不審船がいる、という通報を受けてドラム王国へとやってきたゼファー一行。
期待はなかった。不審船などよくある話で、決定的な証拠になどなりえていなかったからだ。
だが──。
「……驚いたな。当たりだ」
ゼファーは双眼鏡を覗きながら小さくつぶやいた。
その先にあるのは一隻のガレオン船だ。アラバスタ王国の沖合で一度戦った際に確認しているため、間違えることはない。
何より、船の上にいる巨人には見覚えがあった。
「〝巨影〟のフェイユンですね。〝魔女〟の姿は確認できていませんが、島に上陸しているものと思われます」
「ドラム王国の軍隊……ここでは守備隊だったか。そいつらに連絡しろ。一戦交えるが、近隣の街に賞金首が紛れ込んでいるとな」
「〝魔女〟は単独で海を渡れるため、最悪の場合彼女だけ取り逃がす可能性がありますが……」
「それはねェよ。今から襲撃するって大々的に言ってやった方が釣れる」
仲間を見捨てて自分の命を取るような人物だったら、他者を庇って天竜人を殺害するような真似はしない。
一度戦ったセンゴクもゼファーも、その辺りのことはよくわかっていた。
「ロジャーと同じタイプだな。実力がなけりゃあすぐにでも死ぬタイプだが……」
「実力を伴うと厄介なタイプでもある。ベルク、すぐにロンズとサウロの二人に連絡を入れろ。船を包囲する」
「はっ!」
船上はバタバタと慌ただしくなってきた。
近くにある軍艦三隻が徐々に包囲網を形成し、十分だと判断したころには相手も迎撃態勢を整えている。
手始めに動いたのは──〝巨影〟の名を冠する巨人だ。
「動きました! 〝巨影〟です!」
「見りゃあわかる。あんなデカい人間なんて他にいねェよ」
普通の巨人族の十倍ほどの大きさを誇るその体躯に、思わずため息が出る。
体格だけで言えば彼女に勝てるものはいないだろう。比べるならそれこそ海王類やアイランドクジラなどの巨大生物になる。
だが、それだけ巨大でも大砲は有効だ。
四隻の軍艦から絶え間ない砲撃を浴びせかけてやれば、多少なりともダメージは入る。巨大だからこそいい的だ。
「ロンズとサウロは〝巨影〟の抑えに回れ。おれとセンゴクは乗り込んで始末をつける」
フェイユンを相手取るならロンズとサウロ、二人の中将でも十分だろう。体格差こそあるが、ある程度は覇気の強さで差を埋められる。
体格差だけではなく、彼女自身も覇気使いであることを考えれば妥当な人選と言える。
船に収まり切れない巨体のフェイユンは冬の海に足を浸け、武装色で硬化した拳を軍艦へと振り下ろす。
「その程度で、おれを倒せると思うなァ!!」
その巨大な拳を横に弾き、ゼファーとセンゴクはカナタたちの船へと向かう。
飛んでくる砲撃を避け、時に弾きながら船に着地し、甲板を見渡してすぐさま防御態勢に入ったゼファー。
硬質化した腕に槍の穂先がぶつかり、甲高い音を立てて動きが止まる。
「随分な挨拶だな」
「いきなり乗り込む輩に礼儀など不要だろう──それに、相手が大将ともなれば不意打ちで倒れるほど軟弱ではあるまい」
「当然だ。お前もそれなりに強そうだが……〝魔女〟はどこだ?」
「今は下船中だ。そのうち戻ってくるだろうが、茶を飲みながら待つつもりもなかろう?」
「そりゃあ、当然だ──な!!」
槍を弾いて踏み込み、ジュンシーへと殴りかかるゼファー。
ジュンシーはそれを弾かれた槍を回転させて薙ぐことで逸らし、長大な槍を巧みに操って距離を置きながらゼファーの喉を突く。
紙一重でそれを避けてさらに踏み込むが、ジュンシーはそれを先読みしてゼファーの踏み込もうと浮いた足を払った。
「チッ!」
