夜の闇に溶け込むように、ティーチから立ち昇る〝闇〟が揺らめく。
日が落ちるまで戦い続けたカイドウとティーチは、今現在砕けた大岩を挟んで睨み合っていた。
互いに傷だらけではあるが、決して互角という意味ではなく、ティーチが必死に食らいついているというのが実情である。
「ゼェ、ゼェ……流石に強ェな! 〝最強生物〟は伊達じゃねェか!」
「ウォロロロロ……テメェも中々粘るじゃねェか!!」
ヤミヤミの能力による回避不能の引力と、グラグラの能力による絶大な一撃。二つの能力が合わさった実力は確かにカイドウにもダメージを通していたが、元より頑丈さでは他の追随を許さないためか、致命傷には程遠かった。
とはいえ、ティーチも頑丈さでは頭一つ抜きんでている。
生来の頑丈さもあるが、ヤミヤミの能力の副次的な効果で限界以上に痛みを呑み込む性質があるため、それも手伝ってカイドウと張り合えていた。
「能力者を引きずり込む引力と、地震を起こす強力な一撃……確かにいい組み合わせだ」
だが、能力そのものに関しては疑問もある。
「ヤミヤミの能力ってのは強力だが、〝
「ゼハハハハ……テメェもそう思ってんのか!?」
体を流動化して回避出来る〝
回避不能かつ特殊な能力も封じられるなら、能力者に対して絶大なアドバンテージを得られる。
──ただし、大多数の〝
〝
変身を強制的に解くだけなら然したる問題にもならず、加えてティーチの手から離れれば再度変身することも可能だし、向上した筋力や反射神経でティーチに反撃さえ可能だ。
相対的に、ヤミヤミの実は〝
「だったら、もういっぺん食らってみるか!? 〝
ティーチがかざした左手に引力が生まれる。
能力者を例外なく引き寄せる闇の力だ。もちろんカイドウとて例外ではなく、ティーチの方へと引き摺りこまれる。
だが、カイドウは抵抗することなく──むしろそれによって加速するように、ティーチへと肉薄した。
「〝降三世〟──〝
武装色と覇王色を纏った金棒が、ティーチの脳天をカチ割ろうと振り下ろされる。
しかしティーチは焦ることなく、右手に纏った振動の力と覇王色の覇気を振り抜いた。
「〝
何度目かの衝突。
強烈な覇気と能力による振動は周辺海域にまで影響を及ぼし、幾度となく島を削っていた。
覇気と腕力だけの勝負であればカイドウに負ける道理はない。
ただそれだけの勝負であれば、の話だが。
「チッ!」
ティーチから広がった〝闇〟がカイドウの体を引き寄せる。
引力の起点は常にティーチ本体だ。だが、広がった〝闇〟にも同様の悪魔の実の能力者を引き寄せる力がある。
体勢を崩すように背中側へと引き寄せるティーチは、続けてフリーになった左手に覇気と振動の能力を纏った。
「おれが何年この能力使ってると思ってんだ!? 姉貴の下で何年海賊やってたと思ってんだ!? ナメてんじゃねェぞカイドウ!!」
後ろ向きの引力ならば回避が出来る。カイドウはそう判断して移動しようとしたが、片足が〝闇〟の中に沈み込んだ。
光さえ逃さない〝闇〟の引力も、覇気の力を使えば弾ける。それでも、わずかにロスは発生する。
ティーチにとってはそのわずかな時間さえあれば十分だった。
振りかぶった左腕をカイドウに叩き込む。カイドウは金棒でそれを防ぐが、片足が沈んだまま体制を崩した状態では極めて不利だった。
「〝
島が沈み込むほどの一撃だった。
強烈な衝撃と覇気はカイドウの体を突き抜け、島の地盤を破壊する。それでも、カイドウは完全には倒れずに金棒でティーチを弾き飛ばした。
「ゲホッ! いい一撃だ……効いたぜ、ウォロロロロ!!」
「頑丈な野郎だ……!」
引き寄せる方向を変えるのは、今初めて見せたやり方だ。カイドウに常に引き寄せるのはティーチのいる方向のみと誤認させたうえで、今の一撃を食らわせた。
これでも倒れないのは、少々ティーチの想定を超える頑丈さである。
カイドウは距離を取りつつ、即座に獣形態へと変身して大口を開けた。
「〝熱息《ボロブレス》〟!!」
「ッ!?」
咄嗟に広がった闇がカイドウの〝熱息《ボロブレス》〟を呑み込む。あんなものをまともに受けていては命がいくつあっても足りない。
「ウォロロロ……テメェは能力で防ぐか。それに頼り切りじゃあ、そこ止まりだな」
「ゼハハハハ! 悪魔の実の能力ってのは、能力者本人の知見や経験でいくらでも拡張出来る! テメェが使いこなせてねェだけだろう!?」
「あァ? だったら、カナタがおれの〝熱息《ボロブレス》〟を斬ったり雷を受け止めたりするのも、実の能力の応用だってのか!?」
