ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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そういえば章タイトル変更しました。
困ったときは曲名を使っていくスタイル。


第五十二話:冷たい指先

 ──迸る一条の閃光は、まっすぐにクイーン・ママ・シャンテ号へと突き刺さる。

 並の人間なら蒸発しかねないほどの熱量が、空気を引き裂き雷鳴を轟かせ──リンリン、カナタ両陣営の誰もが言葉を失った。

 すぐさま動き出したのは、誰よりもリンリンと長い付き合いのある〝美食騎士〟ことシュトロイゼン。

 サーベルを手に持ってジュンシーと切り結んでいた彼は、船の側面に突き刺さったリンリンの傍へとすぐさま駆け寄り、声をかける。

 

「おい、リンリン! 無事か!?」

「ウ……! クソ、あの女、何が『加減はしない』だ……!」

 

 悪態を吐きながら起き上がったリンリン。

 雷撃による火傷は大きなダメージだが、動けないほどではない。生来の頑丈さもあるが、ここ数年間まともに戦ってこなかったオクタヴィアと戦い続けてきたリンリンの差でもある。

 端的に言ってしまえば、()()()()()のだ。

 

「オクタヴィア……! あの女、生きていたのか……!」

 

 再び手に剣を持ち、まるで王のように堂々と戦場をまっすぐに歩いて近づいてくる。

 リンリンの援護をしようと、オクタヴィアの背後から不意打ちを仕掛けた三女アマンド──しかし覇気を纏わせた剣であっても実体を捉えることは出来ず、雷の体をすり抜けるたびに感電していた。

 歩みを止める事さえできず、ついには倒れ伏す。

 オクタヴィアの見聞色を破り、その実体を捉えることが出来なければ意識すら向けられない。隔絶した実力差がそこにはあった。

 船の前で足を止め、リンリンとシュトロイゼンを視界に入れるオクタヴィア。

 

「シュトロイゼンか。久しいな」

「ああ……出来れば会いたくなかったがな」

「フフフ……随分と嫌われたものだ。リンリンはともかく、お前の扱いは然程悪くなかったはずだが」

「これでも〝ビッグマム海賊団〟の一員でね。船長を蔑ろにされて媚びへつらうなんて真似はしないのさ」

 

 リンリンの幼少期から面倒を見てきたのだ。相棒とも言っていい付き合いのある彼女を貶められてヘラヘラしていられるほど、シュトロイゼンは落ちたつもりなどない。

 サーベルを手に冷や汗をかきながら、リンリンと並んでオクタヴィアに刃を向ける。

 

「ほう、二人がかりか。構わんぞ。私も久しく戦っていなくて勘が鈍っていたところだ──錆を落とすには丁度いい」

「言ってくれるじゃねェか……! ゼウス! プロメテウス!」

「リンリン! 大丈夫だ、お前は強い! 冷静に戦え!」

 

 口ではリンリンを鼓舞しつつ、シュトロイゼンは冷静に戦力を分析していた。

 カナタたち魔女の一味を相手取るなら十分以上の戦力だったが……オクタヴィアがここに現れたという事実だけで戦力差は容易くひっくり返る。

 どういう訳か殺意がないのが謎だが、それでも彼女を相手取るのは困難だった。

 出来る事なら退いた方がいい。

 しかし、頭に血の上ったリンリンと、殺すつもりはなくとも戦うつもりのあるオクタヴィア。

 二人の状況を考えれば逃走など不可能だった。

 

(せめて、死ぬことだけは避けてくれよ、リンリン……お前が死ねば〝ビッグマム海賊団〟は終わりだ)

 

 左腕は完治せず、長らく戦いから離れていたオクタヴィアと万全の状態で戦い続けてきたリンリン、シュトロイゼン。

 この状況でようやく対等と言ったところで──しかしそれでも、勝敗は明白だった。

 

 

        ☆

 

 

「獲物を取られたのだが、どうすればいいと思う?」

「儂に聞くな。こちらも戦う相手がいなくなったのだ」

 

