ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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やることが…やることが多い…


第四十六話:ドンキホーテ・ホーミング

 今日も今日とて雪がよく降っている。

 ドラム島沖で発生したある種の戦争とも呼べる戦いから時間も経ち、ドラム王国の島民もみな普段の生活に戻っていた。

 くれはも例外ではなく、いつものように街へ繰り出しては患者を見つけて法外な治療費を取っていた。

 帰路について雪道を歩いていたくれはは、自分の家の前で誰かが待っていることに気付く。黒いフードを被った全身真っ黒な女と、防寒着をたくさん着て着膨れしている少女の二人だ。

 患者かと思うも、立ち尽くしている二人はぱっと見では病気とは思えない。

 何か用でもあるのかと考えていると、一人がくれはの方へと振り向いた。

 見覚えのある仮面をした女だ。

 

「──帰ってきたようだ」

「あ、そうみたいだね。はじめまして! あなたがDr.くれはさん?」

「そうさ……一体いつ振りかね、オクタヴィア」

「さてな。前に会ったのはジーベックといた頃だ……十年以上前になるな」

 

 昔のことを思い出しながら、オクタヴィアはフードと髑髏の仮面を外す。

 「その趣味の悪い仮面、まだ使ってたのかい」と言うくれはに対し、オクタヴィアは肩をすくめながら「こうでもしないと目立つのでな」と返した。

 確かに街中にいれば人目を引く美貌だ。

 しかし、黄金の髑髏の仮面という趣味の悪い仮面を使っていては別の意味で目立つだろうとくれはは笑った。

 

「まァ立ち話も何だ、さっさと入りな。あんたが来るときは大体碌な話じゃないが、退屈はしないからね」

 

 それと、と家の中に入ったくれはは、コートをハンガーにかけながら告げる。

 

「あんたの娘にも会ったよ。一目でわかるほどにそっくりだった」

「何? ……そうか、あの子にあったのか」

「十二億なんてとんでもない賞金額だよね。何をしたのか、くれはさんは知ってるのかい?」

「少し前にドラム島沖で海軍と一戦やらかしたのさ。知り合いのヤブ医者が何が起こったか勝手に教えていった」

 

 くれはは慣れた手つきで暖炉に火をつけ、お茶の準備を始める。

 オクタヴィアたちは肩についた雪を払って同様にコートをかけ、暖炉の前で一息つく。

 何から話すべきか、とオクタヴィアが考えている間に、くれはは初めて見る少女の方へと視線を向けた。

 

「それで、こっちの子供は何だい? お前の娘って訳じゃないんだろう?」

「……西の海(ウエストブルー)で拾った子供だ。海賊に襲われていたところを助けたら、そのままついて来た」

「私の名前はカテリーナ。よろしく、くれはさん」

 

 茶色のウェーブがかかった髪の少女はそう名乗り、笑みを浮かべて一礼をした。

 幼いながらに所作が洗練されており、育ちがいいことをうかがわせる。

 

「海賊にね……親はどうしたんだい?」

「まぁ色々あってね。親とははぐれて一人旅の途中なんだ。特に目的もないからオクタヴィアと一緒に旅をしてるのさ」

「……ま、本人がいいなら私は何も言わないよ。それで、あたしのところに来た理由は何だい?」

「私の腕を治してほしい」

 

 

 端的に目的を告げるオクタヴィア。

 服の上からではわからないが、全く力が入っていないように見える左腕へと視線を向けるくれは。

 

「怪我でもしたのかい?」

「それもあるが、能力者の毒だ。私には判別がつかない」

 

 袖をめくりあげてくれはの診察を受ける。

 五年前、ゴッドバレーでロックス海賊団と海軍がぶつかった戦いの際に負った傷が未だ生々しく残っている。

 無傷で切り抜けられるような戦いではなかった。こればかりはどうしようもないことだろう。

 

「素人がやったね。傷跡も残っちまってる。多少は治るだろうが……問題はこれだね」

 

