「ブリュレ! すぐに鏡に確認させな!!」
「わかったわ、ママ!!」
動揺するモンドールを尻目に、リンリンはすぐさまブリュレを確認のために動かした。
ブリュレはミラミラの実の鏡人間。鏡の中に入り込んで〝
〝
鏡さえあれば連絡を取り合うことも可能な、極めて有用な能力である。
『うっ!?』
「なんだい、どうしたブリュレ!?」
『ご、ごめんなさいママ! 〝
「破片だらけだとォ……?」
つまり、至る所の鏡が破壊されているわけだ。
チェス戎兵との連絡が途絶えたことを考えるに、広い範囲を巻き込む形で強い攻撃を受けたと考えるべきだろう。
ニューゲートのグラグラの能力を奪った印象が強いティーチがいることを考えれば、津波や地震による攻撃が考えられるが……あれは範囲が広すぎて少なからず影響の薄いところが出てくる。気付かないはずがない。
もっと別の何かだ。
『きゃあっ!?』
「今度は何だい!!」
『い、いきなり鏡が大量に割れて……ちょっとアンタたち、何が起きたか見てなかったかい!?』
『わかりません! ただ、割れる瞬間に何かが光ったような気が……』
『こっちの鏡は割れてないようです!』
『どうなってる? 見せな!!』
鏡の向こうでブリュレたちがバタバタやっているのを聞きつつ、リンリンは別ルートからも情報収集を怠らない。
後手にこそ回っているが、まだ戦いの序盤もいいところだ。各所に兵を置いてこそいるものの、被害が出ているのは全てリンリンの能力で生み出したホーミーズばかり。
いくらでも補充の利く兵隊ならば、失ったところで痛くはない。
『これ、は……!?』
「ブリュレ、報告しな!!」
『はいママ!! 被害にあったキーボ島の建物が軒並み倒壊してる!!』
「倒壊ィ!? どんなふうにだい!?」
『どんな……あたり一面ガレキだらけで、あちこち燃えてるわ!』
「ガレキに燃えてる……爆弾か何かか……?」
少なくとも、グラグラの能力による被害で炎上が起きることはまずない。津波による被害なら猶更だ。
爆弾が事前に仕掛けられていたというのは考えにくい。ホーミーズが昼夜を問わずに動いているし、町ひとつ吹き飛ばすような爆弾なら必要な火薬の量もそれなりだ。バレずにいられるわけが無い。
「被害のある島を海図に書き出しな! 順番もだ!」
リンリンの怒鳴り声に慌てた様子で巨大な海図を取り出し、わかった順番に被害のある島を書き出していく。
最後に連絡のあった時刻を同時に書き出せば、攻撃の目的自体は明白である。
〝黄昏〟の船の進路上にある島を壊滅させているのだ。まともに上陸して制圧していては時間がかかる、あるいは確認に手間取ると考えたのだろう。
理由と、狙われている島の順番もわかった。ならば次にやるべきは島の防衛、あるいは攻撃手段の確認だ。
「ブリュレ! ジャム島を確認しな! 攻撃は空からだ、チェス戎兵に警戒させるんだよ!!」
『わ、わかったわママ!!』
リンリンが指示を出した直後、再び繋いでいた電伝虫が唐突に切れた。警戒していたジャム島のものである。
チェス戎兵だけでは防ぐことは出来ずとも、何が起きたのか伝達することは出来た。
ブリュレにも確認させている。リンリンは怒鳴り散らかしたい気持ちを抑え、報告を待ち──ブリュレが声を上げる。
『な、何かが降ってきたわ!!』
「何かってのは何だい!?」
『わ、わからないの!!』
「わからないィ!? お前ェ、いったい何を見てたんだい!!?」
『本当なの、信じてママ!! 私は空を警戒していたし、チェス戎兵にも警戒させてた! でも、空に煙の線みたいなものが出来て、島に近付いてると思った時には既に遅くて……気付いたら、全部吹き飛んでいたの!!』
ここでブリュレを叱責し、怒鳴るのは簡単だ。だがそれで事態は解決しない。
リンリンは即座に情報を総合し、推定する。
「爆弾を透明化させてんのかい……?」
少なくとも透明化させる能力者は存在する。能力者狩りをおこなって悪魔の実を集めている〝黄昏〟ならば、透明化する能力者がいても不思議はない。
煙が上がっているということは、導火線か何かに火をつけたうえで投下しているということだ。
