雑に持ち抱えられたクロが首輪をつけられ、牢屋の中に放り込まれる。
ゴンと床で頭を打ち、思わず「あだっ!」とうめき声をあげた。
「いてェな! もう少し丁寧に扱え!」
「うるせェやつだ……お前は奴隷として売られるんだ。静かにしてろ。他の奴らみたいにな」
周りを見れば誰もが俯いて絶望している。
ここにいるのは人間オークションに出品される予定の奴隷たちだ。未来に希望を抱く者などここにはいない。
「今月は中々厳しくてな……お前がいい値段で売れることを祈ってるぜ」
「いやァ、無理じゃねェかな」
「自分で言うのか……」
「オレの仲間がいただろ。あいつらはどうした?」
「お前と同じように首輪と手錠を付けてる。労働力としてならそこそこってところだな」
自分を捕まえた人攫いと普通に話すクロに、横で聞いていたオークションの職員は「変な奴だ」と感じていた。
危機感がないというか、他人事のように感じているというか。
奴隷全般にありがちな悲壮感というものが感じられない。
「奴隷として売られるって言っても、何させられるんだ? 雑巾がけとかか?」
「子供の掃除か! ……いやまァ
馬の代わりに使う〝人馬〟、掃除をさせる〝掃除人〟、痛めつけるためだけの〝サンドバッグ〟──奴隷の使い道は多岐にわたる。買い手が好きなように使うから〝奴隷〟なのだ。
人攫いの男は脅すように買われた後のことを想像で話す。
「買い主の機嫌を損ねりゃ殴る蹴るは当たり前。ボロ雑巾になるまで〝サンドバッグ〟にされることもあるかもなァ。精々機嫌を損ねないように──」
「おっ、アンタ魚人か? 珍しいな。魚人島の話とか聞かせてくれよ」
「聞けよ!!!」
クロは一切話を聞かずに同じ檻に入れられていた魚人の男へと近寄っていた。
話していた男は半ギレで突っ込むが、クロは意に介していない。
あまりに今まで捕まえてきた奴隷と毛色が違うせいか、どうにも空回りしている気すらする。人攫いの男は職員に「出来るだけ高く売ってくれよ」と言い残して部屋を出て行った。
その後、程なくしてクロと一緒に捕らえられていた船員たちが檻に放り込まれる。
「おー、全員いるか?」
「そりゃいますよ……これからどうするんですか、おれら」
「奴隷になるらしいぞ」
「そんなこと、シャボンディ諸島の事知ってれば誰だってわかりますよ……おれたち、海賊になってようやく海に出たのに……」
「こんなところで奴隷になんて嫌ですよ!」
「まァそんなに悲観するなって。何とかなる」
今にも死にそうな顔をしている船員を前にしても、クロは一貫して気楽な態度だった。
「でも……」
「うちの船長を信じろって。天竜人に『奴隷として部下を差し出せ』って言われたら、それを言った天竜人をぶっ殺した女だぜ? それに、いざとなったらオレが何とかしてやるよ」
生い立ちからして悲惨な目に遭うのは慣れているし、カナタならそのうち助けに来てくれるだろうと確信している。
首輪と手錠には海楼石が入っていないので、いざとなれば自分でオークション会場を潰すことも出来る。心配などするだけ無駄というものだ。
下手なことをすると首輪が爆発するらしいが、まぁ死にはしないだろうと楽観的に考えていた。
「……戦ってるところ見たことないですけど、アンタ強いんですか?」
「いや、オレは船の中で一番弱いけど」
「船長ー! 早く助けてー!!」
絶叫した、少年と言っていい年頃の部下はオークションハウスの職員にぶん殴られていた。
☆
グロリオーサと別れ、オークションハウスに着いたカナタ。
連絡のついたドラゴンとタイガーはこちらに向かうと言っていたが、オークション自体は既に始まってしまっている。無駄に時間を浪費するくらいならカナタ一人で制圧してしまった方が早いだろう。
職員たちのいる裏口へ向かい、そこで警備をしている警備兵がカナタたちのことを見つける。
「こちらは職員専用通路です。オークションに参加されるのであれば正面入り口からお願いします」
「我々はオークションに参加するつもりはない。うちの船員が数人、ここで売られている可能性があるのでな。返してもらいに来た」
「それは……不可能です。海賊であれば、なおさら」
あくまで丁寧な口調だが、取り付く島もない。
海賊だからと見下しているのが丸わかりだ。海軍にどれくらい袖の下を渡しているのかは知らないが、〝金獅子〟が噛んでいるとなれば下手に手を出すことも出来ないのだろう。
世界政府も都合がいいからと放っておいているのが現状なのだ。
「奴隷として売られる筋合いはない。返せと言っているんだ」
「しつこいですね……あまりしつこいと〝法的手段〟を取りますよ。営業妨害です!」
奴隷売買が合法なはずもなく、海軍を呼べば当然彼らも摘発される──が、海軍は〝奴隷売買〟という言葉が
海軍を呼ばれて損をするのはカナタ達だけ、という訳だ。
そうか、と静かに息を吐く。
「フフフ……どうぞお引き取り下さい。お客様としてであればいつでも歓迎しますよ、〝竜殺しの魔女〟さん」
「……ここは確か、シキがスポンサーになっているんだったな」
「? ……ええ、そうですが、それが何か──」
大柄な警備兵の顔を片手で掴み、自分の方へと引き寄せるカナタ。
体格差をものともしない怪力に思わずたたらを踏みながらしゃがみ込み、強制的に目線を合わせられる。
「私は既に奴と敵対している。一度は殺し合った仲だ──言いたいことはわかるな?」
「い、いいえ……一体、何を──」
「わからないか?
