ドラゴンの言葉を聞き、カナタは少し考え込む。
「……お前、海軍の回し者だったのか?」
「いや、おれはあくまで個人的にガープと時々話をしているだけだ。親子だからな」
カナタは目を丸くしてドラゴンを見る。
海軍の英雄ともいわれるガープと親子ならば、手配書が作られなかった理由もなんとなく察することは出来る。
ガープ本人はその辺りは無頓着だろうが、知っているであろう周りの人間が良しとはしない。
「それで、ガープと天竜人が私に何の用があるんだ?」
「おれも詳しいことは聞かされていない。用事があるのは天竜人の方らしいが、カナタと話をしたいと言っているらしい」
カナタにとって天竜人はこの状況を作り出した原因だ。今更会って何を話そうというのか。
恨みつらみを直接吐き出したいというわけでもないだろう。ガープを護衛に置いているとはいえ、その程度で直接会おうとはしない。
「……意図が読めんな」
「どうする? 会うというのなら、次の目的地を伝えるが」
「バナロ島で合流するのか。ふむ……」
〝金獅子〟の件もある。厄介事をこれ以上増やしたくはないのだが。
戦争をしに来ているわけでは無いようだし、ドラゴンのこともある。
父親がガープだというのに海軍と真っ向から戦っていたのだから、スパイという訳でもなさそうだ。これなら信用してもいいだろうとカナタは判断し。
「……いいだろう。バナロ島で天竜人と会おう。ガープと一戦交えるのは勘弁してほしいがな」
「そればかりはおれにも予想できん。もしそうなれば
ガープの自由奔放さはドラゴンとてよく知っている。天竜人との話の内容次第ではガープと戦う可能性もあるだろうが、カナタたちならガープを退けることも不可能ではないだろうと考えている。
相手はガープ一人でも総力戦になりかねないのが怖いところだが。
「出航はいつにする?」
「明日だ。〝
物資は海賊船から奪ったもので賄える。怪我をした者も特にいない。
被害者であるこの島の住人たちは少しばかり可哀想ではあるが、カナタたちに出来るのはある程度物資を渡すくらいだ。ドラゴンにガープを通じて海軍を動かしてもらった方がいいだろう。
彼らにとっては、賞金首であるカナタも同様に恐怖の対象でしかない。
「ガープと連絡を取るならここでやれ。電伝虫もあるしな」
「構わないが、聞きたいことでもあるのか?」
「少しな」
特に時間を指定しているわけでもないらしく、ドラゴンは部屋に置いてある電伝虫を使ってガープへと電話をかけ始める。
程なくつながり、「おう、おれだ!」と声が聞こえた。
「おれだ」
『ドラゴンか。天竜人の件は伝えたか?』
「ああ。話し合いに応じるそうだ」
『そうか。拒否されるかと思ったが、意外だな』
「拒否しても良かったが、お前が暴れないのなら話し合いに応じるさ」
『あァ? なんだ、〝魔女〟本人もいるのか』
ガープは特に気にした様子もない。聞かれても何の問題もないと思っているのだろう。
『お前さんは賞金首だが、海賊を自称しているわけでもないし、何かしら事件を起こしたわけでもない。特に争う理由もないから安心しろ』
「それならいいがな」
堂々と言い放つガープに呆れるカナタ。
『お前さんに会いたがっているのはドンキホーテ・ホーミング聖。殺害されたドンキホーテ・クリュサオル聖の弟だ』
「……余計にわからんな。兄を殺した私に直接文句を言いたいということか?」
それなら随分と気概のある天竜人だと言えるだろう。傲慢で権力を使えば何でも解決できると思っている彼らが、わざわざ文句を言いに来るなど普通はあり得ない。
『おれが知るか。連れて行くから本人と話せ』
すっぱりと言い切るガープ。
一応海軍は世界政府の下部組織であり、天竜人を守るのも任務の一つなのだが……ガープ本人は天竜人に対していい感情を持っていないのが言葉の節々から伝わってくる。
この男に腹芸は無理だろうから疑う必要もないと考え、ため息を一つついて聞きたかったことを尋ねる。
「私が聞きたいのは別のことだ。〝オクタヴィア〟という名前に聞き覚えはあるか?」
『そりゃあ……お前の母親だろう? おれよりお前の方が詳しいんじゃないか?』
「どいつもこいつも同じことを言うが、私は孤児だ。母親も父親も見たことはない」
なるほど、とガープが煎餅をかじる音が続く。
ズズ、とお茶を啜って一息つき、考えをまとめたのかガープは口を開いた。
『おれもあまり話したいことじゃないが……』
「金獅子も奴の娘だからと私を狙っていた。それほどの実力者だったのか?」
『まァな。三十五億の懸賞金がかかっていた女だ。過去に〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟と同じ海賊団にいた』
「……なるほど、知り合いと言った風な話し方だったが、同じ船にいたのか」
お前の父親についてはわからん、とガープは言う。
可能性の高い存在についてはなんとなく察することも出来るが、それを口にすることはなかった。
『数年前から行方知れずで死んだと思われていたが、最近になって奴が起こした事件らしきものがあった。
「────」
『お前さん、さっき孤児だと言ったな? 奴がお前の手がかりを求めて襲いに行った可能性もある。精々気を付けることだ』
「……随分親切だな」
『おれだって息子の乗ってる船なら心配もする。特にあの女は見境なく大暴れすることが多かったからな』
ガープは嫌なことを思い出したと言わんばかりの口調でため息をつく。
