ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第四十九話:NO SCARED

 二週間ほどかけて準備を進めた。

 都合よくウォーターセブンには嵐が近づいており、カナタはこれ幸いとばかりに当日の昼に着くよう調整しながら船を動かした。

 風は強いが未だ雲はかからず、晴天が顔をのぞかせている。

 戦うにはいい日だ、とカナタは目を細める。

 

「ほ、本気で〝金獅子〟とやり合うつもりかよ? 今からでも逃げねェか?」

「諦めろ。この距離ならもう奴には捕捉されている」

 

 ビビるジョルジュを窘めるカナタ。既にウォーターセブンは目前だ。ここまで来て逃げ出すことなど出来はしない。

 少し離れた場所で様子を見ながら島をぐるりと一周し、シキが出てくるのを待つ。

 程なくして、傘下の海賊たちを連れたシキが現れた。

 

「電伝虫をつなげ」

「あいよ」

 

 スコッチが手早く用意した電伝虫から、以前手に入れた番号を使ってシキの電伝虫につながる。

 海軍が近づいてくるまでの時間稼ぎという意味合いもあるが、これから戦う相手と言葉を交わすのも悪くはないと思ったからでもあった。

 

『──本当に逃げずに来るとはな』

「逃げる理由はない。追ってくるなら先んじて潰すまでだと判断しただけだ」

『ジハハハハ! 気の強いことだな。その口ぶりに見合う強さってのを見せてほしいもんだ』

 

 敵は大型のガレオン船が十二隻。四つの海賊団を引き連れ、先頭の船にシキは乗っている。

 対するカナタはガレオン船一隻に三十人ほどしか乗っていない。戦力の差は決定的だ。

 

『最後通告だ。おれの部下になる気はねェか? オクタヴィアの娘なら、強さは保証されてるようなもんだ。お前がおれに手を貸せば世界を取るのも不可能じゃねェ!』

「私はお前と手を組む気など毛頭ない。それに、手を組むなら言い方があるだろう?」

『言い方だァ?』

「〝部下にして下さい〟と言うべきだろう?」

 

 電伝虫から大声で笑うシキの声が聞こえてくる。

 スコッチやデイビットは冷や汗を流しているが、クロやジュンシーは笑っている。

 ──そして、シキの笑い声は唐突に止み。

 

『──つまり、それが遺言ってことでいいんだよなァ!?』

「ここで消えるのはお前の方だ。震え、凍てつき──砕け散るがいい」

 

 ガチャン、と乱暴に通話を切り、カナタとシキは全く同時に船を飛び出して空を駆ける。

 シキは得物である二本の名剣──〝桜十〟と〝木枯し〟を持ち。

 カナタは得物である一本の武骨な武器──海王類の牙から削り出した無銘の槍を持ち。

 暗雲が立ち込め始めた海の上で、互いに初手から全力の一撃をぶつけ合う──その衝撃は天を割り、海を荒れ狂わせ、戦争の幕開けを報せる号砲となった。

 

 

        ☆

 

 

 ビリビリと衝撃が肌に突き刺さる。

 二人の怪物が海上で武器をぶつけ合うたびに、離れた場所まで衝撃が響いているのだ。

 それを感じ取ったガープは、すぐさま部下たちに指示を飛ばす。

 

「始まったみたいだな。おい! 船を連中とウォーターセブンの間に回せ!」

 

 市民の安全を確保するため、最初に金獅子海賊団とウォーターセブンの間に割り込んで逃げ場を無くす。その後、傘下の海賊たちに向かって攻撃するという流れだ。

 ガープは一度肩を回し、砲弾を片手に持って狙いを定め──勢いよく投げつける。

 

「拳・骨──隕石(メテオ)!!」

 

 大砲で撃つよりも余程強力な弾が海賊船のうち一隻に直撃した。

 黒煙を上げながら炎上し、直撃した船は徐々に沈み始めた。

 

「ぶわっはっはっはっは!! 傘下の海賊と言ってもショボい奴ばっかりだな! 弾千発持って来い!」

「ガープ中将、あまり張り切り過ぎないようにお願いします。あくまで建前上は〝金獅子〟と〝魔女〟の抗争から市民を守るためですので」

 

 あまり片側に入れ込み過ぎると後々面倒なことになる、と部下に言われ、白けた様子で腕組みするガープ。

 やることは同じだが、海軍と海賊で手を組むなどというのはあまり世間にバラしたくはないらしい。

 この辺りは海軍ではなく世界政府の考えなのだろう。

 