見聞色でそれらの攻撃を予見しながら捌いていくが、どうにもやりづらい。
(こいつは……〝魔女〟とは別の意味で厄介だな)
明確に未来を視る力があるわけではないが、相手の嫌がる動きをして場を支配する戦い方だ。この手のタイプは非常にやりづらいからゼファーとしてもあまり戦いたくないタイプだが──それでも、負けるほどではない。
硬化した拳でジュンシーを弾き飛ばし、数メートルの距離を置く。
ジュンシーが持つ槍はカナタのそれとはまた違う、〝六合大槍〟と呼ばれる三メートルほどの槍だ。
穂先を除いて木で作られているため、武装色の覇気を纏ったそれは硬さを持ちながら柔軟性を持ち、たわむことで衝撃を受け流している。
「一定の距離をおけば防戦ならこなせるって訳か」
「勝てると思い上がれるほど楽観的にはなれんのでな」
それでも完全にダメージを受け流せているわけではない。カナタよりも戦い方は巧みだが、武装色は彼女ほど強くないからだ。
加えてゼファーの見聞色を凌ぐほどではないため、防戦も何時まで続くか──。
ゼファーとジュンシーが同時に動き、拳と槍がぶつかる。
武装色の覇気を纏ったそれらはぶつかるたびに衝撃波を生み、いかに広い船の甲板と言えども逃げ場のない状況では巻き込まれる可能性が高かった。邪魔にならないよう、スコッチたちは船の端に避難している。
くれはのところに行っているカナタたちが戻ってくれば、少なくともこの絶望的な状況を多少は巻き返せるだろうが……それを許してくれるほど、状況は簡単ではない。
☆
「ゼファーの相手を出来るほどの実力者が〝魔女〟のほかにもいたか……しかし、他にはもう乗っていないようだな」
フェイユンは巨人族の中将二人で抑え込んでいる。今回が初のコンタクトとなるジュンシーはゼファーを相手取っており、現状この船にいる面々でセンゴクの相手が務まるような強者はいない。
センゴクは立ち向かってくる船員たちを纏めて倒しておこうと、一歩踏み出し──向かってくるデイビットの拳を受け止めた。
「この船の留守を預かってるんだ……! テメェらの好き勝手になんかさせるか!」
「だったら、守って見せろ……!」
デイビットの能力で拳が爆発するも、武装色の覇気を纏っているセンゴクにダメージはない。
基礎的な力に差がありすぎる。センゴクが能力を使うまでもなく、デイビットの能力ではダメージを与えることが出来ない。覇気を貫けないからだ。
「クソ……クソっ! なんで、おれはこんなに……!!」
あまり派手にやり過ぎると船が壊れる恐れがあるとはいえ、それでも手加減をしているわけではない。
完全に力負けしているという残酷な現実が、デイビットの自信を完全に打ち砕く。
「やはり脅威となるのは〝魔女〟一人か。先に船を制圧すれば、奴は大人しくなるだろう」
仲間を大事に思う彼女相手ならば、船員を抑えることで大人しくさせることも容易だろう。彼女の強さはセンゴクとてわかっているし、真正面から戦わずに済むならそれに越したことはない。
デイビットをしたたかに殴り飛ばして気絶させ、残る船員を戦闘不能にしようと構えるセンゴク。
「どどどどうすんだよあれ!? センゴクなんておれらじゃどうしようもねェぞ!!?」
「どうって言われてもな……カナタもゼンもいないんだからオレたちがどうにかするしかないんじゃね?」
「何で冷静なんだお前!?」
スコッチが取り乱している横で冷静な判断をするクロ。
この船の最大戦力であるカナタとゼンの二人がいない時点でだいぶまずいのだが、先程電伝虫で連絡してそれきりだ。多少の距離があるので時間を稼がねばならないが、この状況ではそれもままならない。