過去に大暴れした海賊団にいたのだ。警戒するのもわかるというもの。
『ともあれ、あんまり長電話してるとうるさいやつがいるんでな。そろそろ切るぞ。場所はどこだ?』
「私たちは今からバナロ島に向かう。どれくらいで着くんだ?」
『バナロ島か。それほど遠くはないが……まァ早くても一週間後だな』
天竜人を連れてとなると色々面倒なこともある。多少時間がかかるのは仕方ないところもあるだろう。
それと、とカナタは付け加えておく。
「金獅子の傘下の海賊たちが拠点にしているらしい。私たちで片付けるが、連行していくか?」
『ふん縛っておくなら連れて行くが』
天竜人の護衛である以上はあまり歓迎されないかもしれないが、そこはそれ。ガープがその程度で諦めるわけがないし、海軍としても見逃すわけにはいかない。
そうか、とだけカナタは返答し、電伝虫から離れる。
話すべきことは終わった。後はドラゴンに任せることにしたのだ。
『あとは何かあるか?』
「こちらは特にない」
『そうか、なら一週間後にバナロ島だな』
打ち合わせが終わり、ガープは通話を切った。
相手が相手だけにやや警戒すべきところではあるだろうが、血のつながった兄を殺した相手と話したいという奇特な天竜人のことも考えなければならない。
面倒ではあるが……話の持って行き方次第ではメリットになり得る可能性もある。
一か八か、賭けてもいいだろう。
☆
翌日。
奪った荷物を纏め、ある程度は島民に渡しておく。義理があるわけでもないが、金獅子の傘下の海賊に襲われたのはある種の災害のようなものだ。多少は同情もする。
人数の関係で相当な量を奪い取っていたらしく、物資はかなり余裕がある。多少渡しておいても懐は痛まない。
海図を確認しながら、スコッチと話し合って
「バナロ島までは数日ってところだな。もう出るのか?」
「ここに留まる理由もない以上は次の島に向かった方がいいだろう」
カナタが視線を向けた先には、遠目にこちらを窺う島民たちの姿があった。
彼らにとっては海賊も海賊を倒したカナタたちも似たようなものだ。特にカナタなど、とんでもない額の賞金首だという情報ばかりが先行して悪い噂を流されている。
世の中そういうものだ。
気にしたところで仕方がない。
「次の島でも金獅子傘下の海賊を潰すことになるだろう。その後ガープが来る手筈になっている」
「ああ……あァ!? なんでガープが来るんだよ!?」
スコッチは驚いて思わずひっくり返る。
カナタは落ち着いた様子で答えた。
「天竜人が私に用があるらしい。その護衛だとさ」
「天竜人がお前に何の用があるんだよ……目の前でバスターコールでも発令するのか?」
「流石にそんなことはしないだろう……と思うがな」
準バスターコール級の戦力を集めてドラム島沖で戦った結果を知らない可能性はあるが、少なくとも今の状況を考えれば海軍が止めるだろう。
天竜人にとっては市民に被害をもたらす〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟より、自分たちに刃を向けた〝魔女〟の方が脅威に映るのかもしれないが。
「争いにはならないと思うが……確実とは言えん。戦闘準備だけは怠るなよ」
「ガープ相手に余裕なんて見せてられねェだろ……クソ、海軍の相手はしばらくしなくていいと思ってたんだが」
「状況が好転する可能性もある。限りなく低いが、私に会うためにわざわざここまでくるような奇特な人物だ。実際に会って確かめてみねばな」
軽く笑ってカナタはそう言う。
腕組みして難しい顔のスコッチとは正反対だ。
「まァ……わかったよ。他のやつにも伝えておく」
「ああ。すぐに出航する。忘れ物がないようにな」
☆
──そして、一週間後。
バナロ島には拠点として使っていた金獅子傘下の海賊たちが転がっており、カナタたちはややピリピリした様子で海軍の軍艦が到着するのを見ていた。
港に軍艦が停泊し、中から出てきたのはガープとベルク、それに数名の部下たちとCP-0の姿もあった。
その中でひときわ目立つ格好をした男性が一人おり、恐らくは彼が天竜人であろうことは纏う雰囲気でわかった。
「おう、初めましてだな、〝魔女〟」
「……昔、一度会ったことがあるが」
「そうだったか? そんな気もするな。だが細かいことは気にするな」
肩をすくめるカナタに笑うガープ。一触即発と言った雰囲気はなく、一同はひとまず衝突することはないと判断し、ほっと一息つく。
続けて後ろに視線を向け、護衛してきた天竜人を顎で指した。
「天竜人、ドンキホーテ・ホーミング聖だ」
「初めまして。私がドンキホーテ・ホーミング。君がカナタ、でいいのかな?」
「ああ。好きなように呼ぶと良い」
天竜人にしては随分と腰が低い。
カナタの物言いにCP-0が前へ出ようとしたが、カナタに睨まれて動きを止め、ホーミング聖が「構わない」と宥めた。
「今回の一件は私が〝五老星〟に頼んだことだ。物言いを咎めるつもりはない」
「……それで、私に一体何の用だ?」
「……聞きたいことがあったんだ」
誰も天竜人には逆らわない。
誰も天竜人には手を出さない。
生まれついての絶対王者。持ちうる権力の前にはどんな大国の王であろうとも頭を垂れる以外に道はない。
だというのに。
「まずは、そうだな……場所を変えよう。テーブルについて、落ち着いて話せる場所に」
ホーミング聖は、朗らかに笑いながらそう言った。
ドラゴンってガープの事なんて呼んでるんだろうか…親父?