ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第三十八話:正念場

「──このような別れになることを心苦しく思う」

 

 雪の降る中で、スクラはくれはに別れを告げていた。

 このままこの国にいるわけにはいかない。居場所が海軍にバレた以上、捜索されるのは自明の理だ。

 そこまでくれはに迷惑をかけることを良しとはしなかった。

 

「ヒッヒッヒ。前より多少は使い物になるようになっただろうが、まだまだ若造さね。研鑽を怠るんじゃないよ」

「それは、もちろん。次にこの島を訪れる際には貴女と対等な立場で話し合えるようになっておきたい」

「言うじゃないか。楽しみにしてるよ」

 

 笑うくれはに背を向け、荷物をまとめたスクラはジョルジュたちと共に船へと向かう。

 実質的に戦力にはなりえない面々だが、サミュエルが道中の護衛として残っていた。ゼンとカナタがいればゼファーとセンゴクは相手取れると判断して。

 だが、事態はそう簡単でもない。

 

「軍艦四隻が取り囲んでいるらしい。フェイユンもジュンシーも手一杯、カナタとゼンはゼファーとセンゴクの抑え……このままだとまずいな」

「おれも戦うぜ!」

「馬鹿正直に正面から戦ったって、あんな化け物ども相手に勝てるわけねェだろ」

 

 策を練らねばならない。

 純粋に力だけで押し勝てるならそれでもいいが、ゼファーとセンゴクの強さはおそらくカナタを上回る。

 頭を使って出し抜かねば勝ち目はないだろう。

 

「考えろ。ただ戦うだけじゃ生き残れねェんだ。バカのままでいられる時期は過ぎたぜ、サミュエル」

「……だけどよ、おれは考える事なんか苦手だぜ」

「それでもだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでいい」

 

 難しいことはわからないというサミュエルとて、何も考えられないわけではない。自分にできることをやればいいのだとジョルジュは言う。

 スクラが医者として怪我を治療するように。

 カナタやスコッチが航海士として海を渡るように。

 サミュエルにしかできないことがある。

 

「今回はおれが策を考えねェとな……カナタはいの一番に飛び出しちまった」

「彼女ならジッとはしていられないだろうからな。僕はすぐ医務室に戻って怪我の治療を始める」

「ああ、そうしてくれ」

 

 連絡が来た限りでは、大将一人に中将三人。それに大佐や中佐が相当な人数。

 巨人族の中将二人はフェイユンが抑え、カナタとゼンでゼファーとセンゴクを抑えればひとまずは問題ないだろう。本部大佐とて十分に強いが、イワンコフやドラゴン、ジュンシーがいる現状を考えればそれほど脅威にはなりえない。ジョルジュたちだって最低限の力をつけている。

 カナタたちの援護にジュンシーを回してもいいくらいだ。

 

「だが、カナタたちが到着するまでにどうなってるかだな……」

 

 誰が無事で誰がダウンしているかを明確に知らなければ策を練ることも出来ない。

 大将か中将のどこか一人でも欠ければ、勝機はあるのだが。

 太陽は未だ中天にある。闇夜に紛れて逃げることも出来ない現状では、厳しいと言わざるを得ない。

 

 

        ☆

 

 

 ──斬撃が拳に弾かれ、次いで放たれる氷の刃が砕かれる。

 めまぐるしく変わる攻防の中で、無数に形作られた氷の武器が砕かれては消えていく。

 全身を覇気で覆ったセンゴクに傷はなく、センゴクの攻撃を的確に弾くカナタにもまた傷はない。

 

(──この女、まだ強く──!)

 

 戦っている最中でさえ覇気が強くなっていく。

 かつては容易く攻撃を当てることも出来たというのに、今となっては姿を捉えることすら難しい。加えて当てたとしても覇気による防御を貫けない有様。

 その強さは異質に過ぎる。

 

「どこでこれほどの強さを……!」

()()()に決まっている。お前や、ゼファーとの戦いからな」

 

 命があれば負けたとしても次はある。逃走は敗北ではないのだ。

 かつて死にかけたセンゴクとの戦いも、一歩及ばなかったゼファーとの戦いも、カナタにとっては十分すぎるほどの糧となった。

 研ぎ澄まし、磨き上げられた強さは海軍大将にすら引けを取らない。

 

