第四十三話:フールシャウト島
『お前もオクタヴィアの娘が狙いか』
『だったらどうだってんだい。大人しく自分の領地に帰んのかい?』
『ジハハハハ! 言うようになったじゃねェか! ああ、大人しく帰るなんざありえねェな』
『だったらどっちが早いかだけさ。ママハハハ……! それとも、先に殺されたいのかい? 〝金獅子〟』
『来てみろ。返り討ちにしてやるよ、リンリン』
「──以上が、〝金獅子〟のシキと〝ビッグマム〟シャーロット・リンリンの通信を傍受したものになります」
「……やはり〝魔女〟は奴の娘だったか」
「頭の痛い話が増えたね、まったく」
「どうあれこちらは厳戒態勢で監視を続ける必要がある。ガープは予定通りホーミング聖を連れて〝魔女〟と接触する準備をしろ。つるとゼファーはいつでも動けるように待機だ」
「はァまったく、なんでおれが天竜人の護衛を……」
「お前は待機しろっつってもすぐ出撃するだろ。それに〝魔女〟に用があるっつったのもお前じゃねェか」
「あんたと一緒に出撃するとすぐ船壊すから同じ任務は御免だよ」
「今は〝魔女〟の行方がつかめていないが……場所がわかり次第動け。あまりグズグズしていると〝金獅子〟と〝ビッグマム〟に鉢合わせするぞ。そうなるともう手が付けられん」
☆
浜辺にビーチチェアとパラソルを置き、ゆったりとくつろぎながら新聞を読む。
時折カマバッカ王国でも有数のシェフが作ったドリンクを口にしながら、さざ波をBGMに静かな時を過ごしていた。
「……お前、いくらなんでもくつろぎ過ぎじゃねェか?」
「お前たちと違って特段やることもないのでな」
カナタは振り返ることもせずにスコッチからの質問に答える。
くつろぎモード全開のカナタに対し、スコッチは砂まみれに汗まみれでヘトヘトだった。
散々な様子にカナタは小さく笑い、スコッチはどかりと座り込んだ。
「大変そうだな。ニューカマー拳法の師範はそれなりに強いだろう?」
「お前にとっちゃそれなりでも、おれにとっちゃ相当強いんだよ!」
ストレスでやけ食いして太り、また修行して痩せてを繰り返しているスコッチの現在の体型はやや肥満、と言ったところか。
ニューカマー拳法の師範は海軍で言えば本部少将に相当する実力者ばかりだ。生半可な実力の持ち主では相手にならない。
もっとも、海軍大将と張り合うような面々は自分たちで修練しているため、師範たちとは戦っていないのだが。
「二ヶ月でどれくらいやれるようになった?」
「いいとこ二十人ってとこか。おれとジョルジュはそれなりに腕っぷしには自信があったんだが、その辺りが関の山だな」
「サミュエルはどうだ?」
「あいつは……三十人くらいか。地力はおれたちとそんなに変わらねェが、能力があるからな。デイビットはまだ十人ちょいってとこだ」
「デイビットはまだまだだな。もう少し若ければ無茶もさせたが」
「おれとそんなに変わらねェだろ!」
暗に年を食っていると言われて思わず反論するスコッチ。
カナタの倍は生きているとはいえ、まだ三十代だ。伸びしろはあるとみてもいいのだろう。
「どちらにしても、そろそろカマバッカ王国を離れる。ここは悪くない場所だが、このままではいつまで経っても〝
「そりゃあいい。さっさと出ようぜ」
一も二もなく飛びついたスコッチ。この島は余程お気に召さなかったらしい。
普段からオカマと接していては色々と来るものがあるようなので、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
カナタはその辺り全く気にしないのでよくわからないところだが。
「次の目的地はどこだ?」
「
どうあれ、最終的には
出航は二日後だとカナタは言い、スコッチは「急だな」と笑って荷物を準備しに行く。
それと入れ替わりになるように、今度はジョルジュがカナタの下へやってきた。
「スコッチから聞いたが、二日後にはこの島を出るのか?」
「ああ。出港準備を整えておくようにと言った」
「イワンコフはここで降りるってことでいいのか?」
「そうだな。元々スクラの代わりに船医として乗ったんだ。それに、イワンコフもこの国の女王としての仕事もあるだろう」
もちろん本人がついてくるというなら止める理由もないが、いずれドラゴンと共にこの世界に革命を起こすと言っていた。