 リンリンと戦っていたカナタ。シュトロイゼンと戦っていたジュンシーは、ともに戦う相手がいなくなってしまったのでどうしたものかと思っていた。

 無論、ビッグマム海賊団の方が圧倒的に数が多いので戦う相手には困らないのだが……対等以上に戦える相手かと言われれば、首を傾げる他にない。

 幹部級は強いが、既に他の誰かと戦っている。

 ジュンシーは肩をすくめて適当に相手を探しに行くことにしたらしく、ふらふらとどこかへ歩いて行った。

 カナタも同様に仕方ないから適当に倒しておくかと思ったところで、カナタを野放しには出来ないと考えたのか、二つの影が近づいて来た。

 シャーロット家次男カタクリ、そして四男オーブンである。

 

「お前を野放しには出来ない……!」

「ここで死ねェ!!」

 

 〝ネツネツの実〟の能力者であるオーブンは、その能力を十全に活かして高熱の拳を。

 〝モチモチの実〟の能力者であるカタクリは、三叉槍の〝土竜(モグラ)〟を手に。

 全力の覇気を込めてカナタへと襲い掛かった。

 

「〝燃風拳(ヒート・デナッシ)〟!!」

「〝モチ突き〟!!」

 

 オーブンの高熱の拳はカナタの頬をしたたかに殴りつけ、カタクリはモチとなった腕を強く捻じってドリルの如く回転させた強烈な突きを脇腹へと突き刺す。

 ──だが、攻撃を受けたカナタは身じろぎ一つしない。

 オーブンの拳は確かにカナタの頬を殴りつけており、カタクリの槍は明らかにカナタの脇腹を貫いている。

 それでも、手応えは全くなかった。

 

「〝ビッグ・マム〟──リンリンの子供か。母親ほどではないようだな」

「──なッ!!?」

「──ぐッ!!?」

 

 殴りつけたオーブンの腕が徐々に凍り付いていき、貫いた槍を伝ってカタクリの腕も凍り始める。

 咄嗟に離れたものの、腕の一部は既に凍り付いていた。

 オーブンは〝ネツネツの実〟の高温人間だ。普通ならば凍ることなどありえないが──純粋にカナタの実力が上回っていれば不可能ではない。

 もっとも、凍り付いた腕も離れてしまえば溶かすことは可能だ。

 オーブンはカタクリの腕を掴んで高熱で氷を溶かし、歯ぎしりしながらカナタを睨みつける。

 

「クソッタレめ……どうなってんだよ、あの能力は!」

「落ち着け、オーブン。あまり能力を多用すると足場の氷も溶けるぞ」

 

 能力者にとって海は鬼門だ。

 シキのように浮遊出来る能力、あるいはカナタのように水に直接干渉出来る能力でもない限りは。

 現状カナタの能力によって氷の足場を形成している以上、下手にオーブンの能力を使えば足場を奪われる結果になる。

 

「高温人間と……モチ人間か? あっちのビスケットの能力者と言い、お前たちは()()()()()()()が多いのだな」

 

 大量に生み出されたビスケットの兵士とそれを踏み潰すフェイユンを尻目に、カナタはカタクリとオーブンを観察する。

 二人とも体躯こそカナタの何倍もあるが、カタクリは実力で言えばジュンシーと互角くらい。ゼンに及ばないくらいだろう。オーブンはそこから二つほど落ちる。

 リンリンの子供、ということから年齢は若いはずだが、それでここまで実力を伸ばしているなら十分称賛に価すると言っていい。

 カナタがそれを言っても嫌味に取られるしかないが。

 

「おれ達とそう年は変わらないはずだが……ママと正面からやり合えるだけはあるな」

「こちらもそれなりに修羅場をくぐってきたのでな。易々とやられはせんよ──しかし、退く気はないのだな?」

「ママが戦うと決めている以上は、おれ達が退くことはない」

「ママ、ママと……自分で判断することも出来んのか。船長に進言するのも船員の仕事であろうに」

 

