ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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四章開幕です。



追走劇/チェイスバトル・グランドライン
第三十一話:ドラム王国


 プルプルプル、と電伝虫の鳴いている声で男は浅い眠りから目を覚ます。

 海にゆらゆらと揺られる船の上で、軽くあくびをしながら受話器を取った。

 

「誰だ?」

『おう! 元気でやってるか? おれだ!』

「……あんたか。珍しいな、連絡してくるなんて」

『お前が全く連絡寄越さんからだろ。おれは放任主義だが心配してないわけじゃない』

「……そうか。まァ元気でやってるさ」

『そうか。何か面白いものは見つかったか?』

「面白いもの、か……空島の噂なら幾らか耳に入ったが、本当かどうかはわからんな」

『ぶわっはっはっは!! 空島か! ありゃァ海軍でも真偽を確認できとらんからな! 噂だけはよく聞くが、実際に行ったって奴もいれば与太話に過ぎないと笑うやつもいる』

 

 お前はどっちだと思う? という問いが投げられ、男は寝そべったまま窓から空を見上げて考え込む。

 白く大きな雲が空を泳いでいる。もしかしたら、その上には誰かが国を作っているのかもしれない、という空島の伝説。

 ぽつりと、男は呟いた。

 

「……あれば面白いだろうな」

『見聞を広めるために海へ出たなら、()()()()()()を探すのも悪くないんじゃないか?』

「そうだな。だが、おれはそういうものよりも国の在り方を見て回りたい」

『おれはそういうのはわからんな……まァ好きなようにやれ。本当なら海軍に戻ってくれるのが一番いいんだがな』

「そういう割には、おれが旅に出ると言った時に反対しなかったな」

()()()()()()()()()()()()()()()()()……海賊になるなんて言い始めたら流石に止めたがな』

「フフ……海賊になる気も海軍に戻る気も、今のところはないな」

『そうか。おれだって息子を捕まえるなんてのは、出来るだけしたくないからな』

 

 じゃあ仕事があるから切るぞ、と言って通話は切られた。

 男は受話器を置き、船室から出て潮の臭いを嗅ぎながら空を見上げる。

 雲の無い快晴。青く澄み渡る綺麗な空だ。

 

「……今日も、いい風だ」

 

 男は頬を撫でる風を感じながら小さくつぶやいた。

 その手にある記録指針(ログポース)の導く先は──ドラム王国。

 

 

        ☆

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)は今日も今日とて気まぐれだ。

 先程まで心地良い陽気だったかと思えば、今度は大嵐。

 対処しきれない大波は凍らせたりしつつ、強すぎる風に帆が裂かれかけて焦ったりしつつ、一行はなんとかドラム近辺の安定した海域に入っていた。

 体の芯まで凍り付くような冷気だが、カナタはさして気にすることもなく指針を確認している。

 

「……ふむ。問題なさそうだ。しばらくすれば島が見えてくるだろう」

 

 雪がちらついているが天気が大きく崩れる様子はない。風は弱く、ドラム王国までまっすぐ進んでいる。

 アラバスタで購入した釣り竿を手に、船の端で釣りをしているサミュエルやジョルジュは暇そうにしていた。

 

「中々釣れねェもんだな……」

「マルクス島に居た頃は結構釣れたもんだがなァ。やっぱ色々と違うもんだ」

「魚がいねェわけじゃなさそうだが、食いつきが悪い。餌変えてみるか?」

 

 二人が釣りをしながら話しているのを尻目に、カナタはニュース・クーから新聞を買って室内に戻る。

 私室で新聞を広げてみると、でかでかとカナタの名前が載っていた。

 随分人気者になったものだが、こればかりはもう仕方ないだろう。天竜人を殺害し、海軍中将センゴクから逃げ、一年間姿を見せずに潜伏し、姿を見せたかと思えば海軍大将ゼファーからも逃れる。

 新聞屋にとってはいい飯のタネだ。

 それにしても連日同じネタとはあきれ果てる。他に話題はないのだろうか?

