──海の森の奥地に、
現代では読める者は数少なく、世界政府は
知る人ぞ知るその石碑の名を、〝
「……やはりあったか。しかし──」
ここに〝
片方は通常の〝
もう片方は赤い〝
〝最後の島〟へと至る場所を示す四つの石のうちの一つ。
場所が判明していなかった最後の一つだと推測できるが、まさかこの場所にあったとは……カナタとしても驚いている。
「──〝最後の島〟を目指すならいずれ必要になるもの、か」
魚拓のような形で〝
古代文字を解読出来るのは、カナタの知る限りでは〝オハラ〟の考古学者くらいだろう。ロジャーたちはどうやって読み解くつもりなのかはわからないが……命を助けてもらった恩もあることだし、協力してもいいと思っていた。
ロジャー以外が〝最後の島〟へと至る可能性を潰す意味でも、これはここに無い方がいい。
回収しておくべきだ。
フェイユンをこの場所に呼び、人が持ち運ぶにはいささか大きすぎる〝
船のどこに置くかという話だが……宝物庫の奥にでも放り込んでおけばいいだろうと、フェイユンに頼む。
船員のほとんどは街に繰り出しており、船に居たのは船番になった数名だけだ。何か運んでいるくらいにしか思っておらず、特に興味もなさそうだった。
「……これ、何に使うんですか?」
「さてな。だが、いずれ必要になるものだ」
「そうなんですか?」
カナタたちに必要なくとも、これを必要とする者を牽制することが出来る。
〝新世界〟に行けばいずれロジャーと会うこともあるだろうし、写しはその時にでも渡せばいいだろう。
他の者にこの石碑は不要だ。
少なくとも、今は。
上から厚手の布をかぶせ、覇気を纏わせた氷で覆って外部から見えないようにしておく。しばらくは大丈夫だろうが、ジョルジュとドラゴンくらいには話しておいた方がいいかもしれない。
もう一つの〝
「何をやっておるニョだ?」
食堂で写し取った〝
手元にあったそれを見せてやると、二人は読めないものを見てクエスチョンマークを躍らせている。
「なんだこれは?」
「古代文字と呼ばれるものだ。〝
「ニョンと……世界政府はこれを読むことを禁じているのだろう? 本物を見るニョは私も初めてだ」
「……これを読むことを禁じているんですか?」
カイエは不思議そうに首を傾げている。
グロリオーサは「そうだ」と答えた。
「古代文字を解読すると世界政府に追われることになる。政府が言うには、古代文字を解読することで古代兵器を復活させかねないニョだと」
「古代兵器?」
「うむ。遥か昔、どこかの島で作られた兵器ニョことだろう。どんなもニョかは私も知らニュが……」
「私も詳しいことは知らん。だが、危険なものであるということだけはわかっている」
オクタヴィアは古代兵器の情報を持っていたようだった。
つまり、ロックス海賊団の誰かはこの古代文字を解読出来たのだろう。シキやリンリンが未だに古代兵器を手にしていないところを見るに、読めた人物は既に死んでいる可能性が高い。
あるいは、オクタヴィア自身が古代文字を扱えたのか。
「古代兵器を探すんですか?」
「後々脅威になるようなら先に見つけて破壊しておいてもいいな。だが、見つけること自体リスクのある行為でもある」
世界政府も執拗に狙うだろうし、同じように古代兵器の存在を知っているシキやリンリンがアンテナを張っていないとも限らない。
そういう意味では古代兵器は静かに眠らせておいた方が安全ではある。掘り起こそうとすることそのものが危険なのだ。
あちらこちらを敵に回して兵器を破壊して、それで隠し持っていると思われれば戦争になる。
「しばらくは放置でいい。どうせ誰にも見つけられはしないのだから」
〝
☆
その夜、海の森の一角でバーベキューの準備をしていたところでタイガーが戻ってきた。背には大きな酒樽を担いでおり、重そうなそれを慎重に降ろしていた。
後ろには見知らぬ魚人が一人。年齢的にはカナタよりも若い。
「悪いな、遅くなった」
「構わない。長いこと故郷を離れていたんだ、積もる話もあっただろう。後ろの男は?」
「おれの弟分のジンベエだ。おれが今日の宴に参加すると言ったら付いてくると言ってな」
ジンベエはカナタよりいくらか若く、人間ばかりのこの場所で警戒心を持ち、ギラギラとした目をしていた。