今はまだ、下手に目立つことはしたくないというのがあちらの本音でもあるだろう。
それ以外の船員で残るという者もいないし、しっかり休んで航海に備えさせておくべきだ。
「海軍も今は〝金獅子〟と〝ビッグマム〟の対処で忙しいようだし、今のうちにさっさと前半の海を抜けてしまいたいところだな」
「だなァ……大海賊の二人がなんで今前半の海に現れたのかはさっぱりだが、おれはずっと嫌な予感がしてるぜ」
「杞憂だ、と笑い飛ばしてやりたいところだがな」
〝
せめて無関係であることを祈るばかりだな、とジョルジュは疲れた顔をする。
新聞に載った二人の大海賊が何を狙っているのか、知らぬままに。
☆
「もう行っちゃうなんて、寂しいじゃないのウィッチィガール」
「この海を踏破しようというんだ。いつまでも留まっては居られないさ」
「ン~フフフ。大きい夢ね、いいことよ」
二日後、出航の準備を整えつつある中で、カナタとイワンコフは最後の挨拶を交わしていた。
今生の別れではないとはいえ、この広い海の中で次に会えるのはいつになるのかわからない。悔いを残すことは出来るだけしたくなかった。
「ドラゴン。いずれヴァナータがこの世界に革命を起こすとき! ヴァターシはその活動を手伝う覚悟があるわ! その時のために準備をしておくから、いつでも連絡を頂戴!」
「ああ、感謝する。これからの旅は船長の意思一つだが……おれたちの無事は、恐らく新聞を見ていればわかるだろう」
「そうね。ヴァナタたちなら話題には事欠かなナッシブルでしょう」
大将を退けたことは新聞に載っていないとはいえ、その懸賞金の高さは異常の一言に尽きる。
何かとトラブルメーカーなカナタの傍にいれば、事件に巻き込まれて新聞に大きく取り上げられることも多くなるだろう。
そうでなくとも、カナタの強さを知っていればそうそう死んだりはしないと信用しているところもある。
「カマバッカ王国の次の島は〝フールシャウト島〟よ。のどかな島だけど、最近は海賊がいるって話も聞くわ」
「私たちの前に立つなら倒すだけだ。いずれは〝金獅子〟も〝ビッグマム〟も倒したいところだがな」
一筋縄ではいかない大海賊だ。今のままでは、勢力の規模にしても個々の実力にしても敵わないだろう。
この海を制するなら、避けては通れない敵でもある。
「ヴァナタたちならきっとやれるわ。ヴァターシはその旅路についていけないけど、ここから応援してるっチャブル!」
「いずれまた会おう。私の目的を遂げた後はドラゴンの目的を果たす約束だからな」
「ヴァナタが仲間になってくれるなら、これ以上に心強いこともナッシブルね!」
それがどれだけ先になるかはわからないが、いずれ旅は終わるものだ。今はまだ考えるには早いかもしれないが。
そうこう話しているうちに出港準備を終え、ジョルジュが「いつでも出せるぞ」と声をかけてくる。
「そろそろ時間だ。あっちのオカマたちはどうするんだ?」
「そうね……」
二人が揃って視線を向けた先には、フェイユンが出ていくということで泣きながら別れを惜しんでいるオカマたちがいた。
中にはついていこうとしたものもいたが、スコッチが決死のブロックで押しとどめている。
フェイユンもあわあわとあっちこっちに視線をさまよわせ、最終的にカナタの方を見て「どうすれば」といった顔をしていた。
「また連れてくる。私たちの旅路は険しいが、それでもついてくるか?」
「÷〈ΨΘ×γ!!」
「わかる言葉で話せ」
泣きじゃくって訳の分からない言葉で話すオカマをなだめ、落ち着かせてから再度話す。
「ぐすっ……そうね。私たちも別れは悲しいけど、ついていくことは出来ないわ。またきっと、会いに来てね!」
「はい! またきっと、遊びに来ます!」
なんとか宥めたあと、フェイユンと幾らか言葉を交わしているオカマたちを疲れた顔で見るスコッチ。
一番体を張ったのは彼だった。
ニューカマー拳法師範クラスならともかく、単なるオカマを乗せてもここから先の旅についていけるとも思えない。短絡的に船に乗せるわけにもいかなかったのだ。
「では出航しよう。帆を張れ!」
バサリを帆を張り、風を受けて港を離れる。
水平線の彼方に消えるまで、港で手を振り続けるイワンコフたちを後にして。
☆
