ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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本編とは全く関係ありませんが、進捗報告用にTwitterアカウント作りました。
詳しくは活動報告にて。


第五十三話:〝母親〟

 視界の果てまで続く凍った海。

 足場としては申し分ないが、一部の能力者にとっては能力を使うと足場を崩すリスクを負うことになってしまう場所でもある。

 敵の作った足場など信用に値しないと、ペロスペローは自身の能力で飴を生み出し足場をコーティングしていた。

 突然足場が無くなっても大丈夫なようにという理由もあれば、あらかじめ生み出しておけば利用するのは簡単だからという理由もあった。

 例えば、今目の前にいる敵──デイビットを捕らえ、全身を飴でコーティングした〝キャンディマン〟を作ることも簡単だ。

 

「ペロリン、こうも簡単に捕まってくれるとはな……厄介なのはやはり一部の船員だけか」

 

 リンリンと正面から戦っていたカナタもそうだが、シュトロイゼンと切り結んでいたジュンシーや十男クラッカーの生み出したビスケット兵を簡単に踏み潰すフェイユン。

 能力者もいくらか交じっているところを見るに、一筋縄ではいかないと踏んでいたが……少なくとも、目の前のデイビットに関してはそうではなかった。

 

「くくくくく……恐怖で顔が歪んでいく様を見せてくれよ、ペロリン♪」

「あめェな。おれは〝ボムボムの実〟を食べた爆弾人間。こんな飴で捕らえられたところで、爆発させればなんてことはねェ!」

「何!?」

 

 余裕を見せるペロスペローに対し、不敵に笑うデイビット。

 全身が徐々に飴で固められていく状況においても、彼の持つ能力ならば内側から吹き飛ばすことなど造作もない。

 

「〝全身起爆〟!!」

 

 デイビットの全身が爆発し、ペロスペローの生み出した飴が内側から吹き飛ぶ。

 そう甘くはいかねェか、と舌打ちしたまさにその時。

 

「ん?」

「え?」

 

 盛大に爆発したデイビットの足元から放射状にヒビが入っていき──次の瞬間、足場になっていた氷が割れて海の中へドボンと落ちた。

 

「あああああああああ!!?」

「えェ~~!!? 自爆したァ~~!!?」

 

 あっぷあっぷともがいていたが、世は無情。

 能力者であるデイビットは浮かぶことなく沈んでいく。

 それを見つけたジュンシーがペロスペローを急襲し、スコッチが氷の割れた部分から海の中へと飛び込んでいった。

 

「あの阿呆め……帰ったら説教だな」

「無事に帰れると思っているのか? ペロリン」

「そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう」

 

 目の前でジュンシーを捕らえるために生み出された〝キャンディメイデン〟──キャンディで作り上げた〝鋼鉄の処女〟──を即座に躱し、横合いから踏み込みと同時に強烈な拳を叩きつける。

 武装色を伴って振るわれる拳はペロスペローの脇腹を深々と撃ち抜き、骨数本を圧し折りながら大きく吹き飛ばす。

 

「……今の一撃で決めるつもりだったが」

 

 手応えが薄かった。

 さながら鎧を想起させるようなキャンディを纏っていたようで、ジュンシーの拳にはわずかにキャンディの破片がついている。

 鋼鉄に匹敵するほどの硬度を持つキャンディの上から殴ってなおこれだけの威力があったが……それでも、ペロスペローは未だ意識を保ったままだ。

 敵ながら気概はあると認めるべきだろう。

 

「何やってんだ馬鹿野郎!!」

「す、すぴばぜん……」

 

 背後では海中から引っ張り上げられたデイビットがスコッチに怒鳴られていた。

 相手の能力から脱するためとはいえ、足場まで自分で破壊していては世話はない。

 表面を分厚い氷で覆っていることもあって海水の温度は非常に低い。氷の上に上がった二人は寒そうにガタガタと震えていた。

 

「クッソ寒いな!? おいジュンシー! あったまるもん持ってねェか!?」

「持っているわけがなかろう。サミュエルの毛皮でも借りてこい」

「なるほど、あいつの毛皮ならさぞ暖かそうだ」

 

 寒すぎて思考が鈍ってるのか、スコッチは素直に頷いてサミュエルを探し始める。

 ペロスペローの相手をジュンシーに任せたことを謝ったのち、デイビットもそれについていった。

 デイビットだけなら小規模な爆発で火をつけることも出来そうだが、燃やすものがないのでどうにもならない。加えてさっきの二の舞になる可能性もあるのでやらないのだろう。

 今後のことも考えて能力を鍛え上げる必要があるな、とジュンシーは考えていた。

 

「クソ……舐めやがって……!」

 

