ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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六章開幕です。
一応二話投稿です。こちらは二話目になります。


帰郷/Seabed
第五十五話:魔の三角地帯


 名残惜しい、と思うほどこの島に愛着はない。

 元々島から島に移動することを生業としていた以上、一つの場所に愛着を持つということもなかった。

 船大工であるトムは予想以上のいい船を作ってくれたし、傘下に入った海賊や直参の部下に入った海賊たちもいる。人手は補充出来た。

 記録(ログ)もとうの昔に溜まっていたし、これ以上この島に留まる理由は無くなっていた。

 やや性急ではあるが、思い立ったが吉日ともいう。

 カナタは全ての準備が整ったと判断すると、次の日に出航すると告げた。

 

「世話になったな、トム」

「たっはっはっは。こっちこそだ。いい仕事させてもらった」

 

 島に来た海賊はカナタに潰されるか、彼女を恐れて大人しくしているかのどちらかだった。彼女自身に起因する騒動もないではなかったが、それでも過去一番平和な時期だったと言っても過言ではなかった。

 木材や鉄、食材の買い付けもカナタの力添えがあれば苦もなかったのだし。

 

「アイスバーグにココロも、いい船を作ってくれたことに感謝している」

「んがががが……いいのさ。あたしらにとってもいい取引だったからね」

「おれも、今までで一番いい船を作ったつもりだ!」

「ほう、それは頼もしいな」

 

 アイスバーグの言葉に笑みを浮かべ、顔を赤くする少年を尻目にトムへ言葉を投げかける。

 

「次の島は〝魚人島〟だと聞いたが」

「ああ。ワシらの故郷だ。潜って潜って海底一万メートルのところにある。いいところだぞ」

「行き方については、そっちの魚人の方が詳しいんじゃ無いかねェ。あたしから言えるとすりゃあ……魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)くらいさ」

 

 〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟。

 何が起きるか誰も知らない、霧に包まれた魔の海域。

 毎年百隻を超える船が消息を絶つという──その海域を越えなければ、魚人島も〝赤い土の大陸(レッドライン)〟も見ることは叶わない。

 都市伝説、あるいは迷信だと笑い飛ばすことは簡単だが……物事には何であれ理由があるものだ。

 〝何か〟がその海域に生息していたとしても、決して不思議な話ではない。

 

「出来る限り注意はするつもりだが……航海に不測の事態は付き物だ。生きるも死ぬも運任せさ」

「たっはっは……! ……! 随分と豪気じゃねェか! 船乗りってのはそうでなくちゃな」

「笑い事じゃないよ、まったく……」

 

 食料は大量に載せてある。多少長いことさまようことになったとしても、食べ物に困る事態は早々ないだろう。

 傘下に入った二つの海賊団にも、十分荷物を積んでおくよう言っておいた。きちんと聞いていればいいのだが。

 

「最初来たときは三十人くらいだったのに、もう十倍くらいになっちまったねェ」

 

 傘下に入った海賊団は二つ。直参の部下に入った海賊団は三つ。合計で百五十人ほど人員が増えている。

 そのうちカナタたちの新しい船──〝ソンブレロ号〟に乗るのは百人程度だ。元々乗ってきた船が老朽化でこの先の海には乗っていけないものもあれば、一戦交えてフェイユンが片手で叩き潰した船もある。

 他に乗る船がないので本船に乗せた形になる。

 まぁ海軍の軍艦と同規模なので、乗ろうと思えば八百人くらいは乗れる船だ。百や二百増えたところで問題はない。

 逆に人員が増えて楽が出来るのでありがたいくらいだ。

 

「三十人であの船を動かすのは中々面倒だったからな。人手が増えたのはいいことだ」

 

 きちんと動かせるようになるまで少しかかるだろうが、大型船の経験値は十分にある。元々の人数だけでも十分動かせるので問題はなかった。

 反抗的な連中は最初に叩き潰している。船から降ろされると行く当てもない連中ばかりだ。死に物狂いで覚える事だろう。

 

「無事に魚人島に着くことを祈ってるよ。んがががが」

「カナタさん、また来ることはあるのか?」

「そうだな……私たちはお尋ね者だからな。あちらこちらをふらふらとしているだけだ。船が欲しくなったらまた来ることもあるだろう」

「ンマー、そうか……じゃあ、おれはその時までにもっと腕を磨くよ!」

 

 トムはアイスバーグの頭をぐりぐりと撫で、「言うじゃねェか」と笑う。

 これから〝新世界〟に向かうとはいえ、そのままずっと永住する予定もない。気ままに旅を続けるならまた会うこともあるだろう。

 ──談笑している間に出航の準備も終わり、カナタたちは船に乗り込んだ。

 別れの言葉をいくつか交わしながら、一路魚人島へ向けて船を出した。

 

