ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第四話:オハラ

 道中色々あったが、ひとまずオハラには無事到着した。

 島の中央には「全知の樹」と呼ばれる巨木があり、その中には膨大な量の文献がある。

 世界中から考古学者たちがあつまり、その英知を以て歴史を解き明かさんとしている島だ。

 

 

        ☆

 

 

 桟橋に船を寄せ、錨を下ろして停船する。

 元々海運をやっていたわけではないマフィアたちなので、数日ぶりの陸に自然とテンションを上げていた。

 商売の話をしに船を降りたスコッチに続き、「多少は刺青を隠せ」と上着を強制的に着せられたクロが降り立った。

 島から出ること自体はじめてなので、好奇心の赴くままにきょろきょろと見回しては声を上げている。

 続いて降り立ったジュンシーとカナタは、クロの様子を微笑ましく見守っていた。

 まるで犬のようだ、と思っていると、パタパタと戻ってきて島の中央部にある巨木を指さす。

 

「なぁ、でっけぇ木があるけど、あれが“全知の樹”か?」

「おそらくはそうだろう」

「世の中ってのは広いな、あんなモンがあるなんて」

 

 初めて島の外に出たクロは子供のようにはしゃいでおり、それを横目にカナタは時間をとりたいとジュンシーに相談していた。ほとんど保護者のような扱いである。

 商談に関してはスコッチがほぼ請け負っているのでカナタにやることはない。

 護衛のジュンシーとて、何かあった時のためにスコッチの傍に控えるだけで口を出すことはなかった。

 迷子にならないよう言い含める程度で、カナタの行動を縛ることもない。

 「では、私たちは全知の樹にいる」とジュンシーに伝えておき、時間になれば迎えをよこすよう伝えておく。

 

「クロ、行くぞ」

「おう、探検だな」

 

 まずは“全知の樹”だ。

 ちらちらと見える刺青のせいか、はたまた高いテンションのせいか。奇異の目で見られるクロを連れて、カナタはまっすぐに巨木の根元へ向かう。

 すぐ隣に湖があり、クロは淵から湖の中を観察して落ちそうになっていた。カナタはため息をついて首根っこを掴んで引きずり、図書館の中へと足を踏み入れる。

 一歩入ると、本特有の臭いが鼻についた。

 

「おぉ……これが図書館ってやつか。すげーな、こんなに本が」

「大したものだ。全知を名乗るだけはあるな」

 

 見渡す限りずらりとならぶ本の山。その驚くべき蔵書量に目を見張る二人。きょろきょろと図書館を見渡す中、一人の老人が近づいてきた。

 司書だろうかとカナタが考えていると、彼が笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「お二人さん、ここは初めてかね?」

「ああ、オレたちは他の島から来たんだ。“全知の樹”っていう凄い木があるって聞いたから、見に来たんだけど」

「失礼、ご老公。ここの本は島民以外でも借りることは出来るだろうか?」

「おお、そうかそうか。で、本だな。一応貸し借りのための規約があるから、それを読んでおいてくれ」

 

 その間に手続きをするといい、老人はカウンターの奥へと戻っていった。

 カナタは貰った規約に一通り目を通したが、大したことは書いていない。本を傷つけないように、といったことばかりだ。もしも破るなどした場合は罰金もあると書いている。

 デポジット代としていくらか先払いで置いておく必要があるらしいが、これだけの蔵書をタダで読めるのだから安上がりだろう。

 クロにも説明すると、わかったようなわからないような顔をして「よし」と呟いていた。

 

「オレもなんか本借りてみるか」

「お前はまず文字を覚えろ」

「そうなんだよなー」

 

 事情が事情なので仕方ないが、クロは最低限の教養も受けていない。本を読むのはまだ早いだろう。

 戻ってきた老人の言うとおりに手続きを進め、本を借りられるようになった。島民ではないので身元保証も含めて少し高めのデポジット代をとられたが、それはそれ。小遣いと称していくらか貰っていたお金で足りたので問題ない。

 カードを貰ったので、今後はこれで本を借りられるらしい。

 定期航路が作られるといいのだが、と思うカナタ。

 よくよく考えれば別の船でも移動は出来ると思うのだが、この時はすっぽり頭から抜け落ちていた。

 

「お嬢、何の本借りるんだ?」

「まずは航海術に関する本からだ」

 

 スコッチに言われてカナタの呼び方を変えたらしいクロは、興味本位で何の本を借りるのか聞いてきた。

 船に乗るなら航海術を知っていて損はない。今はスコッチに任せきりだが、何事にも予備があるに越したことはないと考えている。

 それに、スコッチも航海士が本職というわけではない。知っておいた方がいいだろう。

 

「なーるほどな」

「それが終われば……そうだな、偉大なる航路(グランドライン)について書かれている本でもあれば、読んでみたい」

「ん? お嬢、偉大なる航路(グランドライン)に興味あんのか?」

「あるにはある。行こうとは思わんがな」

 