ジュンシー一人ではゼファーの相手をするだけで手一杯だし、フェイユンだって中将二人を相手取っていて期待は出来ない。
クロやスコッチではセンゴクの相手など務まらないだろう──だが。
「やるっきゃねェだろ。任されたんだからな!」
船の中でも最弱に近いクロがこう言っているのだから、スコッチとしては半ばやけくそでやるしかないという状況だった。
カトラスを片手に気勢を上げ、負けるとわかっていても戦わないわけにはいかない。
その状況で、船の中から一人の男が出てきた。
センゴクは目を細め、警戒したように歩みを止める。
「──おれが相手になろう。カナタには世話になった身だからな」
タイガーが身をかがめ、凄まじい速度で飛び出してセンゴクへと殴りかかる。
魚人特有の膂力に物を言わせ、防いだセンゴクが踏ん張り切れずに数メートルほど甲板を滑った。
「ぐ……!」
「タイガー! 助かったけど、お前まで賞金付いちまうぞ!?」
「構わねェ! どうせ海軍は魚人を守っちゃくれねェんだ。お尋ね者になるくらいどうってことねェよ」
タイガーの言い分にセンゴクは顔をしかめるが、反論することはない。
世界政府の在り方と天竜人の在り方。それに海軍の在り方を考えれば、タイガーの言い分に対して反論する言葉を持たなかったからだ。
たとえその在り方を、センゴクが良しとしていなくとも。海軍に所属している以上は従わねばならない。
誰もがガープのように生きられるわけではないのだ。
「……邪魔をするなら、誰であろうと容赦はしない!」
遂にその能力を発動させ、大仏の姿となるセンゴク。
巨人族と変わらない大きさを誇るその姿を見てもなお、タイガーは睨みつけて一歩も引くことはない。
「ありゃ
身体能力の向上が主な能力である
下手に引き寄せればクロの方がやられることになるだろう。
大仏となったセンゴクは振り上げた拳をタイガー目掛けて振り下ろし、タイガーはそれを避けて船の甲板に大きな穴をあけた。
「うおおお!? センゴクをこのまま暴れさせると拙いんじゃねェか!?」
「船が先に壊れそうだな……どうにか追い出すか、海に落とせねェもんか」
海の上に直接氷を張って戦っていたカナタと違い、船の上での戦闘ともなればセンゴクの不意を突くのは難しい。
魚人であるタイガーは海の中に入れればかなり戦いやすくなるだろうが、それをさせてくれるはずもないだろう。
タイガーが動く前にセンゴクは掌から覇気による衝撃波を放出し、タイガーもろとも後ろに控えていた船員たちを吹き飛ばす。
「ぐ、あああ……っ!!」
吹き飛ばされたタイガーはすぐさま体勢を整え、センゴクへと飛び掛かる。
センゴクの覇気を纏った拳とぶつかりあい、せめぎ合って互いに弾かれるように距離をとった。
距離をとった直後に後ろから銃を構えてタイガーの援護をするが、センゴクが相手ではそれもあまり意味をなさない。
いかにタイガーの膂力が常人離れしていようと、センゴクはそれすら上回る。
「クソ、やはり強いな……!」
「お前ら! 客人のタイガーにばっかり戦わせてんじゃねェ! 援護するんだよ援護!」
スコッチが声を張り上げ、カトラスを振り上げてセンゴクへと切りかかる。
勝てないとわかっていても、このまま客人であるタイガーに戦わせたままでは船を任された身としてカナタに合わせる顔がない。
覇気すら纏っていない攻撃ではダメージなど与えられないが、少しでも隙が出来ればと考え──そこに、横合いから吹き飛ばされてきたジュンシーがぶつかる。
スコッチを巻き込んでゴロゴロと転がり、壁にぶつかって二人が止まる。
「ジュンシー! おい大丈夫かお前!?」
