シャボンディ諸島の人攫いや人間屋を軒並み壊滅させた翌日。
広い食堂で食事を取りながら新聞を見ていたカナタは、一つのニュースを見て思わず目を丸くした。
ゼファーが第一線を退くという報道は、カナタにとっても非常に衝撃的だった。
二度戦い、敗北こそしなかったが強大な敵として立ちはだかった男だ。忘れるはずもない。
カナタは新聞を見ながら首を傾げる。
「……まだ老年というほどの年ではない。それなりの理由があってのことだろうが……」
内部の事だ。ガープに尋ねても答えは返ってこないだろう。
「必ずお前を捕まえる」とまで言われたが……こうなっては会うこともない。
「おれ達からすれば、あんな強い奴が出て来なくなるならありがたいけどな」
「少なからず影響はあるだろうな。海軍大将が変わるとなれば、それなりに戦力が減ることになる」
センゴクとてゼファーに負けず劣らずの猛者だが、やはり現役の海軍大将の名は重い。勢いづく海賊も一定数出てくるだろう。
もっとも、それで崩れる程海軍もやわな組織ではない。ガープを筆頭に強大な海兵は多いのだ。
カナタは新聞を畳み、出かける準備を整える。
今回は話を聞きに行くだけなのでカナタ一人だ。サミュエルたちも行きたがったが大勢でぞろぞろと行くような場所でもないし、幼い子供もいるところに強面の男を連れて行く必要もない。
「クロがまた厄介事に巻き込まれないように誰か監視しておくように」
「わかってるよ。目を離さねェようにしておく」
「酷くねえか!? オレだって分別くらいありますよ!?」
「珍しいものがあったら?」
「見に行く」
「海楼石の首輪とか用意した方がいいと思うか?」
「一考の価値はあるよなァ……」
反省の色が見えないクロに思わずジョルジュもため息をこぼす。
昨日の今日でおかしなことに巻き込まれることは流石にないと思うが、今度はシャボンディ諸島の海軍支部を壊滅させる羽目になりかねない。そこらの海賊程度ならカナタ抜きでも対処は容易いので問題ないのだが。
手綱を握ってさえいれば大丈夫だろう、と思うことにする。
「人数も増えた。食料と医薬品の類を買い足しておかねばな」
「そうだな。魚人島までそれほど時間はかからねェって話だが、何事にも想定外の出来事ってのはあるもんだ」
まさにシャボンディ諸島でも想定外の出来事があったわけだが、武力でなんとかなる程度の出来事なら話は簡単だ。
海で遭難するなど、武力ではどうにもならない場合が厄介なのだ。
ある程度は多めに想定しておいて損はない。
「あとは何が必要だ?」
「食料、医薬品と来て……服と備品くらいか?」
「そうか、着るものが無かったな」
無理やり連れて来られた連中ばかりなので替えの服を持っていない。流石に着たきり雀という訳にもいかないだろうから、ある程度は買い揃える必要がある。
金は色んなところから奪ってきたので腐るほどある。数が必要なので資金は目減りするだろうが必要経費だ。
使わない金に意味はない。貯め込んでも死んでしまっては元も子もないのだから。
食料品はスコッチ、医薬品はスクラがそれぞれ担当して買い揃える。
「食料に関してはあの手長族に任せてもいいかもな」
ここに来る前はとある船で料理人をやっていたらしい。ただ作れるからという理由で任せていたコックたちは晴れてお役御免となり、本人たちも一安心していた。
包丁を握るより剣を握る方が得意な連中だ。ほかにやれる人間がいないのでやっていただけなので、専門職がいるなら任せた方がいいに決まっている。
色々揃える必要はあるが、どうせ十日から二週間程度は暇なのだ。ボチボチやっていけばいいだろう。
「オレは?」
「大人しくしていろ」
「シャボンディパークっていう遊園地があるらしいんだが、行っていいか?」
「お前やはり反省していないな?」
クロはやはり監視が必要らしい。
☆
無法地帯の中に、その店はあった。
シャボンディ諸島十三番GR──〝シャッキー’sぼったくりBAR〟
いの一番に目に入ったのはグロリオーサから紹介されたその店の前にボロ雑巾のようになって倒れている海賊たち。昼間から酒を飲みに来て法外な代金を請求され、払わないで出ようとして半殺しにされたのだ。
カナタはそういった事情を知らないが、明らかに関わらないほうが賢明な気がしていた。
それでも〝新世界〟の情報は貴重だ。今後の航海を左右する情報が得られる可能性も考え、意を決して扉を開ける。
