ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第三十二話:医者の心得

 ドラム王国に降り立った六人は、まず休める場所を求めてどこかの街を目指すことにした。

 借家でもあればいいが、期間次第では宿屋の方が安く済む可能性もある。一度見て回る必要があった。

 

「……さて、街はどっちだろうな」

「ここへ来るときに見かけた街ならおおよその方向はわかりますが、山道を行くとなれば方向を見失う可能性がありますね」

「冬島の山は雪ばっかりで方向を見失いやすい。どうしたもんか……」

 

 だが、この場で立ち往生していても埒が明かない。

 待ち合わせ場所でもあるこの簡易港の場所がわかるように槍で近くの崖に大きくバツ印を付け、一行は街があるであろう方向へと歩き始める。

 幸いにも雪は小降りで足跡が残るため、時折確認してまっすぐ歩いているかわかるだけありがたい。

 雪の積もっている獣道を注意しながら歩いていると、少しばかり時間はかかったが街が見えてきた。

 

「それなりに近いところに街があるみたいだな。助かったぜ」

「あそこで医術が学べるとも限らない。僕としてはすぐにでも学べるならいいが、物事はそううまくいくものじゃない」

 

 ほっとした様子のジョルジュにスクラが釘を刺す。

 事実、着いてみればそれほど大きい街ではなさそうだった。医術を学ぶための施設などがあるようにも思えない。

 誰か高名な医者でもいれば、その人に弟子入りなりして技術を学ぶことも出来るのだろうが。

 

「さて、どうしたものか……」

「おい、まずは宿を取ろう。拠点の確保は大事だぞ」

「そうですね。そこでついでにこの国の情報でも手に入ればいいのですが」

 

 ジョルジュが部下を伴って宿を取りに行き、ゼンとスクラ、サミュエルは近くの店に立ち寄って話を聞いてみることにした。

 

「すまない、少しいいだろうか?」

「ん? ああ、構わんよ。どうした?」

「僕たちは旅の者なのだが、ドラム王国は医学が最も進んでいる国と聞いて来た。どこかで医学を学べる場所はあるだろうか?」

「医学を学ぶ場所か……おれも医者じゃねェから詳しくねェんだが、少なくともこの街で一番腕のいい医者は知ってるぜ」

「ほう、どのような方なのかな?」

「〝マスターオブ医者〟なんて呼ばれてる百歳近いババアさ。とんでもない額の報酬を請求されるが、腕だけは一流だ」

 

 重ねた年月は無駄ではない、ということか。それだけの知識を持つ人物ならばぜひ会ってみたいと、スクラはやや前のめりになりながら住んでいる場所を聞く。

 店番の男はその勢いにやや引きながら、街外れの大木に住んでいるという情報を渡した。

 

「それはどこか教えて貰っても?」

「ああ、あっちの方角に──」

「ヒルルクだーッ! 捕まえろ! 金を盗みやがった!」

 

 スクラ達の話す後ろで窓が割れる音がした。

 何事かと振り向けば、黒いコートを着た男が鞄を片手に走って逃げている。白昼堂々盗みとは、随分気合の入った犯罪者だ。

 こちらに来るようならとゼンとサミュエルは構えたが、こちらとは別方向に逃げて行ったのでひとまずは安心というところか。

 だが、名前を叫んでいたところを見るに知り合いだろうか。

 

「あー、すまんな、旅の人。嫌なモン見せちまった」

「構わないが……あれはよくあることなのか?」

「ヒルルクって奴でな、医者を名乗ってるが酷いヤブ医者だよ。あいつの治療で病気が治ったことなんて一度もない。しかも金を持ってると思われれば金を盗む始末だ」

「それは……国軍が動いたりしないのか?」

「国の守備隊は長年追ってるが、未だに捕まえられないらしい」

 

 それだけ盗みに慣れているのか、守備隊に捕まえる気がないのか。

 どちらにしても市民にとってはいい迷惑だろう。いくら志の高い医者でも腕がなければ価値はない。

 男は嘆息して呟く。

 

「迷惑な奴だよ……病人を心配しているのは本当のようなんだが」

「……そう、か。情報をありがとう、これは礼だ」

 