 

「……ん?」

「カナタ、ちょっといいか?」

 

 ノックの後、ジョルジュが困惑した声色で声をかけてくる。

 島が見えてきたという訳じゃなさそうだな、と思いながら扉を開けた。

 

「何かあったか?」

「いや、それが……まァなんだ、とりあえず甲板に来てくれ。見たほうが早い」

 

 よくわからないが、ひとまず甲板に行けばいいということでジョルジュを伴って部屋を出る。

 カナタの見聞色で探ってみれば、妙に強い反応が甲板にあったが……特に戦闘をおこなっているという訳でもないようだ。

 甲板に出てみれば、一番最初に目に入ったのは五メートルほどの巨体の男だった。

 それ以上に特徴的なのは、首筋のエラや背ビレ、赤い肌など──魚人族の特徴だ。

 

「魚人族か、珍しいな」

「ん? ああ、あんたがこの船の船長か?」

「ああ。お前は何者だ?」

「おれはタイガー。フィッシャー・タイガーだ。冒険家をやっている」

 

 聞けば、先の嵐で船の舵がやられてしまったので遠目に見えたこの船に助けを求めたらしい。

 海賊旗も海賊船のマークもないため、安全だろうと考えたのだ。

 差別などについても考えたが、このまま舵が使えず流されるだけではどうにもならないと考えて接触を図ったと言う。

 タイガーの言葉に、カナタは特に考えることもなく答えた。

 

「構わん、乗っていくがいい。私たちが目指す島もすぐそこだ、船を直したければそこで部品を調達することだな」

「感謝する……あんたは、魚人に対する差別はしないんだな」

「うちには巨人族もいる。一々差別していてはキリがない」

 

 もっとも、差別はなくとも区別はある。体のサイズ的に仕方のないことなのでこればかりはどうしようもない。

 タイガーは目を丸くし、そういうものかと呟いた。

 魚人や人魚に対する差別というのは根深い。二百年近く前まではこの二つの種族は〝魚類〟に分類されていたほどだ。タイガーとてこれまでの冒険で多くの差別を受けてきた。

 それがないというだけで、居心地というのは随分違う。

 

「しかし、冬島の気候に入っている海を泳いできたのか?」

「ああ、深海の水はここより冷たい。これくらいなら平気だ」

「そういうものか」

 

 それでも冬島の近海だ。平気とはいうものの、冷たいことに変わりはない。

 丁度昼時だ。ついでだからと食事に誘って温まることを提案する。

 

「……いいのか?」

「旅は道連れだ。冒険家なんだろう、旅の話でも聞かせてくれ」

 

 ただでさえ巨人やミンク族などが乗っている船だ。今更差別も何もない。サミュエルのように悪魔の実の能力で人獣形態になれるものもいる以上、見た目でどうこう言う気はなかった。

 普通の人間でも派手な刺青でかなり目立つやつもいるのだし。

 

「……感謝する」

 

 タイガーはそれだけ言って、カナタについて食堂へと入っていった。

 

 

        ☆

 

 

 程なく船はドラム王国に着いた。

 お尋ね者である以上は仕方ないことだが、船は見つかりにくいよう港から外れた場所に隠すようにして停泊することにする。

 入江には港があったが、下手にカナタやフェイユンの顔が見られると厄介なことになる。

 タイガーにその辺りを説明し、彼とは王国近くで別れることにした。船は牽引してきたので、外縁部まで来てしまえばあとはオールでもなんでも使って港まで移動できる。

 

「今回は本当に助かった。この広い海であんたたちと出会えたことは運が良かったというほかにない」

「大袈裟なやつだな……私たちも短い時間で面白い話を聞けた。しばらく島にいるんだろう? また会うかもしれんな」

「ああ、その時は飯でも奢らせてくれ!」

「フフ……やめておけ、巨人族もいるんだ。お前の財布一つじゃ足りなくなるのがオチだ」

 

 タイガーの船を見送り、カナタたちは港から離れた場所に錨を下ろして船を停める。

 これからの行動については既に決めてあり、準備万端で待ちきれない様子のスクラを尻目にサミュエルとジョルジュにゼン、他二人を付けて船から降ろす。

 彼ら六人はまだ政府に顔がバレていない。短期間での医術の勉強など不可能だとわかっているため、この場所を拠点としてカナタたちは島を離れる。スクラ以外は護衛と物資調達だ。

 時折この場所に船をつけて物資を補給し、進捗を報告する。

 電伝虫でのやり取りは海軍に盗聴される恐れがあるため、出来るだけ避けたい。

 

「では三日後にまた来る。どれくらいの期間滞在する必要があるか、それまでに考えておけ」

「ああ、お前の方も海軍に見つからないようにな」

「そればかりは何とも言えんな。運次第だ」

「僕もなるべく短期間で学び終えるように努める。船医が長期間船を離れるわけにはいかないからな」

「そうしてくれ。あまり長く一か所に留まると海軍も鬱陶しいからな」

 

