ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第四十話:宵闇に煌めく一条の星

「無事か、スコッチ!」

「なんとかな。お前らも無事みたいでよかったぜ」

 

 ジョルジュたちはサミュエルと別れて船に戻り、海兵の撃退の手伝いを始めた。

 その中で、擦り傷切り傷こそあるが大きな怪我のないスコッチの下へジョルジュが近寄った。

 見れば、周りにも怪我人は大勢いる。というよりこの状況で怪我のないやつなどいない。誰もが必死に軍艦から雪崩れ込んでくる海兵たちの相手をしているのだ。

 スクラは急ぎ医務室に戻って怪我人の手当てを始めており、少しでも状況が良くなるように各々動き始めている。

 

「誰かやられたか?」

「デイビットがセンゴクにワンパンKOだ。それ以外は船で大きな怪我したやつはいない」

「センゴクにか……大怪我したのか?」

「いや、吹っ飛ばされはしたが、そんなに大怪我じゃないはずだ。邪魔だったから船室に連れて行かせた」

「わかった、船室だな」

「おい、どうするつもりだジョルジュ!」

「叩き起こす! センゴクもゼファーも、あっちの巨人族どもも相手取るには能力者の力が必要だ!」

 

 頭を使わねばならない。

 ジョルジュだって元はただのチンピラだ。育ちがいいわけでも抜きんでて頭がいいわけでもない。

 それでも、船員たちの能力くらいは把握できている。

 

「クロ!」

「あいよー! オレはどっちに行けばいい?」

「巨人族どもは能力者じゃなさそうだった。お前の力を一番有効に使えるのはカナタだ」

 

 センゴクに致命的な隙を作ることが出来る、唯一絶対のジョーカー。

 ()()()()()()()()()()()()という、能力者限定とはいえ誰にも真似できないその力はカナタの傍でこそ活かせる力だ。

 中佐と大佐が攻めてきている現状なら軍艦からの砲撃もない。日も落ちてきた今ならクロの姿を視認される可能性も低いだろう。

 動くなら今だ。

 

「じゃあオレはあっちだな」

「……気を付けろよ、お前はうちの船の中でも弱いんだからな」

「ヒヒヒ、精々気を付けるさ」

 

 船から降りて氷を渡り、急いでカナタの下に向かうクロを見送って、ジョルジュはデイビットを叩き起こしに船室へと向かう。

 ここから反撃開始だ。

 一番厄介な相手を船長が相手取ってくれているのだから、自分たちとて踏ん張らねばならない。

 

 

        ☆

 

 

 ゼファーは自身より一回り以上大きい魚人のタイガーを相手に手こずっていた。

 いつもであればすぐさま叩き伏せることも出来ただろうが、ゼンとカナタを連続で相手取ったために少しガス欠気味だ。

 無論、この状態でも並の相手ならすぐに倒せるだろう。

 だが、目の前の男は並の相手というにはいささか強靭だった。

 数度ぶつかり、電撃と凍傷で傷だらけの腕を軽く確かめながら語り掛ける。

 

「巨人に魚人、よくわからねェ種族もいるようだし、〝魔女〟ってのは随分いろんな仲間を集めてんなァ」

「彼女の船に〝規律〟はあっても〝差別〟はない。おれのような魚人でも対等に接してくれる」

 

 魚人族の海兵は存在しない。

 何故なら、世界政府に種族として認められても未だ差別は強く根付いているからだ。

 人に虐げられることはあっても人に助けてもらうことなどそうそうない。そんな種族から海兵が出ることなどまずない。

 過去に〝巨兵海賊団〟が大暴れして恐怖の対象であった巨人族も、〝マザー・カルメル〟という女性の力があってようやく海兵が生まれた。

 そういった存在が出てこない限り、今後も魚人族から海兵になろうという者は出てこないだろう。

 

「耳の痛ェ話だ。本来ならおれ達海兵がそうでなきゃならねェってのによ!」

「そうじゃないから、おれはこっち側にいるんだ!」

 

 言葉を交わしながらも、二人は一歩も引かずに殴り合いを続けている。

 三十分あれば覇気が回復するとはいうものの、多少覇気が回復したところでゼファーとセンゴクを相手取るには厳しいことに変わりない。

 今、ここで。自分が倒すという気概を持たねば敗北するのはタイガーの方なのだ。

 そして、一方でドラゴンとセンゴクも熾烈な戦いをしていた。

 

「──海軍中将センゴク、やはり強いな……!」

 

 ドラゴンはセンゴクと直接の面識はない。

 だが、父親を通してその強さは十分に知っている。

 