「海賊を利用しておいて手を組んでないと言い張るか。まァ手を組んでるとは言い難いがなァ……」

 

 あくまで互いに利があるからこその関係性だ。どちらかに不利益があればその時点でこの関係性は破綻するだろう。

 ガープとしては海賊がどうなろうが関係ないのだが、ドラゴンがいる魔女の一味にはそれなりに気にかけている。

 気にかけているだけだが。

 

「ガープ中将。おつる中将から連絡が来ています」

 

 砲弾を片手で持って狙いを定めている途中、ベルクが電伝虫を持って近寄ってきた。おつるからガープへ、急ぎの連絡があるという。

 狙いを定めるのをやめたガープは、砲弾を片手に持ったまま通話に出た。

 

「おう。どうした、おつるちゃん」

『今来てる(シケ)、どうも単なる嵐って訳じゃないらしいからね。あんたなら大丈夫だろうけど、一応連絡入れておこうと思っただけさ』

「あん? どういうこった」

『ウォーターセブンには毎年この時期に高潮が来るらしい。〝アクア・ラグナ〟って呼ばれる弩級の大嵐さ』

 

 この島に住む者なら毎年のことで慣れているが、それでもこの大嵐を舐めれば容易く人は死ぬ。

 そも、この高潮が来ている状態で海へ出ること自体が自殺行為なのだ。海上で大暴れしている二人を除けば、船ごと高波に飲まれてしまう可能性は十分にあった。

 

「そうか……だがまァ大丈夫だろ。特に〝魔女〟の方は氷の能力者だしな」

 

 シキはシキで空を飛べる能力を持つ。嵐の中で空中に移動すれば制限を受けるにせよ、大津波に飲み込まれるということもない。

 危ないのはむしろガープたちの方だが、単なる津波程度ならどうにか出来るだろうと楽観的に見ていた。

 天気も徐々に悪くなっている今、さっさと金獅子傘下の海賊を沈めて引き上げたいところだが、とガープは思っていた。

 

「〝金獅子〟と〝魔女〟の戦い、おつるちゃんはどう見る?」

『〝魔女〟も強いが、金獅子が後れを取るほどとは思えないねェ……あれなら、嵐の規模次第で五分ってところじゃないかい?』

「そんなもんだよなァ……」

 

 素の実力で正面からぶつかればカナタが負けるだろう。

 だが、それを見越して有利な局面を選び、互角に持ち込んでいるのだから末恐ろしい。

 戦闘に関するセンスは母親譲りか、と独りごちるガープ。

 

「親が親なら娘も娘だなァ」

『実感がこもってるね。さっさと傘下の海賊を潰して戻ってきな、津波に飲まれるよ』

「お、心配してくれてんのか。じゃあさっさと潰さねェとな」

 

 通信を終え、気合を入れて大砲の弾を用意させるガープ。

 これは言っても聞かないな、と部下は諦めた。上から諫めるよう言われてはいたが、自分も津波に飲まれるのは勘弁願いたいこともあって黙認することにした。

 ──ガープが傘下の海賊たちを全て沈め終わったのは、津波が島へと押し寄せ始めた頃だった。

 

 

        ☆

 

 

 空中を高速で駆けまわりながら、シキとカナタはぶつかり合っていた。

 天気は少しずつ悪くなっていき、暴風が吹き荒れ始めた頃にはシキの動きも精細を欠き始めている。

 

(……シキの能力は〝浮遊〟だ。自然の風が強くなれば制御は難しくなるのも道理か)

 

 対し、カナタは六式の一つである〝月歩(ゲッポウ)〟によって空中を高速移動している。

 休む暇もなく移動する必要はあるが、シキ程に大きな影響は受けない。

 だが、能力による利点を抑えてもシキは強い。

 

「わざわざ嵐の日を選んで来たようだが、テメェ一人殺す程度ならさして変わらねェな。空中戦でおれに勝てると思ってんのか」

 

 強まる雨と風の中でも、大海賊は揺らがない。

 葉巻に火をつけ、強烈な覇気を纏った刃がカナタの首を両断しようと迫り──同じく武装色の覇気を纏った槍で防ぎきる。

 空中戦では勝ち目がない。

 だが、シキ相手に空中戦以外では攻撃が届かない。

 さてどうしたものかと考えながら、鍔迫り合いに押し負けて海へと叩き落される。

 

「能力者なら海に落ちた時点で終わりだな──何?」

 

