傘下の海賊は弱いことで有名だ。本隊が実力者揃いの海賊団である分、余計に際立って見える。
そんな連中を応援に寄越されたところで何の役にも立たない。せいぜい物資の輸送に使えるくらいだ。
「ところで、宣戦布告したのはなんでだ? 奇襲の方が効果は高ェだろ?」
「島の住民に恨みを買うと戦後処理が面倒だ。一掃して丸ごと入れ替えるなら好き勝手にやってもいいが、それでは世界政府とやっていることが変わらんからな」
「……姉貴、本当に海賊らしくねェよな」
「誉め言葉と受け取っておこう」
あきれた様子のティーチは、カナタの返答に「処置無し」と言わんばかりに肩をすくめた。
だが、続く言葉に耳を疑う。
「カイドウを抑えるのは私がやる。肝心要のリンリンの首はお前が獲るんだぞ、ティーチ」
「ハァ!? おれかよ!?」
「バレットでも構わんが。その時はやつの方が使い物になるな、と私が思うだけだ」
「ぐ、ぬ……!!」
理屈はわかる。
カイドウは極めて強いフィジカルと極まった覇気の使い手だ。実力だけで言うならおそらくリンリンを越えている。
これを抑えるのは容易ではない。2年前の戦争では千代たち〝
バレットか、あるいはティーチが戦ったとしても、勝率は五分に満たない。その上
王直がいなければ、カイドウをティーチとバレットの2人がかりで抑えさせる手段も取れたが……今考えられる策ではこれが最善だった。
「わかったよ! やりゃあいいんだろ!!」
「その意気だ。最悪、ある程度消耗させればどうにかしようもある」
これらの作戦は既に千代と考えていたものだ。より良い意見があるなら聞くが、特に意見が出ることはなかった。
そもそも、ドラゴンはともかくシャンクスもマルコたちもこういった綿密な作戦を立てての軍事作戦など初めてである。
海賊の戦いなど、直接ぶつかりにいって殴り合うようなものばかりだ。目を白黒させるのも当然のことだった。
『革命軍は今回の作戦にはかかわりがないようだが、おれが呼ばれた理由はなんだ?』
「世界政府に睨みを利かせろ。正確には海軍だが……少し大きめに動くような噂を流させれば、海軍はそちらに注力せざるを得なくなるだろう。出来ればこちらにちょっかいを出す真似は避けさせたい」
具体的に行動を起こす必要はない。動くかもしれない、と噂を流すだけでも、海軍は対応せざるを得ないものだ。
四皇同盟同士の衝突だ。完全に注目を逸らすことは出来ないだろうが、海軍が戦力を理由に動けない状況を作り出せれば十分だ。
「作戦の決行は一週間後。各々、準備を頼むぞ」
カナタの言葉に、力強い返答をする面々。
戦争が、再び始まる。
試験があるので次の投稿は10月入ってからです
END 3DAY/2year
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