ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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これは果たしてネタバレになるのだろうか…と思いつつ。
単行本派の方は注意を。ロックスに関する内容が少しだけ出てます。


第三十三話:契約

「由々しき事態だ」

「〝金獅子〟と〝白ひげ〟の接触を許すとは……あの二人が手を組むとは考え難いが、可能性があるだけでも非常にまずい」

「〝ビッグマム〟といい、ロックスの残党が動いているのが不気味だな……」

「原因はやはり〝魔女〟か」

「動き出す契機となったのは彼女の手配書の更新後だ。何かしら彼らが動くに値する理由があったということだろう」

 

 聖地マリージョア、パンゲア城。

 天竜人の住まうこの地において、天竜人の中でも最高位に位置し、実質的に世界政府の最高権力者とされる者たち。

 俗に〝五老星〟と称される彼らは、つい最近海を騒がせている者たちに頭を痛めていた。

 五老星の一人の手にあるのは、一人の少女が写った手配書。

 

「カナタ、か。西の海(ウエストブルー)のどこを探しても痕跡の見つからない少女。これは偽名ではないのか?」

「戸籍のない子供などいくらでもいる。疑えばキリがない」

「ロックス海賊団をガープが倒したのは五年前。彼女が活動を始めたのは六年前……これも偶然と言えるのか?」

「元ロックスの船員が動き始めたことも、彼女と何らかの関係がある可能性はゼロではない」

「まるでロックスの船員の一人が彼女を西の海(ウエストブルー)に逃がしたかのようだな……」

 

 当時の年齢を考えてもカナタ自身がロックスの船にいたというのは考えにくい。

 その親類縁者がいた、と考えるのが妥当だろう。

 そして、親類縁者となれば現在海で名を馳せている大物たちの血族である可能性がある。

 

「サイファーポールを動かす必要があるな」

「だが彼女は相当な実力者だ。一年前の時点でCP-0を物ともしない武力を持っている。今ではゼファーでさえ手を焼くのだ、諜報員とて暗殺は難しいだろう」

「こうなると〝ONLY ALIVE(生け捕りのみ)〟としたのは失敗だったな……一刻も早く打ち倒さねばならん」

「ホーミング聖にも伝えておかねばな……」

「CP-0を通して『話がしたい』と伝えてきたときは何かと思ったが……いや、実際に話して何か情報を得られるか試してみるか?」

 

 天竜人の殺害以外では目立った行動もしていない。何を目的としているのかもわからないため、世界政府としても手の打ちようがないのだ。

 せめて目的だけでもわかればと、ホーミング聖の案を採用してもいいのではと判断する。

 ゼファーがカナタを取り逃がした影響か、わずか数日にして海賊被害が増えている。

 原因である彼女の目的が大したものでなければ、今は多くの海賊たちを抑止する方向に海軍を動かすべきだと考えていた。

 

「どのみち新世界の大物たちが動いている今、海軍大将を自由に動かせるほど余裕のある状況ではない。次のチャンスでダメなら一旦退かせるようコングに言わねばならん」

「天竜人を恨む者たちの旗頭になる可能性だけは留意しておかねば」

「どうにかサイファーポールを潜り込ませられないものか……試してみるか?」

「虎の尾を踏む真似はよせ。アラバスタでの行動を見る限り、彼女たちはまだ理性的だ。下手に政府への敵対心を煽る必要はない」

 

 少なくとも現状は、と付くが。

 天竜人を殺害して以降、特に目立つ犯罪行為は見受けられない。海上での略奪がある可能性は決してゼロではないが、今のところはそういった情報もない。

 とにもかくにも情報が足りないのだ。

 海軍大将でさえ取り逃がすというのなら、現状では様子見をするしかないだろう。

 監視は必要になるだろうが。

 

「──では、今回の議題は以上だ」

 

 より良い世界のために、五人の男たちはまっすぐに立ち上がる。

 

 

        ☆

 

 

 一方、カナタたちは予定通り再びドラムへと寄港していた。

 先日船を寄せた場所と同じ場所に船を寄せ、今回はフードを目深に被ったカナタも船から降りていた。

 

「ではDr.くれはと少し話したら戻ってくる。今日はここに停泊することになるだろう」

「じゃあ街に行ってもいいか?」

「こいつは船に縛り付けておけ」

 

 なんでだよーと喚くクロを無視し、ジョルジュとサミュエルに連れられてカナタは近くの街──ギャスタへと向かう。

 相変わらずの積雪量で足元は雪で埋まっているが、カナタは特に苦も無く歩いていた。能力で雪の表面を凍らせて舗装しているのだ。

 ジョルジュとサミュエルは「便利な能力だな」と思いつつ、その恩恵に(あずか)る。

 くれはがどんな人物か簡単に話しながら歩き、街外れの大木に向かって歩を進める。

 

