第二百九十六話:宣戦布告
〝黄昏の海賊団〟と〝百獣・ビッグマムの海賊同盟〟の戦争は、カナタからリンリンに対する宣戦布告から始まった。
どんよりとした曇り空の下、お茶会を楽しむリンリンの下にかかってきた電伝虫での連絡。
一体何の用だと訝しむリンリンに対し、カナタは端的に告げたのだ。
『今から一週間後、お前の首を獲りに行く。首を洗って待っておけ』
「上等だよクソガキが! 返り討ちにしてやるから覚悟しな!!」
その宣戦布告は、リンリンを激怒させるに十分過ぎるほど効果があった。
お茶会に参加していた闇の世界の有力者たちが漏れ出る覇王色に当てられて気絶するほどである。
カイドウに連絡を回し、〝ハチノス〟方面のナワバリに住む一般市民を〝ホールケーキアイランド〟後方に移送して邪魔にならないようにした。
彼らはリンリンにとって寿命を回収する相手でもある。下手に数を減らすことは好まない。
もちろん、海賊相手に本土決戦など最初から行う必要はないとわかっているため、迎撃に動くつもりではあった。
〝ロード
☆
宣戦布告により指定した期日より、三日前。
予定通り、カナタは〝ハチノス〟にて集まった部下、傘下の海賊たちを前に声をかけていた。
「これより、我々は〝ビッグマム海賊団〟の本拠地へと乗り込む」
これまでの小競り合いとは違う、真正面からの全面戦争。
ニューゲートとカナタの決闘の後で始まった、なし崩しの戦争ではない。第三者の介入しない、どちらかが滅びるまで続く戦争だ。
「ここに家族のいる者もいるだろう。我々が出ている間、守りは残す」
カナタは傍に立つレインを指し、守りは万全であることを示す。
ニューゲートとの決闘の際は海軍と海賊同盟が出てくることが考えられたので、ほぼ全戦力で打って出たが……それでも最低限の守りは残していた。
今回は海賊同盟のみが相手であり、こちらの戦力には余裕がある。
攻め入る方がタイミングは好きに動けるが、守る方が態勢は万全にしやすい。それでも守りはおろそかに出来ることではない。
特に今回、敵には王直がいる。あの男は嫌がらせをすることにかけては頭一つ抜きんでている。
「勇士たちよ、恐れることはない。お前たちの前には私がいる。ニューゲートもガープも私には勝てなかった。リンリンもカイドウも、私の手で頭を垂れさせてやる!」
ゆえに、その身が尽きるまで戦え。
「──さぁ、征くぞ。我らの前に立ちふさがる全てを踏み潰し! 誰がこの海の覇者なのか、奴らの身に刻み込んでやれ!!」
勇士たちの雄叫びが轟く。
〝黄昏〟の本隊はもちろんのこと、〝巨兵海賊団〟の戦士も、傘下の海賊たちも同じように右腕を掲げた。
熱狂だ。
広場を伝播する熱狂は、ある種のカルト的な不気味ささえ感じられる。特に傘下でありながらも部外者的な立ち位置に近い元〝白ひげ海賊団〟の面々は余計にそう思っていた。
「……末恐ろしい女だな」
「覇王色の持ち主ってのは、大なり小なりああいうところがある。オヤジもそうだったろ」
誰もが心酔するカリスマ。多数を扇動する口の上手さ。
カナタは特に士気の高さというものを重要視しているらしく、大きな戦いの前には必ずこういう場を設けるのだという。
理不尽なまでの強さで後ろから追い立てるのではなく、自ら最前線に立ち、肩を並べて前に出て導く。
ビスタとジョズはある種の畏怖を抱きつつ、ちらりとエースの方を見る。
「エース。お前、ああいうのも教えてもらってるのか?」
「いや……こういうのは本人の気質によるから、自分で見つけろって言われた」
「そうか。まァそうだな。お前が弁舌で人を言いくるめてるのは想像出来ねェ」
「違いない」
「オイ」
顔を見合わせて笑う2人に、エースは思わず突っ込む。
実質的に今の〝白ひげ海賊団〟を纏めているのはマルコだが、それも他の隊長たちがそれぞれの隊を纏めたうえで協力し合っているからうまく回っているように見えるだけだ。
絶対的な王を欠いた組織の崩壊は早い。今なお纏まっているのは、カナタがトップに立ってバラけないようにしているからにすぎない。
どんな思惑があるにせよ、意見の相違から空中分解せずにいるのは事実であった。
……最終的にエースに纏めさせようとしているのでは、というのは隊長たちの間で共通の認識だったが。
「今回の戦争、どう思う?」
「オヤジとの約定でおれ達のことは傘下に加えたが、それはおれ達を
あくまで仕事を与え、〝黄昏〟の経済圏で動くことを許可されたに過ぎない。
その内側に取り込まれた以上、傘下としての義務からも当然ながら逃れられない。
「おれ達を使い潰す、って判断をしても不思議はねェな」
「実際、おれ達は〝黄昏〟の傘下じゃ最大勢力だからな。本隊と比べても、数じゃ多少劣っても実力で劣るつもりはねェ」
〝白ひげ海賊団〟は16の隊長と、隊長の率いる16の部隊からなる海賊団だ。
多少実力の上下はあれども、隊長に選ばれる面々には海軍中将や大将にさえ食らいつく。