「ぐ……〝魔女〟め、まだこんな隠し玉を……!」

 

 センゴクが攻め切れない相手が複数人も乗っている船など、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海に居るには異常にすぎる戦力だ。

 その目的こそ不明だが──数年前まで活動していた最悪の海賊団を連想させる。

 

「これほどの戦力で、お前たちは何をしようというんだ!」

「彼女はお前たちに打ち勝って、〝偉大なる航路(グランドライン)〟を踏破するつもりだ」

 

 今まで誰にも成し遂げられなかった夢物語。

 〝偉大なる航路(グランドライン)の踏破〟という、前人未到の目的にセンゴクも眉根を寄せる。

 理由はわからないが、世界政府は誰であろうと〝それ〟をさせまいとしている。そこには恐らく〝何か〟があるのだろう。

 世界政府すら暴くことを恐れる、開けてはならない〝パンドラの箱〟が。

 

「そこに何があるのか、お前たちは知っているのか?」

「いいや、彼女を含めて誰も知らない。誰も知らないからこそ、見てみたいそうだ」

 

 〝記録指針(ログポース)〟を辿ってたどり着ける最後の島なら海軍も把握している。

 その先には島はなく、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟があるだけだ。

 だがもし、その先があるとすれば。

 海軍が把握している島が果てではなく、未だ誰も知らず辿り着いていない島があるのなら、それは確かに〝偉大なる航路(グランドライン)の踏破〟となるだろう。

 

「第一、彼女が追われる原因になったのは天竜人の暴走が原因だ。そちらから手を出さなければこちらが手を出すこともなかっただろう」

 

 ドラゴンは当時船に乗っていなかったが、時折酒の肴で聞いていた。

 フェイユンを珍しがって奴隷にしようとして、それに反抗して護衛ごと天竜人を切り殺したのだと。

 海軍が手綱をきちんと握っていれば防げたことでもある。

 巨大な権力に逆らうものはいないだろうという慢心が、これだけの勢力を生み出す原因になったのだ。

 

「……返す言葉もない。だが、悪法でも法は法だ」

 

 法を守る側の人間としては、これを見逃すことはできない。

 

「だろうな。だから、おれ達は全力で抗う」

 

 互いの覇王色の覇気がビリビリと大気を震えさせる。

 海軍という〝正義〟がいるからこそ〝秩序〟は保たれている。悪法だからと破ることを黙認してしまえば、瞬く間に〝秩序〟は崩壊するだろう。

 後に残るのは混沌だけだ。

 

「その女が、この先台風の目になる! ここで、必ず捕らえる!!」

「やらせんよ、〝仏〟のセンゴク相手でもな──!」

 

 ドンッ!! と二人の拳がぶつかり、衝撃波が舞い散った。

 

 

        ☆

 

 

「起きろ、ゼン!」

 

 ドラゴンとタイガーが時間を稼いでいる間に、カナタは体を休めつつ倒れたゼンを叩き起こそうとしていた。

 ゼファーの一撃をまともに受けたので体はボロボロだが、このままここで気絶させていてもどうにもならない。

 カナタとて無事とは言い難い。

 使えるものは全て使わねば、状況を打破出来ないのだ。

 

「ぐ……」

「起きたか……体は動くか?」

「……何とか。今、どうなってますか?」

「ドラゴンとタイガーが時間を稼いでいる。戦えるなら立ち上がれ、戦えないなら船に戻れ」

「戦います。まだ体は動きますし……それに、都合よく()()()()()です」

「満月?」

 

 気が付けばすっかり日が落ちている。

 夜の帳が降りて満月が闇夜を照らし、砲撃音が響くたびに船がちかちかと光って見えていた。

 

「〝切り札〟を使います。少しだけ、時間をください」

「あと十分、体を休めろ。私の覇気もそれで多少は戻る」

 

 座り込んで息を整えるカナタの隣に並び、大きく息を吸って体の調子を確かめるゼン。

 痛みの走り方から骨の数本はやられているだろう。

 全てが終わってからゆっくり治療を受ければいい。ここさえ乗り越えられれば、また時間をとることも出来る。

 

「……フェイユンも、無事であればいいのですが」

「あの子なら大丈夫だ」

 

 ドラゴンからイワンコフが助けに行ったことを聞いた。ジョルジュが戻っていればそちらからも人手は出すだろう。

 問題があるとすれば、巨人族の中将を相手取らなければならないということだ。イワンコフ一人で中将二人は流石に無理だろうし、ジュンシーも今は手が離せないという。

 だが、今カナタに出来るのは船に残った者たちを信頼して任せることだけだ。

 こちらに手一杯の現状では、助けに向かう余裕などない。

 