「……ある程度は妥協案が必要だな。一気に渡すとなると流石に荷物の移動が面倒だ」

「金はいいのか?」

「金などまた稼げばいい。略奪はなるべく避けたいが、必要になればまた何か考える必要があるな」

 

 天竜人を殺しはしたが海賊を名乗った覚えはない。

 とはいえ流石に船員の命を預かった状態で生ぬるいことを言うつもりはない。必要なら商船からでも略奪するだろう。

 もっとも、海が世界のほとんどを占めているためか、海賊が多いので海賊を襲えば大体食料は手に入る。商船を襲うのは本当に最後の手段だ。

 食べるだけなら海獣や海王類を仕留めても良いのだし。

 

「海賊が多いのはいいことなのか悪いことなのか……」

「一般市民にとっては悪いことだろうな。懸賞金のついている海賊なら懸賞金を貰いたいところだが」

「お前が行っても駄目だろうなァ……顔がバレてるのはお前とフェイユンだけだし、おれとジュンシーで取りに行くとか出来ねェかな」

「商人をやっていた時期に名前と顔は売れている。海軍が素性を調べていないとも考えにくいが、それでも行くか?」

「……やめておく」

 

 マルクス島こそ焦土になったが、それ以外の定期航路を結んでいた島々でジョルジュ一家の顔は売れている。

 特に航海士であるスコッチは代表代理ということもあって表に出ることは多かったし、この海を渡るのに航海士なしというのは自殺行為だ。

 どこまで警戒しているかわからないが、捕まるリスクを背負ってまで賞金を手に入れる必要はないだろう。

 

「……ん? あれは」

 

 カナタがふと視界に入った人物に目を向ける。

 何かしら考え事をしているのか、難しい顔で街中を歩く魚人。タイガーだ。

 声をかけてみると、目を丸くしてカナタたちの方を向いた。

 

「タイガー! 舵は直ったか?」

「……ん? おお、カナ──」

「私の名前は出来るだけ呼んでくれるな。これでも追われている身なのでな」

「ああ、そうだったな……また会えるとは運がいい」

 

 やや声量を落として話し始め、立ち止まって話をするのもなんだからと、共にくれはの家へ向かう。一人増えたが、カナタは出来るだけ顔を見られないように街中での行動を避けているのでこればかりは仕方ない。

 街外れの大木まですぐだが、タイガーが難しい顔をしていた理由は到着するよりも早くわかった。

 

「舵が直せない?」

「ああ。おれも冒険家だ、多少壊れた程度なら自分でも直せるが、今回のは壊れた部位が悪かった」

 

 舵の根元が壊れた影響で竜骨にヒビが入っているらしく、このままだと遅かれ早かれ船が沈んでしまうという。ついでに暴風で帆も裂けていた。

 この島で新しい船を手に入れることも考えたのだが、それをするには手持ちの金が足りない。

 

「ははあ、なるほど。それでどうするか悩んでいたわけか」

「おれは魚人だ。最悪荷物を担いで泳ぐのも手ではあるんだが……休むことも出来ずにずっと泳ぐってのは無理があるからな」 

「この街で金を稼ぐことを考えなかったのか?」

「余所者──それも魚人に出来る仕事なんてのはそうそうない。動くに動けずどうしたものかと思っていたところで、お前たちと出会ったわけだ」

 

 他の島に移動するにも船が必要で、船を調達するには金が必要で、金を調達するには仕事が必要。しかし魚人では仕事は出来ないという状況。

 差別というのは根深い。

 二百年近く前まで、人魚や魚人は〝魚類〟に分類されていたという。今でも差別が残っている地域も少なくない。

 見た目が人間とは大きく違うことも差別の要因なのだろう。巨人族などは大きさこそ違うが見た目は普通の人間と変わりない。

 

「それでだな、頼みがあるんだが……」

「船に乗りたいなら好きにしろ。我々は追われる身だが、それでも良ければな」

「……いいのか?」

 

 ジョルジュは肩をすくめ、サミュエルは何も考えていない顔をしている。

 カナタが決めたことなら特に異論はないらしい。進退を左右する重要なことならばまだしも、船室が大量に余っている船に船員が一人増えるだけだ。

 巨人や能力者が多数いる中で魚人が増えたところで大して変わりはない。

 タイガーとしては魚人島まで送ってくれればいいと考えているらしく、そこまで乗るにあたって雑用でもやると言い出す。

 カナタは少し考え、タイガーに尋ねた。

 

「得意なことはあるか?」

「得意なことか……一人旅だったからな、大体のことは出来る」

「そうか、ならその辺りは追々決めていけばいいだろう」

「ところで、おれ達はいまどこに向かっているんだ?」

「うちの医者が修行中でな……ここか?」

 

