ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第五十九話:魚人島

 二週間後。

 グロリオーサとカイエを連れ帰り、物資の準備やコーティング作業などの諸々の作業が全て終了した。

 三年近く旅をした前半の海──〝楽園〟から〝新世界〟へ向け、ついに出航する。

 

「忘れ物は無いか?」

「物資、コーティング、〝記録指針(ログポース)〟──準備万端だ」

 

 記録指針(ログポース)に関しては既に西の海(ウエストブルー)で〝新世界〟用の物を購入している。

 予備まで含めて準備は十分だ。

 

「魚人島まではどれくらいかかる?」

「おれ達なら一時間もあれば着くが……船なら四、五時間くらいだな。海流に上手く乗れればもっと早い」

 

 タイガーに聞いてみれば、深海へ潜るにあたって必要な海流に上手く乗れれば数時間もかからないという。

 魚人や人魚であれば真っ直ぐ泳いでいけるのだが、船ではそうもいかない。

 道案内はタイガーがしてくれるというし、操舵に関しては彼に任せておけば大丈夫だろうと判断する。道中の危険はあるが、それは今までの航海とてそうだったのだ。今更とやかく言うことではない。

 

「エアバッグから空気を入れてくる。少し待ってろ」

 

 タイガーは船から飛び降り、三隻それぞれの船底に用意されたエアバッグのバルブをいじり、船にコーティングされたシャボンを膨らませる。

 船も巨大なのでシャボンの大きさも比例して大きくなるが、これだけのコーティングをするのにもかなり金がかかっている。失敗はしないで欲しいものだが──と考えていると、近くの岸に見覚えのある姿を見つける。

 シャクヤクだ。

 手招きをする彼女を訝しみながら、カナタは一度船から降りる。

 

「どうした、シャッキー。別れを言いに来たのか?」

「それもあるけど、一つあなたに伝えておこうと思って」

 

 シャクヤクが渡してきたのは一枚の海図だ。

 その中央にある島の名前は、〝ハチノス〟。

 

「これは?」

「海賊島〝ハチノス〟の海図よ。昔、ロックス海賊団にいたとある測量士が作ったんだけど、グロリオーサが海賊を辞めるときに〝ハチノス〟に置いてあったこれを奪ってきたらしいのよね」

 

 強かよね、と笑うシャクヤク。

 かなり正確な海図だ。島の内部に関する地図も描かれている。

 通常、海図は軍事的な行動をする上で重要な情報だ。盗まれたりしないよう厳重に保管してあるはずだが…グロリオーサがロックス海賊団を抜けたのはロックスが死んだかららしく、海賊団としての統制が取れていなかった時期だ。容易ではなくとも盗むことは可能だったのだろう。

 

「優秀な測量士がいたらしいわよ。船長であるロックスはもちろん、その測量士やオクタヴィアは全部頭に入っていたでしょうけど……あるいは、それ以外の面々は知らなかったかもしれないわ」

「……何かが隠されている可能性がある、と?」

「ええ。もしかしたら、ロックスが貯め込んだ財宝があるかも」

「あまり興味はないが……」

「そう? お金はいくらあっても困らないし、探す分にはいいんじゃないかしら」

 

 財宝があろうがなかろうが、探すこと自体にロマンがあるものだ。

 行楽気分で世界一周をしているカナタにとってはやや理解しがたいが、言っていることはわかる。

 暇があれば探しておこう、と海図を受け取っておく。

 

「しかし、なぜこれを私に? 財宝が欲しければ自分で獲りに行けばいいだろう」

「私は海賊から足を洗った身だし、その海図も死蔵してて私たちには意味のない海図だった──でも、あなたには意味のある海図よ」

 

 ──何せ、ロックス海賊団が発足した島なんだから。

 シャクヤクはタバコを吸いながら笑い、懐かしそうに語る。

 

「昔、ロックスは『儲け話がある』と宣伝して多くの海賊をこの島に集め、ロックス海賊団を立ち上げた。最終的には文字通り〝世界〟を手に入れ、それを部下たちに分配するつもりだったの」

「世界を手に入れて、か……なるほど、世界政府が執拗に情報を消そうとするわけだ」

「多くの禁忌(タブー)に触れてきたから、仕方ないところもあるけれど……」

 