 カナタが落ちた場所を基点に、海が凍り始めていく。

 荒波がそのままの形で凍り付き、氷の中から無傷のカナタが現れる。

 シキは高度を落とし、カナタを斬撃の射程範囲に収めながらため息をついた。

 

「氷の能力……自然系(ロギア)か。親子そろって面倒な能力を持ってやがる」

「海の上なら私にも勝ち目はある。あまり甘く見ないでもらおう」

 

 にやりと笑ったシキは右手に持った剣を振り、離れた位置で立つカナタの体を両断する。覇気を纏ったそれは、自然系(ロギア)の能力者であっても致命傷は免れない。

 カナタはその斬撃を受けてバラバラになり、氷の破片が転がって消えた。

 ──そして、海上に巨大な氷の柱がいくつも作り上げられる。

 

「目くらましのつもりか?」

 

 シキの見聞色からは逃れられない。

 どこにいるのかと気配を探ってみれば、()()()()()()()()()()

 剣を構え、一閃。移動した先の氷の柱を真っ二つに切り裂き、中から出てきたカナタの姿を捉える。

 

「──斬波(ざんぱ)ァ!!」

 

 両手に持つ剣を振るい、いくつもの飛ぶ斬撃がカナタへと襲い掛かった。対するカナタはそれらを紙一重で避け、屹立する氷の柱を足場にしてシキへと近づく。

 回転しながらシキの上を取り、剣を交差させて防ごうとするシキへカナタは遠心力を使って上から槍を叩きつけた。

 ビリビリと衝撃がまき散らされ、勢いよく海へと吹き飛ばされるシキ。

 海面に触れるかどうかというところで体勢を立て直し、海面付近を低空飛行しながら海を切り裂いた。

 

獅子威(ししおど)し──〝御所地巻き〟!」

 

 切り裂かれた海は形を変え、いくつもの獅子となって落下するカナタを狙い撃ちにする。

 カナタはそれを一息で凍らせ、苦も無く蹴りでバラバラに破壊した。

 その一瞬で間合いを詰めてきたシキは今度こそカナタを逃がすまいと、至近距離でその首を狙う。

 

獅子(しし)千切谷(せんじんだに)

 

 氷の塊が細切れになるほどの猛烈な斬撃の連続に、さしものカナタも無傷では切り抜けられない。

 いくつもの切り傷を作りながら斬撃を弾き、受け流すことでようやく逃れる。

 落下して海面を凍らせ、呼吸を整えながらカナタは次の策を練り始める。シキは今ので仕留めるつもりだったのか、気勢が削がれたように空中でため息を吐いた。

 

「……これでも死なねェのか。おれの部下に欲しいくらいだ、まったく」

「諦めろ。私はお前の部下になどなるつもりは毛頭ない」

 

 嵐の中に吹き荒れていた雨はいつしか雪に変わっていた。

 気温は徐々に下がり、暴風はより強く吹き荒れている。

 シキの視線は沈んでいく傘下の海賊たちの船へと移り、次にいくつもの砲弾を流星のように投げ飛ばすガープを見る。

 

「海軍を味方につけたらしいな。おれの部下が全滅とは……よくガープの野郎を納得させたもんだ」

「あれもお前の首を獲りたいらしい。私よりも優先してな」

「はっ、くだらねェな。嵐だからおれに勝てるなんざ、夢見てんじゃねェよ」

 

 〝新世界〟の海で覇権を争うほどの大海賊は、これだけの悪条件下でもそう簡単に落ちてはくれない。

 更に、遠くから船など簡単に飲み込んでしまうほどの大津波が押し寄せるのが見える。

 シキは片手間に自らの母船を空へと浮かばせ、多少風で揺らされようとも津波に飲まれないようにしている。

 

「図に乗るな小娘。テメェの母親は怪物だったが、おれたちはそれに容易く負ける程弱くもなかった。生きてきた時代が違うんだ」

「くだらないな。苦労したからお前の方が強いのか? 小娘と侮る相手の首一つ取れずにいる状態でそんなことを言っても、滑稽なだけだろう」

 

 迫る大津波を見ても、カナタは一切気にした様子はない。

 このまま放置すれば自身はおろか、船にいる仲間たちも飲まれることになるが──大津波が直前まで迫った時、カナタは動いた。

 

「〝白銀世界(ニブルヘイム)〟──」

 

 ──巨大な津波が一瞬で凍り付く。

 水平線の果てまで続く波であろうとも、カナタの能力圏内であれば影響は逃れられない。

 

「──〝悪食餓狼(フェンリスヴォルフ)〟」

 

