ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第四十八話:準備

『イ・ヤ・だ!』

 

 電伝虫から聞こえてくる声にドラゴンは小さくため息をついた。

 

「どうしてもか」

『どうしてもだ! なんでおれが海賊と手を組まなきゃならん!』

「海賊を名乗った覚えはない、と何度も言っているのだがな」

『まァ大したことはしてねェが、政府は政府に従わずにいる連中は大体海賊って言ってるから海賊でいいんだよ』

 

 随分滅茶苦茶な定義だ。

 世界政府という巨大な組織に従わない存在を全て纏めて〝海賊〟あるいは〝山賊〟と呼んでいるに過ぎないのだろう。

 そういう意味では、確かにカナタたちも海賊と言える。

 

「〝金獅子〟は海軍にとっても目の上のたんこぶだろう。お前が私たちに情報を流すのも、無法者同士で潰し合うことを期待しての事だろう?」

『おれは上からやれって言われてるからイヤイヤやってるだけだ。海賊の手を借りるなんぞ反吐が出るわ』

「……だが、聞いた話じゃアンタは昔ロジャーと──」

『あーあー! 聞こえねェな!』

 

 ドラゴンの言葉を遮ってしまうガープ。

 どちらが年上かわからない状態だが、こうなってしまっては意固地に拒否されるだけだろう。

 だが、カナタたちに情報を流すのはガープよりも上の地位の人間が指示したことだとわかった。海軍中将より上ともなると、元帥か、あるいは世界政府上層部のどちらかになるだろうとカナタは考える。

 

「現実的に考えて、私が〝金獅子〟と戦って得られるメリットは少ない」

 

 このままウォーターセブンに留まっているなら、これ幸いとまっすぐにシャボンディ諸島へ向かえばいい。魚人島への指針(ログ)はウォーターセブン以外でも貯められるし、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟付近まで行けばタイガーが案内してくれる。

 海賊艦隊提督とまで呼ばれる男を正面から相手取る必要などどこにもないのだ。

 どうあれカナタを狙ってくることは変わらないだろうが、今カナタたちが単独で争うのはデメリットの方が大きい。

 だから手伝え、と言外に告げる。

 

「自分たちだけ何の被害も受けずに脅威を消そうなどと、虫のいい話だとは思わないか?」

『ぐぬぬ……』

 

 ガープ本人としては海賊と手を組むことに大反対だが、上層部は海賊を使って海賊を潰そうとしている。

 なら、相応にメリットを示さなければ動かないとカナタは言う。

 

『お前が戦わなくとも、シキの野郎はおれが……』

「倒せないから私たちを使おうとしているのだろう?」

 

 実力はガープが上回っているのだろうが、シキの能力を考えれば逃走は容易だ。いくら追いかけても逃げられるのではどうしようもない。

 シキ自身もガープに引けを取らない実力者の上、策略家として動く彼は狡猾だ。まともな手段では捕らえることなど出来ない。

 だが──()()()()()()

 策略家として戦うシキが、今だけは感情的に動いている。

 カナタにとっても、海軍にとっても、今この状況が最大のチャンスなのだ。

 

「奴が今いるウォーターセブンを交易させないようにしても、一番最初に干上がるのは市民だろう。各地の拠点の様子を見れば、一般人を相手に情けをかけるような連中じゃないことはわかる」

 

 交易船は多少なり通っているようだが、現在は海賊に支配された町になってしまっている。

 この状況で最も困るのは市民で、その市民を助けるために海軍はある。

 ならば、動かない理由はない。

 理詰めで説明するカナタに対し、ガープはうめき声をあげる機械のようになっていた。

 

『ぐぬぬぬぬ…………!』

「どうする、ガープ」

『……上に、進言する……それでいいな』

「ひとまずはな。シキ本人は私の方でなんとかするとしても、市民と傘下の海賊どもはそっちでどうにかすることだ」

『わかっとるわ! クソ、やっぱり()()()()()()

「お前たちの大嫌いな私の母親同様に、か?」

『ああ! お前の母親も最悪だった! 親子そろって口の……ザ、ザザ……──』

「……ガープ?」

 

 先程まで明瞭に聞こえてきたガープの声が突然ノイズ交じりになった。

 ドラゴンとカナタは互いに眉を顰めながら何度か声をかけてみるが、反応は薄い。

 用件は終わったので切ってしまうか、と受話器を置こうとしたとき、電伝虫からガープではない誰かの声が聞こえてきた。

 

『ザ、ザザザ……シキは〝フワフワの実〟──ザザ──能力者だ。触れた物を浮かせることが出来る。──ザザザ……無機物に──が、海水も浮かせることが出来……ザザ』

「……誰だ?」

 