「いらっしゃい、何にする……あら、あなたは……」
「グロリオーサから話を聞いて来た。彼女はいるか?」
「いいえ、今は居ないわ。でも、話は聞いてる……どうぞ、座って。私もあなたとはちょっと話したいと思っていたの、〝竜殺しの魔女〟さん」
黒いショートボブの髪形をした妙齢の女性──この店の店主、シャクヤクだ。
口にタバコを咥えて新聞を読んでいたようで、彼女の手元にはいくつかの新聞が置いてある。日付はここ数日の物だ。
カウンター席についたカナタの前におしぼりと珈琲が置かれる。
シャクヤクは自分の前に酒を置き、自己紹介をしてからカナタの顔をじっと見て話し始めた。
「……やっぱり、あなたとは初めて会った感じがしないわね」
「? 初対面だろう? どこかで会ったことがあったか?」
「ふふ、そうじゃないわ。あなた、オクタヴィアの娘でしょ? そっくりだもの」
またか、とカナタはため息を吐きたくなった。
あちらこちらにオクタヴィアの痕跡がある。彼女も海賊、それも当然だが……行く先々でこうも言われると辟易する。
シャクヤクは昔を思い出すようにタバコをくゆらせる。
「私、オクタヴィアとは知り合いだけど、グロリオーサと違って元ロックス海賊団って訳でもないのよ。だからそんな嫌そうな顔はしないで欲しいわね」
「シキにリンリンと、母親絡みで色々あればこうもなる」
「アハハ、苦労してるのね!」
カナタは肩をすくめ、これまで厄介事ばかり引き寄せて来る母親に思いを馳せる。
「私もグロリオーサも元海賊なのよ。もう海賊からは足を洗ったけどね」
「……グロリオーサと違って、と言うことは、奴は元ロックス海賊団の船員なのか?」
「ええ。本人は貴女の顔を見て一瞬オクタヴィアが来たのかと思ったらしいけど、雰囲気が全然違うし、何よりお互いグロリオーサの事を見ても反応がなかったらしいじゃない」
「知らない相手に反応は出来ないからな……しかし、ロックス海賊団の連中はどいつもこいつも気性の荒い連中ばかりだと思っていた」
「否定は出来ないわね。グロリオーサも言ってたわ、『あの船はいつでも殺し合いが絶えなかった』って」
乗っているのは誰もが強者だったが、船内では殺し合いも絶えなかった。
仲間殺しを許容する者と許容出来ない者の間でも諍いは絶えず、弱い者から死んでいく。死ねば死ぬだけ色んなところから引き抜いて部下にしていたため、生き残った者たちは必然的に強者ばかりになる。
間違いなく、あの時代においては最強の海賊団だった。
「今となっては懐かしい話ね……でも、あなたの父親が誰なのかはわからないのよね。なんとなく想像は出来るけど、あなたは知っているの?」
「ああ。言うつもりもないがな」
シャクヤクは元ロックス海賊団の船員ではないが、母親が母親なら父親はあらかた想像がつく。だが断言出来るほどではない。
会ったこともない相手だ。父親と断言出来るほどの材料は持っていなかった。
それよりも。
「〝新世界〟についての話が聞きたいんだっけ」
「そうだな。何か役に立つような情報があれば聞きたい」
「そうね……〝新世界〟の気候に関しては言うまでもないけど、これまでの海とはまた一味違うわよ。でも、私は航海士って訳じゃないから具体的に何がどうっていうのは話しにくいのよね」
「その辺りは実際に体験したものだけ聞かせてくれればいい」
〝
確かめるには実際に行ってみるしかないというのも、この手の情報が書かれた本が御伽噺のような扱いを受けている原因の一端だろう。
どれだけ情報を漁っても、どれが事実なのか判別しにくいのだ。
〝魚人島〟に行くまでのルートも非常に過酷だとは聞いているが、タイガーが道案内をしてくれるというからそこの心配はしていない。
「後は……私から話せるのは今の〝新世界〟の情勢くらいね。それと、シャボンディ諸島に集まっているルーキーたちのことかしら」
「あまり興味はないな」
「そう? でも、情報は武器よ。知っておいた方がいいわ──あなたは今集まっている中でも懸賞金はトップ。この島には今億超えが六人いるけど、上から四人があなたとあなたのところの船員よ」
「感覚が麻痺しているが、億超えの賞金首は早々出てくるものではないからな」
「ふふ……少し前までは他にもいたけど、今この島にいてあなたの船員じゃない億超えの海賊は〝剛力〟アーテファと〝大渦蜘蛛〟スクアードよ」
どちらも一億と少しの賞金が掛けられているらしいが、カナタは全く興味がなかった。