「いや、あれは姉貴の技術だ」
雷を起こすまでは氷の能力でも再現できるハズだが、それを武器で受け止めて放ったり、火を斬ったり斬った相手を燃やしたりするのは完全に本人の技量によるものだ。
一度見たら大抵の技術は盗めるカナタの技量は、正直なところティーチでも「ズルだろ」と思わなくもないが、それぞれ単体の技術は他に出来る者もいるので何とも言えないところだった。
いかに強力な悪魔の実の能力を持とうと、人間の技術と覇気はそれを凌駕する。
最終的に勝負の明暗を分けるのは覇気である、というのがカイドウの持論だ。
そういう意味では、悪魔の実の能力を第一に考えるティーチとは真逆と言っていい。
「段々とわかってきたぜ、テメェのことがよ……覇気だけが全てを凌駕する!! 悪魔の実の力なんぞ、所詮は後付けの力に過ぎねェ!!」
「悪魔の実の力は出来ることを増やす、戦術の拡張手段だ!! テメェみたいな脳筋野郎をブチのめすにゃあ有効だろうがよ!!!」
当初の目的とは少々変わり、2人の勝負はそれぞれの主張を押し通すようなものへと変わっていた。
☆
一方、カナタはリンリンと刃を突き合わせつつ戦況を冷静に見ていた。
リンリンは〝
カナタ本人は全く影響を受けないものの、周りにいる味方の寿命を奪われるのは困る。
そういう時は、発破をかけるように覇王色の覇気を発して「怯えることはない」と知らしめてやらねばならなかった。
「相変わらず鬱陶しい能力だな」
「ハ~ハハハママママ!! お前がそれを言うのかい!?」
プロメテウスもゼウスも、リンリンのサポートをするように動いている。
本来ならただの斬撃など通じないのだから、もっと前に出て攻撃しているハズだ。だが、カナタは炎そのものを切り裂いたり雲の体を凍らせて動きを止めることが可能であるため、無理に前に出すと返ってリンリンの邪魔になってしまう。
リンリンの剣である〝ナポレオン〟に纏わせて攻撃するか、あるいはリンリンの足場として使う以上のことは出来ない。数による有利と多種多様な攻撃が強みのリンリンにとって、カナタの相手は極めて不利と言ってよかった。
「〝威国〟!!」
とはいえ、リンリン自身の極めて頑丈な肉体と剣技による強さが毀損されたわけではない。
強烈な飛ぶ斬撃は固まった海を切り裂きながら突き進み、カナタを切り裂こうとする。
カナタはこれを空へと弾き、槍を回転させながら肉薄する。
「まずはその足場からだな」
夜になったことで固まった足場で炎を使えば溶けて海に戻る。プロメテウスの熱を理解しているからこそゼウスに乗ったまま戦っているのだろうが、その気になれば火を起こすのも凍らせるのも自在なカナタからすればゼウスが最も邪魔だった。
ゼウスの雲の体目掛けて氷の槍が殺到する。
「プロメテウス!」
「はい、ママ!!」
「〝
氷の槍を爆散させてなお余りある火力。
広がる炎は足場の飴の海を溶かし、なおも広がってカナタへ向かう。
カナタはこれを手に持った槍で切り払い、足場に必要な分だけ凍らせた。
「そう簡単には行かんか」
武装色の覇気を纏ったリンリンの頑丈さはカイドウにも匹敵する。切り裂くのも楽ではないが不可能ではない。
しかし、やはりゼウスとプロメテウスの守りを突破せねば崩せない。
どういうわけか、リンリンはいつものように積極的に前に出ようとはせず、プロメテウスもゼウスも消極的にリンリンの背後や足元で動くばかりで前に出てこない。
まぁ、想像はつくわけだが。
「随分と消極的だな、リンリン。カイドウが戻って、2人がかりで戦えば負けないとでも思っているのか?」
これまでリンリンはカナタに対して、積極的に殺しにかかっていた。己よりも強いとか弱いとかではなく、気に食わない、〝海賊王〟になるには邪魔な相手だという理由でのことだ。
それがここにきて消極的に守りに入っているのであれば、それ相応の理由がある。
「ニューゲートを殺し、ガープを打ち倒し、一度は従った男の娘を前にして──お前、怯えているのか?」
「──何ィ?」
「そうだろう、リンリン。お前は、これまで勝てなかった相手を次々に打ち負かしてきた私を前にして、カイドウと共闘すれば勝てる、などと計算したわけだ」
間違いではないだろう。
全盛期のニューゲートもガープも、カナタは戦ったことがないがロジャーもリンリンを凌駕する強さだった。リンリンとて正面から戦って勝てるかと言われると、口では勝つといいつつも冷静に計算すれば分が悪いと悟っていたハズだ。