 それにしたって異常な執着だ。どうしても()()()()()()()()()()があって、それに気付かれたのだろうか。

 世界政府を直接倒そうとする勢力でもあったというし、オクタヴィアは遥か昔に作られた〝古代兵器〟の存在も知っているようだった。そういう身では世界政府も危険視するのはよくわかるが。

 ともあれ。

 

「……私にとって、意味のある海図か」

「ええ。勘だけどね……一度は訪れてみるといいわ」

「そうだな。偶然か必然か、〝ハチノス〟の永久指針(エターナルポース)は持っている」

「それはまた──すごい偶然ね。いえ、必然なのかしら」

 

 かつて偉大なる航路(グランドライン)に入る直前の島で手に入れた三つの永久指針(エターナルポース)。そのうちの一つが〝ハチノス〟のものだ。

 今考えると何故あの島の永久指針(エターナルポース)を売っていたのかという疑問もあるが、こればかりは考えたところで仕方ない。

 

「オクタヴィアやロックスが、何を考えて世界を手に入れようとしたのか……あなたならわかるかもしれないわね」

「……そうだな。暇つぶしに探してみるのも一興か」

「詳しいことは実際に所属していたグロリオーサの方が詳しいと思うわ。時間がある時にでも聞いてみるといいわね」

「そうさせてもらおう」

 

 シャクヤクとしては、ロックスやオクタヴィアが地位や名誉、金のために世界を手に入れようとしていたとはどうしても考えられなかった。

 ()()()()()()()()と考えるべきだ。それが何なのか、今となってはわからない。

 もっとも、オクタヴィアは生きているのだから本人に聞いてみてもいいのだが、居場所もわからないし連絡も取れない。

 カナタならばいずれまた会うこともあるだろう。()()()()()はその時でいい。

 

「では、私たちは魚人島に向かう。そのうち〝ハチノス〟に向かってみるさ」

「ええ、元気でね。グロリオーサとカイエにもよろしく言っておいて」

「ああ」

 

 あとは浮袋を外すのみとなった船へ戻り、カナタは手に持った海図を折り畳んで手に持っておく。

 

「悪いな、時間を取らせた」

「構わねェよ。それで、もういいのか?」

「ああ。グロリオーサとカイエによろしくと言われたよ」

「うむ。私たちもシャッキーには世話になったニョでな」

 

 グロリオーサに抱き上げられたカイエはシャクヤクに向けて手を振っており、グロリオーサも船の縁へ行って同じように手を振る。

 タイガーは三隻全ての浮袋を外し、船は徐々に海の中へと沈んでいく。

 ここから先は今までの航海とは違う、未知の領域だ。

 

「──では、行くぞ。出航だ!

『うおおおおおおおおお!!!』

 

 ──気勢を上げ、帆を張って深海一万メートルに位置する魚人島へと進み始めた。

 

 

        ☆

 

 

 タバコの煙を吐き出しながら、ゆっくりと沈んでいくカナタたちの船を見る。グロリオーサとカイエが手を振っているので、こちらも振り返す。

 カナタは母親によく似た顔立ちだったが、性格は似ても似つかない少女だった。顔を知らなければ親子とは気付かないだろう。

 海軍が気付いているかどうかは定かでないにせよ、彼女たちは一度のバスターコールでは倒せない。戦えば消耗は大きいが、他の大海賊と違って危険度はそれほど大きくないと判断して戦力を向けていないのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シャクヤクはこれから荒れるであろう〝新世界〟に思いを馳せ、姿が見えなくなったところで手を下ろす。

 

「運命に〝偶然〟なんてものは、無いのかもしれないわね……」

 

 グロリオーサが〝ハチノス〟周辺の海図を持っていたこと。

 カナタが西の海(ウエストブルー)で〝ハチノス〟の永久指針(エターナルポース)を手に入れたこと。

 ──まるで、運命が彼女を導いているようだ。

 

「ロックスが倒れてから六年──時代がまた、うねり始めたのね」

 

 

        ☆

 

 

 

 海の中は普段見ることのできない神秘的な場所だ。

 シャボンに覆われた船の中で見上げれば、日の光に揺らめく海面やヤルキマン・マングローブの巨大な姿に思わず見惚れる程だ。

 

「絶景だな……」

「スゲェだろ。人間は普段これを見れないからな。存分に堪能して行け」

 