部下に欲しい訳でもなく、同じものを目指すライバルという訳でもない。海軍に同じ海賊として扱われているだけの間柄だ。
敵対しているならまだしも同じ島にいるだけなら興味など湧くはずもない。
「〝新世界〟の海は今荒れているわ。あなたがシキを撃退したことを皮切りに、リンリンの敗北もあって領土の奪い合いが激化してる。〝世界の破壊者〟バーンディ・ワールドはシキと抗争してる真っ最中。〝白ひげ〟はこの状況を嫌って〝新世界〟から一時的に〝
本人の強さがあれば早々負けることなどないだろうが、規模の大きい戦いを嫌って〝新世界〟から移動したらしい。
それを腰抜けと言うつもりはない。
相手は勢力の大きいシキやリンリンだし、ワールドとて名を知られた大海賊だ。相手取るなら白ひげ海賊団が如何に強くとも無傷とはいかないだろう。
身内を何より大切にする彼らしい行動ともいえる。
「ロジャー海賊団は相変わらず色んなところで問題を起こしてるわね。あとは──」
思い出すようにシャクヤクが話していると、店のドアが開く。
そちらに視線を向けると、幼子を連れたグロリオーサが立っていた。
「やっているか、シャッキー。おお、カナタもいるニョだな」
「あらグロリオーサ。いらっしゃい」
幼い少女を抱き上げたグロリオーサは、カナタの隣に腰かけてお茶とミルクを頼む。
少女は初めて見るカナタにおどおどとしながらグロリオーサの服を掴んで離さない。
紫色の長い髪と言い、臆病な様子と言い、フェイユンを想起させる子だ。
「ふむ……その子の名前は?」
「……カイエ」
グロリオーサの陰に隠れるようにしながら、少女は答えた。
シャクヤクはお茶とミルクをテーブルに置きながら、タバコを消してまたどこかへと行く。
「シャクヤクも忙しないな」
「この子はかなり人見知りするニョでな。あまり良くはないが飴を食べさせたりして落ち着かせているニョだ」
グロリオーサの下にいる経緯が経緯であるため、仕方のないことではあるのかもしれない。
境遇としてはカナタも似たようなものではあるが、カナタの場合は精神的に成熟していることも大きかったので参考にはならないだろう。
すぐに戻ってきたシャクヤクの手には色々な種類の飴が個別包装されて入れられている籠があった。
コロコロと口の中で飴を転がすカイエを見ながら、グロリオーサはカナタへ質問をする。
「役に立つ情報はあったニョか?」
「それなりだな。新聞だけでは得られない〝新世界〟の情勢をどうやって知っているのかは疑問だが」
「そこは企業秘密よ」
「……まぁ、荒れているという情報が得られただけ良しとしておこう」
何が起こっていようとも、〝魚人島〟を通って〝新世界〟へ行くことは変わらないのだ。事前に把握しておけば一手早く動けるだけ儲けもの程度だろう。
「グロリオーサはずっとこの島にいるのか?」
「うむ。私は〝女ヶ島〟という島の出身なニョだが、とある病を患って外へ出てな……今は完治したが、一度国を飛び出した以上は戻れニュ」
「戻れない? 何故だ?」
「元〝皇帝〟なニョだ。一度国を捨てて飛び出した以上、戻れるもニョではない」
悪名轟く〝九蛇海賊団〟の船長にして〝女ヶ島〟アマゾン・リリーの皇帝。
かつてはそう呼ばれていたが、今は一人の少女を育てる親でしかない。
「昔は海賊として暴れていたこともあったが、一線を退いてここに来てから戦いに身を置くこともなくなり、随分鈍ってしまった。かつての私であれば、この子を攫われるなどありえなかったニョだが……」
「平和な環境に身を置けばそうなることもある。逆に、鉄火場に身を置けば研ぎ澄まされることもある」
戦うしかなかった環境に居続けたから、カナタはこれだけの力を手に入れた。戦う必要のない環境であればこうはならなかっただろう。
カイエの頭を撫でながら、悔やむように呟くグロリオーサ。
「この島にいる〝
「私も聞いたわ。色んなところで人身売買を生業とする人たちが襲撃されてるって。あなたたちだったのね」
「うちの船員に手を出されたから仕方なく探し回って全滅させていた」
「なんと……随分派手にやったニョだな」
オークションハウスを襲撃したことは知っていたが、そこまで手広く大々的にやっていたとは知らなかった。
仲間一人のためにそこまでするとは、とグロリオーサも目を丸くする。