 女性の声だ。カナタには聞き覚えがないのでドラゴンの方を見るが、そちらも記憶にないと首を横に振る。

 シキのことについて知っていると思しき情報を流しているので、ひとまず声を聴くことに注力する。

 

『……得物──二振りの剣だ。〝桜十(おうとう)〟と〝木枯し〟──ザ、ザ……』

 

 カナタはドラゴンに目配せし、ドラゴンは近くにあった紙に情報を書き殴っていく。

 

『それなりに強いが──ザザザ……だ。奴と戦うなら嵐を選べ……』

「嵐を選べ……?」

『奴の能力は嵐の中では半減する……あとはお前次第だ──()()()()

「──!」

 

 それきり声は聞こえなくなり、ノイズも消えて通話は切れてしまった。

 ガープの方にも聞こえていたのかは定かではないが、今話していた人物はおそらく。

 

「……我が娘だと?」

 

 どうやって電伝虫の通話に割り込んだのか。

 どうやってシキと敵対している情報を手に入れたのか。

 疑問点は山ほどあるが……目下確認するべきは、()()()()()()()()()()()だろう。

 信用など出来るはずもないが、かつては同じ船に居たと聞く。殺し合うほどに仲が悪かったことも聞いている。なら、あるいは潰させようと情報を流す可能性もゼロではない。

 

「……ガープにもう一度連絡を取れ。あいつなら知っているだろう」

 

 状況を変える手札になり得るなら、利用しない手はない。

 

 

        ☆

 

 

「オクタヴィア、誰かと話していたのかい?」

「ああ」

「でも、電伝虫なんて置いてないよ?」

「私は私の能力で飛び交う電波を読み取ることも、電波に介入することも出来る。この程度は些事だ」

「へぇ……面白いね。今度原理とか教えて欲しいな」

「ああ、どうせ暇だから構わない……ふふ、それにしても──あの子は随分と数奇な運命を辿っているようだ」

 

 

        ☆

 

 

 海軍本部、元帥の部屋。

 コングが山のように積まれた書類に目を通し、手早く捌いていたところで勢いよく扉が開かれた。

 

「なんだ、騒々しい」

「全く嫌になる!」

「どうした、ガープ。今日は随分と荒れているな」

 

 乱暴な足取りでコングの前まで歩き、ガープは勢いよくテーブルを叩いた。

 その拍子にコングの机から書類が何枚か落ちたが、双方それを気にする様子もない。

 

「サイファーポールがおれのところに来た。〝魔女〟に情報を流して〝金獅子〟とぶつけろって命令だ。〝五老星〟から直接の命令だってな」

「あァ、おれのところにも連絡は来ている。どうせぶつかるなら厄介な連中同士で潰し合わせようって腹だろう」

「〝魔女〟の方は〝金獅子〟と戦うつもりはありそうだが、戦力が足りねェと言ってる」

「……それで?」

「傘下の海賊と市民を守るのはこっちでやれ、だとよ」

 

 ふむ、とコングは背もたれに寄りかかる。

 手元のお茶はすっかり冷えてしまっていたが、気にせず一口含み、ガープの言葉を反芻しながら整理していく。

 市民を守るのは、まぁ当然と言うべきだろう。コングとしてもその辺りは海軍で処理しなければならない案件だと思っていた。

 傘下の海賊の数も把握できている。〝新世界〟にいる本隊とは別に連れてきているだけで、質はさほど高くないことも。

 加えて〝金獅子海賊団〟の幹部もこちらには来ていない。

 

「〝魔女〟の要求はそれだけか?」

「ああ、今のところはな」

「随分ぬるい要求だな。こちらの思惑まで見抜かれているなら、もっと法外な要求でもしてくるかと思っていたが」

 

 あるいは、最初から何かを受け取る気もないのかもしれない。

 それがどういった理由からかはコングはわからないが、自分を犯罪者として手配している組織から受け取っても、ということなのだろうか。

 現実的に考えても、カナタの懸賞金を取り下げることなど不可能だ。

 やったことがやったこと。加えて懸賞金の額も今や〝新世界〟で暴れる大海賊に引けを取らぬほどになっている。

 

(……金に執着しているわけでもない。名誉も名声も求めていない。こちらから()()()()()()()()()、というのが正しいかもしれんな)

 

 カナタたちの旅の目的は〝偉大なる航路(グランドライン)〟の踏破だということは聞いている。

 一番欲しいものは世界政府が手出しをしないというお墨付きかもしれないが、それは不可能だとわかっているはずだ。

 だからこそ、ガープへの要求は多少の戦力と一般人の保護という最低限のものになる。

 海賊と呼ぶには少しばかり平和的だ。

 

