ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第四十一話:最後に立つのは

「どわァ──ッッ!!?」

 

 巻き起こされた大爆発の余波で煽られ、サミュエルがゴロゴロと転がっていく。

 イワンコフも顔面巨大化状態で煽られたのでひっくり返っており、爆風と一緒に飛んでくる雪を顔面で受け止める羽目になっていた。

 

「ぶふっ! な、なにが起こっちゃブルの!?」

 

 状況が良く理解できないままに何かが起こったので、イワンコフもびっくりしながら爆風が収まるのを待つ。

 サミュエルは近くの木に引っ付いてやり過ごし、キーンと耳鳴りが起きていることを不快に思いながらイワンコフを助け起こした。

 

「普通の砲弾じゃなかった。透明な砲弾か? だけど、おれたちの船に透明化することが出来る能力者なんていないぞ?」

「……砲弾を透明化したんじゃなくて、そもそも砲弾が透明だったんじゃないかしら?」

 

 直前のロンズとサウロの反応を見る限り、イワンコフの見立てが正しそうだと判断する。

 あれだけの大爆発が起こせる能力があるとすれば、二人の知っている中では一人しかいない。

 

「まさかデイビットか……?」

「おそらくそうでしょうね。でも、彼はセンゴクにやられてダウンしてたはず。叩き起こしたのかしら?」

「あー、ありえそうだな」

 

 これだけ不味い状況なら呑気に寝させていられる余裕などあるはずもない。

 だとすれば、先程の大爆発もデイビットの仕業と考えたほうがいいだろう。

 

「さっきの砲弾よりずっと大きい爆発だったけど、どうやっチャブルのか……ヴァナータ、見当つく?」

「つくわけないだろ。あんな大爆発起こせるのすらそもそも知らなかったんだ」

 

 〝リトルガーデン〟であんな大爆発を起こされていたらと思うとゾッとする。もっとも、あの時はデイビットの仲間がすぐ近くにいたのでそれはあり得ないのかと考え直した。

 なんにしても、巨人族を吹っ飛ばせるほどの大爆発を起こせるのであれば先に言っておいてほしかったと思う。

 舞い上がった雪埃が徐々に収まり、周りを見通せるようになってきた。

 倒れている二人の巨人と、爆発の影響で雪が吹き飛んだために露出した土が見える。

 

「倒した……のか?」

「油断は禁物よジャガーボーイ。あの二人のタフさはよくわかってるでしょう」

 

 少なくとも二人がどれだけ攻撃しようとも全く揺らぐことのなかった二人だ。そう簡単に倒せるとは思わないほうがいい。

 中将という肩書は軽くない。

 

「……あー、びっくりしたでよ……」

「ぐ……流石にあれだけの大爆発は堪えるな……」

「うっそだろ……あの爆撃受けてまだ起き上がるのかよ……」

「でもチャンスよ。少しだけ時間を頂戴」

 

 イワンコフはゆっくり起き上がりつつあるサウロとロンズの様子を確認した後でどこかへと消えていった。

 時間を稼ぐと言っても、サミュエルに巨人族二人を相手取れるような力はない。どうしろってんだよ……と小さくつぶやきながら周囲を見渡すと、誰かが雪に突き刺さっているのを見つけた。

 不自然なそれに一瞬目を奪われ、目をごしごしとこすってもう一度見る。

 

「……デイビットか!?」

 

 すぐさま近寄って足を持ち、雪の中から助け出そうと引っ張る。

 スポンと引っこ抜けたデイビットは酸欠で青い顔になりながらもサムズアップし、「任務……完了……」と言ってガクリと倒れた。

 

「デイビットー!?」

 

 鼻血を出しながら力なく倒れているデイビットを抱えながら叫ぶサミュエル。

 それが悪かったのか、サウロとロンズはサミュエルの方へと視線を向けた。

 

「……さっきのはお前かァ!」

「良くもやりやがったなおんどりゃァ!!」

「「うおおおお!!?」」

 

 サミュエルとデイビットは同時に駆け出して投げつけられた岩を回避する。雪の上を二人同時にヘッドスライディングして滑って岩に頭をぶつけ、大きなたんこぶを作りながら立ち上がった。

 

「どうすんだよあれ!?」

「どうって、どうするんですか!? おれの決死の攻撃でも倒れないとかどうしろと!?」

「分かんねェけどなんかいい攻撃方法ねェか!? おれの爪じゃひっかき傷しか作れねェ!」

 