 

        ☆

 

 

 波は高くなく、風も穏やか。航海をするには気候条件として悪くない。

 だが、周りが霧に包まれているので非常に視界が悪い。新しい船が座礁でもすると厄介なので見張りを多めに置いていた。

 

「結構濃い霧だなァ……おかしなものとかないといいんだが」

「おかしなもの?」

 

 ジョルジュが嫌そうな顔しながらタバコをふかし、スコッチが双眼鏡を覗き込みながら船縁で見張りを続けている。

 昼間だというのに夜と見紛うほどに薄暗い。それだけ霧が濃い海域なのだ。

 後ろからついてきている二隻も付かず離れずの距離を保っている。目指す場所は同じとはいえ、一度見失うと合流するのも時間がかかる。

 

「お前知らねェのか? 〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟って言やァ、年間何十隻もの船が行方不明になる場所だぜ。幽霊船(ゴーストシップ)の噂だって絶えねェ!」

幽霊船(ゴーストシップ)ね……眉唾だろ、んなモン」

 

 ジョルジュと違ってスコッチは幽霊船(ゴーストシップ)の存在に懐疑的だった。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟は常識をことごとく凌駕する超常の海だが、それでも流石に幽霊など存在しないだろうと。

 ──()()()()()

 

「スコッチさん! ジョルジュさん! 報告です!」

「なんだ、どうした」

「二回りほど小さい船が近くに来ています! どうしますか?」

「あー、なんだ。海賊か?」

「いえ、それが……」

 

 若い新入りが言葉を濁すと、二人は「はっきり言え」とため息を吐く。

 もごもごと言いにくそうにしていた新人だが、「見てもらうのが早いかと」と言って反対側に歩き出す。

 それに続いて船の反対側に行くと、ボロボロで今にも沈んでしまいそうな船が流されているのが目に入った。

 

「帆も船もボロボロだな……海賊船ではあるようだが」

「海賊同士で戦って負けたんだろ。船員は皆殺しになっても船自体は沈まずにこの辺りをグルグルと回遊してる……なるほど、ゴースト(シップ)なんて噂が出るわけだ」

「気候自体は穏やかみたいだしなァ」

 

 どれほど長い間、この霧の海を彷徨い続けていたのか……想像もつかないが、彼らも戦って負けたのだろう。

 双眼鏡を覗いてみれば、白骨死体がそこかしこに転がって──

 

「ん?」

「どうした?」

「いや……いやいやいや、そんなまさか」

 

 ごしごしと目をこすってもう一度双眼鏡を覗き込むスコッチ。

 眉を顰めて新人から双眼鏡を受け取り、自分ものぞき込んで何があるのかと確認してみれば。

 

「お、おい……あれ……」

「……あ、あれは……」

 

 進行方向は同じだったが、少しずつ近づいてきていたのだろう。

 ボロボロの船はいつしか肉眼でもはっきりわかるほどに近付いており、姿を現したその船の不気味な姿が嫌でも目に入った。

 そして同時に、聞き覚えのない声が霧の海に響いてくる。

 

「ヨホホホ~……♪」

 

 ボロボロの、誰も乗っているはずのない船から聞こえる不気味な声。

 ジョルジュたちの周りに何人も集まり、その異様な船を見て──その船で立っている何かを発見した。

 

「「「ゴ、ゴースト(シップ)~~!!?」」」

 

 動く骸骨。何故かアフロ。

 明らかに異常な存在であるそれに対し、その場にいる誰もが驚きで目を見開く。

 

「どどど、どうなってんだよあれ!!? 骸骨が動いて!? 歌ってる!?」

「あばばば……」

「ジョルジュ! しっかりしろジョルジュ! おい誰かカナタ呼んで来い!」

 

 ゴースト(シップ)を前にパニックを起こす船員たち。ジョルジュは恐怖で意識を半分飛ばしており、スコッチは頬をビンタしながら近くの船員にカナタを呼んで来いと命令する。

 あんなおかしなものに対抗できるのはカナタくらいだ、と信頼してるのかよくわからないことを考えていた。

 

「船を急いで離せ! 近づくと何されるかわからねェぞ!!」

「あ、アイアイサー!」

 

 すぐさま舵を切って船を移動させ、それに後ろの二隻も追随する。

 徐々に距離を置きつつある中、急いで呼ばれてきたカナタがスコッチたちの下へ着く。

 

「何があった?」

「動く骸骨だ! あれ見ろあれ! どう考えてもゴースト(シップ)だろ!?」

 