「随分警戒されているようだな」
「おれが世話になった船だと言ったんだが……悪いな」
「フフフ、構わんさ」
種族間の感情というのは往々にして消えにくい。魚人や人魚からすれば人間に対して思うこともあるだろう。
どちらかと言えばタイガーの方が変わり者なのだ。
とはいえ、タイガーが世話になった船と言うこともあって大人しい。あくまでタイガーが認めた人間がどんなものなのかを見に来ただけなのかもしれない。
「そら、そこに立ってないで座ると良い。飲み物は何がいい?」
「酒ならおれが持参してきた。故郷の酒に勝るものはねェ! ぜひ飲んでいってくれ!」
「ほう。自信がありそうだな」
ならそれを頂こうと、コップを三つ用意させる。乾杯にはまだ早いが、見ればそこかしこで既に酒を飲み始めている。
まだ食事は準備中だが、つまみはあるので全員戻ってくる前に始めてしまってもいいだろうと考えていた。
出て行った中で随分遅いのは〝マーメイドカフェ〟に行った連中だ。かなり気に入ったのだろう。
タイガーが持参した酒を一口呷り、カナタは「いい酒だな」と零す。
「そうだろう! おれはこれが好物でな、戻ってくるたびにたらふく飲んでるんだ」
「アニキは飲みすぎじゃろ。帰ってきた当日は大体飲み潰れとる」
「ウグッ……言ってくれるな、ジンベエ。おれは無事に戻ってこれたことを祝って飲んでるんだ」
「酒飲みながらたい焼き食べてベロベロになっておる」
「ジンベエ!!」
「フフフ……仲が良さそうで何よりだ」
思わぬところから暴露されたタイガーは頭を抱えていたが、カナタは笑いながらつまみのカルパッチョを食べる。
人魚は食べないが、魚人は魚も肉も食べる。深海の国ということもあって素材は無いわけではないのだ。
味は調理した者の腕次第だが、カナタが舌鼓を打つ程度には美味い。
「どうだ、久々の故郷は」
「ああ、結構期間が空いたからな。ようやく帰ってこれたって気分だ……おれ達が生まれ育った〝魚人街〟って場所はな、元は行き場のない連中を受け入れるための場所だったんだ」
孤児院などを中心とした福祉施設だったが、次第に荒廃してギャングや海賊が住み着くようになった。
タイガーは自らの腕っぷしでその連中をまとめ上げていたが、冒険家として色々なところに出向くようになってからあまり顔も出せていないという。
「ジンベエはおれの次に強かったからな。おれがいない時はこいつが纏めてくれてたんだ」
「アニキがいてこそじゃろ。ワシだけじゃどうにも出来ん」
わしゃわしゃと頭を撫でるタイガーにされるままのジンベエ。嫌そうではないが、やや恥ずかしそうではあった。
「〝魚人街〟か……スラムのような場所なのだな」
「まァ有体に言っちまえばそうなる。今回の旅は長かったから少し心配だったが、とんだ杞憂だった」
「ワシは心配しておったぞ。アーロンの奴もな。今回は妙に長かったからのう」
「悪いな。色々あったんだ」
船が故障してカナタの船に乗り、危うく賞金首になるところだったが何とか無事に魚人島に辿り着いた。
酒を入れながら旅の話をジンベエに聞かせ、語り終わるころにはすっかり夜も更けていた。それだけ、ここまでの旅は濃かったのだ。
〝マーメイドカフェ〟に行った面々も流石に帰ってきており、各自で酒と魚と肉を楽しんでいる。
途中からジョルジュが茶々を入れたり、グロリオーサとカイエも話を聞いていたりと随分にぎやかになっていた。
とはいえ、カイエは流石に眠いのか、うとうとして時たま目をこすっている。
「眠いなら眠ると良い。私が抱きかかえよう」
カナタに抱きかかえられたカイエは、寝ぼけ眼をこすって起きていようとしていたが……いつしか腕の中でゆらゆらと揺れて眠りについていた。
「♪~」
子守歌でも歌ってやろうと小さく口ずさめば、周りの騒いでいた連中も静かになっていた。
静かな場所で一人、カナタの声だけが響く。声は小さくとも静かになればこうなるのは必然だった。
「……どうした、さっきまで騒がしかったというのに」
「いや、お前が子守歌歌ってたのが珍しくてな……あと、二度と歌わないほうがいいと思うぞ」
「何故だ!?」
「……まァ、なァ?」
「ああ」