「……ふむ。まァ構わないだろう。〝魔女〟と〝金獅子〟の戦闘のどさくさに紛れて市民を保護。それから傘下の海賊を討伐だな」

「それと、誰が入れ知恵をしたか知らんが……ウォーターセブンの近くで嵐の多い海域はないかと聞いて来た。そっちは部下に情報を纏めさせてるが」

「ウォーターセブンの近海で嵐が多い場所? そんなものを聞いて何になるんだ?」

「シキと戦うための準備だと」

 

 一度通話が切れた後でガープにしたいくつかの質問ののち、カナタたちは情報を求めた。

 シキの能力はガープも良く知るところだが、弱点までは把握していない。誰から聞いたのか問い詰めたが、カナタは口を割らなかった。

 ともあれ。

 

「……本気で〝金獅子〟と事を構えるつもりだな」

 

 まだまだルーキーもいいところの〝魔女〟だが──その戦歴は頭が痛くなるほどに凄まじい。

 これからさらに〝金獅子〟と……加えて〝ビッグ・マム〟と事を構えるつもりなら、最早ルーキーと呼ぶべきではないのかもしれない。

 その辺りは血筋か、本人の気質かは不明だが。

 

「おれは海兵として海賊と協力するなんぞ反吐が出るんだが」

「我慢しろ。少なくとも市民と海兵に被害が出ないなら言うこと無しなんだからな」

「だが……おれは、あの女はどうも苦手だ」

「確かに相性は悪そうだな」

 

 少なくとも弁舌では勝てなさそうだ、とコングは茶化して笑う。

 冷えたお茶を飲み切り、「新しく熱いお茶を入れてくれ」と部下に頼む。

 

「〝金獅子〟の件に関してはおつるに任せている。シャボンディ諸島に居座っている〝ビッグ・マム〟をどうにかしろと天竜人に再三言われていてな、ゼファーはそっちに駆り出されているんだ」

「〝金獅子〟とぶつかった後の〝魔女〟の処遇はどうするんだ?」

「放置で構わん。最優先は〝金獅子〟だ。〝魔女〟の方は放っておいても大きな問題は起こさないだろう」

 

 天竜人が関わらなければ、という一言が付くが。

 カナタたちがシャボンディ諸島に移動するときは天竜人を全員マリージョアに引き上げさせるよう陳情しておかねばな、とコングは心にメモしておく。

 いらぬ火種を抱えることはない。〝五老星〟もこの辺りは認めるだろう。

 前科がある以上は二度目が無いとも限らないのだから。

 

「センゴクはしばらく駄目だろうからな。お前たちには頑張って貰うことになる」

「そりゃ構わねェが……〝新世界〟の方はどうなんだ?」

 

 四人いる大海賊のうち、二人が前半の海である〝楽園〟に来ている今、〝新世界〟の海は非常に不安定と言っていい。

 縄張り争いもさることながら、裏社会での取引も活発化していた。

 ロジャーもニューゲートも野心はないと言っていいが、それに続く海賊たちは違う。

 船長のいない海賊団の縄張りへと攻め入り、争いとなっている所も少なくない。

 

「そっちはそっちで頭の痛い問題でな。現状は大丈夫だが、仮に〝金獅子〟が倒れた場合、混乱は更に大きくなるだろう」

「どうするんだ?」

「どうもこうも、回す手が足りん。世界政府加盟国以外は優先度を下げることになるだろう」

 

 ため息をつくコングにガープは嫌そうな顔をする。

 海兵として、余りやるべきではないことだと両者ともにわかっているからだ。

 

「ひとまず、現状はどうにかなっている。後手ではあるがな」

 

 台風の目とも言うべき存在はやはりカナタだ。

 カナタを中心にあらゆる事象が起きている。歩くトラブルメーカーなのは母親譲りかと頭を痛めたものだが、かと言ってバスターコール級の戦力でも攻め落とせるか怪しいとなれば放置しかない。

 手綱を握ることが出来れば、と考えはするのだが。

 報告書などで知った気質そのままなら、互いに利用し合う立場にもなれそうなものだとコングは考えていた。

 それをやるには現状の制度では不可能だということも。

 




予定と全く違う方向に動いてて作者もどうなるかわからなくなりました。

      '``・ 。
           `。
      ,。∩          もうどうにでもな~れ
    + (´・ω・`) 。+゚
    `。 ヽ、  つ ゚
     `・+。・' ゚⊃ +゚
     ☆   ∪~ 。゚
      `・+。・ ゚

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