(……だが、長くは続かないな)

 

 覇気は無限に湧いて出るものではない。極限まで練り上げた覇気を纏うことでセンゴクとまともに打ち合っているが、覇気の消耗もまた尋常ではない速度だ。

 長時間の戦いはカナタにとって不利となる。

 局所的に集中させた覇気によって四肢は青紫色になり、小さな島なら粉砕してしまいかねないほどの威力を持っていた。

 それでもセンゴクは崩せないのだから、彼の実力のほどがうかがい知れる。

 単独で戦っていれば強制的に短期戦に追い込む戦法も使えるのだが、今回はすぐ近くでゼンが戦っている。巻き込みかねない以上は下手に大技も使えない。

 だが。

 

「──ゼンなら死にはしないだろう」

 

 常人ならば呼吸をするだけで肺が凍り付く冷気を纏い、センゴクと近接戦闘をおこなう。

 影響を逃れることはできないにしても、出来る限り範囲を狭くすることでゼンへの影響を出来る限り少なくしているのだ。

 センゴクにも通用はするが、強固な覇気を貫くにはまだ足りない。

 

「小癪な!」

「これだけの戦力を私一人捕まえるために動員しておいて、小癪とはよく言ったものだな」

 

 並の海賊なら一瞬で壊滅している。今こちら側に来ている金獅子でさえ無傷で切り抜けることは出来ないほどの戦力だ。

 もっとも、これほどの戦力を向けられても未だに落とせていないのだからカナタたちが異常だと言った方がいいのかもしれないが。

 槍を構え、センゴクへと一閃。

 斬撃の後を追うように氷の刃が氷上を走り、センゴクの足を切り裂かんとする。

 

「ふ──っ!!」

 

 一息。

 振り下ろした拳は氷の大地ごと刃を叩き割り、氷塊をカナタ目掛けて投げつける。

 それを正面から受けて砕けた体はすぐさま寄り集まって修復し、お返しとばかりに巨大な氷のハンマーを生み出して上から叩き潰そうとする。

 再び振るわれた拳は巨大なハンマーを砕き、その破片が辺り一帯に飛び散った。

 

「流石に小手先の技は通用しないか」

 

 キラキラと陽光を反射して煌めく氷の破片の中、カナタは巨大な竜の(アギト)を形作って上下にセンゴクを挟み込む。

 センゴクは片手片足でそれを抑え込み、残った片手でカナタ目掛けて衝撃波を放った。

 ゴォ──ンと鐘の音のように響き渡る〝覇気による衝撃波〟はカナタを飲み込んで吹き飛ばすが、カナタはその衝撃を自身の覇気を使って受け流す。

 そして──。

 

「そう何度も見せられれば、解るというものだ」

「──ッ!!?」

 

 虚空に突き出した掌底から、センゴクと同じように〝覇気による衝撃波〟を発した。

 不意を突かれたためか、真正面からくるそれを両腕でガードしたものの、その威力に押されて数メートルほど後ろに滑るセンゴク。

 

「これもか……! そう易々と使える技ではないのだがな!」

「悪魔の実の能力によるものでもない限り、結局は人間が使える技だろう?」

 

 少なくとも、それを容易く真似することが出来るほどにカナタの実力が高まっていることは事実だ。

 動物(ゾォン)系幻獣種という特異な力であるものの、センゴクは覇気による力で戦っている部分が大きい。

 戦いの中でも、カナタという少女はより強くなる。

 

「お前やゼファーからは色々学ばせてもらったよ」

 

 振り下ろされた拳をカナタは片手で止めた。

 内側から覇気による強化で青紫色に染まり、更に鎧のように覇気を纏った腕はセンゴクの攻撃すら一歩も引かずに受け止める。

 

「──もう、負けはしない」

 

 センゴクの腕を弾き、飛び掛かったカナタ。

 すぐさま防御の態勢に入るも、その防御の上から強烈な斬撃を浴びて鮮血が飛び散った──。

 

 

        ☆

 

 

「あっちも随分派手にやっているな」

 

 ゼファーは両腕を武装硬化して戦いながら、時折センゴクとカナタの方へ視線を向けていた。

 手を出すだけの余裕があるわけではないが、視線を向ける程度には関心を持っていた。

 ゼンもゼファーも小手先の技で牽制しつつ出方を探っている状態で、本格的な衝突に至っていないからだ。

 