 サイズの差がありすぎてサミュエルの爪ではほぼダメージになっていない。多少の出血にはなっているはずだが、こちらの消耗の方が激しい。

 かといってデイビットに同じことをやらせても駄目だろう。既に一度見られた以上、二度目は余裕をもって対処される。

 どうにか方法を模索せねばならない。

 

「フェイユンと戦った時はどうやったんだろうな、あいつら……」

「あっちもあっちで相当なサイズ差がありますけど、中将ともなれば色々出来るんでしょうね」

 

 ぜひとも教えて欲しいが実践できるとも限らない。

 デイビットは腰にぶら下げていた銃を手にして、焼け石に水かと思いながらもサウロへ数発放つ。

 当たった部分が爆発しているが、弾丸程度のサイズではあまり効果はないらしい。

 

「どうやってんだ、それ?」

「おれの息は爆発するんですよ。だから弾丸の代わりにこうやって吐息を込めてやれば……」

 

 銃口に息を吹きかけ、再びサウロに向けて引き金を引く。

 すると当たった場所が爆発し、小さい傷を与えた。

 

「……なるほど。さっきのはもうちょっとデカいのにそれを込めたのか」

「ええ、大砲の弾の代わりです」

 

 能力の強さは能力者の強さに比例する。

 本人の強さがそれほどでもないので、強力な能力であっても威力はそれほど大きくはないのだ。

 それでも先程の大爆発は効いているようで、サウロとロンズは足取りがおぼつかない。

 

「ところでイワンコフさんはどこに?」

「さァな。ちょっと時間を稼いでくれって言われてどっかに行った」

 

 どれくらい時間を稼げばいいのかもわからないが、とにかく時間を稼げと言われたのでその通りにしているような状態だ。何か秘策があるのだろう。

 そう考えて注意を引こうと構える二人の視界に、また一人の巨人が立ち上がるのが見えた。

 その肩にはイワンコフが乗っている。

 

「フェイユン!」

「……おいおい、流石にもうあれと戦う体力はねェぞ……!」

「あれだけダメージ受けてまだ立ち上がるとは、随分タフだで……」

 

 フェイユンの体には至る所に打撲や裂傷、砲撃による火傷がある。痛みも残っているだろうに、それでも立ち上がった。

 イワンコフの能力によるもので、ここで立ち上がれば後日壮絶な後遺症が来るとわかっていても。

 このまま自分だけ倒れているわけにはいかないと、そう思ったから。

 

「ビッグガール。あまり言いたくないけど、次倒れたらもう立ち上がれないと思っておきなさい。〝エンポリオ・テンションホルモン〟は体をごまかすだけの劇薬。痛みも疲れも消えてなくなるわけじゃない」

「……はい。もう、負けません!」

 

 イワンコフはフェイユンの肩から降り、距離をとって回り道をしながらサミュエルたちのいるであろう場所を目指す。

 フェイユンは再び巨大化し、巨人族の十倍ほどの体躯を以てサウロとロンズにリベンジマッチを挑む。

 今度は一人で二人の中将を相手取るわけではない。

 四人で二人を相手取るのだ。

 

 

        ☆

 

 

 〝リトルガーデン〟に居た時、ドリーとブロギーが手本として一度だけ見せてくれたことがある技が一つある。

 巨人族の技、エルバフの槍。

 全てを貫くというその技は巨人族の体躯と筋力あってのものだというが、それと打ち合えるだけの剛力があれば人間族であっても使うことは不可能ではない。

 槍の穂先を後ろに、弓を引き絞るかのように。

 より強く覇気を纏わせ、時間をかけて狙いを定める。

 

「クロ!」

「おう! いくぜ──闇水(くろうず)!!」

 

 ドラゴンと戦っていたセンゴクの体がクロに引きずられて僅かに宙に浮き、まっすぐ引き寄せられてくる。

 チャンスは二度はない。この一撃で沈めなければ、ドラゴンとてこれ以上引き受けるのは厳しいだろう。

 

「巨人族の槍を見よ──〝威国(いこく)〟!!」

 

 まともに受ければセンゴクであっても死を免れられない。

 それを感じ取ったのか、空中で体勢を変えて避けようと動く。〝月歩〟による歩法があれば地に足がついていなくとも移動は容易い。

 ──だが。

 

「焦ったか」

 

 それはカナタとの見聞色の読み合いに勝ってこそ意味のあることだ。

 氷の大地を割りながらまっすぐに飛ぶ斬撃はセンゴクの脇腹を抉り、多大な出血を強いる。

 

「ぐ──っ!!」

 

