ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第四十二話:一つの伝説

 ドラム島での激戦から数日後、カナタたち一行はカマバッカ王国にて療養していた。

 誰も彼もが疲弊した状態だったが、あのままドラム島に留まる方がリスクが高いと判断したためだ。

 流石に海軍もあそこから追手を出すほど余裕のある状態ではなかったのか、何の音沙汰もなく実に静かなものだった。

 カナタが軽くストレッチをしながら体の調子を確かめていると、扉をノックしたのちにイワンコフが入ってきた。

 

「元気かしらウィッチィガール」

「イワンコフか。今日の新聞は持ってきてくれたか?」

「ええ。ちょうどさっき来たところ」

 

 あれだけ派手に戦ったのだから新聞にいくらか載るだろうと思っていたが、ここ数日の新聞では全く記事になっていなかった。

 不思議な話ではあるが、わからない話ではなかった。

 

「今日の新聞にもドラムでの戦いは載っていなかったわね。いったいどうなっているのかしら?」

「世界政府にとっても海軍にとっても、海軍大将含む大戦力で戦って敗北したなどと新聞で大々的に言えるわけもない。当然と言えば当然のことだろう」

 

 新聞をにぎやかしているのは相変わらず前半の海に現れた〝金獅子海賊団〟のことばかりだ。カナタたちのことは一切記事になっていない。

 ざっと目を通した限りだと、目立つ記事はそれくらいだ。〝ロジャー海賊団〟や〝白ひげ海賊団〟も相変わらず各地で暴れているらしい。

 しばらくはカマバッカ王国で過ごすつもりだが、いつまでもこの島に留まるつもりはない。

 造船業などで有名なウォーターセブンで船の整備をおこなってから〝新世界〟へ行きたいものだが、どうしたものか。

 

「出来る事なら船大工も船員に加えたいところだが……」

「その辺りはヴァターシも心当たりはないわねェ」

 

 さてどうするかと考えていたところで、新聞から一枚の紙が落ちた。

 どこかに挟まっていたのだろう。

 

「手配書か?」

「ええ……これ、ヴァナータの手配書ね。ええと、額は……」

 

 拾い上げたイワンコフは額を確認し、目をこすってもう一度確認し、目頭を揉んでもう一度確認する。

 

「こ、この額が〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海で出るの!!? 前代未聞もいいところよ!!?」

「見せてみろ」

 

 驚きで冷や汗をかくイワンコフから手配書を受け取り、その額に目を通す。

 ──〝竜殺しの魔女〟カナタ。懸賞金十二億ベリー。

 

「……なるほど。確かにこれは見たことのない額だな」

「ヴァナタのことよ!? なんでそんなに落ち着いてるの!!?」

「金額がどれだけ上がっても私がやることに変わりはない。面倒な連中は増えるかもしれないが」

 

 ぱさぱさと新聞をめくっていくと、他にも数枚の手配書が滑り落ちた。

 ──〝巨影〟フェイユン。懸賞金二億三千万ベリー。

 ──〝赤鹿毛〟ゼン。懸賞金三億三千万ベリー。

 ──〝六合大槍〟ジュンシー。懸賞金三億ベリー。

 ──〝爆撃〟デイビット。七千万ベリー。

 先の戦いで実力を示した者たちが軒並み高額の賞金首として手配されていた。フェイユンとデイビットは手配書の更新になるが、相当額が上がっている。

 

「凄まじいわね……総合賞金額(トータルバウンティ)いくらになるのかしら」

「ざっくり計算しても二十億を超えるな。うちも有名になったものだ」

「呑気ねヴァナタ……」

 

 軽く笑うカナタに対し、イワンコフは呆れた顔で腰に手を当てる。

 しかし、と手配書を並べてみる。

 

「ドラゴンとタイガーは手配されていないのか? ゼファーとセンゴク相手に戦った以上、あの二人も賞金首になるものだと思っていたが」

「そうね、そこはヴァターシも気になったところだけど……新聞にはもう手配書は挟まっていないようだし、手配されていないと考えていいんじゃないかしら」

 

 イワンコフもそうだが、ドラゴンとタイガー、それにサミュエルなどと言ったそれなりに戦える面々も手配されていないというのが少しばかり気にかかるところだ。

 世界政府や海軍の考えることはわからない。気にしても仕方がないだろう。

 

「あれだけ頑張って賞金がかからないのかと、サミュエルは騒ぎそうだな」

「普通は賞金なんかつかないほうがいいのだけど……まァ、海賊なら箔が付くって考えるものよね」

「海賊を名乗った覚えはない。船の名前も海賊団としての名前もないしな」

「そうなの? そうね、そういえば聞いたことなかったわ。〝魔女〟の一味としか呼ばれないものねェ」

 