加えて言えば、彼らはニューゲートとカナタの決闘の結果として傘下に収まっているだけであって、他の傘下の海賊と違ってカナタに忠誠を誓っているわけではない。
「カナタさんはそんなことする人じゃ……!」
「庇いたい気持ちはわからんでもないがな、エース。おれ達にとっちゃ……いや、お前にとっても、あの女がオヤジの仇って事実は消えねェんだ」
エースの幼少期のことはビスタもジョズも聞いているし、〝白ひげ海賊団〟に入るまでのカナタとの経緯も聞いている。
だからカナタに対して恩義を抱いていることも理解出来るし、今だってエースが強くなるために師事していることも納得している。
だが、それはそれとして、ビスタやジョズ──ひいては〝白ひげ海賊団〟にとって、彼女は文字通り親の仇なのだ。
誰もがエースのように割り切れるわけではない。
そして、それに気付かぬカナタではない。
「……おれだって、割り切れてるわけじゃねェ」
最終的にどういう形になるにせよ、この感情と決着をつける必要はある。
だが、そのためには強くならねばならない。もう、誰も失わないために。
これ以上仲間を失ったら、エースは何のために強くなったのかわからなくなってしまう。
「おれはみんなを死なせないために強くなったんだ。だから、頼む……死なねェでくれ」
「……そこまで言われちゃあ仕方ない」
「だな。死ねない理由が出来ちまった」
目を丸くしたあと、ビスタは帽子で目元を隠しながら冗談めかして答えた。
ジョズもまた、明後日の方向を向いて同じように答えた。
家族を失う辛さは、2人とも良く知っていたからだ。
☆
宣戦布告して指定した期日──当日。
リンリンの居城たる〝ホールケーキアイランド〟は〝
そこに行くまでにいくつかの島を通る必要があるが、ここはナワバリの合間にある緩衝地帯のようなもので、互いに見張りこそ置いているものの、直接的な戦力はほぼ置いていない。
だが、〝
これはリンリンが領海内にナワバリウミウシと呼ばれるウミウシを使って警戒網を強いているためで、領海内に入った瞬間にすべての船は補足される。
もっとも、これとて万能ではない。
あくまでウミウシの感知出来る範囲でしかわからないため、例えば
「! ママ! ナワバリウミウシが反応してるぜ!」
「来やがったか……!!」
リンリンは無類の生き物好きだ。ナワバリウミウシの特性はきちんと理解しているし、相手側にそれをすり抜けるフワフワの実の能力者がいることも理解していた。
そのため、〝
雲に紛れていれば発見は遅れるが、事前にゼウスによって雨雲はすべて食べられている。視界は常に良好だ。
それゆえに、上空を通っても見逃しはしない。
「数を補足されるのを嫌って上からくると思ったが……考え違いか……?」
「これだけの数で攻めてくるなら、数を知られようと一緒だと思ったんじゃねェか?」
「まァ、確かにそう思う気持ちもわからねェではないがねェ」
全軍の指揮を担当するのは、ピエロのような顔と高いイチゴ鼻が特徴的な男──シャーロット・モンドール。
彼は次々に届く山のような警報にうんざりしつつ、律義に船の数を数えさせていた。
これだけで敵の数が全てわかるわけではないが、ある程度の指標にはなるだろうと。
何より、〝ハチノス〟方面にはプラリネというモンドールの妹である半人魚がいる。偵察の情報の確度は高い。
「……いや、やっぱり妙だ。あの女が、何の策もない力押しで来るって? ありえねェ! おいモンドール! すぐに確認させな!!」
「わかったよ、ママ」
モンドールはデカい声で指示を出すリンリンに少しばかり恐れを抱きつつ、最前線になる島に配置されているチェス戎兵に電伝虫による連絡を試みる。
しかし、一向に連絡が付かない。
「……妙だな?」
船は警報音の位置からして、まだ島には辿り着いていない。上空に船があればすぐに連絡が来るようになっている。上空、あるいは海への警戒網をすり抜けて島に上陸したにしても、こちらに連絡を送るほどの余裕もなくやられるとは思い難い。
何かが起きている。
事ここに来て、モンドールはリンリンの警戒感を肌身で理解した。
冷や汗を浮かべつつ最前線の島から、徐々に内側の島へと連絡をかけ続ける。
そうしてようやく繋がったチェス戎兵に安堵し、すぐさま状況を報告させた。
「何が起きてる!? 攻撃を受けてるのか!?」
『い、いえ……こちらでは何も』
「何も!? 何も起きてねェってのか!?」
『は、はい! こちらでは、上空にも海にも何も怪しいものは……』
「だったら、なんで最前線の連中に連絡が付かねェんだ……!!」
『それは私にも……ん? 今、何か見えなかったか?』
『何か光ってる……? 船、ではなさそうだが』
『煙が出てる? 何だあれは──待て、あれは』
一瞬のノイズの後、連絡が途絶えた。
モンドールは何度も連絡を取ろうと声をかけ続けたが、以降連絡がつくことはなかった。
リンリンはこれがカナタの仕業だと直感的に理解し、モンドールは茫然としたように呟く。
「……一体、何が起こっていやがる……?」