(あれだけ強化を施せば覇気の消耗も早い……短期決戦狙いか)

 

 流石にセンゴクとカナタでは経験値の差がありすぎる。その差を埋めるにはこれだけの無茶をしなければならない、ということだろう。

 あの強さならゼファーとてただでは済まない。

 彼女の纏った冷気はこちらまで影響が出ているが、それを気に留めずにゼンも気合を入れた。

 

「彼女も本気でやるようです。私もそろそろ、全力でやりましょうか」

「お前も随分と強そうだ。船に居たもう一人の槍使いと言い、いい人材がそろっているようだな」

「海軍大将殿から褒められるとは光栄です。彼女の下には色々と事情のある人が集まりますからね」

 

 ミンク族であるゼンもしかり。

 巨人族であるフェイユンも、魚人族であるタイガーも、普通なら同じ船に乗るような人物ではない。

 彼女だからこそ、付き従ってもいいと思っているから船に乗っているのだ。タイガーは客人なので少しばかり事情は違うが。

 

「私も彼女には恩のある身です──ここでは負けられない」

 

 踏み込み──横薙ぎに振るわれた槍をゼファーが腕で防いだ刹那の瞬間。

 

「──ッ!!?」

 

 ミンク族特有の能力である〝エレクトロ〟による雷撃がゼファーを襲い、一瞬動きが止まった。

 すかさず最大出力の覇気を込めた槍を突き出し、ゼファーの心臓を狙う。

 

「ぐ──これしきで!」

 

 覇気で全身を覆い、ゼンの槍を無防備で受けることだけは避けるゼファー。

 心臓にまでは達しなかったが、覇気の防御を打ち破って突き刺した槍から再び〝エレクトロ〟が発せられ、電撃によって肉の焼ける臭いが漂った。

 ミンク族の使う〝エレクトロ〟は悪魔の実の能力ではないため、覇気だけでは完全には防げないのだ。

 一切の容赦も加減もない。如何に大将とてこれを受ければただでは済まない一撃。

 ──だが、これで倒れるほどやわな相手なら苦労はしない。

 

「お、おォォォ──!!」

 

 吼える。

 ギロリと鋭い眼光がゼンを捉え、自分に突き刺さった槍を掴んで引き抜き、ゼンの体ごと引っ張って硬化した拳で殴りつけた。

 ミシミシと腕が嫌な音を立て、そのまま氷に叩きつけられるも歯を食いしばって耐える。

 連続して振るわれる拳をかろうじて避け、飛び上がって槍を拾い上げた。

 

「ぐ……流石に、簡単には倒れてくれませんか……!」

「当然だ。これくらいで倒れてたら、海軍大将なんざやってられねェ!」

 

 踏み込み、再び氷を叩き割るかのような一撃。

 先程よりもさらに威力の上がったそれを何とかしのぎ、覇気で防御してなお軋む体に鞭打って反撃に転じる。

 

「まだまだ!」

 

 槍による連続の突きをゼファーはひらひらと避け、最大出力の〝エレクトロ〟を纏った槍と武装硬化した拳がぶつかった。

 「来るとわかっていれば動けないことはない」とばかりに槍ごとゼンを押し返し、吹き飛ばす。

 電撃で見聞色こそ乱されるが、それだけに頼って戦っているわけではない。

 

(消耗が激しい。これでは、私もカナタさんのことを言えませんね……)

 

 どうあれ、格上相手では無茶をしなければ立ち行かないことはわかっていた。

 切り札もないではないが、日はまだ高い。加えて長時間の戦闘ではこちらが不利となれば、焦燥感も出る。

 自分かカナタのどちらかが崩されない限りは、とゼファーを睨みつける──が。

 

「──あっちは決着がついたか」

 

 ゼファーが視線を向けた先にゼンも視線を向ける。

 そこには──中将二人を相手にしていたフェイユンが、倒れていく姿があった。

 




 おかしい……週一になって楽になったはずなのに、一話出来上がるのにかかる時間がはるかに増えている…。
 何かがあったに違いない…(セイバーウォーズをやりながら)。

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