 ゼファーの言葉が本当なら、しばらくは海軍もこちらに注力する暇はないだろう。しばらくはゆっくり療養して、今後のことを考えて行けばいい。

 力をつけるにしても、この島なら環境が揃っている。無理に移動することもないか、とカナタは考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 世界のほぼ中心に位置する町、マリンフォード。

 海軍本部に併設されている病院の一室にて、センゴクは今日の新聞を読みながら茶をすすっていた。

 そこへ、騒がしい男が騒がしく現れる。

 

「おう、元気にしてるかセンゴク! 見舞いにおかきを持ってきてやったぞ!」

「怪我は平気かい? 果物持ってきたから、こっちに置いとくよ」

「失礼します、センゴク中将。当方からはお茶を持参いたしました」

「やかましいぞガープ! ここは病院だ、静かに出来んのか! それと果物をありがとう、おつるちゃん。ベルクも茶をありがとう」

 

 センゴクの個室だが、ガープは勝手気ままに椅子に座って自前のせんべいを開けて食べ始めた。

 センゴクとつるは同時にため息をつくが、こういう男だということはよく知っている。つるもセンゴクに勧められるままに椅子に座り、ベルクは急須に茶葉とお湯を入れてお茶の用意をしていた。

 

「新聞を見たが、やはりあの件は公表しないのか」

「出来るわけないさね。仮にも海軍大将が中将三人と軍艦四隻引き連れて討伐に行ったってのに、捕縛どころか敗北して帰ってくるなんて」

「お前がそれだけ大怪我するほどの相手だったってことだろ。実際、どうだったんだ?」

「そうだな……」

 

 一年前に戦った時とは別人のような強さだったことや、一癖や二癖もあるような船員たちをまとめ上げて船に乗せていることなどを、センゴクの印象も踏まえて話す。

 ベルクが淹れた茶をすすりながら、ガープは珍しく真剣な表情で考え込んでいるようだった。

 

「とんでもないルーキーが現れたもんだね。コング元帥もてんやわんやだったよ」

「一年間どこで身を隠していたのかも気になるが……たった一年であそこまで飛躍的に実力をつけていることが一番の疑問だな」

「一対一で勝てなかったのかい?」

「いや、数人と連戦だな。だが、〝魔女〟とサシで戦っても無傷とはいかなかった」

 

 ゼファーと二人であと一歩のところまで追い詰めたのだ。油断も慢心もなく、確実に捕らえることのできる戦力だったと自負している。

 だが、現実はそうはいかなかった。

 一対一で最後まで戦えていれば、まだセンゴクに勝機はあっただろうが……カナタを支える船員に強者が多かったのが敗因だろう。

 

「信じられるか? おれやゼファーを相手に退かずに戦える船員が何人もいるんだ。まるでかつてのロックスの船のようだった」

「ロックス」

 

 ガープは非常に嫌そうな顔をして、その海賊の名を復唱した。

 

「あいつと違うのは、船員同士が協力し合っているということだ。ロックスの船だって、船員同士で仲が良ければおれ達が負けていたかもしれない。今後〝魔女〟の船が()()()()可能性もある」

「……やけに〝魔女〟を評価するじゃないか、センゴク。やられたのがそこまで堪えたか?」

「……負けたこともあるが、そうだな……〝魔女〟の姿が、どうしてもとある女に重なって見えるのもあるのかもしれん」

「重なって見える?」

「オクタヴィア──〝残響〟だ」

 

 今度はガープに続いてつるも嫌そうな顔をした。

 

「嫌な女の名前を出すんじゃないよ。政府からしたらロックスだけでも揉み消したい事件は数えきれないほどあるっていうのに、あの女まで入れると数えたくもないね」

「だがあの女は死んだはずだろう。おれはそう聞いてるが」

「伝聞だけだ。死体は見つかっていない」

「あの激戦で死体が残るかって言われたら疑問もあるしな」

「生きていたらそれこそ大事件だよ。歩くだけでトラブルを巻き起こすあの女が、トラブルを起こさずに五年も過ごせるもんかね」

 

 つるはガープから一枚せんべいを貰ってかじりながら吐き捨てる。

 空になったセンゴクの湯飲みにお茶を注ぎながら、ベルクは質問を投げかけた。

 

「当方はまだ新米ゆえ、〝ロックス〟なる海賊については多くを存じませんが……オクタヴィアという女性はそれほどにトラブルメーカーだったのですか?」

「トラブルメーカーなんてもんじゃないよ。奴が関わると基本的にろくなことにならない」

「勝手にほれ込んだ国の王族が大金使って国が傾くわ、暴れた島は焦土になるわ……確かにろくなことになってねェな」

「懸賞金三十五億。〝残響〟のオクタヴィア……当時最強の海賊と言われれば間違いなくロックスだが、奴が唯一背を預けた女がオクタヴィアだ」

 