そう判断したリンリンの行動は早かった。
同じ部屋にいて報告を聞いているカイドウの方を振り向き──その姿が無いことに目を丸くする。
「おい、カイドウはどこだい!?」
「先ほど部屋を出ていきました!」
「あのクソガキ、ここはおれのシマだから従えって言ったの忘れたのかい!? じゃあキングでもいい! 連絡をいれな!!」
「な、なんと伝えましょう!?」
「敵の場所だ! ジャム島の真上で透明化してるかもしれねェ!! 探せって伝えな!!」
透明化していたとすれば、上空を警戒していても見つけられない。
だが、カイドウならば見聞色を駆使して見つけられる。
リンリンの判断は正しく──それゆえに間違っていた。
☆
ジャム島より北西に50キロ離れた空中にて。
空中を浮かぶ船にはイロイロの実の能力によって透明化する塗装が施されており、下から見上げてもそこにいると知っていなければまず見つけられないような状態で移動していた。
海水が付着すればこの塗装は剥げてしまうが、空中であればそれも関係ない。
リンリンが警戒していた通り、まさしく〝ハチノス〟とは別方向から侵攻していた。
「ん~~……気持ちのいい吹き飛びっぷりだな! 痛快だが、ちっとばかりつまんねェなァ」
「心配しなくても、どうせこの後大暴れする羽目になるだろうがよ」
双眼鏡片手に弾道ミサイルで吹き飛んだ島を見るティーチ。
距離があるが、今は雲もないので見通しは良い。50キロというと距離があるように思うが、空中での50キロは遮るものもないのでそれほど離れているとは言えない。
ジョルジュはそのあたりをよくわかっているので、リンリンのナワバリに入ってからずっと警戒していた。
「頭の固い〝ビッグマム〟に見破れるとは思えねェがな」
「油断してんじゃねェよバカ。そんな簡単に裏書いて何とか出来るんなら、あのババアが〝四皇〟なんて呼ばれることはなかっただろうよ」
油断、慢心はティーチの十八番のようなものだ。気質なのでこればかりは仕方ないが、そのあたりのフォローのためにもジョルジュがついている。
フワフワの能力はティーチのグラグラの能力のフォローが出来るのもあり選ばれたが、当人たちの気質が正反対なことを除けばおおむね互いの不足を補うチームとしては完成度が高かった。
「第一、ミサイルの飽和攻撃だけで制圧できるとは思ってねェ」
弾道ミサイルによる攻撃でいくつもの島が炎上しているが、これは後背を突かれたり補給線を絶たれたりすることを予防するためのものだ。
船さえ破壊しておけば邪魔は出来ないが、観測されるだけでも邪魔なのでなるべく吹き飛ばすのが良い、という判断によるものであった。
何しろミラミラの実がある。鏡を使えば秘密裡に大軍の移動さえ可能とするため、なるべく念入りに破壊することが望ましい。
傘下の海賊を使って侵攻した島の破壊、被害状況の確認をしながらの進軍となるため、どうしても遅くなる。
ティーチ達の役目は、上空からランダムに選んだ島に被害を出してリンリンの混乱を誘うことであった。
「この辺でいい。まずは一発打ち込んでやれ」
「良し来た! ──〝
大気を掴み、叩きつける。
本来は大地を揺らす大技であるが、敢えてこれを海面に叩き込むことで規模の大きい津波を引き起こす技だ。
風呂桶を揺すって波を起こすように、沈み込んだ海面が隆起して巨大な津波となる。
目的は島の破壊ではなく島の上にいるものの掃除だ。ゆえに、ただ衝撃波を叩き込むよりも津波による大掃除の方が
何しろ、適当に放って味方を呑み込みそうになってもカナタがいれば被害は出ない。ティーチにとってはリンリンが出てくるまでの準備運動のようなものである。
「これで多少は目が逸れてくれりゃあ儲けものなんだがなァ」
「ゼハハハハ! 上手くいくもいかぬも運次第よ! もっと気楽にいこうじゃねェか、ジョルジュ。人生なんて上手くいくことの方が少ねェもんだ!!」
「それはそうかもしれねェが……」
「そら、言ってるうちに
ティーチが視線を向けた先を追えば、ジョルジュの視界に巨大な龍の姿が映った。