 オクタヴィアの左腕を診ながら、くれははため息をつく。

 

「妙な毒だ。能力者が作ったっていうなら余計にわからない。時間がかかるだろうね……なんでもっと早く来なかったんだい?」

「動けなかった、の間違いだ。動けていればもっと別の選択肢があった」

「……あんたがそうなるってことは、よっぽどのことだったわけか」

 

 オクタヴィアの強さはくれはとて知っている。

 彼女が後遺症を残すほどの毒や傷を負っているとなると、想像もつかないような戦いがあったのだろう。能力者同士の戦いは時に常人の想像を遥かに超えていくものだ。

 

「ヒッヒッヒ。あたしは金さえ払ってくれるなら治してやるよ」

「そう言うだろうと思っていた」

 

 金ならいくらでもあるとオクタヴィアは言う。

 くれはの性格を知っているのだ。金なら山のように用意していた。

 

「時間もかかる。あたしの前から患者がいなくなる時は治った時か死んだ時のどちらかだ。しばらくはここにいてもらうよ」

「是非もない」

 

 契約はここに成立した。

 カテリーナは自分もついでに医療の勉強をさせてもらおうと意気込んでおり、ニコニコしながら準備をしていた。

 ──カナタたちがバナロ島に着いた日と同日の事である。

 

 

        ☆

 

 

 バナロ島、沿岸部。

 天竜人の付き人であろう黒服の執事たちがテキパキとテーブルを用意し、パラソルを差して飲み物をテーブルの上に置く。

 テーブルに着くのはホーミング聖とカナタの二人であり、ガープとドラゴンはそれぞれ二人の背後に立っていた。

 他の者たちは皆、会話が聞こえないほど距離を置いたところに陣を構えている。

 

「何か飲み物でも?」

「不要だ。私は仲良くなりに来たわけではない」

 

 仮にも兄を殺したカナタを前に、ホーミング聖はいっそ奇妙なほど落ち着き払っていた。

 紅茶を一口飲み、視線を手元のカップからカナタへと移す。

 

「私は、兄のことは嫌いではなかった」

 

 口を開いて最初に言ったことは、それだった。

 カナタはその言葉に反応することはなく、静かに話を聞くだけだ。

 

「変なものを集める癖はあったが、他の天竜人に比べればずっとかわいいものだ……何が、君に決断させたのかを聞いても?」

「私にとって大事な部下を奴隷にしようとしたからだ」

「部下……君は元々商人だったと聞いている。全てを捨てるほどの価値があったのか?」

 

 その後の人生の全てを捨ててでも天竜人に反抗する。その価値を、ホーミング聖は見いだせなかった。

 決定的な価値観の相違。生まれた時から全てを持っていて、失うことを知らなかった彼には理解の及ばないことなのだろう。

 いや、天竜人を敵に回すということをよくわかっているからこその発言なのかもしれない。

 現にカナタは海軍大将や中将に追いかけまわされているし、カナタたちでなければとうの昔に捕まって公開処刑になっていただろう。

 拠点にしていたマルクス島をバスターコールで消滅させるほどだ。天竜人に逆らったカナタたちをインペルダウンに幽閉させるだけで済ませるとは思えなかった。

 

「リスクを考えれば見捨てたほうが良かったかもしれないな。だが、私は世界政府を敵に回してでも部下を見捨てるような真似はしない」

 

 ホーミング聖は目を丸くして驚き、その後ろに立つガープは何とも言い難い顔でカナタを見ていた。

 

「……そこまでするほど、こだわっていたわけか」

「私にとって彼ら部下は家族のようなものだ。血は繋がっていなくとも、繋がっているものはある」

 

 生まれた時からカナタは独りだった。

 独りでも変わらず生きて行くことは出来ただろうが、彼女はその道を選ばなかった。

 

「……そうか」

 