 逸話など掃いて捨てるほどあるが、そのほとんどは新聞に載っていない。

 それゆえに彼女について知るものは多くはなかった。

 

「顔は常に仮面で隠していた。国を傾けるほどの美貌を持つだとか、目も当てられない醜女(しこめ)だとか、顔に大怪我をしているだとか色々言われていたがな」

「覇王色の覇気の持ち主で、黒髪で得物は槍……」

「──……」

「……お三方?」

 

 三人が同時に口を噤んだ。沈黙が場を包み、ベルクはやや困惑しながら誰かが口を開くのを待つ。

 まさか、とセンゴクが最初に口を開く。

 

「奴に子供がいた?」

「類似点だけ上げれば……ゼロじゃあないね」

「おいおい……勘弁しろよ。おれァゼファーの代わりに天竜人の護衛で奴に会いに行けって言われてんだぞ」

「お前がか、ガープ。政府は一体何を考えているんだろうな……」

「まァ個人的にもちょっと用はあったが……本人に問いただしてみるか」

「……天竜人があの女に一体何の用があるんだ?」

 

 センゴクの疑問に「おれが知るか」と投げやりな返事をするガープ。

 ただでさえ今〝新世界〟の海は荒れている。

 白ひげとロジャーがぶつかっただとか、〝楽園〟で妙な動きをしている金獅子だとか、海軍としても頭の痛いことばかりだ。

 ここに来てロックスの船の残党がまた増えるなど勘弁してほしいところではある。

 

「ゼファーが現場に復帰したら〝金獅子〟の方に当たる予定で、ガープは〝魔女〟に会う天竜人の付き添い。あたしは〝新世界〟の方に──」

 

 つるが話している途中で、病室のドアがノックされた。

 返事をしてドアが開けられると、〝正義〟のコートを纏ったその男は焦ったように矢継ぎ早に話し始めた。

 

「失礼します、センゴク中将。おつる中将とガープ中将がこちらにいらっしゃると伺いました……ああ、よかった。いらっしゃるようですね」

「どうした、何かあったのか?」

「将校各位に緊急招集がかけられております」

 

 緊急招集とは穏やかではない。またぞろ厄介なことが起きたのかと、センゴクは額に手を当てて続きを促す。

 男は手元の紙を確認し、重い口を開いた。

 

「重要事項が二点。一点は〝ビッグマム〟シャーロット・リンリンが動き、本人と幹部が乗っていると思われるクイーン・ママ・シャンテ号をシャボンディ諸島周辺にて目撃とのこと。もう一点は……その、西の海(ウエストブルー)にて()()()()()()()()()()()()という奇妙な天候が発生したとのことで」

「……()()()()()()()だって?」

「はい。詳しいことはわかっておりませんが、島全域が焦土と化し、生存者はゼロと……」

「……生きていたのか、やつめ」

「噂をすれば、って奴かねェ。焦土になったのはどんな島だったんだい?」

「普通の街と……目立つのは()()()()()()()()()()()()が確認されております」

「孤児院か……狙いはわからないけど、十中八九あの女だろうね」

 

 伝令に来た男もベルクもわかっていなかったが、三人の中将はその事象だけで誰が引き起こしたのかわかったらしい。

 コング元帥が緊急招集をかけるのも納得だな、とセンゴクはぬるくなったお茶をすする。

 

「急ぎだろ。どこに集まるんだい?」

「あ、はい。大会議室に緊急対策本部を設置すると──」

 

 ガープとつるは伝令の男に連れられて急ぎ部屋を出て行った。

 残されたのはセンゴクと召集対象とならなかったベルクの二人のみ。

 

「ほら、お前も食え。うまいぞ」

「いただきます」

 

 センゴクからおかきを貰ってそれを口にするベルク。

 部屋の中は静寂に包まれるが、今日の新聞を片手にセンゴクは呟いた。

 

「この先、海は荒れるだろう。元ロックスの船員たちが軒並み動いていることを考えると、恐らく台風の目は〝魔女〟だ」

 

 良くも悪くも、事態は大きく動くことになる。

 悪夢のような海賊団は、まだ完全に消えたわけではないのだから。

 

 




物体を浮かせる男VS天候を支配する女
ファイッ!!

相性的に金獅子ボロ負けする気が。本人の強さで拮抗しそうな気はしますが。

オクタヴィアに関しては「二次創作だし盛れるだけ盛ってしまえ」と勢いだけで作り上げたキャラクターなのでとんだ化け物になりました。反省はしていません。

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