 今のところ偉大なる航路(グランドライン)に行く予定はない。

 ないが、未知のものに興味はある。もしも何らかのきっかけがあって行くことになったとしても、知識があるのとないのでは大きく違うだろう、ということもある。

 人生思い通りにいくことばかりではない。カナタ自身、孤児院で疎まれて売られた身でもある。自分の力だけでなんとかできるだけの知恵と力を持たねばならないと考えている。

 前世でもそうだったが、困ったら殴り倒して逃げればいいのだ。

 今は凍らせるという手段もあることだし。

 

「暇つぶしには丁度いいからな……あった」

 

 航海術に関する本を探して図書館の中を歩き回り、陳列されている棚を見つける。

 だがカナタが取るには高く、クロに持ち上げて貰っても微妙に届かない。

 氷で段差を作ってもいいが、図書館で氷は流石に駄目だろうと自制心を働かせ。

 

「仕方ない、さっきの御老公に踏み台でも──」

「これでいいかしら?」

 

 諦めて踏み台をとり行こうとした時、脇から手を伸ばして目的の本をとってくれた。

 その身長が羨ましい。いや、まだ10歳だから伸びるし。などと他愛のないことを思いながら礼を言う。

 白髪の若い女性だ。

 

「ああ、すまない。礼を言う」

「ありがとさん」

「いいのよ。貴女のように小さい子でも、本に興味を持ってもらえるのは嬉しいもの」

 

 白髪の女性はオルビアと名乗った。

 カナタとクロもそれぞれ自己紹介し、折角なので少し話をすることにした。クロは話しているだけではつまらないのか、早々に図書館の中を探検するといってどこかに行ってしまったが。

 普段から図書館に入り浸っているという彼女もまた、この島で歴史を解き明かそうとしている考古学者だという。

 近い年代で話の合う者もあまりおらず、見慣れない顔のカナタたちに興味を持ったらしい

 

「新しい商船の航海ルートを? すごいのね」

「その年で考古学者として認められている貴女も、十分にすごいと思うがな」

「ふふ、ありがとう。でも私はまだまだよ。もっと勉強して、いつか……」

「いつか、なんだ?」

「……ううん、なんでもない。それよりもカナタちゃんって、結構高い身分の人だったりするの?」

 

 商船の新しい販路開拓をするなら、普通はカナタのような少女は連れて行かない。それに、どことなく育ちの良さそうな話し方と雰囲気、それに「お嬢」と呼ばれていることから、オルビアはそう判断した。

 が、まぁ当然そんなわけはなく。

 

「立場が特殊なだけにすぎないから、普通に接してくれて構わない」

「そう? じゃあそうさせてもらうわ」

 

 カナタは他人に対して、敵対しない限り基本は平等に接する。信用も信頼も、欲の前では無力に等しいことを身をもって知っている。

 オルビアはニコニコしながらこの島のことや考古学のことを話し、カナタはそれに時折相槌を打ちながらわからないところを聞く。

 若くして考古学者として認められただけあって、オルビアは知識が豊富だった。

 あっという間に時間が過ぎていき、程なく外が暗くなってきた時分に迎えが来た。

 

「む、もうこんな時間か」

「そうね、つい話し込んでしまったわ」

 

 入口に来ていたジュンシーと、先に合流したクロの下へ歩いていく。

 オルビアは名残惜しそうにしていたが、カナタたちは明日の朝出航する予定を伝えた。

 商談は上手くまとまったらしく、定期的にここに来ることはできるとジュンシーは言う。

 それなら別れを惜しむ理由はない。いつでも、とはいかないが、会うことなら出来る。

 

「ではまた、次に来るときにでも話すとしよう」

「ええ、楽しみに待ってるわ」

 

 司書の老人にも挨拶し、図書館を出る。見送りに出たオルビアに小さく手を振り、帰路についた。

 友人と言える程度には仲良くなれたか、と思いつつ、うす暗くなってきた道を歩く。

 機嫌がいいことに気付いたのか、ジュンシーが思わずといった様子で言葉を漏らす。

 

「随分と機嫌がいいな」

「そうだな。周りが男ばかりだと女性の知己が欲しくもなる」

「呵々、なるほど。それもそうだ」

 

 元々がマフィアだけに女性がいない。孤児院でも疎まれていたカナタにとって、オルビアこそが最初の友人と言っても過言ではない。多少話せるというだけでもだいぶ違うものだ。

 もしかすると、彼女もカナタが悪魔の実の能力者だと知れば突き放すかもしれないが、その時はその時だろう。

 人はそういうものだ。信じても裏切る。いちいち怒ったり泣いたりしていては疲れる。

 だから、友人と言える程度、で済ませておく。

 

「……ままならぬものだがな」

 

 二人に聞こえない程度に小さくつぶやいた。

 


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