 ホーミング聖はまた一口、紅茶に口を付けて考え込む。

 

「……私にも、大事な人はいる。妻も、子も。何故兄が殺されなければならなかったのかとずっと考えて、どうしてもわからず君に尋ねたいと思った」

 

 それが出来る、というのもまた天竜人の権力の大きさがゆえだろう。

 普通ならば、このようなことは不可能だ。

 

「兄を殺した君のことを憎んでいないといえば嘘になる。だが、大事な人を奪われようとすれば反撃するものだ……君のように、相手が天竜人であっても反抗する人間はいるのだな」

「特殊な例だとは自覚している。そこらの人間なら奴隷に差し出せと言われて否とは言えないだろう」

「それでも……大事な人を奴隷として差し出せとは、残酷なことだ」

 

 天竜人らしからぬ発言に、カナタは怪訝な顔をする。

 苦悩するホーミング聖の考えはカナタにはわからない。だが、他の天竜人とは毛色が違うことだけはなんとなくわかる。

 普通の人間とは違うものとして育つ天竜人の中で、特に際立つ異端の天竜人。それが彼なのだろう。

 

「天竜人は自分たちのことを神だというが、我々もお前たちも同じ人間だ。海軍に守られているから好き放題出来るだけで、多くの人間に恨まれている」

「……そう、か……」

 

 天竜人は常に恨まれ続けている。

 そのことを正しく認識しているのはごく一部だけで、守られ続けているために外のことを知ろうともしない天竜人の多くは理解さえ出来ないだろう。

 偉いのだから殺されていいわけがない。

 そんな理由で自分たちは安全だと思い込んでいるのだ。

 

「庇護が無くなれば、世界中の人間は天竜人に牙をむくだろう。私に対して初頭で三億もの賞金を懸けたのも、その辺りが理由なのではないか?」

「おれの方を見るな。知らんぞ」

 

 ガープはぞんざいに答える。

 世界政府の思惑まで知らされているとは思えないため、ある意味では当然の答えではあった。

 ゼファー辺りならば、あるいは知らされていても変ではないのだが。

 

「私は……妻と子を連れ、一家四人で人として暮らすことを考えていた。だが、君の言う通りならば……」

「すぐさま、とは言わずとも、殺されるだろうな。海軍の庇護下にいない天竜人など格好の的だ」

 

 積もりに積もった怨恨は、ホーミング聖とその家族に向けられるだろう。

 誰もが怒りの矛先を向ける場所を探していた。見つかれば何が何でも見つけて拷問の後、殺されることになるだろう。

 

「では私は、一体どうすれば……」

 

 人として生きることを願って、それを実行してしまえば殺されることになる。

 叶わない願いなら諦めるべきだが、欲しいものを全て手に入れてきた天竜人にあって手に入らないのが〝人として生きる事〟とはな、とカナタは思う。

 

「少しでも恨みを減らしたいのなら、天竜人の内側から変えるべきだろう」

「内側から……?」

 

 天竜人の最高権力者は〝五老星〟だ。

 直談判するなり根回しをするなりすれば、ある程度内部改革をおこなうことも可能だろう。

 それが出来るだけの頭があれば、という前提の話になるが。

 

「恨みは消えることはない。海軍が守っているとしても、いずれ天竜人に牙をむく存在は現れる」

「……天竜人に、牙をむく……それは、君のような存在ということかね?」

「私もそうだが、()()()()()()もっと大々的に事件を起こした奴は一人くらいいるだろう」

 

 カナタの言葉にガープが非常に嫌そうな顔をする。

 世界政府が出来てから八百年以上が経つ。その間に一度も反抗しなかったとは考えられないと考えての発言だが、ガープとホーミング聖には覚えがあったらしい。

 

「ロックスか……! 確かに、彼らはゴッドバレーで大事件を起こした。だが、それは政府によって隠蔽されたと聞いたが……」

 