そっと目を逸らしたジョルジュ。その視線の先に居たスコッチは酒を一口呷って頷く。
「お前が童謡とか子守歌を歌うと呪いの歌に聞こえる」
「そんなつもりはないが」
「そんなつもりが無くても聞こえるんだよ! こんな夜も更けた中でそんなもん聞かされてみろ! トイレにもおちおち行けなくなっちまう!」
しかも街から外れた森の中だ。余計に恐怖感が出る。
カナタはむくれて頬を膨らませ、スコッチは「酔いが醒めたから飲みなおしだ!!」と音楽家に〝ビンクスの酒〟を弾いてくれと頼んでいた。
どんちゃん騒ぎでまた喧しくなってきたところで、カイエが目を覚ましてはいけないので船の中へ連れて行くことにした。
グロリオーサがカイエを抱えて船室へ戻るのを見送り、カナタはタイガーと共に酒をまた呷る。
「……アンタは、この船の船長じゃろ? いつもこんな感じなのか?」
「ん? まぁそうだな」
「船長の威厳とか、そういうものを大切にはせんのか?」
「大したことじゃないからな。それに、いつも気張っていては疲れるだろう?」
いざというときに船長を立てられない一味は崩壊するが、そういう時は一丸となる。時と場所さえ弁えていれば厳しいことは言うつもりもないのだ。
普段からルールは厳しい方だが、最低限のモラルは必要なのでそこは仕方がない。
本当の意味でカナタを軽んじているような者はこの船に乗っていない。軽んじられるほど度胸のある者がいないのもあるが。
「タイガーだって普段は頼りになるが、酒が入るとああだろう?」
「……そうじゃな」
タイガーは酒を飲みすぎてふらふらしながらもスコッチと肩を組んで〝ビンクスの酒〟を歌っている。ジンベエはあまり酒を飲んでいないのか、僅かに顔が赤くなっているくらいだ。
当初の警戒はどこへ行ったのか、ジンベエはこの宴を楽しんでいるように見える。先程までカナタがタイガーと楽しそうに話していたのを見て絆されたのかもしれない。
「ワシらはずっと、人間は恐ろしいものじゃと言われて育った。差別の果てに、ワシらは海底に住むしかなくなったと」
「人間だ魚人だと言うのは小さいことだ。肌の色や体格が違うと差別して何になる」
種族や性別がどうであれ、気に入らないやつは気に入らないし、仲良くなれる奴は仲良くなれる。
人間だ魚人だ人魚だと、主語の大きい言葉で括ると目が曇るものだ。
「皆そうであればいいが、そうもいかん。人間は悪いものばかりではないが、良いものばかりでもないからのう」
「いざというときは自分の手で守れるようにするんだな。弱ければすべてを失うのが世の中だ」
この世は生存競争だ。
権力、暴力、支配力……力は全てに優先する。大事な物を守るためには舞台は違えど戦うしかない。
カナタだって、失わないために戦い続けてきた。
「ワシもタイのアニキが頼ってくれるくらい、強くなれるじゃろうか」
「タイガーは既にお前を頼っていると思うが……もっと強くなりたいなら、明日も来るといい。少しばかり稽古を付けてやろう」
「何? いいのか?」
「タイガーの弟分だ。嫌とは言わんさ」
ただ、カナタの場合は我流が多い。魚人が使う〝魚人空手〟や〝魚人柔術〟はもっと詳しい師の下で学んだ方がいいだろう。
なので、教えるのは主に覇気の使い方になる。
戦い方などこれから経験を積み上げて自身に合ったものにすればいい。そのための基礎を鍛え上げる修行だ。
なるべくならウォーターセブンで入った新人たちも鍛え上げなければならない。〝新世界〟はぬるい実力のまま渡れるような海ではないだろう。
「では……お頼み申す」
両手をつき、頭を下げるジンベエ。
カナタは頷き、酒を呷る。
どれだけ強くなれるかはジンベエの心持ち次第だ。何せ、覇気とは文字通り〝心の強さ〟が出る力なのだから。
〝新世界〟へと行くためには魚人島で再び船をコーティングする必要がある。それが終わるまでの期間、短くともしっかり鍛え上げねばならない。
カナタの知識は朧気なのでほぼ出てきませんが、重要部分だけ時々出てくる感じになります。
ちなみにこの小説書き始めた時期には93巻くらいまでしか出てなかったので過去編はほぼノータッチ。30~40年あったら原作時期の知識もなくなるよね!という精神で行きます。
備考
ジンベエ 14歳
アーロン 9歳