 タイガーは舵輪を持ちながら笑い、後ろから二隻の船がちゃんとついてきていることを確認する。

 あちらの航海士には注意事項を伝えたうえできちんと付いてくるように言ってある。大丈夫だとは思うが──。

 海の中では海上とは別種の危険がある。油断は出来ない。

 

「海獣でもいれば船を引かせることが出来るが、大人しいやつは早々いないからなァ」

「馬車のように船を引かせるのか? それは面白そうだな」

 

 通常、海中では海流を帆に受けて移動する。海獣がいれば帆を操作する必要もなく安定して進めるので楽ではあるのだが、ガレオン船を引ける大きさの海獣など獰猛な種ばかりで言うことなど聞きはしない。

 

「ふむ……あれくらいの大きさなら十分か?」

 

 カナタが指差す先には、海獣の中でも一際大きいライオンのような種が泳いでいた。

 ガレオン船を引くにはやや大きすぎる程だが、他はサイズ的に少し劣る。多少大きい方が馬力もあっていいだろうと判断し。

 

「そりゃ十分だが……どうやって言うこと聞かせるんだ?」

「野生は力でねじ伏せるのが一番だ」

 

 覇王色の覇気で威嚇し、大人しくなった海獣に頑丈なロープを回して足にする。

 後ろの二隻にも同じように小さめの海獣を用意した。

 タイガーはカナタのやり方に目を丸くしていたが、「力技だが便利なもんだな」と感心する。

 ともあれ、これで予定より早く魚人島に着きそうだ。

 道中の危険はそれほどなく、時たまある海獣の襲撃もグロリオーサの弓矢で撃退していた。

 

「ただの弓矢だというのに、随分と威力が高いのだな」

「矢に覇気を纏わせておるニョだ。水圧の高い深海でも、覇気を纏わせれば矢は折れることなく敵を射抜く」

「覇気使いか! おれ達も訓練してるが中々使えなくてな……カナタ達のはあんまり参考にならねェんだ。今度教えてくれ」

「構わニュ。私もこの船で世話になる身なニョでな、これくらいはお安い御用だ」

 

 深海は水温が急激に低くなることもあって寒い。加えて日の光も届かないので真っ暗だ。

 その中でもグロリオーサは襲い来る巨大な海獣や海王類を撃退し続ける。見聞色の覇気も並以上の練度なのだろう。

 〝九蛇海賊団〟の船長を務めていただけはある。

 

「なァ、あの魚食えそうじゃねェか?」

 

 サミュエルが指差す先には随分カラフルな色合いの魚が優雅に泳いでいた。深海でもわかるとは随分派手な魚だ。

 コックを務める手長族の男は一言告げる。

 

「あれ毒持ってるから食えねェよ」

「何ィ!? じゃああっちの魚はどうだ!?」

「あれは身が固くて食えないやつだな」

「……あれはどうだ?」

「あれも毒を持ってる」

「なんで毒持ってる奴ばっかりなんだよ!!」

「なんでお前は食べられない魚ばかりピンポイントで当てるんだ……」

 

 思わずカナタも呆れる嗅覚だ。この男はサバイバルをやっても生きて行けなさそうだ。ジャガーの能力者のくせにその辺りは鼻が利かないらしい。

 どちらにしても食料はかなり多めに積んでるのでこれ以上載せる必要はない。サミュエルには悪いが鑑賞に留めておくべきだろう。

 ──サミュエルがいじけた以外に問題もなく、予定よりも早い時間で魚人島へとたどり着いた。

 

 

        ☆

 

 

「これが……魚人島……」

「スゲェな……ここ深海だろ? なんで明るいんだ?」

「〝陽樹イブ〟って巨大な樹があるんだ。魚人島の奥に見えるだろう? あれがあるから、魚人島に居ても太陽の恩恵を受けられる」

 

 日の光が届くから植物も光合成を行える。水中で暮らせる魚人や人魚だけではなく人間も暮らせるのは、この〝陽樹イブ〟のおかげなのだ。

 海獣たちを放してやり、一行は魚人島の入口へと向かう。

 簡易的な入国審査などがあるらしいが、タイガーはその辺りは問題ないだろうと話す。

 魚人島はシャボンの二重構造になっており、一枚目を通過する段階で船のコーティングは剥がれ、二枚目を抜けると──そこが魚人島だ。

 