 刹那、凍り付いた大津波から巨大な氷の狼が現出する。

 シキを飲み込もうと大きく口を開けた氷の狼は一刀のもとに両断されたが、その巨大な体を伝ってカナタがシキの目の前まで移動する。

 振るわれる槍はシキの喉元を狙い、シキはそれを紙一重で避けてカナタへと斬撃を見舞う。

 一進一退の攻防が続き──嵐はより強くなっていた。

 

 

        ☆

 

 

「くそ、流石に風が強ェな……」

 

 シキをして無視できないほどに風が強く、大雪になっている。

 体勢が安定しないため、斬撃にも思うように威力が乗らないのだ。

 視界にはいくつもの凍らされた大波があり、ところどころぶつかり合いの余波で崩れている。

 ここまで来ると流石にシキも無傷とはいかず、ところどころに傷を作っていた。

 

「流石に強いな……この調子では先に崩されるか」

 

 対するカナタも、満身創痍とまではいかずとも幾らか大きい怪我を負っていた。

 動きに支障はないとはいえ、血を流しすぎると動きが悪くなるのは明白だ。あまり時間をかける訳にもいかない。

 

(……この小娘を片付けた後、ガープの野郎も控えてやがるからな。あんまり手間取って体力を使いたくはねェんだが……)

 

 カナタを片付けた後ですぐさま逃走に入ればいいのだが、それでもこの嵐の中では制御も覚束ない。狙い撃ちにされては面倒だということもある。

 ここらが引き時か、と考え始めた時。

 シキの意識がカナタから逸れ始めたことに気付いたのか、カナタは槍を低く構えた。

 

「余所見をするとは──随分余裕だな」

 

 カナタがシキを睨みつけ、槍に覇気を纏わせた──その瞬間、シキ目掛けて雷が落ちる。

 空気を引き裂く爆音が響き渡り、シキの肉体を焼け焦げさせた。

 この大嵐で空中を漂っていればそういうこともあるだろうが、今の落雷は実にタイミングがよかった。

 

「──威国!!」

 

 この隙を見逃さず、カナタはシキを殺すべく最大の一撃を放つ。

 一瞬意識の飛んだシキを目掛け、強烈な斬撃が飛び──肩から腹部にかけ、大きく切り裂いた。

 

「……──が、は……!!」

 

 落雷による火傷と斬撃のダメージを負ってなお海に落ちることはなく、シキは強くカナタを睨みつけた。

 

「今、のは……テメェの仕業かァ!?」

「雷のことを言っているなら見当違いだな。私に雷を操る力はない」

 

 本当に、今のは()()()()()なのだ。

 口から血を吐きながら、シキは激怒しつつも冷静に戦況を見極めていた。

 馬鹿なと思いつつも、今の一撃はシキにとっても致命傷一歩手前だ。この状況で戦っても落とされる可能性が高い以上、退くのが最善と言えた。

 売った喧嘩で逃げ出すなどプライドがズタズタだが──それでも、此処で死ぬ無様を晒す方がシキにとっては屈辱だった。

 

「──クソ、退くしかねェか」

 

 意識が飛んだ一瞬に叩き込まれた斬撃だ。覇気で多少は軽減しているとはいえ、傷は深い。このまま飛んで逃げるのに支障は……ないとは言えないが、それでも逃げるだけの体力は残っている。

 これだけ風が強ければガープの砲弾投げもブレて当たらないだろうと判断し。

 

「ここは退いてやる……〝新世界〟で楽しみに待ってるぜ」

 

 艦隊を用意して、確実に殺すと宣告する。

 だがこれは、自慢の艦隊も、幹部もおらず、戦力がごく限られた状態でようやく追い詰めた好機だ。カナタとて易々と逃がすつもりもなかった。

 

「一騎打ちで勝てないなら数で補うと? 負け犬の発想だな」

「何とでも言いやがれ。おれはここで死ぬつもりはねェ」

 

 船と共に上空へと逃げ出すシキを相手に、カナタは飛び上がって追撃に移る。

 これだけの傷を負ってなお、シキはカナタと同等に張り合って船が遠くに移動するまで時間を稼いでいた。

 遂には追いきれない距離まで離れ──シキの飛行速度に追いつけないと判断すると、カナタは刃を下ろして船へと戻ることにした。

 




予定にない戦闘だったので今回は決着つかず。
ちょこちょこ起動修正いれないと駄目な感じがしてるので、筆が遅くなりがちなのが困ったところ。

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