フールシャウト島には日数にして約四日で辿り着いた。
道中嵐に見舞われることもなく、航海は順調に終わった。
大きめのサボテンがある以外に目立つものもなく、人々が日々穏やかに暮らす静かな島だ。
──大きな海賊船が港に無ければ、という前提ではあるが。
「なんだァテメェら。商船か? 命が惜しけりゃ、積荷を置いていくことだな」
人数はそれなりにいるらしく、港に着くや否や船ごと包囲されてしまった。
ふむ、とカナタは包囲する面々を一瞥し、隣にたつジョルジュに声をかける。
「どうみる? それなりに実力はありそうだが」
「どうみるったって……どのみち、次の島に行くには数日滞在する必要があるんだろ? 選択肢なんか無いじゃねェか」
「そうだな。さっさと潰して住人に話を聞くとしよう」
カナタたちの船は巨人族が乗るほどには大きいガレオン船だが、彼らの乗る船はそれより一回り大きい。相当な人数がいると見るべきだろう。
だが大半は島の内部にいるようで、港の監視にはそれほど人数が割かれていないようだ。
この程度なら制圧も造作ない。
船から降りたカナタの姿を見ると、彼らは好色そうな視線を向け、数人が怪訝な顔をして何かを話し出す。
「おい、あれ……あの顔、もしかして」
「ああ、多分そうだろう……おい! お前、まさか〝竜殺しの魔女〟か!?」
「そう呼ばれることもある。今更怖気づいたのか?」
「〝金獅子〟のシキの親分より、お前を見かけたら連絡しろと言われている。大人しくついてくるか、親分がここに来るまで待つか、どちらを選ぶ?」
今度はカナタが怪訝な顔をした。
話を聞くに、恐らく彼らは〝金獅子〟傘下の海賊なのだろう。〝新世界〟を根城にするほどの実力者たちなら、それなりに強いのも頷ける。
だが、問題はそこではなく。
「〝金獅子〟が私に何の用だ?」
「おれたちも詳しいことは聞かされていない。お前が選ぶのは二つに一つだ。待つか、親分のところまでついてくるか」
「どちらも御免だな。お前たちが私に用があったとしても、私はお前たちに用などない」
「……相手は〝金獅子〟だぞ」
「上等だ。来るなら殺すさ」
カナタから発される〝覇王色の覇気〟で雑兵はバタバタと倒れていき、それに気圧された実力のある者たちもジュンシーたちの手で次々に倒されていく。
〝金獅子〟傘下の海賊なら骨のある相手がいるだろうと意気込んでいたジュンシーは、期待外れだったのか不貞腐れたように殴り倒していた。
あっという間に港にいる者たちを制圧し、相手の船に積み込んであった金品や食料品などを根こそぎ奪っておく。
相手は海賊、情け容赦などいらない。
「〝金獅子〟か……嫌な予感が一発で当たった感じだなァ」
「私に用があると言っていたな。どうせろくなことではないだろうから放っておくか」
どうせ戦力増強のための青田買いだろう。
〝新世界〟で鎬を削る海賊たちは今、こぞって戦力を強化しようとしていると聞く。ロジャーだけはその辺りの話を聞かないが、あの船にはカナタが会った時は既に相当な実力者たちが揃っていた。そういったこととは無縁なのだろう。
「島の内部にもそこそこ人数がいるようだが……」
人数はわかるとしても、誰が住人で誰が海賊なのかまでは見分けがつかない。
船の大きさを見ても、港にいる人数はあまりに少ない。それなり以上に内部にいるはずだ。
港に居た者たちは全員縛り上げているが、ここに放置しておくべきかと頭を悩ませる。
「じゃあこうするか」
クロが自身から広げた〝闇〟を海賊たちの足元に集め、その中に沈みこませていく。
誰もが逃げられない〝闇〟の中へと。
全員を飲み込み、「これでいいだろ」と笑うクロに対してジョルジュは思わず口元をひくつかせる。
「こわっ……あいつも結構容赦ねェな……」
「だったら怒らせないようにすることだな。私たちは島の内部に行くから、数人は船に残っておくように」
カナタはフェイユンを含めた数人を船番として残し、島の内部へと向かった。
年末忙しすぎて執筆時間があんまり取れない現状です。
クリスマスプレゼントです、って次話投稿しようかとか思ってましたけど無理っぽそう。
なんとか週刊連載を途切れさせないようには頑張ります。
12/26追記
無理っぽいので諦めて次話は1/6日に投稿します。申し訳ありませんがご了承ください。