 あばら骨を数本圧し折られたペロスペローは、顔色が悪いままジュンシーを睨みつける。

 カナタの影に埋もれがちではあるが、ジュンシーも三億の賞金首だ。生半可な実力ではない。

 加えてビッグマム海賊団の幹部級もかなり分が悪い状況だ。最大の戦力であるリンリンが突発的に現れたオクタヴィアと戦闘をしている今、カナタを止められる戦力がいない。

 ジュンシー、フェイユン、ゼンの億超えたちはペロスペローたちですら分が悪いのだから、他の弟妹に相手取れるとも思えなかった。

 

(戦況は悪くなる一方だ……! このまま戦っていて本当にいいのか!?)

 

 リンリンの子供たちはまだ年若い。

 カナタと同年代かそれ以下ばかりの子供では、数で勝っていても質で負けている。

 それ以外の船員──シュトロイゼンはリンリンと一緒に戦っているし、他の部下でも無数のホーミーズでも止めることが出来ない。

 かといって、ここで退くことも出来ない。退けば後々リンリンに問い詰められることがわかっているからだ。

 

(ここで死ぬか、あとでママに殺されるか……最悪の二択じゃねェか!)

 

 ビッグマム海賊団において船長命令は絶対だ。

 リンリンが〝退く〟と判断しなければ、退くことは許されない。

 持ちこたえることが出来るのか──そう考えていた時、一際巨大な落雷が目もくらむような閃光と爆音をまき散らす。

 

「……あちらも決着がついたようだな」

 

 数時間に及ぶ戦闘でオクタヴィアとリンリン・シュトロイゼンの決着がついた。

 響き渡っていた雷鳴が収まり、そう思わせるほどの静けさが夕暮れの氷上に広がった。

 

 

        ☆

 

 

 流石のオクタヴィアと言えどもリンリン・シュトロイゼン相手に無傷とはいかなかったのか、ところどころ傷を負っている。

 軽傷ではあるが、傷を負った本人は「随分と鈍ったものだ」とため息を吐いていた。

 火傷、切り傷、打撲──昔は傷などつかなかったものだが、リンリンも当時からすれば実力が上がっているということだろう。

 ロックスが倒れてから五年。

 時代は、既に変わったのだ。

 

「……私も、既に過去の時代の亡霊か」

 

 オクタヴィアは自嘲するようにつぶやいた。

 気絶して倒れ伏すリンリンへと視線を向ける。その横には、血塗れのまま肩で息をするシュトロイゼンの姿もある。

 

「この場は帰るがいい。死ぬまで戦いたいというのなら構わんが──リンリンに死なれるのは、()()()()()()()()()()()のでな」

「何を……言ってやがる……!」

 

 海賊はこの広い海に数えきれないほどいても、大海賊とまで呼ばれる強さを誇る者は片手で数えられるほどしかいない。

 ロックスの野望は潰えたが、オクタヴィアはオクタヴィアで目的を持って動いている。

 この場でリンリンに死なれるのは困るのだ。

 世界政府と海軍にとって警戒すべき対象として存命してもらわねばならない。

 

「……何が目的か知らねェが……見逃してくれるってんなら逃げさせてもらうぜ。命あっての物種だ」

「フフ。お前のそういうところは嫌いではないよ」

 

 シュトロイゼンの言葉にオクタヴィアは笑い、リンリンの巨体を担いで船に戻るのを見送る。

 そうしていると、ふと背後に誰かが立った。

 先程、長女コンポートを倒したカナタだ。

 互いに視線を交わすが、距離をとったまま動くことはなく数分経ち──オクタヴィアが、静かに口を開いた。

 

「……こうして会うのは初めてかもしれないな。最後に会ったのは、まだ幼い頃だった」

「私の記憶にはない。両親の存在など、つい最近まで知らなかった」

「何? あの男から聞いていないのか?」

 

 西の海(ウエストブルー)のとある島で孤児院を運営していた〝院長〟と呼ばれていた男。

 彼から何も聞いていないのかと、オクタヴィアは疑問の声を出す。

 その質問に、カナタは首を横に振った。

 

「何も──私は、何も知らなかった」

「そうか……」

 

 想像できたことではある。

 院長はオクタヴィアを殺すためにあらゆる手段を講じ、準備を整えていた。孫娘と言えども、恨みの対象であれば何かを話すこともないだろう。

 

「知りたいことはあるか? 私に答えられることなら答えよう──古代兵器の在処も、知りたいのなら教えてやろう」

 

 もっとも、オクタヴィアの知る古代兵器は〝ポセイドン〟だけだ。

 過去に探しても見つからなかった存在であるため、眉唾物の存在ではあると付け加えた。

 だが、カナタはまた首を横に振る。

 