それは個人の強さだけの話ではない。
ロジャーにはレイリーとギャバンがいたが、リンリンには彼女を支える両翼がいなかった。長くリンリンを支えたシュトロイゼンや次男カタクリは強いが、背を預けられるかと言えば首を傾げる。王直など信用に値しない。
仕方なしにカイドウと手を組んだが、ここに来てカナタは背を預けられる両翼のティーチとバレットが現れた。
「運に恵まれないな、リンリン。身内に背を預けるに足る者もおらず、同盟を結んだ弟分は言うことを聞かず、最も味方に付けたかった巨人族は私の味方だ」
カナタは敢えて嘲笑するように、煽るように両手を広げて見せた。
「
「──テメェ、カナタァ!!!」
作戦を考えていたのだろう。カナタを打ち負かすためには正面から戦っても勝ち目は薄いと、理性ではわかっていたハズだった。
それでも、ここまで煽られて堪えられるリンリンではなかった。
ブチ切れたリンリンは怒りのままに覇気を纏い、ナポレオンにプロメテウスを宿して振り上げる。
「上等だ、このクソガキが!! ここで殺してやるよ!!!」
「出来るものならやってみるがいい。口で言うだけなら誰にでも出来る」
覇王色の覇気を纏い、黒い雷が発生する。煌々とプロメテウスの火が燃え盛り、怒りで鬼の形相となったリンリンと口元を歪めて笑うカナタの姿を露にした。
☆
「おー、怖い怖い。あそこには近付くな、危険じゃぞ」
「わかってるよ。頼まれたって近付きたくねェしな……」
2人の覇王色が衝突しているのが離れていてもわかる。それだけぶつかり合っているということなのだろうが、巻き込まれるのは御免だった。
千代は各所から連絡を受け取り、自身の目で周囲を俯瞰しながら指示を出していく。スコッチはその手伝いである。
流石に〝ビッグマム海賊団〟の本拠地だけあって、全戦力が出てきている。〝百獣海賊団〟もほぼ総戦力と言っていい。
適切な戦力配置をしなければ、崩されるのはこちらの方であった。
「〝巨兵海賊団〟は一際張り切って奮戦してるが……フェイユンのヤツを助けなくていいのか!?」
「あー、まぁそうじゃな」
フェイユンは強い。その巨体から生まれるパワーも、巨体に見合わぬスピードも、長年戦ってきて培った覇気も高水準だ。大抵の海賊団なら彼女一人で壊滅させられる。
それでも四皇クラスには敵わない。
スコッチとしては、フェイユンがいればそれだけで戦力比が傾く以上は救出が優先事項だと考えていたが……今の気のない返事を聞く限り、千代の中ではそうではないらしい。
「あれでやられるとは思っておらんし、あっちは放っておいても死にはせんじゃろ」
「そりゃあ……そうかもしれねェが」
少なくともホーミーズ程度では止められるとは思えない。確実に制圧するならカイドウかリンリンが必要だが、両方とも今は忙しい。
となれば、今は放置するしかないはずだ。
〝
リンリンかカイドウがいないと止めるのが難しい以上、フェイユンは優先的に狙って当然の目標だ。千代とてそれは理解している。
それゆえに、今はいいと言い切った。
「それより、魚人島から連絡があったが」
「ああ……なんか王国軍の哨戒を欺いて動いてるバカがいるらしい。魚人海賊団のほとんどのメンバーがいるハズだが、念のためにジンベエを寄越してほしいってよ」
「この状況でか? 後方かく乱のための策と見るべきじゃろうが……あそこは色々あるからのう。それだけじゃなさそうなのが何とも、じゃな」
「どうする? ジンベエかタイガーをあっちに派遣しておくか?」
「優先度はこっちが上じゃが……仕方なし、ジンベエを派遣しておけ。あやつなら良いようにやるじゃろう」
「良し来た」
スコッチはすぐに動き始め、ジンベエに連絡を取るために電伝虫の方へと向き直る。
千代は夜の海で戦う味方を見る。時折放たれる照明弾によって戦況は大まかに把握できているが、それだけでは把握できない場所を考えながら、小さくつぶやいた。
「さてさて、アイリスの奴は上手くやっとるかのう」
☆
「……痛い」
「大丈夫ですか?」
「なんとかね……そっちは?」
「私は影の中にいたので何も。ですが、案外すんなりと行きましたね」
「カナタさんと千代ちゃんのいう通りだったね。リンリン、真っすぐ私を狙ってきた」
「そりゃあそうでしょう。貴女に暴れられると困る、なんてのは私でも思いますし」
「でも、おかげで上手くいったでしょ?」
「ええ──潜入成功、ですね」