 いくらか金を渡し、スクラたちは三人で一度ジョルジュが宿を取っている店へと足を向ける。

 ひとまず近くにいる医者の情報は手に入れた。あとはその医者に弟子入りでも出来ればいいのだが、こればかりは一度話してみなければわからない。

 あとで行ってみるべきだろうとメモを取る。

 

「おう、戻ったか。なんか聞けたか?」

「この辺りで一番腕のいい医者の話を聞いた。あとは医者もどきの泥棒の話もな」

「なんだそりゃ。まァいいや、ひとまずこの宿で三日間過ごすから、不要な荷物は置いてこい」

 

 鍵を渡され、スクラ達は各々借りた部屋に荷物を預けに行く。重要な物は常に持ち歩く必要はあるが、嵩張る服などは流石に持ち歩けない。

 身軽になった三人を含め、六人で雑談をしながら街外れの大木を目指す。

 大木の中に居を構えるとは洒落てんなと思いつつ、雪道に足を取られながら各々雑談をしていた。

 

「百歳近いババアって話だが、おれはそっちが大丈夫なのか気になるぜ」

「ウハハハハ、どっちが医者が必要か分からねェな!」

「話を聞いた限りだとまだ現役だし、随分と元気な婆さんのようだ。何にしてもその知識は非常に欲しい」

「世界一の医術があると言いますし、国が主導で学び舎を作っていたりしないんでしょうかね?」

「そっちの可能性もあるなァ。ただそっちは時間かかりそうなのがな」

「医術はどうあれ時間がかかるものだ。数か月は見ておきたい」

 

 学ぶというのは時間がかかるものだし、手間もかかれば金もかかる。それでも船医としていてくれるならとカナタたちは船に乗せたのだから、それに文句はない。

 出来れば早くしてほしいというのは本音でもあるのだろうが。

 そうこう話しているうちに目的地に辿り着いた。

 

「すみませーん! くれはと言う方はいますか?」

 

 ノックして尋ねると、少し経ってドアが開く。

 中から出てきたのは一人の女性だ。白髪で皺はあるが、腰が曲がっているわけでもなく元気な老人。

 彼女はサングラスをかけたまま、ノックしたスクラたちを奇妙な目で見ながら尋ねた。

 

「何の用だい? 若さの秘訣かい?」

「いや、それは後ほど。貴女の医者としての腕を聞いてここに来ました。医術を学ばせていただきたい」

「……あたしは弟子なんか取っちゃいないよ。医術を学びたきゃ他所へ行きな」

「僕は旅人でこの国には詳しくない。学び舎のようなものがあるのですか?」

「ないよ。医術を学びたきゃ国に所属してる医者から直接教えてもらうくらいさ。あとは独学か、在野の誰かに師事するかのどっちかさね」

 

 国家事業としての学び舎では医術を学べない。

 専門性が高いこともあるが、医者になりたい場合は親から受け継ぐことが基本になることが多い。医療大国とはいえ、基礎的な知識は医者の子供でなければ得られないのだ。

 だから、ヒルルクのようなヤブ医者も時たまいる。

 

「では、やはり貴女に師事したい。素晴らしい腕をお持ちと聞く」

「何度も言わせるんじゃないよ。あたしは弟子なんか取らない。患者じゃないなら帰りな」

「おいおいバアさん、少しくらい話を聞いてくれたっていいじゃねェか」

 

 くれはに拳骨をくらって倒れたサミュエルを尻目に、ジョルジュが前へ出る。

 

「金なら払う。医術を学びたいのはこいつ一人なんだが、どうにかならねェか?」

「あんたらもしつこいね。大体医術なんてあたしからじゃなくても学べるだろう? なんであたしに拘るんだい」

「街で話を聞けば、貴女がこの街一番の医者だと言われたからです。僕は船医としてとある船に乗っている身だが、誰も死なせないためにより良い医術を学びに来た。最も腕のいい医者に師事したいと思うのは当然でしょう」

 

 スクラの言葉にくれはは目を細め、何かを考えてから小さく笑う。

 