「……懐かしき我が故郷だ」

 

 果たして何年ぶりか。前回旅立ってから随分と経ってしまったが、今回も無事帰り着くことが出来た。

 入国審査が終わり次第、正式に入国と言うことになるが……カナタたちの名前は魚人島まで響き渡っていた。少しばかり時間がかかるだろう。

 国軍がこちらに向かっている最中らしく、待って欲しいと言われたのだ。

 

「まァ仕方ねェな。十五億の賞金首なんぞ、ネプチューン王子でも手に余る」

「王子か。強いのか?」

「ああ、強いぞ。〝海の大騎士〟と呼ばれるほどだからな」

 

 シーラカンスの人魚にして王族の長子。

 〝人魚柔術(マーマンコンバット)〟の使い手にして勇敢なる騎士。

 十メートルを超える巨体からは威容を感じられるほどだ。

 強いと聞いてジュンシーは少しばかり血が沸きたっているようだが、後ろからカナタに叩かれていた。余計な問題は起こさないに越したことはない。

 程なくして国軍が現れ、少しばかり厳しめの入国審査を受けることになった。

 

「おれがネプチューンじゃもん! お前たちが〝魔女の一味〟か!?」

「初めましてだな、ネプチューン王子。我々に魚人島を襲う意思はない。滞在許可をくれ」

「うーむ……タイガーがいるなら、大丈夫だと思うが……」

「ああ、心配なら魚人島から離れた場所に船を置こう。少しばかり滞在することにはなるが、仲良くしたいのは本心だ」

「……良かろう。滞在を許可するんじゃもん」

 

 リスクはあるが、カナタたちが起こした事件と言えば天竜人殺害くらいだ。天竜人をよく思わない魚人や人魚は多いし、フィッシャー・タイガーという魚人の仲間もいる。

 あまり大仰に考える必要はないと判断し、滞在許可を出した。

 

「これだけ大きな船だと置く場所にも一苦労するんじゃもん。魚人島の南東に〝海の森〟という場所がある。そこなら船を置けるじゃろう」

「〝海の森〟か。わかった、そこに置かせてもらう」

 

 潮の流れのせいで沈没船などが辿り着く場所だが、その分場所は広い。

 シャボンで覆われた広場もあり、船を置くには丁度いい場所だ。

 タイガーの操舵で〝海の森〟へ向かう途中、タイガーはカナタへと声をかける。

 

「カナタ、おれはこの後弟分たちに会いに行くが……お前はどうする?」

「そうだな……特にやることもない。人魚(マーメイド)カフェなるものに足を運んでもいいが、男連中が行きたがっているようだしな」

 

 ちらりと後ろを見ると、美人の多い人魚(マーメイド)カフェへ行くんだと意気込んでいる船員たちが随分と多い。

 この人数が一度に押しかけるのも迷惑だろうと順番制にしているが、この分ではカナタは行けるかどうかもわからない。

 なので、〝海の森〟の探索でもしようかと考えていた。

 

「魚人島を散策してもいいが、まずはこの辺りを散歩して色々見て回ろうと思う」

 

 何かあるかもしれないし、何もないかもしれない。

 ただの散策なのでどちらでもいいのだ。

 

「そうか……」

「お前ともここでお別れになるな。寂しくなる」

「……そうだな。おれも名残惜しい」

 

 だが、最初からカナタとタイガーの旅路はここまでだった。〝新世界〟の地上までは案内するだろうが、同じ船で旅をすることはない。

 今はここでお別れだ。

 またいつか、タイガーの気が向けば同じ船に乗ることもあるだろう。

 

「宴をしよう。一度はここでお別れだが……お前が望むなら、私たちはいつでもお前を受け入れよう」

「ハハハ、豪気だな。ありがたい話だ」

 

 魚人や人魚にとって人間は恐ろしいものだと教えられて育った。

 シャボンディ諸島にあるシャボンディパークに憧れて近くまで行ったこともある。

 だが……人間は、それだけではなかった。少なくともタイガーにとって仲間と言える者たちが出来た。

 これはきっと──運命を変える、一つの出会いだった。

 




先が長すぎて気力がなくなるのが怖いので巻きで行きます。

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