鎧が粉々になるほどの蹴りを入れて警備兵を吹き飛ばし、ついでに職員用の扉も破壊する。
後ろに控える部下は「やっぱりこうなったか」と言いたげに武器を構え、誰一人躊躇することなくカナタの後ろに続く。
「手早く制圧するぞ。他の連中を待つほど手強い相手もいない」
海軍大将だろうと、大海賊だろうと──誰が敵になっても怯むことはない。
慌てたように武器を取る警備兵たちを次々に倒し、一切躊躇することなく先へと進む。
今まで海軍や〝金獅子〟の名を出せば誰であろうとも身を引いて来た。だが、それが仇となってこういう事態への対処に慣れていない。
仮に慣れていたとしてもカナタ一人いれば全滅は必至なのだが。
「手錠と首輪の鍵を探せ」
「おう、任せろ。全員出していいんだよな?」
「ああ。行き場のない連中は受け入れて構わない」
やることは決まっている。カナタの指示を待つまでもなく、各自で動いて鍵を探し始める。
カナタはと言えば、檻を適当に壊しながらクロを探していた。
売れたにしてもオークションが終わるまでは引き渡すこともないはずだが──と思っていると、ステージの方からひときわ大きな悲鳴が上がっていた。
そちらも制圧するかと思っていると、檻の中にいる一人から声をかけられる。
「お、おいアンタ、もしかして全身に刺青が入ったガキを探してるのか?」
「ガキという歳でもないが……おそらくその男だ。知っているのか?」
「ああ。ここにいる連中とは随分毛色が違ったからな……そうか、本当に来たのか……」
奴隷として連れて来られて、助けに来てくれる誰かがいるなどという幻想は抱けなかった。
だから、クロの言っていたことは戯言だと誰も相手にしていなかったが──あながち、幻想でもなかったらしい。
「あいつなら今、表でオークションにかけられてる最中だ。だが、買いに来ている奴らには天竜人もいるかもしれんぞ」
「天竜人はいない。既にこの島から政府が引き上げさせている」
「何……? な、なんでそんな……」
「身の危険でも感じたんだろう」
カナタとしては邪魔にならないなら放置するが、政府側としてはそうもいかないだろう。シャボンディ諸島のどこで鉢合わせするかわかったものではない。
もっとも、流石の天竜人と言えども一度〝天竜人殺し〟をやり遂げたカナタがいる島に好んで滞在しようとも思わないだろうけれど。
連絡を入れたガープも「減ってくれた方が楽ではあるが」と本音を漏らしていたが、カナタは聞かなかったことにしている。よくあれで処罰されないものだとあきれ果てる。
ともあれ。
「
「あいよ。歯向かってくる連中はどうする?」
「手足に鉛玉でもくれてやるといい。大人しくなるだろう」
必要なのはクロと一緒に攫われた船員だけだ。極論、それ以外はどうなろうと関係ない。
競り落とした奴隷にそれほど愛着を持つとも思えないため、すぐにここからいなくなるだろう。
──程なくして、銃声と悲鳴が響いて来た。
慌てて出ていく足音が聞こえ、静かになったところで数人がステージから戻ってくる。
「おー、お嬢。悪いな、探してもらって」
「全くだ。この島に来て早々こんなことになるとは思わなかった」
鎖をジャラジャラと鳴らしながら陽気に手を上げるクロ。後ろに続く部下たちは顔面蒼白だったが、安心したような顔をしている。
信頼の表れと言えば聞こえはいいが、クロにはもう少しトラブルを回避する努力をしてほしいものだ。
「その首輪、外れないのか?」
「どうだろうな。結構頑丈そうだけど、オレが飲み込めるかって意味なら多分行けるぜ」
体表を這うように〝闇〟が立ち昇り、肌に密接している手錠と首輪の間に入り込む。
細かな制御は必要だが、ここまで出来ればあとは簡単だ──飲み込むだけでいい。
〝闇〟の引力で砕かれながら首輪と手錠が飲み込まれていき、クロは鍵を使わずに自由の身になった。
「……意外といけるもんだな」
「ふむ……」
棚から適当に余っている首輪を手に取り、カナタはガチャガチャといじくる。簡単に壊せないようにはなっているが、繋がっている鎖を外すと爆発する仕組みだ。
なるほどと呟き、一息に
ぐしゃりとひしゃげた首輪は異音を発し、カナタがすぐさま投げ飛ばした先で派手に爆発した。
「は?」
「え?」
「壊せないことはないな。頑丈だが、少し硬いだけだ」