 くれはの家に辿り着き、ジョルジュはノックして中にいるか声をかける。

 間を置かずに扉が開き、中からくれはが顔を出した。

 

「ヒーヒッヒッヒッヒ。お前らか、船長は連れてきたんだろうね?」

「ああ、こっちのやつが船長だ」

「あんたかい? 随分でかいねェ、それに魚人とは」

「そっちじゃねェ」

 

 改めてカナタの方へと視線を向けなおす。

 なるべくなら顔を晒さないほうがいいのだろうが、スクラの師匠なのだから顔を出さないのは駄目だろうと、反対を押し切って素顔を晒した。

 カナタの顔を見た途端、くれはは怪訝な顔をしてジッと見つめ始める。

 

「……お前さん、歳はいくつだい?」

「? 十六歳だが」

「十六か……なら別人だね。一瞬()()()が生きてるのかと思ったよ」

「あの女? カナタに似てる奴でもいたのか?」

「似てるなんてもんじゃないね。生き写しさ。瞳の色が違うが、違いと言ったらまぁそれくらいかね」

 

 そこまで似てるとなれば、姉妹ないし親子である可能性は十分に考えられる。ジョルジュは少し興味がありそうだったが、カナタ本人は欠片も興味がなさそうだった。

 両親とも孤児院とも縁は切っている。既に捨てたものに執着する趣味はない、ということだろう。

 

「あたしも話す気はないよ。あの女が絡んでいいことなんて一つもなかったからね」

「会ったこともない親のことなど興味もない。そんなことよりも、私は他の用事で来たのだが」

「ヒーッヒッヒッヒ。あの坊主のことだろ? 筋はいいね、半年もあればモノにはなるだろうさ」

 

 元々が医者だったのだ。一から全て叩き込むわけではない以上、基礎的な部分で教えることはない。

 本当に全て教え込むつもりなら数年は必要になるだろう。

 だが、流石にそこまで時間がかかるとなるとスクラもカナタも困る。

 

「半年から長くなるか短くなるかは当人の努力次第さ。じゃあ、次の話だ」

 

 いつまでも玄関先で話すのもなんだからと、くれはは奥へと引っ込んで椅子に腰かける。

 カナタたちも各々家の中でくつろぎつつ、ジョルジュは勝手知ったると言った様子でお茶を入れ始めた。

 随分狭そうにしているタイガーを尻目に、カナタは懐から札束を取り出してテーブルに置く。

 

「ひとまず前金、スクラの取り分としてプールしてある分だ。船の有り金全部を所望と聞いたが、間違いないか?」

「ああ、そうさ。有り金と積荷、全部寄越すならあの坊主にあたしの技術を全部叩き込んでやるよ」

「それ自体は構わないが、積荷はこの家に入れるには少しばかり量が多い。定期的にドラムに寄港する予定でもあるから、そのたびに積荷を引き渡すということでどうだろうか?」

「偉く素直じゃないか。海賊は大概ゴネるもんだがね、〝竜殺しの魔女〟」

「海賊を名乗った覚えはない。天竜人を殺したのはうちの可愛い船員を奴隷にしようとしたからだ。また同じことがあれば同じことをするだろう」

「ヒッヒッヒ、怖い女だね、お前も」

 

 上機嫌に笑うくれは。

 彼女はテーブルに乗せられた札束を受け取り、枚数を数えながら次の予定を聞く。

 

「積荷はそれで構わないよ。巨人も乗ってるような大型船の積荷が全部入るとは思っちゃいない」

「そうか。では都度必要な物を聞いて必要な分の積み荷を運ぼう」

「ああ。あたしはあの坊主に医術を叩き込む。あんたはあたしに有り金と必要な積荷を運ぶ。これで契約成立だ」

 

 書面で契約を交わすわけではないが、金額だけは確認してきている。一千万ベリーを超える金額にくれはも驚いているが、逆に言えばここから稼いでもくれはに渡す金額が増えることはないというストッパーでもある。

 青天井に増えていく借金など想像したくもない。

 元が商人なので、そういうことには敏感なのだ。

 

「随分ため込んでたようだね」

「食費も馬鹿にならないのでな。医薬品も必要なだけ用意するとなるとそれなりに額がいる」

「ま、その辺りはあたしには関係のないことだ。半年かけてしっかり払うことさね」

「そうさせてもらう」

 

 最後にスクラの姿を見ていこうと思ったが、彼は今薬の調合で忙しいらしい。

 邪魔をするのは本意ではない。スクラによろしく言っておいてくれ、とだけジョルジュに言伝を頼んでタイガーと共に船に戻ることにする。

 酒と食料はまだ余裕がある。カナタは、一時的とはいえ新しい仲間が増える。今日は宴にしよう、と笑った。

 

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