二つの島と交易をした船は、無事マルクス島へと帰還した。
帰りは特にトラブルもなく、せいぜいジュンシーの修行でクロの頭にたんこぶが出来たくらいだった。
スコッチと船の中で交易の支出を計算したが、元手が荷物のみということもあって好調な出だしと言える結果になった。
この結果には島で留守番をしているジョルジュも喜ぶだろう、とスコッチは笑みをこぼす。
どうだかな、とクロを見ながら思うジュンシー。
残念ながら、ジュンシーの予想の方が正しかった。
☆
ジョルジュが頬を引きつらせる。まるで幽霊でも見たような顔だ。
クロは気にせずにこやかに挨拶する。
「どもー。オレはクロ。お嬢に誘われて船に乗ったんで、どうぞよろしく!」
視線はジュンシーに行く。何かにすがるような視線だった。
ジュンシーは肩をすくめ、淡々と話す。
「事実だ。儂が目を離している間にティジャ島のどこかから連れてきた」
最後に泣きそうな顔でカナタの方を向く。もうやめてくれ、と言わんばかりの顔だった。
カナタはドヤ顔で胸を張りながら答える。
「クロも能力者だ」
「やっぱりーっ!!」
バターン! とひっくり返るジョルジュ。相変わらず気の小さい男だった。
そも、最初から嫌な予感はしていたらしい。
出航したときはいなかった男で、カナタが絡んでいるなら、それはもうジョルジュにとって厄ネタに違いないという妙な確信があったのだとか。
カナタも驚きの未来予知である。
笑いながら倒れたジョルジュをつつくクロ。それを見ながら、ジュンシーはため息をついた。
「こうなるだろうとは思っていたがな」
「大丈夫なのか? おっさん、派手に倒れてたけど」
「気が小さいだけだ。そも、能力者などめったに見かけるものではないからな」
その中でも特に希少と言っていい
「そういうもんか」
「そういうものだ」
納得したクロを伴い、ジュンシーは交易した積荷を港の倉庫へ入れるよう指示を出す。建前上はボスであるジョルジュが気絶してしまったので、自然と把握しているジュンシーが指示を出すことになっていた。
スコッチは船の上で卸す積荷の確認をやっている。終わるまでまだしばらくかかるだろう。
「暇になってしまったな」
「オレはこの島初めてなんだ。案内してくれよ」
「そうは言うが、私もこの島にいたのは数日足らずでな」
人攫いに連れられて物資の補給のために寄っただけの場所だ。カナタが把握しているのは港と町と浜辺くらいしかない。
町に関してもマフィアたちの事務所の場所くらいしか把握しておらず、それ以外はほぼわからない。
攫われた日から含めても一月足らず。激動の日々に人生何が起こるかわからないものだ、とカナタは遠い目をする。
日はまだ高い。鬱屈するような思い出とは裏腹に、空は抜けるような青空だった。
「じゃあお嬢も含めて島の探索と行くか」
「……好きだな、探索」
「そりゃあそうでしょ。”自由”ってのはそういうことだしな」
けらけらと笑いながら街へ歩き始めたクロにカナタも続く。
檻の中ではなく、外の世界を好きに見て回ることのできるという”自由”を知った。
あの場所で理不尽に縛られ、およそ人間が体験できるあらゆる責め苦を受けてなお
だが、あの狭い世界から抜け出し、彼の取りこぼした”当たり前の日々”を享受する楽しさを知った。
だからカナタに感謝しているし、恩も感じている。
「自由、か」
「お嬢は何かやりたいこととかねぇの?」
「特にはない。この事業も、元はといえば生きるために金が必要だというだけにすぎない」
「なるほど、生きるのに金は必要だわな。でもよ、それは
きょとんとした顔でクロを見るカナタ。
確かに生きて行くうえで金は必要だが、あくまでもそれは手段の一つに過ぎない。その気になれば
もちろんその場合は色々と敵に回すだろうが、それこそ能力者であるカナタなら対処も出来るだろう。
「……お前」
「お、何か疑われてる? オレだって生まれてからずっとあの檻の中って訳じゃないんだぜ」
悪魔の実を食べるまでは普通の生活をしていた、普通の島民だった。全くの無知というわけではない。
それもそうか、とカナタは納得する。
「退屈は嫌いだ。何にも出来ないってのもな。だからオレは色んな場所を見たいし、面白そうなことがあればやってみてもいい。そういうの、なんかないの?」
「……私は……」
欲しいものなど、考えたこともなかった。
手に入れたいと、願うことすらなかった。
常に彼女は商品のような存在だった。
国、家、そう言ったものに尽くすだけの存在である。
そこに自身の意思は存在せず、ただ誰かの利益のためだけに生かされていたにすぎない。
そのような道を歩んできた彼女が選ぶなら。
「……なんだろうな」
名誉も地位も肩書も不要だ。
生きるために金は必要だが、それだけで生きていくなどつまらない。
自由に生きるなら──それこそ、だれも知らない未知でも探しに行くのも悪くないかもしれない。
「まぁすぐには出てこないだろうな。でも、アンタは権力とか興味なさそうだ」
町に近付いてきたのか、人と良く会うようになり、全身刺青のクロはひどく目立っていた。
それを全く意に介さず彼は笑っている。
「今のところは、だがな。刺激がないとつまらないが、静かに暮らすのも悪くない。迷いどころだが、世の中そううまくはいかないものだ」
「そうだなー。ある日突然人身御供みたいになることもあるもんな」
「お前が言うと洒落にならんな」
「でも実際そうだぜ? 他人に依存した環境は他人に簡単に壊されるモンだ。自分が作った環境でもないとな」
ある日突然囚われてあらゆる拷問を受けた男が言うと説得力がありすぎる。
だが、自分で生きる環境を作るというのは難しい。それに、一国の王になっても外敵や自然災害で環境が壊れることもある。
金と力があれば、大抵のことには対処できるだろうが。
「環境、か。国でも作ってみるか?」
「お、いいね。笑って毎日過ごせる国なら大歓迎だ」
「笑って過ごせる国か……それは、いいな」
誰もが笑って過ごせる国なら、それは良い国だろう。
いずれ組織を大きくするだろう。金と力があって、場所があって、国があるのなら──そういう場所にすることも、出来るかもしれない。
悪くないな、とカナタは思いを馳せる。
怯えられるのも怖がられるのも、今更どうしようもない話だ。
「じゃ、とりあえずそういう方向でいいんじゃないの?」
「そうだな。理想は高い方がいい」
そういって二人は笑い合った。
☆
そうして、五年の月日が経った。
ジョルジュの率いる「ジョルジュ一家」は少しずつ商業の範囲を広げ、
当初の小さい船ではなくガレオン船を購入し、海賊たちも滅多に手を出さない強力な護衛付きの商船であることが知られたこともあり、日に日に荷物の量は増えていった。
西の五大ファミリーと呼ばれる大物たちも注目し始め、裏の取引にも関わることとなる。
──そして。とある一人の少女と、一体の馬が
これにより、