覇気を使って内側から破壊してやれば握力だけで握りつぶすことも出来る。
武装色の覇気をそれなりに使いこなしていれば誰でも出来ることだな、とカナタは思う。
「これに懲りたら気を付けて行動することだ。いつまでも面倒は見切れんぞ。子供ではないのだからな」
「や、まァ年下のお前に言われちゃ言い返せねェな」
「母親に怒られるガキみてェだな」
「勘弁しろよ。年下の母親とか」
くだらないことを言っている面々に拳骨を食らわせ、「さっさと帰るぞ」と言い放つカナタ。
たんこぶを押さえながら頷く数名を尻目に、他の部下が鍵を持ってくる。
奴隷一歩手前の者たちも大半は解放されたようだ。まさかこの状況から助かるとは思っていなかったようで、誰もが目に涙を浮かべて喜んでいる。
「行く当てが無い者は付いてこい。どこかの島で適当に降ろしてやる」
使えそうな人材がいれば残って欲しいが、無理やり残らせたところで仕事をしないのは目に見えている。
仕事をしない役立たずを置いておくほど余裕があるわけでもない。船に乗るなら最低限の仕事はさせるし、しないなら叩き出すまでだ。
普通の人間が大半だが、珍しいところでは手長族や魚人族もいる。元海賊で賞金首も珍しくない。何かしらの技能はあるだろう。
「アンタたちは〝新世界〟に行くのか?」
「ああ。魚人島を通って〝新世界〟に行く。〝楽園〟に未練がある者は残った方がいいぞ。死んでも責任は取らん」
「いや……少なくともおれはアンタについていく。助けてもらったのは一生の恩だ」
手長族の男は深々と頭を下げた。
大多数はカナタの船に乗ると決めたようだが、〝楽園〟の海に未練がある者や〝新世界〟の海に恐怖する者も当然いる。
行く当てがあるならそれでも構わないと、カナタは無理強いすることなく逃がした。
「ドラゴンとタイガーに連絡を入れておけ。こっちはもう終わったとな」
「あァ、そうだな。結局おれ達だけで制圧しちまったもんな」
金庫の中身も強奪してまとまった金も手に入った。船を作ってだいぶ懐が寂しいことになっていたので、これはこれでありがたいことだ。
あとは船のコーティングが終わるまで薬と食料、水の補給を済ませておけば問題はないだろう。
……またクロが厄介事を持ってこなければ。
「海軍本部も近くにあるんだろ? 堂々と居座ってていいのか?」
クロが〝闇〟の力で建物を飲み込んで処理したところで、カナタたちはオークションハウスを後にする。
随分大所帯になってしまったが、雑用を任せる人員が出来たと喜んでいいのかは微妙なところだ。人攫いに連れ去られる程度の実力しかないのでは、海戦で足手纏いになる可能性も十分ある。
その辺りは今後の課題だろう。
単純な戦闘だけなら今の面々だけでも十分ではあるのだが……。
「下手に手を出す真似はしないだろうさ。私を敵に回して被害がどれだけ増えるか、連中も知っているからな」
今となってはセンゴクだろうとガープだろうと刺し違えるくらいは出来るだろうと思っている。複数人で当たれば盤石だ。
そも、人身売買を止めたことを称賛こそされど叱責されるいわれはない。センゴクやゼファーは生真面目なので要請があれば動くかもしれないが、ガープが動くとは思えない。
もっとも、海軍中将や海軍大将が動くほどの案件とは思えないが。
「いやァ、お嬢がいるってだけで動く可能性はあると思うぜ?」
「そうか? ……そうかもしれないな」
〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟を相手に戦える以上、政府や海軍が放置したままとは考えにくい。
どこかのタイミングでまた襲撃があるのは確実だろう。
天竜人を害した者をそのまま放置はしないはずだ。問題は、それが何時なのかということだが──。
「……考えても仕方ない。一度船に戻って、それから考えるとしよう」
「賛成。オレも疲れちまったぜ」
「お前何もしてねェだろ」
「捕まってただけじゃねェか」
「うわ、そんなひでぇこと言っちゃう? オレだってそれなりに気配りしてたんだって」
最初のピリピリとした雰囲気はなく、辺り一帯の人攫いと賞金稼ぎを全滅させたことで安全になった道を使って船まで戻った。
☆
そして、翌日。
海軍大将ゼファーの退任と、新たに大将としてセンゴクが就任することが新聞で発表された。
スクエナカッタ…