「ジョルジュは臆病者だが地頭は悪くない。船の方は奴に任せていていいだろう」

 

 なんだかんだと度胸もついてきている。カナタのいない船を任せても十分動かすことが出来るだろう。

 そうやって話しているうちに、短い時間はすぐさま過ぎていった。

 

「──時間だ。体はどうだ、ゼン」

「満足には戦えないでしょう。ですが……私にも意地がある」

 

 ゼンは月を見上げ、その光を目にする。

 ミンク族特有の特殊な力──〝月の獅子(スーロン)〟と呼ばれる力だ。

 雲に遮られていない満月の光を直視することによって野生の力を開放し、一晩限りの強大な力を操ることが出来る。

 これこそがミンク族の〝真の姿〟だ。

 

「……なるほど、凄まじい」

 

 茶色の(たてがみ)は覇気も相まって炎のように赤く染まり、纏う雷もまた赤くなってバリバリと放電している。

 肉体は肥大化して見るからに強そうだ。

 

「これが〝切り札〟です。ですが、長くは持ちません」

 

 怪我の影響もあるが、元々〝月の獅子(スーロン)〟は正気を失って敵味方関係無く襲いかかり、疲労のため一晩の内に衰弱死するという自爆行為に等しい能力。

 下手に長時間維持していてはゼンの方が先に自壊する。

 

「では早く終わらせねば……ん?」

「おーい、やっと見つけたぜ」

 

 声が聞こえたほうに顔を向ければ、クロが走ってこちらに向かってきているのが見えた。

 船とは少し方向が違うが、もしかしなくても迷っていたのだろうか。

 

「真っ暗で全然見えねェし、派手に戦ってるあの二人の傍かと思ってグルグル探し回ってたんだよ」

「そうか、だがお前では……いや、お前の力は使える。ジョルジュの差し金か?」

「おう。アンタの傍が一番活かせるってさ」

 

 クロのヤミヤミの力を活かすなら、とこちらに来たのだ。

 一度センゴクの方に視線を向け、頷いてクロに語り掛ける。

 

「合図をする。お前はセンゴクを吸い寄せろ」

「おう。任せときな!」

「ゼン、ゼファーの方は頼んだぞ」

「承知!」

 

 ドンッ!! と驚くべき強さで踏み込み、先程までとは比べ物にならない速度でゼファーへと肉薄するゼン。

 それを見送り、カナタは覇気を両腕と槍に纏って構える。

 

「何度も戦う気はない。ここで終わらせなければな」

 

 

 

        ☆

 

 

「ゼェ、ゼェ……!」

「なんて頑丈なやっちゃブル! ヴァターシの攻撃をこれだけ受けても揺るがないなんて!」

 

 サミュエルとイワンコフはサウロとロンズを相手に苦戦していた。

 肉体の強さが人間とは比べ物にならない。巨人族を敵に回すとこれほど厄介なのだと痛感していた。

 

「我らは生まれつきの〝戦士〟! お前たちとは流れる血が違うのだ!」

「ワシはエルバフ出身じゃないからまた違うでよ」

 

 ロンズと違い、サウロはエルバフの戦士ではない。それでも地力に大きな差異はなく、中将として戦うにふさわしい実力を備えている。

 巨人族であっても大佐クラスならイワンコフでも十分戦えるレベルだ。

 運が悪かった、という他に無い。

 

「諦めて投降することを勧めるでよ。お前さんたちの船長も強かろうが、ゼファー大将とセンゴク中将相手に勝てるとは思えん」

「うるせェ! ハァ、ハァ……カナタがそう簡単に負けるか!」

 

 少なくとも、六年前からずっと近くで仕事していたサミュエルはその強さをよく知っている。

 そう簡単に負ける女ではない。

 

「信じるのは自由だ。おれ達とて遊びで来ているわけではない。投降しないのならここで──」

 

 ロンズが振り上げた斧をサミュエルに振り下ろそうとして──どこかから、()()()()()()が着弾した。

 派手に爆発したそれに驚いたロンズは、ぶつかった衝撃から飛んで来た方角を見る。

 海軍の軍艦からではない。〝魔女〟の船から飛んで来たものだ。

 

「砲撃? だが、音も何も──ウグァ!?」

「ロンズ!?」

 

 続けて二発、ロンズに着弾した。

 ()()()()()()()。月明かりしかない夜の中だから見えづらいだけかと思えば、そういうわけでもない。

 