 しかしそれで諦める男ではない。

 空中で大きなダメージを受けながらも勢いは止まらずクロの方へと引き寄せられている。それを逆手に取り、叩きつけるように掌から衝撃波を放ってカナタを仕留めにかかる。

 カナタは一つ、息を吐いて槍を構え──その攻撃を縦に切り裂いた。

 

「その心臓、貰い受ける」

 

 下から振り上げたその勢いで一度回転し、もう一度下から──今度はセンゴクの心臓めがけて投擲した。

 覇気で黒く染まったその槍はセンゴクの心臓を射抜かんと飛び、センゴクは咄嗟に変身を解くことで左腕を掠るにとどめた。

 その直後。

 

「──こちらも忘れて貰っては困るな」

 

 吸い寄せられるセンゴクの背後にドラゴンが追い付き、カナタの投擲した槍を空中でつかみ取った。

 同時にカナタはセンゴクの方へと飛び掛かり、挟撃する形をとる。

 逃げ場はない。

 これが最後で、最大のチャンスだ。

 

「これで、終わりだ──!!」

「沈め──!!」

 

 前面と背面の両側から強烈な衝撃を受け、ついにセンゴクは意識を飛ばした。

 

 

        ☆

 

 

 雷鳴が響く。

 移動し、槍を振るうごとに赤い雷が追従する。

 先程まで戦っていた時よりも威力は高く、より早い。見た目から変わっている辺り、能力者だったのかと思うゼファー。

 

「さっきまでは手加減してたってのかァ!?」

「手加減など滅相もない! 私は常に全力で戦っていますよ、ヒヒン!」

 

 嘘ではないとすれば、このパワーアップには条件がある。ゼファーとまともに戦えるようなパワーアップなど悪夢のようだが、消耗度合いはより激しくなっている。

 常に全力、というのもあながち間違いではないのだろう。

 パンプアップした筋肉はゼファーと打ち合ってもなお引かぬ筋力を誇り、追従する雷がより戦いにくくさせている。

 

「ふっ!」

「はっ!」

 

 互いに短く呼吸しながら打ち合いは激しさを増していき、ゼンの雷がゼファーの肉体を焼く嫌な臭いが立ち込め始める。

 痛みだけならまだましだが、痺れて動きが止まればその瞬間に滅多打ちにされるのは想像するに容易い。

 

「雷の能力者とは、また厄介な!」

「あいにくですが私は能力者ではありませんので!」

「何ィ!?」

 

 自然(ロギア)系最強種、無敵と謳われる能力の一つであるゴロゴロの実の能力者かと思えば、そうではないと本人は言う。

 

「これは我々の種族全員が使える力。能力者のそれとは違うのですよ!」

 

 驚くゼファーだが、同時に納得も出来る。

 ゴロゴロの実の能力者であれば体を流体にして避けることも出来る攻撃はあったし、何より規模が違いすぎる。

 かつて戦ったことのある雷の能力者は、ゼンとは桁違いの規模で操ることが出来た。今より未熟であったころの話とはいえ、ゼファーが勝てないほどに強い相手だったこともあるが。

 

「種族全員がこんな力を使えるとは、それはそれで脅威だな」

「我々は幼子から老人まで、全てが戦う力を持った戦闘種族。舐めないでいただきたい」

 

 ミンク族自体、そもそも見かけることのないレアな種族だ。ゼファーの驚きも無理のないことだろう。

 

「舐めちゃいねェさ。だが、〝魔女〟にそんな珍しい種族ともつながりがあったとはな」

「色々あったのですよ」

 

 互いに一歩も引かず、槍と拳をひたすらにぶつけ合う。

 激しく戦うその近くで──遂にセンゴクが倒れた。

 しかし、ゼファーは揺らぐことなどない。

 

「──仲間が倒れても、動揺すらしませんか」

「おれと奴ァ、それなりに長い付き合いだ。かつては倒れていく仲間を踏み越えながら戦った時もあった」

 

 背中を預けるに足ると認めた男でも、いつかは倒れる日が来る。

 そういう〝覚悟〟を決めて、海軍にいるのだ。義憤に燃えることはあっても、動揺することなどない。

 ──しかし。

 

「……分が悪いな、こりゃ」

 

 カナタ、ドラゴンは満身創痍とはいえゼファーも相当疲弊している。クロはゼファーからすれば未知の能力者であり、怪我をした様子もない。

 先程まで戦っていた魚人のタイガーも、今は海面下に潜んで隙を窺っていることもある。

 四隻あった軍艦の半分が沈んでいることも含め、総じてゼファーが戦うには非常に不利な状況だ。

 ゼンを弾き飛ばし、いったん距離をとる。

 戦いが膠着したその状況で、カナタが口を開いた。

 