 スコッチの指差す先にはこちらに手を伸ばすようにしている骸骨の姿。

 何か叫んでいるようだが、風と波の音に阻まれて届かない。

 見聞色で探ってみるとそれほど強くもなさそうだが……それよりも、見聞色で感知できるということはそこに何かしらの意思があるということ。

 意思疎通が出来るなら、とは思うも──既に船は遠くなっている。

 

「……ん? あの船に掲げられている海賊旗……」

 

 どこかで見覚えがある。

 果たしてどこだったか──それに、動く骸骨──と、そこまで考えて思い出した。

 

(麦わらの一味にそんなのがいたな。ということは、あれがルンバー海賊団の生き残りか)

 

 双子岬でクロッカスと話した後、海賊旗と船長である〝キャラコ〟のヨーキのことは調べていた。

 足取りはつかめていなかったが……ここで全滅したのなら情報がないのも頷ける。それほど強い海賊団でもなかったようだし、運が悪ければそれこそロックス海賊団と鉢合わせして全滅したのかもしれない。

 船は既に遠く離れているが、骸骨──ブルックは悲しそうにカナタの方を見ていたので、自然と二人の視線がかち合った。

 引き返すことは出来ない。またこの霧の海を揺蕩うことになるだろう。クロッカスのことを考えればここで彼を確保するのが一番だが、考えている間に随分離されてしまっていた。

 

「…………動く骸骨か。捕まえてみても良かったのだが」

「「フザけんな!!」」

 

 カナタの呟きに半ば意識を飛ばしていたジョルジュさえ突っ込みを入れていた。

 

 

        ☆

 

 

 シャボンディ諸島。

 〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟を抜けた先、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の近くにそびえる巨大な〝ヤルキマン・マングローブ〟の集合体だ。

 島とはいうものの、実際には樹木の集合体であるために〝記録指針(ログポース)〟ではたどり着けない。

 〝新世界〟へ行くにはマリージョアで船を買い替えるか魚人島を経由するかの二つに一つしかないため、無法者は必然的に魚人島へ向かう準備をするためにこの島に集まることになる。

 双子岬から七つに分かれた磁気も、再びここで一つに集まるわけだ。

 当然、ここまで航海することのできる海賊たちである以上は実力もそれなりになる。

 その海賊を狙う賞金稼ぎも多い。

 

「全員、特に新入りは気を付けるように」

 

 カナタの忠告に頷く面々。

 一番気を付けるべきクロは聞かずに興味津々に島を見ていた。

 地面からシャボン玉が浮き出て浮かんでいくのだ。確かに興味をそそられる幻想的な情景ではあった。

 

「ヤルキマン・マングローブの樹液とこの辺りの気候があるからこそシャボンは作られる。島の中ではシャボンを利用した器具なんかも売っているが、買わないようにな。あれはここか魚人島でしか使えん」

「だ、そうだ。忘れないようにな」

「それはいいんだが、ここでその〝コーティング〟ってのをするんだろ? どれくらいかかるんだ?」

「詳しい時間はおれの知り合いのコーティング屋に聞いた方がいいが……あの船のデカさ、三隻あるってことを考えると一、二週間は考えておいた方がいいだろうな」

 

 その間は否応なしにこの島に滞在する必要がある。

 どこか場所を確保して野営をすることになるだろう。ここは賞金稼ぎが多い場所でもあり……人間屋(ヒューマンショップ)がある島でもある。注意するに越したことはなかった。

 攫われると色々面倒だ。

 

「実力に不安があるものは出来るだけ集団での行動を心がけろ。実力に自信があるなら好きに出歩くといい」

 

 その辺りはもう自己責任だ。新入りには海賊に憧れた十代の子供も多いとはいえ、自分の意志で海へ出た以上はそういった覚悟も持っているだろう。

 これくらい脅しておかないと、カナタの名前を笠に着て好き勝手にやられても困る。

 百人以上ともなると流石にカナタの目も行き届かない。

 加えてここは諸島だ。何かあっても探しきれないだろう。

 

「タイガーと私はコーティング屋に行ってくる。必要な物があるなら買い出しもしておく必要があるが……」

「その辺はおれとドラゴンで調整しておく。任せておけ」

「ではスコッチに一任する。どこかに出かける際は最低限の人数は船に残しておくように」

 

 了解と返事をする船員たち。

 カナタがいなくても最低限のことは出来るだろうと判断し、タイガーと二人でタイガーの知り合いのコーティング屋へ足を運んだ。

 

 

        ☆

 

 商談も済み、やはり期間は一週間と少しはかかるのでその間どうするかを考えねば──と思いながら船に戻ったところ、ジョルジュが慌てた様子で報告を上げてきた。

 

「おいカナタ! 厄介なことになったぞ、クロが人攫いにさらわれたらしい!」

 

 早速の厄介事にカナタは思わず天を仰いだ。

 

 


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