スコッチと共に転がっていったジュンシーにクロが声をかけるが、それに答える声はない。
頭から血を流すジュンシーはすぐさま立ち上がり、ゼファーの追撃に備える。
しかし、ゼファーは予想に反して追撃することはなく、センゴクの横に並び立って腕を組んだ。
「まだまだ甘いな。おれを倒せるほどじゃあねェ」
「ゼファー、何を遊んでいる! 〝魔女〟が戻ってくる前に船を制圧する必要があるんだぞ!」
「そういうな、センゴク。奴は結構強かったぜ。多少手こずるくらいにはな」
少なくとも、一切手は抜いていない。
ジュンシーにはところどころに打撲痕があるが、流血は頭部を切ったせいだ。それほど深い傷ではない。
対してゼファーは頬に一筋の傷こそ出来ているが、それ以外はほぼ無傷。善戦したとは言ってもこれではジュンシー本人が納得しないだろう。
「それに……手遅れだ」
ゼファーが視線をドラム本島に向け──その直後に音速を超えて氷の槍がゼファーの喉元目掛けて飛来した。
それを武装硬化した両腕を使い、白刃取りの要領で受け止め──空を飛んで来たカナタの蹴りが氷の槍の柄に叩き込まれ、ゼファーが吹き飛ぶ。
センゴクが声を上げる間もなく、カナタはセンゴクへと向き直って巨体の横っ腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ぐ、ぬぅ──!?」
以前戦った時よりもはるかに覇気が強くなっている。
センゴクはたたらを踏むも、すぐさま船の端で体勢を整えてカナタに向けて覇気による衝撃波を放つ。
カナタはそれを正面から覇気で防ぎ、ギロリと赤い瞳でセンゴクを睨みつけた。
「随分好き勝手やってくれたようじゃないか、センゴク」
「〝魔女〟め……!! ここまで実力をつけていたか!」
二人の覇気でビリビリと大気が震えている。
このまま暴れては船も無事では済まない。まずいと思ったクロは声を掛けようとするが、その前にカナタが動いた。
「ここでは狭い。海の上でデートと行こうじゃないか」
センゴクが拳を振るうのに合わせてカナタは拳をぶつけ、衝撃波をまき散らしながらそんなことを言う。
どういうことだ、と声をかける前に、視界の端に巨大な顔面が映った。
「ん~~、ヒーハー!! 行くわよォ~!! 〝顔面成長ホルモン〟!! 〝
ただの瞬きによる爆風が、更に顔面成長ホルモンで巨大化した瞼によって強化された。
その爆風を横合いからまともに受けたセンゴクは船からはじき出される。だがすぐさま空を蹴って船へと戻ろうとして、船から飛び出したカナタとぶつかる。
海上が瞬く間に凍っていき、二人は同時に着地した。
「ゼン!」
「承知!」
センゴクと入れ替わりで船に戻ってきたゼファーに対し、ゼンが武装色の覇気を纏ってゼファーに攻撃を仕掛けていた。
卓越した二人の攻防はめまぐるしく変わり、ここでは狭いとゼンが氷上へゼファーと共に移動する。
カナタは氷上でセンゴクと正面から向き合い、静かに怒りの炎をたぎらせる。
「カナタ!」
船に戻ったドラゴンが、カナタの私室に置きっぱなしにしてあった白い槍をカナタ目掛けて投げた。
それを受け取り、武装色の覇気を纏わせて黒く硬化させる。
「……一年前も、似たような状況だったな」
天竜人を殺し、すぐさま港から逃げようとしたカナタたちを追ってセンゴクは船を出した。
今回は既に包囲されていて逃げ場はない。ここで戦って打ち勝つ以外に、生きる道はないのだ。
「今度は逃がさん。覚悟しろ」
「いつまでも逃げているつもりはない。今度はお前を叩き潰す番だ」
二人の覇王色の覇気がぶつかり、拳と槍が衝突し──天が割れた。
次回、カナタ&ゼンVSセンゴク&ゼファー