「そういえばあなた、天竜人の殺害もしたのよね。前代未聞の大事件だったから、世界中で話題になったけど……もしかして、その時も似たような状況だったの?」
「そうだな。似たようなものだ」
カナタは珈琲を飲みながら簡素に答える。
天竜人を害するということがどれだけとんでもないことか、シャクヤクもグロリオーサも知っている。それをやり遂げてなお生きているということ自体が信じがたい。
懸賞金が大きく跳ね上がったのも、海軍の追撃を跳ね返したからだろうとシャクヤクは当たりを付け──グロリオーサに視線を向ける。
「ねぇ、グロリオーサ。あなたも彼女の船に乗ったらどうかしら?」
「なぬ?」
「……何故だ? この島で困っているわけでは無いのだろう?」
シャクヤクの言葉に二人は疑問を浮かべた。
カナタたちは追われる身だ。この島で静かに暮らしているグロリオーサとカイエにとって、カナタの船に乗ることはデメリットしかないはずだが、と。
「この島だって安全じゃないわ。人攫いはカナタちゃんが全滅させたけど、無法地帯には海賊も多いし人攫いもまた出てくる。そこらの海賊にグロリオーサが負けるとは思わないけど、カイエちゃんの身の危険はあるかもしれないじゃない?」
「ううむ……それはそうだが」
海に出ても危険なことに変わりはない。
何か有ったときに対処できる人数の違いはあるが、カナタたちとてお尋ね者だ。シキやリンリンに襲われたこともある。
それを込みでも、カナタの船に乗る方が安全だとシャクヤクは言う。
「それに、グロリオーサだってお尋ね者じゃない。海軍本部がすぐ近くにあるこの島で、子供を連れて無法地帯に住むのはお勧めしないわよ」
「なんだ、懸賞金がかかっているのか?」
「ええ。〝天蓋〟のグロリオーサ。懸賞金は八千万を超えてるわ」
仮にも悪名響く九蛇海賊団の船長だったうえ、元ロックス海賊団の船員となればそれなり以上の額の懸賞金を付けられている。
元々の実力とて弱いわけでは無い。
「昔の話だがニョ」
「少し鈍ってるだけでしょ。それに、その子がいたら実力を発揮できないじゃない」
「だが……」
「カイエちゃんの安全を考える意味でも、カナタちゃんの船に乗った方がいいと思うわよ。情報だと、解放された多くの奴隷たちを受け入れてるんでしょ?」
「まぁ、行き場がない連中を抱えたのは事実だな」
「ほら。小さい子供も受け入れてくれるわよ」
随分と後押ししてくる。シャクヤクとしてはグロリオーサがいないほうがいいのかと勘ぐってしまうが……それを抜きにしても、現状が正しいとは言えないのは確かだった。
シャボンディ諸島も安全ではない。
日々魚人島を目指して準備をする海賊たちが訪れ、無法地帯では賞金稼ぎもいるし、手配書があるのでは海軍に狙われることもある。
「お前たちが共に来るというのであれば歓迎はしよう。強制はしない」
「ううむ……悩みどころだな」
「カイエちゃんはどうしたい?」
「わたし? わたしは……どっちでもいい」
どこにいても命の危険はある。カイエにとっては周りの全てが危険地帯だ。
グロリオーサと少し離れただけで人攫いに攫われたこともあるし、海賊と賞金稼ぎの戦いに巻き込まれかけたこともある。
ただ、もう一人になるのは嫌だという気持ちだけがあった。
「……この島で安全な場所もそうそうない。カナタの船に乗るニョが一番いい選択か」
「それでいいのだな?」
「うむ。不肖ながらこのグロリオーサ、世話になる」
カナタの方を向き、ペコリと頭を下げるグロリオーサ。
カイエが独り立ちするまで……とは言わずとも、心配のない年齢になるまでは見守りたいという親心もあるのだろう。
「ちなみにカイエは能力者なのか?」
「ああ。
本人としてもあまり使いたくない能力なのだろう。これが原因で親に捨てられたとなればさもありなん。
その辺りは今後の心持ち次第だ。
カナタの船には能力者も多い。自分の得た能力に自信を持てるようになるといいが、こればかりはわからない。
「では──グロリオーサとカイエの加入を祝して」
カナタ、シャクヤク、グロリオーサ、カイエの四人は、それぞれコップを手に祝杯を挙げる。
今後の旅路が、よりよくなることを祈って。
グロリオーサ、九蛇海賊団が前々からあったことを考えると賞金首でもおかしくないんですけど、如何せん本編では既にリタイア組なのでどれくらいの強さかさっぱりわからないという。
「この時代に老いぼれを見たら生き残りと思え」の精神で改変していく予定です。