「……ヒッヒッヒ。お前たちの有り金と積荷全部寄越すっていうなら考えてやるよ」

「おいおい、そりゃいくら何でも……」

「船長は僕ではない。僕の裁量で渡せる分で良ければいくらでも。命を救う技術に代えられるものではない」

「スクラ!?」

「ヒッヒッヒ。お前さんとは交渉成立だね。船長とは後で話をさせな。それと、住むところは決まってんのかい? 明日からうちに来な、一から叩き込んでやるよ」

「ありがたい。お世話になります、Dr.くれは」

「ドクトリーヌと呼びな、若造」

 

 スクラは頭を下げ、礼を言う。

 交渉はひとまず成立した。今日のところは一度帰ることにする。

 どれくらいの時間を見ておくべきかはわからないが、少なくとも学ぶことは多そうだ、とスクラは気合を入れた。

 

 

        ☆

 

 

「……なるほど。それでこんなに早く連絡を入れてきたわけか」

『まァな。流石に積荷全部ってのはお前に一報入れておかねェと』

「必要なら金くらいくれてやれ。積荷は……この船の積み荷全部となると流石に多すぎる。我々も困るが、一気に渡されても困るだろう」

 

 電伝虫を片手に、カナタは甲板でビーチチェアに寝そべったまま答える。

 日差しが心地良いので眠くなってくるが、意識ははっきりしていた。

 本来なら電伝虫は緊急連絡用でしか使わない予定だったが、個人名を出さなければ盗聴されても問題ないと判断し、ジョルジュから連絡を受けている。

 もっとも、伝えられた情報は緊急でも良さそうではあったが。

 

『今はあいつは護衛付きで医術を学びに行ってるところだが、そうなるとこっちで多少は稼いでおいた方が良さそうだな』

「そうだな。有り金全部を要求されたならそれなりの金額になる。明日の飯にも困ることになってはこちらも少々考えねばならない」

『だよなァ……ところで、さっきから砲撃音が聞こえるんだが気のせいか?』

「気のせいではない。今海賊船から襲撃を受けている」

『呑気に話していていいのか?』

「雑魚だ。私が出るほどでもないな」

 

 海賊旗もないので一般の船だと思って襲撃に来たのだろうが、運が悪いとしか言いようがない。

 デイビットとジュンシーが相手の船に乗り込んで戦っているようだし、カナタが出るまでもないと判断できる。

 カナタの顔が売れれば売れるほど、今後は海賊として名を上げるために襲ってくる金づる──もとい海賊も現れるだろう。海上戦は商人のころからやっていたので多少の経験はあるが、デイビットとフェイユンは不慣れなのもあって順番に経験させている。

 フェイユンは少し扱いに困るのでカナタがいるときでもなければやらないが。

 

『まァ問題ねェならいいんだが』

「それより期間はどれくらいかかりそうなんだ。この辺りを拠点にするにも限度があるぞ」

『そこなんだよな。まだ一日目だし、覚えることがどれくらいあるのかざっくり聞いてくるとは言ってたから、次にこっち来るときに伝えるぜ』

「わかった。場合によっては一時的に拠点を変えることも考えねばな」

『そうだなァ……永久指針(エターナルポース)があればここに来ることは難しくねェしな』

 

 また連絡を入れるとだけ言ってジョルジュは通話を切った。

 受話器を置いたカナタは、敵船を落として戻ってきた二人を労って積荷と有り金を奪うように指示を出す。

 生存者はいるようだが、これだけボロボロにやられれば反抗も出来ないだろうというレベルだ。

 

「スコッチ。ドラムを拠点にした場合、どれくらいの期間身を隠せると思う?」

「難しいな……ドラム王国は世界政府加盟国だしよ、顔を見られたら一発で通報されると思うぜ」

「だろうな。だが、ドラムには海軍支部がない。通報されたところで一日二日くらいの猶予はある」

「本当はドラム王国で誰か医者を仲間に出来ればいいんだろうけどな。おれは女の子がいい。出来れば可愛い方が」

「お前の趣味なぞ聞いていない」

 

 スクラたちを置いてこの先の航海をするわけにもいかないし、しばらくはこの辺りを拠点にするほかにない。

 だが、それも限度が来るだろう。

 

「……全てはスクラ次第だな」

 

 とにもかくにも、予定を聞かなければ今後の動き方さえ決めることが出来なかった。

 




話が進まなくてどうしようかという感じ。
今章ちょっと長くなりそうです。
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