距離があるのでまだ姿は小さいが、あちらは既に気付いているらしく、一直線にこちらに向かってきている。
「カイドウ!? なんであの野郎がこっちに!?」
「さっきので気付いたんだろうが、その前に姉貴じゃなくこっちに来た理由までは分からねェな。だが来ちまったモンは仕方がねェだろ!」
本来の予定ではカイドウはカナタが受け持つハズだった。ティーチが悪魔の実の能力を二つ使えるとはいえ、単純な白兵戦でカイドウに比肩するほどではない。
まだティーチには荷が重いと判断してのことで、そのために最も目立つように進軍してきたカナタを無視してこちらに来るとは思っていなかった。
強者との戦いを好むカイドウがカナタとの戦いを放棄してまでこちらに来る理由があるとは思えなかったからだ。
「さっきのは白ひげのジジイの能力に似てると思ったが……やっぱりテメェか、ロックスのガキ」
「ゼハハハハ! オヤジのことは覚えてんのか!? お前らはみんな殺し合いをするほど仲が悪いと聞いてたんだがな!!」
「ア~~……まァ間違っちゃいねェ。殺し合いなんざ日常茶飯事だった」
リンリンはロックスのことをろくでもない男だと評していたし、実際海賊としてもロクでもない男だったのは間違いないだろう。
だが、それはそれとして見習いだったカイドウはロックスのことは嫌いではなかったし、それなりに学ぶことも得ることも多かったのは事実だ。
カナタは元ロックス海賊団の完全壊滅を目論んでいて、カイドウのことを嫌っているが、カイドウは別にカナタのことが嫌いではなかった。ケンカ仲間、のような感覚に近い。
だが、ティーチのことは情報が少ないこともあって判断しかねている。
島が爆撃されていることなど気にも留めずカナタのところにまっすぐ向かうつもりだったが、不意に見つけてしまったので目標を変えたのである。
ロックスの息子。カナタの弟。ニューゲートの能力の簒奪者。
因縁と言えば因縁だ。ここで見極めておくのもいいだろう、とカイドウは考えた。
「おい、ロックスのガキ。テメェの力を見せてみろよ。前の戦争じゃあ、カナタと組んでの戦いしか見てねェからな。
「そりゃ結構なこった! テメェの頑丈な頭に存分におれのことを叩き込んでやろうじゃねェか!!」
「ティーチ! お前、カイドウと戦う気か!? 作戦はどうするつもりだ!?」
「うるせェな。この状況で逃がしてくれるとでも思ってんのか? 予定なんざきっかけひとつで簡単に変わるモンだろ。何年姉貴と一緒に海賊やってんだ、
「……ッ!」
「話は終わったか? ならさっさとやるぞ──〝
巨大な龍の口から破壊の息吹が放たれる。
ジョルジュは咄嗟に船ごと回避軌道を取るが、それよりも早くティーチが動いた。
体から立ち昇る〝闇〟が船を守るように広がり、カイドウの攻撃を受け止め呑み込んだ。
「オーガー!!」
「了解した。無事で、隊長」
ティーチの仲間は全員この船に乗っている。オーガーはワプワプの能力を使ってティーチをカイドウの上空に瞬間移動させ、ティーチは即座に振りかぶって能力を使う。
「〝
ドゴン!! と空間が歪む一撃がカイドウを襲った。
強烈な衝撃波は大気にヒビを入れ、空を駆けるカイドウを海に叩き落そうとする。
しかしカイドウはそれをまともに受けつつもティーチの攻撃を回避しようともせず、人形態になって金棒をフルスイングした。
「〝雷鳴八卦〟!!」
片手で振るわれたそれをグラグラの能力で迎撃しながら、ティーチは近場の島へと降り立った。
先ほど津波で呑み込まれた島だ。主な建物は全て津波で攫われていて、ホーミーズも残っていない。戦うには都合のいい場所だった。
「やる気はあるようじゃねェか」
「ゼハハハハ! 姉貴にゃ勝てねェと踏んでこっちに来たフヌケに負ける気はねェからな!!」
「ウォロロロロ……!! 中々達者なクチだ! それに見合う実力はあんだろうなァ!?」
ティーチの煽りに乗る形でカイドウは金棒を構え、ティーチもまた両腕に振動の能力を纏わせ、身体から〝闇〟を立ち昇らせる。
バリバリと両者の覇気がぶつかり合い──数秒のにらみ合いの後に、二つの影が交錯した。