 政府によって隠蔽された事件であっても、隠蔽する側である天竜人が口を閉ざさない限りは情報は伝わる。ましてや同じ天竜人同士であれば口が軽くなることもあるだろう。

 ホーミング聖が知っていてもおかしくはない。

 だが、ガープはカナタがどこで知ったのかが気になったらしく。

 

「お前、どこでそれを知ったんだ?」

「世界政府が設立されてから何年経ったと思っているんだ。その間に一度も反抗されていないなど、ありえる訳がなかろう」

「……そういうことか。ロックス海賊団について、何か知っているわけじゃないんだな?」

「昔大暴れした海賊団というくらいだ。ほかに何かあるのか?」

()()()()()()()()()()()船でもあるからだ」

 

 ガープの言葉に、今度はカナタとホーミング聖が目を丸くした。

 うちの母親はろくなことをしていないな、と他人事のように考えるカナタ。血縁関係がバレれば海軍も血眼になる理由がわかるというものだ。

 先日聞いた話と統合すると、そのロックス海賊団には〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟も乗っていたことになる。

 随分とんでもない海賊団がいたものだ、と頭が痛くなる。

 

「しばしば名を上げる〝D〟の名を持つ者が現れるたびに、老人たちはこう言うのだ。『〝Dの一族〟はいずれ再び嵐を呼ぶ』と……」

「〝Dの一族〟か……」

 

 ちらりとガープの方を見るが、本人はさしたる興味もないのか、あくびを噛み殺している。

 カナタが他に知っている人物で言えばロジャーやドラゴンだが、片や大海賊、片やいずれ革命を起こそうとしている。あながち間違いでもないのかもしれない。

 ガープ本人も嵐のような男なのだし。

 

「天竜人にとって都合の悪い存在であることは確か、という訳か」

「おそらくは……だが、そうだな。天竜人の中で、内部の価値観を変えていくところからやっていくべきか」

 

 ホーミング聖が生きている間に変わる可能性は低いだろう。だが、やらねば何の影響も起こすことはできない。

 今の世代が変わらずとも、次の世代に少しでも影響を与えることが出来れば御の字というところだ。

 それが出来ればの話ではあるとしても。

 

「今回は会談に応じてくれてありがとう。有意義な話が出来た」

「私はわざわざ私に会いに来るような物好きに興味が湧いただけだ。ついでに懸賞金も取り消してくれるといいのだが」

「そればかりは私の一存ではどうにもならない。進言はしてみるが」

 

 実際に話した印象で言えば、かなり良いのだろう。

 ホーミング聖から見てカナタは理知的で思慮深い女性だ。余計な手出しさえしなければ世界政府にとっても害にはならない。

 それはガープも口添えしてくれるだろうと考え、にこりと笑いながらカナタたちを見送る。

 

「ああ、そうだ。ちょっと待て」

「ん、まだ何かあるのか?」

 

 ガープの呼び止めにカナタとドラゴンは振り返り、ガープは大股でそちらへと近づいていき──

 

 

        ☆

 

 

「おう、戻ってきたか……ドラゴンはなんで頭にたんこぶつけてんだ?」

 

 ジョルジュは一連の流れを見て疑問を浮かべながらカナタに問うた。

 ドラゴンは頭に大きなたんこぶを作っており、カナタに氷を作ってもらってそれで冷やしているところだ。

 カナタはくすくすと笑いながら答えた。

 

「『海賊になるのを許した覚えはねェぞ!』、だそうだ。海賊を自称した覚えはないと言ったが、元帥であるコングに随分怒られたらしい」

「なんでガープがドラゴンにそこまで……?」

「そりゃあ親子だからだろう」

「そうか、親子……親子だァ!!?」

 

 今日一番の驚きは間違いなくドラゴンとガープが実の親子である、ということだった。

 




「親しみを込めてキティちゃんと呼んでくれたまえ」って書こうと思ったけど、どう考えてもいろんなところに喧嘩売ってたので止めました。

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