「そんなものに興味はない。お前に尋ねることも、ありはしない」

「ふむ。──では、何が欲しい?」

 

 欲しいものなどない。

 カナタは既に過去と決別した。

 かつて付けられた〝ノウェム〟という名前を捨て、〝カナタ〟として生きている。

 母親が生きていると知った時から、もしかしたらこうなるかもしれないと考えてはいたが……今更親が現れても、交わす言葉など持ち合わせてはいなかった。

 感情には折り合いをつけたつもりだったが──実際、本人を前にしてみると、違うものだ。

 

「……今更母親面して何かを語るつもりはない。その資格はないだろうからな」

「…………」

「だが、()()()()。お前は、私たちの一族の末裔だ。いずれ起こる嵐に否応なしに巻き込まれるだろう」

「嵐?」

「〝空白の百年〟からもうじき八百年となる。〝Dの一族〟を探せ。我々は、彼らと共に戦う〝騎士〟の一族」

 

 ──これは宿命だ。

 オクタヴィアはそう告げる。

 

「……宿命だと? 私は」

「そんなもの興味はない、か? それでもいいだろう……時に、お前は今何を目指して旅をしている?」

 

 賞金首になった以上は海軍に追われる。逃げ回るだけの生を送るのかと、オクタヴィアは問う。

 カナタは、オクタヴィアを睨みつけるように見つめながら答えた。

 

「……この海の果てを見るためだ」

水先星(ロードスター)島か──いや、()()()か? いずれにしても、果てを目指すのなら〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探すことだ」

 

 その島への近道はない。

 いずれにせよ、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探しておいて損はないと言う。

 世界政府が禁じている〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の探求。古代兵器復活阻止のためというお題目はあるが、()()()()()()()()()()()

 ──おそらく、オクタヴィアはカナタの思っている以上に深いところまで知っている。

 世界の禁忌(タブー)に触れ過ぎたが故に、ロックス海賊団はほとんど新聞にも載らなかった。ロックスとオクタヴィアはそれだけ世界政府にとって不都合なことを知り、戦ったのだ。

 

「ジーベックは全てを相手取っても〝世界の王〟を目指したが……お前はそうではないだろう。好きなようにやるがいい」

 

 世界政府を完全に敵に回すも良し。

 来る日まで身を隠し、戦力を集めるも良し。

 いずれにしてもカナタは世界のうねりから逃げられない位置にいる。

 オクタヴィアはそう言うものの、カナタとしては納得しがたい。気になることもある。

 

「〝Dの一族〟を探して、どうなるんだ?」

「今はまだ好きなようにさせておけ。いずれ天竜人を地に引きずり下ろす者が現れる──もっとも、お前もまた〝Dの一族〟に名を連ねてはいるがな」

「……お前は違うのだろう?」

「ああ。だが、()()()()()()()()()()()

 

 ──お前の父親はロックス・D・ジーベックだ。

 

「──……」

「想像していなかったわけではあるまい」

 

 可能性は、確かにあった。

 同じ船にいたこと。

 同じ強さを持つこと。

 誰もが〝ロックス〟と呼ぶ男を、オクタヴィアだけは〝ジーベック〟と親しそうに呼ぶこと。

 その事実は、恐らくこの場にいる二人しか知らないことだが……これを政府が知れば、決してカナタを生かしておこうとはしないだろう。

 

「……厄介なことを知った気分だ」

「ロックスの名を名乗りたければ好きにするがいい。それもまた、お前の自由だ」

 

 束縛するつもりはない。

 ロックスもオクタヴィアも、〝自由〟を求めて世界を〝支配〟しようとした海賊なのだから。

 話は終わりと言わんばかりに、オクタヴィアは背を向けた。

 趣味の悪い仮面を外し、カナタにそっくりの顔をさらけ出す。

 

「いずれまた逢う日が来るだろう」

 

 翡翠の瞳が夕焼けを背に輝く。

 小さく笑みを浮かべた彼女は、雷鳴と共に何処かへと消えた。

 カナタもまたオクタヴィアに背を向け、ウォーターセブンへと帰る。

 ビッグマム海賊団との抗争は終わりだ。煮え切らないところはあるが──これもまた、一つの結末として受け入れるしかなかった。

 




 多分多くの人が予想したであろう父親。
 詳しいことは出てないけどまぁいいよね的に。カナタの瞳は父親譲りって設定ですが、これ「赤は悪魔」っていう例のあれを使いたかっただけなのでそれ以上の意味はありません。
 そのうち「ここに秩序は崩れ落ちた」とかやるかもしれませんが。

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