 近く大捜索が始まるだろう。ドラム王国に向かったことはバレていないと思うが、記録指針(ログポース)の指すアラバスタの次の島にいつまでも現れないとなれば海軍も捜索に動く。

 ゼファーにセンゴクもいる今の追撃部隊と真正面からぶつかることだけは避けたい。

 ドラム王国も世界政府加盟国だ。下手に見つかれば海軍と一戦交えることになる。

 

「帆を張れ! ドラム王国から離れて航海に入る!」

 

 永久指針(エターナルポース)がある以上、どれだけ離れてもドラム王国に向かうことは出来る。

 最悪カナタが足場を作って船まで走って移動する羽目になるだろうが、そうならないように立ち回ることが最善と言えよう。

 甲板の淵から手摺にもたれかかってドラム王国を見つめるクロは、不貞腐れたように唇を尖らせて文句を言う。

 

「オレもドラム王国に行きたかったなー。なんでダメなんだよ?」

「お前を降ろしたら好き勝手に歩き回るだろう。雪で遊びたければ甲板でやっていろ。あの島でお前を放置していられるほど余裕はないんだ」

「ちぇー」

 

 クロは好奇心の赴くままに歩き回るので、下手に船から降ろすと大捜索をする羽目になる。

 今回のように動かせる人員が限られている状態だと船から降ろすわけにはいかないのだ。探すのに手間取って海軍と戦うなど御免被る。

 物資補給のために数日滞在する程度ならば、監視付きで船から降ろしてもいいのだが。

 

「私とフェイユンは顔が割れているし、一番海軍とぶつかる可能性が高い以上はジュンシーかゼンを残すしかないが、ジュンシーは戦いたがってるしな。ゼンは目立つが護衛として不足はない。今スクラを失うことは一番の痛手だ」

「ゼファーとセンゴクか。それ以外にも増援を呼ぶと思うか?」

「私たちをどれだけ危険視しているかによるな。だが、少なくとも二度失態を晒しているんだ。次はバスターコール級の戦力を引き連れてきても驚かない」

 

 実際、アラバスタではそれに近い戦力だった。

 軍艦六隻を引き連れ、アラバスタに駐留させていた軍艦三隻と挟撃する形での戦闘。その全てを沈めて足止めをした以上、次は確実により多い戦力を率いて出てくるだろう。

 戦力の逐次投入など愚策の中の愚策だが、カナタたちにとっては首の皮一枚つながっている状態だ。

 もっとも、手配書が〝生け捕りのみ〟になっている以上はバスターコールも発令しないだろうという楽観的な見方もある。

 

「デイビットがもう少し使い物になればいいのだが」

「うっ……おれだって、多少は強いと思ってるんですがね」

「大佐くらいなら相手取れるか? 覇気さえまともに使えないままでは将官の相手など出来んぞ」

「それは……おれのボムボムの実の力でこう、なんとか」

「なるわけがなかろう。お前、私に素手でボコボコにされたのをもう忘れたのか」

 

 いとも容易く一味全員戦闘不能にされ、物資を奪われて〝リトルガーデン〟をさまよう羽目になったことはよく覚えている。

 デイビットとて忘れたくとも忘れられない記憶だろう。

 このまま戦ったとて、精々が佐官相手にいい勝負をするのが関の山と言ったところか。

 

「ゼファーは私がやるし、センゴクはジュンシーが相手取る。分厚い足場を作ってフェイユンも戦えるようにはするつもりだが、ゼファーがどれだけ部下を連れてきているかにもよるな」

「ジュンシー一人でなんとかなるか? センゴクはお前が殺されかけた相手だろ?」

「不安ではあるが、他に方法がない。奴ほどの強さではヤミヤミの能力もあまり意味がないからな」

「フェイユンはどうだ?」

「体格差で埋められるところはあるだろうが、武装色の強さに差がありすぎる。まともに戦うのは難しいな」

 

 やはりしばらくは逃走一択になるだろう。

 スクラの用事が終わるまで、海軍とかち合わないことを祈るばかりだ。

 




ワポルとか出すぞーって思ってたんですけど、年齢調べるとワポルはまだ生まれてないという。
仕方ないので別のフラグ立てに行きます。

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