 肩をすくめて困った顔をするカナタ。

 引くならそれで構わないと思っていたが、どちらかが全滅するまで戦うというならやるまでだ。

 今回は特に、突発的に乱入してきたオクタヴィアが引っ掻き回して滅茶苦茶になっている。人数差も引っ繰り返すことは不可能ではない。

 リンリンの次に強いシュトロイゼンもオクタヴィアが相手取っている今、カナタを止めることのできる相手などいないのだ。

 

「船長の命令に従うのも船員の仕事だ。特に、ママが殺したがっている相手ならな」

「……そうか。一度決めたことを混ぜ返すのも無粋だな」

 

 男が一度やると決めたのなら、それを止める権利など誰にもない。

 もっとも、勝てるかどうかは別の話だが。

 

「オーブン、こいつの相手はおれがやる。他の援護に行ってくれ」

「しかし──」

「頼む」

「……わかった。無茶はするなよ、カタクリ」

 

 オーブンの能力は氷上では使えない。自身でもそれはわかっているのか、カタクリの言葉に頷いて他の援護に向かう。

 その間、カナタは特に手を出すことはしない。

 一対一(サシ)でやろうというなら是非もなし。互いに槍を構えて覇気を纏わせる。

 

「フフ──力を見せてみろ。リンリン以外ならお前が一番期待できそうだ」

「何とでも言え──おれは負けん!!」

 

 バリバリバリ!! と覇王色の激突が起こり、周囲の氷にヒビが走る。

 即座にそれを修復しながらカタクリに接近し、互いの槍をぶつけ合う。

 

(こ、の女──なんて怪力だ!)

 

 槍をぶつけ合うだけで体勢が崩れかかる。リンリンと正面から戦えるだけあって、素の力も凄まじい。

 カタクリは槍を弾いて拳を武装硬化し、殴りかかる。

 カナタもそれに合わせるように素手を武装硬化してカタクリの拳にぶつける。

 

「ぐ……!!」

 

 武装色の強度が違う。

 カタクリが全力で覇気を込めた攻撃でも、カナタの覇気を纏った防御を貫けない。

 攻撃を当てようにも、カナタの見聞色を破れない。

 戦えば戦うほどに力の差を思い知らされる。

 

「そら、まだまだ行くぞ」

 

 三度、カナタは槍を振るって斬撃を飛ばす。

 カタクリはそれをなんとかかわそうと体を効率よく変形させるも、完全には避けきれずに浅く斬撃を受けてしまう。

 それでもカナタにとっては必中の一撃だったはずの攻撃だ。「良く避けた」と称賛の言葉を送り、続けてカタクリを追い詰めるように連続して斬撃を浴びせかける。

 なんとか食らいつこうと斬撃を避けながらカナタへの攻撃のチャンスを探るが……完全には避けきれなかった斬撃を浴び、一瞬だけ見聞色が途切れた瞬間にカナタの強烈な蹴りが顔面に突き刺さった。

 

「ぐ……クソッ!」

「ほう、まだ倒れんか」

 

 背中から倒れそうになったところでなんとか体勢を立て直し、くるりと一回転して着地する。

 傷だらけになり、徐々に追い詰められているのがわかる。

 だが、カナタが本気で殺そうと思えばもっと簡単にやることは出来るはずだ。カタクリには、それだけが解せなかった。

 

「私がお前を殺さないのが不思議と言わんばかりの表情だな」

「……よくわかったな」

「フフ。単にお前のような男は嫌いではないだけだ。私の船に欲しいくらいにな」

 

 刃を交えればわかることもある。

 リンリンと違って激情に流されることはなく、まだ成長の余地はいくらでもあるのだ。今後もオクタヴィア関連でいろんなところから狙われる可能性が高い以上、カナタとしても戦力の補充は急務と言ってよかった。