「センゴクを連れて帰れ、ゼファー」

「……何?」

「連れて帰れと言ったんだ。追ってくるなら戦うが、その怪我で今戦って死ぬことに意味があるのか?」

 

 センゴクも脇腹がえぐれていて、早く治療しなければ手遅れになるだろう。

 追われている側のカナタにとってはそちらの方が都合がいいはずだが、さっさと連れて帰れとセンゴクを雑に投げつける。

 怪我人でも容赦はしないらしい。

 

「私も疲れているんだ。海兵たちもさっさと退かせろ」

「……ここでおれが死ぬまで戦うと言ったらどうするんだ?」

「その時は潔くその首を飛ばしてやるさ。だが、私は秩序を大事にする方だ。お前たちが死んで海賊が増えるのも気が進まない」

 

 カナタたちにとっては海賊が増えたほうが色々と都合がいいのは確かだ。

 だが、それはそれとして、〝新世界〟で動く大海賊たちの動きを抑止する存在が弱まることはいただけないのもある。

 

「私を追うならまた戦ってやるさ。今度は一対一(サシ)でお前を倒してやる」

「……そうか。だが、しばらくお前を追うことはない。今回でダメなら〝金獅子〟の方にかからなきゃならんのでな」

「それは重畳。しばらく顔を見なくて済みそうだ」

 

 余裕を見せて笑うカナタ。

 ゼファーはしばし逡巡していたが、やがてこれ以上戦っても崩せないと判断したのか、子電伝虫を使って撤退の命令を下す。

 

「お前はおれが必ず捕まえる……〝金獅子〟は今、ウォーターセブンを根城にしている。関わるつもりがねェなら近寄らねェことだ」

 

 それだけ告げて、ゼファーは軍艦の方へと戻っていった。

 あれは、彼なりの忠告だったのだろう。自分が捕まえるその日まで死ぬな、という遠回しの言葉。

 カナタはため息を一つついて肩をすくめる。その様子を見ていたドラゴンもまた、呆れたように息を吐いた。

 

「……見栄を張っていたが、限界だろう」

「バレたか。実は立っているのも限界でな」

 

 あのまま戦っていれば、死んでいたのはどちらかわからない。首を落とすと気軽に言ったはいいが、あの調子では負けていた可能性も十分にある。

 カナタは覇気も使いつくし、ドラゴンは相当疲弊し、クロはまともに戦えばワンパンで落とされるだろうという状況。

 センゴクを落としても何一つ状況は有利に好転してなどいなかった。

 こちら側の誰かが死ぬくらいなら、センゴクを連れて帰らせた方が得策だと判断したのだ。

 足元の氷が割れ、海面からタイガーが顔を出す。

 

「終わったのか?」

「ああ、船に戻ろう。もう歩くのも億劫だ。ドラゴン、肩を貸してくれ」

「ん? ああ」

 

 ひょいとカナタを抱え上げ、お姫様抱っこの状態にするドラゴン。

 

「……私は肩を貸せと言ったんだが」

「おれと君では体格の差があって肩を貸すのはおれがきつい。こちらの方が君も楽だろう」

「それはそうだが……いや、もういい。好きにしてくれ」

 

 何を言っても無駄だと悟ったのか、大人しくドラゴンに抱きかかえられることにしたカナタ。流石に恥ずかしいのか、頬に赤みが差している。

 ゼンは〝月の獅子(スーロン)〟化を解除し、こちらもふらふらになりながら船へ戻ることになった。

 軍艦が水平線の彼方に消えていくのを見ながら、氷の大地を伝って船に辿り着く。

 タイガーはクロを抱え、ドラゴンはカナタを抱えてそれぞれ船の上までジャンプする。

 船員皆が満身創痍と言った様子で、誰も彼もが疲れていたが、死人は一人もいなかった。

 ドラゴンの腕の中で無事な皆の顔を見て、カナタは拳を上げる。

 

「──この喧嘩、私たちの勝ちだ!」

 

 直後、疲れているにも関わらず、皆が大きく歓声をあげた。

 

 




あと一話か二話くらいで今章は終わりとなります。
W7編もとい金獅子編は新世界まで取っておきたい気持ちありありなので、多分書いてもニアミスとか電話越しとかそんな感じになるかなと。
次章でグランドライン前半は終わり(の予定)です。

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