「何が飛んできている……!? ただの砲弾じゃないのか!?」

「多分、何かの能力者だ! 砲弾を透明化する能力とかだと思うでよ!」

「違う! 透明化するだけなら砲弾の風切り音は聞こえるはずだ……だが、それすらなかった!」

 

 ロンズに着弾した砲撃はどれも威力が高い。普通の砲弾ではないと考えたほうがいいだろう。

 次に気を付けなければ、と再び船の方へ視線を向けるが──次々に放たれる不可視の砲弾は着実にロンズとサウロの体力を削っていった。

 

 

        ☆

 

 

「──着弾を確認! 効果ありです!」

「良し! デイビット、次だ!」

「良し来た!」

 

 双眼鏡を手に着弾を確認する部下の声を聴き、ジョルジュはグッと拳を握ってデイビットに次の指示を出す。

 デイビットは大きく息を吸い込み、大砲の中に向かって吐息の全てを吐き出す。

 それを連続して行い、微調整を繰り返して再び敵の巨人へ向かって砲撃する。

 デイビットはボムボムの実を食べた〝爆弾人間〟だ。

 腕、足などの肉体に限らず鼻くそなどの老廃物──果ては()()()()()()()()()()

 

「やっぱり想像通りだ! お前の能力は随分と応用が利くぜ!」

「ああ……おれも、こういう使い方があるなんて考えもしませんでした」

 

 近接戦闘ではセンゴクに後れを取り、簡単に気絶させられていた。その失態を帳消しにするほどの活躍になり得るのならと、デイビットは気合を入れて大砲に〝吐息砲弾(ブレス・ボム)〟を装填していく。

 見えず、聞こえず、見聞色で感じ取るにも距離があって難しいこの砲撃はサウロとロンズほどの実力者でも防ぐことは難しい。

 

「軍艦にも数発ぶっ放せ! 半分沈めれば楽になるぞ!」

「──それ以上はさせん」

 

 船上で戦うベルクはジョルジュたちの行動に気付き、攻撃させまいとすぐさま数本の短剣を飛ばす。

 しかし──それは、ジュンシーの槍に叩き落とされた。

 

「お主の相手は儂だろう。余所見はさせんぞ」

「……そう易々と倒れてはくれないか。では、この船を斬るつもりでやろう」

 

 ジュンシーとベルクの戦いも激しくなり、下手に援護することも難しい。そもそも、ジュンシーの性格を考えれば横から手出しをしてはあとで怒られると考え、ジョルジュは引き続きデイビットに〝吐息砲弾(ブレス・ボム)〟を装填するように言う。

 何度も食らわせていればいずれ倒れるだろうが──巨人族のタフさは尋常ではない。

 砲撃が来るとわかっていれば武装色の覇気を纏って防ぐことも出来る。最初こそ効果的だったが、こうなると効果は薄いと言わざるを得ない。

 

「ここまでか。あとは船の砲撃に回った方がいいな」

「……ジョルジュさん。頼みがあります」

「なんだ?」

「おれ自身を砲弾にして飛ばして下さい」

「……は?」

 

 〝爆弾人間〟になったためか、デイビットは爆発によるダメージを一切受けない体になった。

 それを利用すれば、砲弾の速度で飛んで行って自爆を行う人間爆撃が可能となる。

 

「いや、だが……危険だぞ?」

「承知の上です。おれは〝リトルガーデン〟で昔の仲間を失った……また仲間を失うのは御免だ!」

「……よし、だったら準備しろ。先に軍艦に砲撃したら、お前を飛ばしてやる」

「はい!」

 

 ジョルジュの言葉通りに軍艦へ砲撃して二隻沈めたあと、デイビットは自ら大砲の中に入って準備していた。

 角度を調整し、まっすぐサウロとロンズのいる方向へ。

 

「近くにはイワンコフとサミュエルがいるはずだ。向こうへ行ったらあいつらの援護をしろ」

「了解です」

 

 腰に銃を備え付け、準備完了だ。弾薬はデイビットが息を吹きかけるだけでいいため、弾代がかからないのが良い。

 

「良し──行け!!」

 

 ドンッ!! と砲撃音が炸裂し、デイビットはまっすぐ打ち上げられた。

 空気抵抗ですぐさま減速していくが、そこも織り込み済み。何度も足を爆発させることで推進力を得て、空中でどんどん加速していく。

 その一撃は流星の如く。

 

「くらえ──これがおれの、〝流星爆撃(シューティング・ボンバー)〟だァァァァ──ッ!!!」

 

 撃ち落とそうとするロンズの斧を直前で細かく爆発して避け──到達した瞬間に大爆発を巻き起こした。

 

 




苦渋の決断です。わかりますね?

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