 リンリンの子供でなければ船に乗れと誘っていたところだ。

 

「おれはママを裏切らねェ。兄弟たちを裏切ることもな」

()()()()()()()も、私は嫌いではないよ」

 

 にこりと笑うカナタ。

 カタクリは一瞬見惚れ、頭を振って戦闘に集中する。

 各所から血を流しながらも覇気は未だ衰えず、今なおカナタを上回ろうと洗練させていた。

 見聞色を破らなければ、自然系(ロギア)の流動する肉体を捉えることは出来ず。

 武装色を破らなければ、カナタの肉体を捉えようともまともにダメージなど与えられない。

 先に動いたカナタの槍を紙一重で避けながら、なんとか一撃を与えようと試行を巡らせる。

 

「そのモチで動きを止めたいのか?」

「──っ!?」

 

 カタクリがカナタの動きを止めようと網状のモチを用意し始めた瞬間、それを見破ったカナタがモチごとカタクリを凍らせた。

 体の表面だけを凍らせる簡易的なものだったため、カタクリはなんとか内側から破壊して逃れたが──その額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

 一歩間違えば体の内側まで凍らされていた。咄嗟に全身に覇気を纏ったために助かったのだ。

 完全に動きを読まれている。

 数秒先の未来すら視るカナタの見聞色の前では、いかに〝ビッグマム海賊団〟最上位の実力者と言えども赤子の手をひねるように容易くあしらわれる。

 

「ハァ、ハァ……! 厄介だな、その見聞色は……!」

「見聞色は鍛えれば〝数秒先の未来〟すら視えるようになる。方向性を変えれば、相手の感情もある程度は読めるようになるものだ」

 

 フェイユンの見聞色はカナタのそれと違い、相手の感情を読み取ることに長けている。

 口でいうのは簡単だが、これを会得できる覇気使いが果たしてどれだけいるのかという話だ。カナタは自分を特別だとは思っていないが、多少常識外れだという認識はあった。

 

「武装色もそうだ。鍛えれば単純な武装硬化だけでなく──」

 

 カナタは離れた位置からカタクリに向けて拳を振るい──カタクリは不可視の〝何か〟に強かに殴りつけられて吹き飛んだ。

 センゴクの覇気を使った衝撃波や、オクタヴィアの鎧のように〝纏う〟覇気など……参考に出来る前例はいくらでもあった。

 ゼンが〝流桜〟と呼ぶ、武装色の覇気を流す技術だ。

 

「──このように、ある程度は自身でコントロールすることも出来る」

 

 自身を守る鎧にも、敵を撃ち抜く槍にも出来る。

 カタクリに教授するように、カナタは説明する。

 吹き飛んだカタクリは血反吐を吐きながら転がり、なんとか立ち上がって槍を構える。

 

「無理はしないことだ。かなりダメージがあるだろう」

「お前をここで止めなきゃ、他のみんなのところに行くだろう……! それだけは、させねェ!」

「家族思いだな……少しばかり羨ましく思うよ」

 

 カナタには決して手に入らなかったものだ。

 そんなことを思いながらも、カタクリを倒すために全力を出すことにする。余り時間をかけすぎてもカナタの仲間が疲弊する。

 人数差は十倍では利かない。多勢に無勢なら、強者のカナタが踏ん張らねばならない。

 

「させねェと、言っている──!」

「いいや、お前に拒否権はない」

 

 カタクリの猛攻を避けながら至近距離まで近づき、カナタは手を伸ばしてカタクリの胸に手を触れる。

 ──瞬きするほどの間で、カタクリは氷像と化していた。

 吐息は白く染まり、カナタは凍り付いたカタクリに背を向ける。

 

「──お前は強かったよ。生きていればまた会おう」

 

 暗雲が広がっている。全力で戦うリンリンとオクタヴィアの決着が付かないことを確認しながら、カナタは味方の援護をするためにその場を後にした。

 




備考。
カナタ:16歳
カタクリ:15歳

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